アントレプレナーシップとは?人材を採用・育成するポイントを解説
アントレプレナーシップを特別なものだと思っていませんか?アントレプレナーシップは、組織変革において不可欠の能力であり、どの企業でも開発が可能なものです。どのように高められるのかを、さまざまな視点から具体的に組織開発コンサルタントの専門家が紹介します。
アントレプレナーシップを特別なものだと思っていませんか?アントレプレナーシップは、組織変革において不可欠の能力であり、どの企業でも開発が可能なものです。どのように高められるのかを、さまざまな視点から具体的に組織開発コンサルタントの専門家が紹介します。
目次
アントレプレナーシップとは「起業家(企業家)」の考え方や行動を指す言葉です。新しい事業を創造し、リスクを許容しながらやり切る精神・姿勢を示します。
アントレプレナーシップは「起業家精神」と訳されることも多いものの、起業家になるための心構えを意味するわけではありません。あくまで新事業のプロジェクトリーダーを含めたさまざまな職業に求められる能力を指します。
アントレプレナーとアントレプレナーシップの定義については統一的な見解がありません。多くの研究者によって支持されているのは、ハーバード・ビジネス・スクールの教授ハワード・スティーブンソン氏の定義です。同氏はアントレプレナーシップを「個人が現在コントロールできる資源に捉われることなく、機会を追求するプロセス」と定義しています。
アントレプレナーシップのある人材には、いくつかの特徴があると考えられています。見極める指標として不可欠な要素は、姿勢・思考パターン・心理特性です。採用時には過去のエピソードから、行動に至った背景やプロセスを具体的に確認することが大切です。
また本章で紹介する要素は、従業員への教育にも生かせます。実際にアントレプレナーシップを発揮している人を対象にした研究や実際の組織事例から参考になるポイントを紹介します。
見極める指標として、アントレプレナーシップの特性を明らかにする研究「アントレプレナーシップ・オリエンテーション(EO:Entrepreneurship Orientation)」があります。この研究から、代表的な特性を紹介します。
ジェフリー・コーヴィン氏とデニス・スリーヴァン氏が1989年に発表した論文によると、アントレプレナーシップにおいて重要な姿勢は三つあります。
これら三つの姿勢は、アントレプレナーシップにおいて重要な要素であり、ビジネスの成功に欠かせないと研究結果で明らかになっています。
続いて、ハーバード大学のクレイトン・クリステンセン氏ら3人の共同研究者による論文を紹介します。当論文によると、イノベーティブ・アントレプレナー(革新的な起業家)に共通する思考パターンは以下の四つです。
この四つの思考パターンを持っている人ほど、革新的な事業を生み出す確率が高いと結論が得られています。
クエスチョニング(Questioning)とは、現状に常に疑問を投げかける態度のことです。まずは「WHY(なぜ)それが必要なのか」「なんのためにやるか」と目的を明確にしましょう。そこから「What if(もし私がこれをしたら〈if〉、世の中はどうなるか〈what〉」を考え続けます。現状維持に満足せず、常にクリティカルに思考することで新しい創造につながります。
オブザーヴィング(Observing)とは、興味を持ったことを徹底的に観察する思考パターンです。時間を忘れて夢中になるといった好奇心や探求心も含まれます。
エクスペリメンティング(Experimenting)とは、疑問・観察により「仮説を立てて実験する」思考パターンです。アマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏は幼少期から仕組みを観察したり、発明や実験に関心を示していたエピソードが多くあります。アップルの創業も自宅ガレージが発祥で、身近な環境を生かし、まずやってみるという点が、アントレプレナーに共通している姿勢です。
アイデア・ネットワーキング(Idea Networking)とは、「他者の知恵」を活用する思考パターンです。イーベイ創始者のピエール・オミダイア氏は「自分がどう考えるか」ではなく、「まずこの問いを誰と話すべきか」と答えています。多くの人は「アイディアを盗まれてしまうのではないか」「否定的な意見を言われたくない」と話すことに躊躇(ちゅうちょ)してしまうでしょう。
しかし、アントレプレナーであれば情熱を持ってプレゼンする姿勢を見せます。この積極性が逆に多くの知見を引き出し、アイディアを膨らませながら協力者を増やす活動にもつながります。
