家と経営を切り離したチャンピオンカレー 祖父の味を守る3代目の改革
「金沢カレー」を代表する店として知られるチャンピオンカレー(石川県野々市市)は、創業者の孫で3代目社長の南恵太さん(37)がアナリストなどを経て家業に入りました。ずさんだった財務やコスト管理を改善し、伝統の味を守りつつ、家と経営を切り離し、新メニューを作ったり生産体制を整えたりしています。店舗の急拡大はしない堅実経営を続けながらも、創業家以外から初めて社員を取締役に登用するなど、新風を吹き込んでいます。
「金沢カレー」を代表する店として知られるチャンピオンカレー(石川県野々市市)は、創業者の孫で3代目社長の南恵太さん(37)がアナリストなどを経て家業に入りました。ずさんだった財務やコスト管理を改善し、伝統の味を守りつつ、家と経営を切り離し、新メニューを作ったり生産体制を整えたりしています。店舗の急拡大はしない堅実経営を続けながらも、創業家以外から初めて社員を取締役に登用するなど、新風を吹き込んでいます。
目次
「金沢カレー」の定義は諸説ありますが、とろみの強い濃い色味のルーの上に、ソースのかかったトンカツ、キャベツがのり、ステンレス製の舟皿で提供されるスタイルが特徴です。
金沢市の洋食店でチーフコックを務めた南さんの祖父・田中吉和さんが1961年、金沢市内に「洋食タナカ」を開業。看板メニューだったカレーに「豚カツ定食」をのせたメニューが、現在の「金沢カレー」の原点と言われているそうです。
洋食タナカはやがてカレー専門店となり、多店舗展開を開始。73年に本店を野々市市へ移転し、96年に現在のチャンピオンカレーとなりました。
ロースカツがのった「Lカツカレー」を軸に、月ごとの期間限定メニューなども提供。現在は北陸を中心に全国32店舗を展開、レトルトやチルドパックなどの外販を合わせ、2023年度の売り上げは約10億円を見込んでいます。従業員数は約90人(パート・アルバイトを含む)です。
南さんは子ども時代から本店を訪れていましたが、家業を継ぐ意識はありませんでした。
地元の高校を卒業後、米カリフォルニア大学サンティエゴ校の経済学部に進学。卒業後の09年、大和総研に入社しました。明確な人生プランは無かったものの「もしかしたら実家を手伝うかも」という思いはありました。
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「何となくですが、会社の分析数字を読めるアナリストがいいという思いはありました」
家業の経営に関心が向きはじめたのは、南さんの父親が社長をしていた2011年ごろ。「マスターフランチャイズ」を展開する権利を、パートナー企業にエリア権(地域フランチャイザー)として譲渡していた時期です。
先代の父は06年に工場を新設し、多店舗展開を進める意向でした。しかし、南さんによると、そのパートナー企業との契約内容には疑問符が多く、本部としてマネジメントに介入できない出店が続いたといいます。
アナリストだった南さんは家業の内情を聞き取り、財務状況を送ってもらいました。「表向きの数字は良かったのですが、中身を聞くと正直、倒産するのではという危機感を覚えました」
コスト管理が全くされておらず、南さんは父に「バトンをつないだ方が良いのでは」と話しました。「家業に愛着もあったし、経営に携われるとすれば今がチャンスかなと」
南さんは大和総研を退社。立ち食いずしの「魚がし日本一」などを運営する「にっぱん」で1年あまり接客、営業企画、店舗開発など外食企業の基礎を学びました。
南さんは2013年に家業に入り、半年ほど製造現場にも立ちましたが、財務状況を把握するうち「経営のかじを取った方が良いのでは」という雰囲気になったといいます。
ずさんとも言える財務管理に驚き「月の売り上げや仕入れはどのくらいあり、利益はどのくらいか。当たり前のことが見られる体制になっていませんでした。発生主義ではなく現金主義というか。必要なことができていなかったのです」
まずエクセルで管理表を作って運用し始めました。基本的な会社の仕組みを整えるのに4年ほどかかったといいます。
店舗事業では出店数を追う膨張路線をいったんやめて、環境変化に応じた「次代を担える店舗」を模索。後の期間限定メニューの開発などにつなげました。
やみくもな戦略だった外販事業も、中食市場のニーズをリサーチしながら新製品を投入。例えば、以前は中身が見えなかったチルド製品のパッケージも内容物が確認できるシースルーに変えました。
人事管理でも、給与が上がる基準を分かりやすく示し、伝統的な等級・号数管理から「半期申告制」という仕組みを一部導入しました。これは半期ごとに上長に対し「これだけの仕事をするのでこれだけの給与が欲しい」と申し出るもので、今も続いています。
南さんは16年10月に社長のバトンを引き継ぎました。直接的な理由は人材を入れ替え、事業を新しくするタイミングで、借り入れが必要だったからといいます。
「事業融資は個人保証が付いていて、そうでなくても父母の実家と会社の財務や業績が連動して引っ張られることが嫌でした。創業一家の資産を『ファミリーアセット』という形で経営に結びつけるのをやめたいと。万一経営判断を間違えると父母も路頭に迷うので、生活が会社に影響されないように切り離した方が、僕自身も事業判断がぶれずに済むと思いました」
南さんは父母の株式を買い取り、十分な退職金を渡して、実家の資産と会社を切り分けました。
「偉そうなことは言えませんが、次の社長になるなら実力で取りに行く方がうまくいくと思います。先代に付いている人たちも動向を見ていますから」
南さんが経営者として見直したのがフランチャイズ店への対応です。
