2023年5月、上田さんは初めてバングラデシュに足を踏み入れました。2車線道路に4本の車列がひしめき合い、クラクションがけたたましく鳴り響く街中の雰囲気に圧倒されたといいます。「交通インフラは未整備の部分も多く、国としてまだまだ発展途上。でも、とても可能性を感じました」と話します。
2023年2月、ソーシャルビジネスを通じて社会問題の解決に取り組む田口さんから「バングラデシュのエシカル革製品を手がける工場で、新たにスニーカーにチャレンジしたいので技術指導をしてくれないか」という打診を受けたのです。
上田さんが、2020年3月に「brightway」というユニセックススニーカーブランドを立ち上げており、高級婦人靴で培った「美しく見せる」技術を持っていることを知っていたからでした。
一方の上田さんも、ビジネスとして成立させつつ、ソーシャルグッドな取り組みも両立させようとする田口さんや仲間の姿に共感し、長くかかわり続けるアドバイザーに就任することを決めたのです。
「ボーダレス・ジャパン」のバングラデシュにある工場では、シングルマザーや障害者など、ほかではなかなか勤め先が見つからない貧困層を中心に約800人を雇い入れていました。
上田さんは「現地に行くと、悲壮感はまったくなくて、むしろ働いていることを誇りに感じている様子でした」と振り返ります。上田さんが工場を回ると「ボス(上田さん)、これでOKか?」と質問攻めに遭うなど熱心に働く姿が印象的でした。
一方で、靴づくりの基礎知識を教える人材が不足しており、製造工程の一つひとつについて「なぜこうする必要があるのか」という理論・ノウハウを全員に共有・浸透させる必要がありました。
上田さんにとっても学びの多い機会となったといいます。家業のインターナショナルシューズでは、職人たちの世代交代の時期が近づいています。今までのように、あうんの呼吸で仕事は進められなくなり、一つひとつ言語化しなくては教えられません。
上田さんは「今回、技術指導をしながら、実は一番学ばせてもらったのは私だったかもしれません」と振り返りました。
技術指導を引き受けた二つの原体験
バングラデシュ工場のアドバイザー就任にあたり、周りから「将来にライバルになるかもしれないところに技術指導しても大丈夫?」と気遣う声もあったといいます。
これに対し、上田さんは、バングラデシュ工場から今後、研修生を受け入れて一緒ものづくりに取り組むなど、競合ではなく協業の可能性があること、実際に行ってみて「お互い得手不得手があるので、すみ分けできる。何よりも自分たちがこれまで築き上げてきた靴づくりの技術やノウハウを通じて社会課題の解決に貢献できることがとてもうれしい」と感じたことを伝えています。
田口さんから打診されたときに二つ返事で引き受けたときのことを改めて振り返ってみると、二つの原体験があったといいます。
一つは、祖父や父母からの「困っている人からお願いされたら喜んで力になりなさい」の教えです。上田さんが小さなころから祖父母や両親のいま儲かるかだけの判断軸ではない、相談されてできることなら協力する姿を見続けてきたことです。
そして、もう一つは、大学生のころ、バックパッカーでブラジルを旅していてファヴェーラ(貧民街)に迷い込んでしまったときの体験です。親切な子どもに案内され、無事に宿までたどり着けたとき、お礼に飲み物をごちそうしようと招き入れようとすると頑なに拒まれました。
「No,This is another planet.」という言葉とともに。
同じ地球で同じ人なのに、生まれた場所が違うだけでここまで子どもに言わせてしまうことに愕然とし「何か自分にできることはないか」とずっと考えていたのだといいます。
ファッション業界は長らく、ファストファッションを中心に大量生産・大量廃棄を続け、その背景にいる低賃金で働く途上国の労働者に支えられてきたという側面があります。
「プレーヤーとして課題を解決する一助になるために、今回をきっかけに貢献できればと考えています」
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