筆者が関わってきた組織開発コンサルの事例から、以下の三つの心理的特性を紹介します。
組織変革や新規事業の立ち上げにおいて活躍できるアントレプレナーたちにも、共通している要素です。それぞれの内容について解説しましょう。
多くの成功しているアントレプレナーに共通する特徴として、幼少期からの強い好奇心が挙げられます。好奇心のなかでも、新たな知識・経験・人間関係を求める欲求は「拡散的好奇心」と定義されます。
拡散的好奇心は、知的好奇心や共感的好奇心の基礎になり、新たなイノベーションを生み出します。
アントレプレナーたちの特徴の二つ目は、ポジティブ感情が常態化していることです。ポジティブ感情(ポジティブエモーション)とは、心地よい感情や感覚を指します。主に以下の例が挙げられます。
アントレプレナーは、常にポジティブ感情を絶やさず、前向きな思考や行動で難しい状況を乗り越えています。
アントレプレナーたちの特徴の三つ目は、自己効力感が高いことです。自己効力感(self-efficacy)とは、ある目的を達成するための行動力が自分には備わっていると認識する概念を指します。自己効力感が高い人ほど、積極的に新たな活動に挑戦し、目標達成に向けての創意工夫をおこないます。
アントレプレナーシップが必要とされる理由は、既存の事業環境に変革が求められている背景に大きく関係しています。ここでは、代表的な例を三つ取り上げます。
アントレプレナーシップが必要とされる理由は、日本の国際競争力の低下を改善させるためです。グローバル化が進んだ社会で生き残るには、国際的な競争力を養わなければなりません。
スイスのビジネススクールIMDが発表した「IMD国際競争力ランキング(2023年)」によれば、日本の国際競争力は下落傾向にあり、2023年の順位は調査対象となった64の国・地域中35位でした。1997年以降で過去最低の順位です。
こうした現状を打破するためにも、アントレプレナーシップを育てて新しい産業を生み出すことが求められています。
日本経済が行き詰まりを迎えている理由の一つに、イノベーションが挙げられます。世界第3位の経済水準を保持するには、イノベーションを目指す改革や戦略づくりが必要です。
グローバルアントレプレナーシップモニター(Global Entrepreneurship Monitor、以下GEM)は、各国家のデータを用いた実証研究をおこなっています。
GEMの調査結果によると、日本のスタートアップの活動は世界と比較して低い水準にあります。2021年調査における日本の起業活動の水準(TEA) は6.3でした。昨年度よりも0.2減少したものの、2019年の5.4よりは大幅に上昇しています。しかし、世界の水準数値は10を超えています(参照:起業家精神に関する調査 p.8、10|みずほ情報総研株式会社)。このTEAの数値の低さは、日本社会全体の大きな課題であり、一昼夜で解決できるものではありません。
このような状況を打破するために、アントレプレナーシップを発揮する人材が求められています。
コロナ禍や家族形態の変化によって、顧客ニーズは常に変化しています。買い物の頻度や時間においても、以下のような変化が見られました。
企業は市場動向や顧客行動の変化に対応し、新たなビジネスモデルや製品・サービスを開発することが求められています。このようなイノベーションを起こすためには、アントレプレナーシップを発揮する人材が不可欠です。
アントレプレナーシップを重視することには、さまざまなメリットがあります。そのなかでも、代表的な例を解説しましょう。
アントレプレナーシップを持つ人材が自ら積極的に仕事をつくり出すことで、社内が活性化されます。全体的に積極性のある組織となれば、オリジナリティーのあるアイデアが生まれたり、意見交換が活発になったりしやすいでしょう。社員一人ひとりが自発的に考えて動き、力を発揮することで企業全体の生産性向上にもつながります。
アントレプレナーシップを持つ人材は、既存の事業にとらわれず、顧客のさまざまなニーズに対応します。顧客視点のPDCAスピードが速くなると、新たなビジネス展開の可能性が高くなります。トライ&エラーの数だけ、事業展開の可能性が広がるでしょう。
アントレプレナーシップを持つ人材は、リスクを恐れずチャレンジできるメンタリティーを備えています。既存の成功体験や経路依存にとらわれず、斬新な発想力で市場を切り拓きます。日本の国際競争力低下が懸念されるなか、現状を打破できる行動力は、競争力回復のために必須となるでしょう。
