思いつき戦略の失敗をバネに フタバ4代目がだしから広げた新規事業
業務用だし専門の食品メーカー・フタバ(新潟県三条市)は創業70年余りですが、業界では後発です。差別化のため、加工技術と多彩な商品ラインアップを強みにしています。創業者の孫で4代目社長の江口晃さん(40)は29歳で経営を継ぎ、販売戦略で失敗した経験をバネに、経営理念の策定や新商品「素材調味だし」の開発、カフェなどを併設したショップの開設、チョウザメの養殖と農業をかけ合わせた循環型農法への参入などに挑み続けています。
業務用だし専門の食品メーカー・フタバ(新潟県三条市)は創業70年余りですが、業界では後発です。差別化のため、加工技術と多彩な商品ラインアップを強みにしています。創業者の孫で4代目社長の江口晃さん(40)は29歳で経営を継ぎ、販売戦略で失敗した経験をバネに、経営理念の策定や新商品「素材調味だし」の開発、カフェなどを併設したショップの開設、チョウザメの養殖と農業をかけ合わせた循環型農法への参入などに挑み続けています。
目次
フタバは1953年、江口さんの祖父がかつお節をはじめとする食品販売会社として立ち上げました。62年にティーバッグ式のだしパックを開発。加工技術に強みを持ち、老舗との差別化を図っています。
3棟の工場を運営。従業員は現在150人で、取引先数は約1万8千社にのぼります。売上高は約24億円で9割近くを業務用商品が占めます。
主力商品は業務用のだしパックです。市販のだしパックはパックの中に粉砕したかつお節が入っているものが定番ですが、それとは全く異なる製造法といいます。「かつお節からエキスを抽出し、かつお節とエキスを混ぜ合わせます。乾燥させてパックに詰めて完成です」
この製法で作ると濃厚なうまみの素が完成します。パック1袋(50グラム)で9リットルものだしが取れるそうです。
削り節・粉末・液体だしなど、業務用・一般用を合わせて400点以上のアイテムをそろえています。「多種類のアイテムを販売するのは効率が悪い」と周りの経営者に忠告されたこともあるそうですが、アイテム数は増え続けています。
「旅館、ホテル、割烹など、だしの味にこだわる職人さんたちのリクエストに応えてきたからです。現在、だしパックは90種類以上、削り節は100種以上をそろえています。これほど多くのだし商品を用意しているのは、全国でもフタバだけだと思います」
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江口さんは2012年、29歳で社長に就任しました。継ぐ決意をしたのは、2代目の父を亡くした中学生のころだったそうです。「正直なところ、当時は何を扱っているかすら知らなかったのですが、祖父の代から続く会社です。迷わず継ごうと心に決めました」
父に代わり、叔父が3代目に就任。江口さんは東京の求人広告会社に就職後、08年にフタバに入社して取締役となりました。その3年後に社長となりましたが、そこには3代目の思惑があったそうです。
「父も社長に就任したのは29歳のころ。叔父は『お前も29歳で会社を継ぎなさい』と告げて身を引きました。さらに『会社を百八十度変えなさい』とも。フタバのチャレンジ精神を途絶えさせるなというメッセージだったと思います」
江口さんは社長就任後、一般向け商品の拡大を図りました。当時の売り上げ構成比は1%ほど。過去にはギフト需要に力を入れた時期もありましたが、成果が出ず撤退したといいます。
江口さんが社長就任と前後して始めたのが地元スーパーでの店頭販売でした。しかし、営業社員が商品の紹介をまじえて買い物客にアピールしますが、思うように売り上げは伸びません。
それでも全国に売り出そうと、各地の牛乳配達会社に営業をかけて、牛乳と一緒に家庭用だしパックを購入してもらえるように促しました。しかし、こちらも結果は惨敗でした。
「失敗の原因は明らかでした。思いつきでチャレンジしていたからです。一般向け商品を成功させるには、ターゲット層やニーズを明確にしなければ……。一から出直しとなりました」
経営戦略の見直しを余儀なくされた江口さん。思いつきで事業を始めた理由は、会社に経営理念がなかったからだと考えました。「目指す方向を定めるには、価値観やビジョンを言語化しなければ」と強く感じたそうです。
そこで12年に「安全とおいしさを提供し続け、新たな価値を創造し、社会の発展に貢献する」という経営理念を掲げました。社員と共に自社の強みを洗い出し、社会にどう貢献していきたいのかを考えて生まれた言葉です。
「創業社長は世になかったエキスパックを生み出し、『新たな価値』をつくることで会社を育てました。『安全』『おいしさ』は食品会社として当たり前に大切にしてきたことです」
「ダシを科学する」という事業理念も掲げました。この意識は約20年前から醸成されてきたもので、当時の経営者が開発や研究分析に重きを置いて設備投資し、多様なだしを展開するためのキャッチフレーズとして生み出されました。その言葉を、フタバの強みとして大切にしていこうと理念化しました。
これらの考え方は、社内間ではなんとなく共有されてきましたが、改めて言語化したことで社員に浸透したのです。
経営理念を掲げたことで、江口さんは「新しい価値を創造すること」の大切さを再確認しました。創業社長がエキスのだしパックを作ったように、強みである加工技術を生かし世になかったものを発信したい――。やるべきことが見えた瞬間でした。