それまではフランチャイズとは言っていたものの、実態は「のれんわけ」に近い形でした。パートナー企業とは年数回、顔を合わす程度で本部に求められる指導やサポートはしていなかったといいます。
南さんは全店を回り、担当を付けて年に何度も訪問したといいます。「フランチャイズ店の悩みを拾い上げていなかったので、本部と忌憚なくコミュニケーションが取れるようにしました」
13年からは期間限定メニューも始めました。これまで駄菓子の「ビッグカツ」とのコラボや、夏季限定の「冷やしカレー」なども展開。20年ごろから毎月企画して定着化しています。
「限定メニューは売り上げ構成比で5%ほど。単体でもうけが出るわけではありません」といいますが、お手本はマクドナルドの「月見バーガー」です。
「マクドナルドは(現会長の)サラ・カサノバさんの体制でマーケティングチームが仕かけたように、衝動的に食べたくなる分かりやすい情報を示しています。新しいメニューを絶やさず、いかに飽きられないかが大事。おいしさはもちろん、目で見て楽しめる物を意識しています」
同社の製品は全て石川県白山市の工場で製造しています。中でも差別化につながっているのが、90日間冷蔵保存できるチルドパック。特別な保存料を使用せず、高温での殺菌処理(レトルト加工)を行わないため、風味やスパイス感を損なわず提供できます。15年12月には国際的な衛生管理基準・HACCPシステムの認証も受けました。
自社の強みはブランド力と南さんはいいます。「一番の価値は金沢カレーの初代であるということです。資料が保管されていて、間違いなく金沢カレーを始めたのはうちだと胸を張って言えます」
カレーの味は創業者の祖父がレシピを他店に分けたのち、自らアレンジを加えています。ルーの火力を抑えて長時間練ることで焙煎香が少なくなり、カレーの辛味が損なわれないといいます。
金沢カレーはカツカレーを低価格帯で提供しているのが特徴です。チャンピオンカレーの「Lカツカレー」(レギュラー)は税込み960円になります。「一般的なレストランで、カツカレーは1杯千円を超えます。原価率が高い金沢カレーを、いかにファストフードのように提供するかが一番重要になります。提供スピードと回転率をいかに高めて売り上げにつなげるかが、うちのやり方です」
注文がLカツに集中しているため、作りわけの手間が他のチェーンより少なく、早期提供や回転率の高さにつながっているそうです。
物価高の影響でチャンピオンカレーも値上げを余儀なくされました。それでも南さんは「重要なのは戦略軸が変わらないこと」と強調します。
「求められているのは、適正価格でおいしいものをいかに早く提供するか。奇策みたいなものは良くないと思っています。幸いにも日銭が回る商売。地道にやるべきことを頑張れば、突然『明日倒産です』とはなりにくい業界なのです」
南さんは「店舗数を急拡大するつもりはない」といいます。それは、パートナー企業との協業がうまくいかなかった過去も踏まえてのことです。
コロナ禍は売り上げ構成比にも大きな変化をもたらしました。全体の4分の1弱だった外販が今は売り上げの半分を占めています。
「コロナ禍で中食、家食といった外販商品が大きく伸びました。その際には、大口生産できる一部の社外OEM先との新規取引を増やし、1社に依存しない体制を担当者が構築しました。家業に入った時は6億円だった年商が、今年(23年度)は10億円ちょっとまでいくかなという感じです。メーカーとしての立ち位置はもっと強化できそうです」
南さんは21年、社員出身の2人を取締役に迎えました。創業家以外の登用は初でした。
「従業員が主役になるため、会社は創業一家のアセットという考えは絶対やめた方がいい。新しいことを計画しても往々にして創業一家の意向でできないことがあります。それよりは従業員に自分の会社と思って働いてもらいたいです」
南さんは中小企業支援会社・協働日本(東京)の伴走支援を活用。新規事業の開拓経験などがある外部人材に月数回招き、主要な幹部に企画段階の「壁打ち」の相手をしてもらっています。
「客観的にみられる社外のロールモデルに話を聞いてもらえれば、自分から自然に学ぶと思っています。現在、私が大きく関与する仕事の比率は圧倒的に低くなり、安心して任せられる体制になっています。それぞれが会社に対し関与できる幅が増えることで愛着が増したように思います」
外食産業を取り巻く環境を踏まえ、人材確保のスタンスをこう話します。
「人と向き合って叱る昭和のやり方も価値はあると思っています。でも、今それをやっても人は集まりません。これからは働いてくれる人たちがメインの時代。それを横柄にした会社が泣いていく社会になるでしょう」
南さんは、これからの成長戦略をどう描くのでしょうか。
「まずは外食産業の中で何がしたいのかをもう一度よく考えた方がいいと思っています。昔のように千店舗を目指して大量生産・大量消費型の会社になる時代ではありません」
南さんは、そう前置きをした上で、最後に思いを語りました。
「僕らはもう少し大きくなる選択をして、成長軌道にのせようと頑張っています。これからも祖父が残したカレーのレシピを大切にして、金沢カレーの食文化を守っていきます。そのなかで、会社の規模とお客様がどれだけついてきていただけるか。あとは自分たちが楽しいと思えることをやるために、もう少し会社のサイズが必要だと思っています」
「余地のありそうなことはとりあえずやってみるという姿勢で、その中で可能性がありそうなものに時間・資金などのリソースを集中させるイメージです。成長は大事ですが、量的なものよりも質的な成長、例えば消費者ニーズにかなう商品開発の精度を上げ、お客さまとブランドの良い関係を築くことに力を注ぐべきだと考えています」
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