アントレプレナーシップを備える人材の採用は、簡単ではありません。せっかく採用に至っても、組織環境が合わずに転職してしまうこともあるでしょう。既存環境を整えて、アントレプレナーシップが育つ環境をつくりましょう。
社内の風通しをよくすることは、アントレプレナーシップの高い組織をつくるうえで重要です。新しいチャレンジや今までにない意見を許容できるような組織づくりを意識しましょう。
また、上司部下の関係がフラットであることは、迅速な情報伝達・共有が実現できます。組織の意思決定速度も早められ、状況変化への柔軟な対応が可能になります。社内のコミュニケーションを活発化させるべく、気軽に発言できる雰囲気づくりを心がけてください。
社内の風通しがよくなるコミュニケーションルールを紹介します。
主なコミュニケーションルール | 具体例 |
---|---|
一人ひとりとのコミュニケーション | 自由に意見交換できる場の提供 |
仕事以外の場所での関係構築 | 部活や飲み会制度の実施 |
挑戦する姿勢を認め合う | サンキューカード(感謝の言葉を相手に伝える制度)の実施 |
工程やプロセスの評価 | コンピテンシー評価(行動特性にもとづく評価)、プロセス評価(過程を重視する人事評価)の導入 |
チャレンジ精神を公平に評価すれば、良かった点や改善点が明確になります。この取り組みを意識することで、アントレプレナーシップの醸成につながるでしょう。
人には、過去の情報や慣習に従って判断してしまう癖があります。前例にとらわれない環境をつくるには、こうした人間ならではの特性を理解しておくことが大切です。
その風土づくりの一環として、バイアス研修(偏見や偏った思い込みを理解する研修)などを取り入れるとよいでしょう。また、新たなチャレンジを推奨する仕組みを制度化することも効果的です。
新しいアイデアや取り組みは必ずしも成功するとは限りません。失敗を許容し、その経験から学べる環境づくりが大切です。失敗を許容する文化がつくられると、従業員がリスクを恐れずさまざまな仕事にチャレンジできるようになります。失敗から何を学ぶのか検証する時間をしっかりと設け、チャレンジそのものが推奨される仕組みをつくりましょう。
既存の組織内でアントレプレナーシップの育成をおこなうには、以下で紹介する取り組みが有効です。
裁量権を持たせるメリットは、従業員が自信を持てるようになる点です。指示どおりに動くだけでは、挑戦できる仕事も限られてしまいます。従業員が自ら判断し、行動することでアントレプレナーシップを発揮する機会が増えます。
しかし、裁量権を持たせると責任も大きくなるため注意が必要です。プレッシャーに耐え切れず、ストレスで心身に支障が出るケースもあるでしょう。裁量権を勘違いして、同僚に横暴な振る舞いをする従業員も現れやすくなります。裁量権を与えるメリットとデメリットは、事前にしっかりと把握しなければなりません。
アントレプレナーシップに必要なスキルや資質の教育を実施することも、従業員の育成方法として重視されます。具体例として、文部科学省が2022年度に実施した「全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム」を紹介します。
プログラムの入門編では、起業家による体験談の講演などがおこなわれました。主にデザイン思考・仮説思考などの思考法を学びます。応用編では、本格的な経営戦略やマーケティング法が学習内容として組み込まれました。
次世代のアントレプレナー育成として、ほかにも以下の取り組みが実施されています。
自社で実施できそうなものがあったら、導入を検討してみましょう。
アントレプレナーの育成には、アイデアコンテストやハッカソン(テーマに沿ってチームでソフトウェアを開発し、技術力や想像力を高めるイベント)も効果的です。従業員に新しいビジネスモデルやイノベーションを生み出す機会を提供し、創造性を育ませましょう。
これらの取り組みによって、従業員が自分で考え、判断しながら行動できるようになります。
筆者が現役時代、所属していた組織のトップが常に「現状維持は、後退していることと同じだ!」と言っていました。人は、生存本能からリスクを嫌う傾向があります。アントレプレナーシップを高めると、チャレンジすることに喜びや楽しさを見出せるようになります。無謀なチャレンジをせず、確実に結果を出す組織に育てるためには、次の要件を満たすことが大切です。
変わり続ける市場に対して、組織をどのように変革させられるかが経営の醍醐味でもあります。この記事を参考に、アントレプレナーシップを持った人材の育成に力を入れましょう。
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