だしパックを作るノウハウを他に活用できないかと考え尽くし、15年に発売したのが「素材調味だし」シリーズです。
当時、高騰して原料不足となったかつお以外のだしに着目して生まれました。はまぐり、しじみ、ホタテなどの貝、エビ、カニなどの甲殻類、鶏やタイなど11種類をそろえています。作り方はだしパックと同様、素材からエキスを抽出して濃縮します。発想の転換で、全く新しい商品が誕生しました。
調味だしは和食だけでなく、洋食や中華などでも重宝され、フレンチレストランや中食産業などへの販路が拡大。動物由来の食品不使用の野菜だしも開発し、ビーガン需要にも対応しています。販売初年度は売り上げ1千万円を達成し、ヒット商品となりました。
江口さんは一般向け商品をさらに広めようと、17年に新ブランド「ON THE UMAMI(オンザウマミ)」を立ち上げます。工場内に商品を購入できるショップもオープンしました。
だしパックのほか、炊き込みご飯の素、パスタソース、カレーなどをリリースしました。「ダシではなく 『うまみ』に着目することで、トマト、チーズ、鶏など幅広い商品展開ができるようになりました」
ブランド化のもう一つの利点は、地元新潟の食材の「地産地消」ができるようになったことです。津南町の雪下にんじん、新潟市のトマト、糸魚川市の紅ズワイガニなどを使った商品もあります。
「新潟県ではカツオや昆布がとれず、遠くの静岡や北海道だけから素材を調達して加工することに長年違和感がありました。うまみに着目してラインアップを増やすことで、地元食材を使えるようになって良かったです」
22年には総工費約2億円をかけてショップをリニューアル。カフェ、ミュージアム、料理体験教室が一体となった施設になりました。
カフェでは、ダシのうまみを生かした体にやさしい味わいの料理を提供しています。ショップでは、地元燕三条産のカトラリーやキッチングッズ、自社農園の野菜、手づくりスイーツなども販売。ダシパックの製造工程が学べるミュージアム&ラボ、だしパックやみそ玉づくりの体験なども用意しました。
「これまで地元の人にとって、フタバは何をしている会社かわからなかったと思うんです。ブランドを立ち上げ、ショップをオープンすることで認知度がぐっと上がり、地域に根づいてきたと感じています」
リニューアルによって客数は10倍にアップし、市外からも訪れるように。フタバ商品のファンが増えたことで、社員は誇らしく感じているそうです。
江口さんはショップ敷地内にビニールハウスを設置し、「アクアポニックス」という循環型農法で野菜栽培とチョウザメの養殖にも取り組んでいます。
アクアポニックスとは、植物の水耕栽培と魚の養殖を同時に行うシステムです。魚の飼育水槽と水耕栽培装置をつなげることで、魚のフンを肥料に野菜が育ち、浄化された水は魚の水槽に戻ります。汚水を出さない農法とされています。
現在、ビニールハウスでは小松菜やレタス、ハーブを栽培し、カフェで提供する料理の食材として使用しています。
チョウザメの養殖はまだ実験段階ですが、「チョウザメは骨や身などをまるごと使ってダシをとってみたい。希少な卵(キャビア)はカフェの料理で提供予定です」と言います。
20年からは、農家だった江口さんの母が所有する1ヘクタールの畑を活用し、野菜や果物の栽培を始めました。サツマイモ、神楽南蛮(新潟の伝統野菜の唐辛子)、タマネギ、メロンなどを育てています。
タマネギは自社製品のドレッシングやだしパックの原料に、そのほかの野菜や果物はカフェで提供する料理の材料になっています。なかでも2種類のサツマイモでつくる「しぼりたて蜜芋モンブラン」が人気となっています。
04年から始めた海外事業の販路開拓にも注力しています。会社を継いだ当時の取引先は10カ国でしたが、今はその2倍に拡大。韓国、タイ、豪州、台湾などの日系レストランや居酒屋、ホテルで、フタバのだしが使われています。
「海外で売れる商品は液体ダシで、使い勝手の良さから需要があります。かたや主力のだしパックの売り上げはいまいち伸びず……。海外はダシをとる文化がないからでしょうね」
こうした取り組みが評価され、23年には「新潟県経済振興賞」(新潟博覧会記念財団主催)を受賞しました。「現在、海外事業の売り上げは全体の10%ほど。まだ伸びる余地があるので、開拓を続けたいです」
江口さんが様々な新規事業にチャレンジするのは、創業時からの精神を体現しようという意志の表れでもあります。
「父の口癖は『やってみればいいじゃん!』でした。失敗しても改善して学びにすればいい。何も行動しないのが一番ダメだ。その考えが私にもしみついたのです」
2代目だった父は江口さんとビジネスの話をすることなく、この世を去りました。しかし、その経営哲学は地元紙の記事などに残されており、江口さんはそれを何度も読みながら、父のメッセージを自分のものにしようと努めたそうです。
「フタバはだしの専門会社ですが、カフェ、物販販売、農業などに幅が広がっています。今後もいろんなチャレンジを構想中です」
目を輝かせてフタバの未来について語る江口さん。今後は、廃棄するかつお節を飼料や肥料にする事業も考えているそうです。
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