100社以上とコラボする猿田彦珈琲 枠にとらわれない成長戦略の舞台裏
東京都内を中心に21店舗を展開する猿田彦珈琲は、俳優から転身した創業社長の大塚朝之さん(42)が自社で生豆の調達から焙煎(ばいせん)、抽出の工夫まで一気通貫で手がけ、店舗運営だけでなくコーヒー豆の卸業や100社以上の企業とのタイアップなど多角経営に取り組んでいます。後編は同社の象徴となった「ジョージア」シリーズとのコラボ実現の背景、店舗展開や海外進出の成功と挫折、チャレンジ精神を引き出す人材育成に迫りました。
東京都内を中心に21店舗を展開する猿田彦珈琲は、俳優から転身した創業社長の大塚朝之さん(42)が自社で生豆の調達から焙煎(ばいせん)、抽出の工夫まで一気通貫で手がけ、店舗運営だけでなくコーヒー豆の卸業や100社以上の企業とのタイアップなど多角経営に取り組んでいます。後編は同社の象徴となった「ジョージア」シリーズとのコラボ実現の背景、店舗展開や海外進出の成功と挫折、チャレンジ精神を引き出す人材育成に迫りました。
創業から約3年後の14年4月、日本コカ・コーラ社から猿田彦珈琲監修の「ジョージア ヨーロピアン」シリーズが発売され、恵比寿の小さなコーヒー店の名前が一躍全国へと広がりました。
きっかけはその2年前、大塚さんが日本コカ・コーラ社から「コーヒーの『サードウェーブ』について話を聞かせてほしい」と依頼されたことでした。
「僕なりの答えや考えを伝えさせてもらいました。『ハンドドリップで1杯ずつ淹れる日本の喫茶文化をまねしたのがサードウェーブ』という説明が当時は有名でしたが、それはあくまで表面的な内容かもしれず、僕は『コーヒー豆のダイレクトトレードをベースにしたことこそ、サードウェーブ』と話しました」
大塚さんによると、コーヒーのファーストウェーブはおおまかにいえば1960年代に起きました。米国で真空パック包装の技術が開発されたのを機に、コーヒー豆は大量消費の価格競争時代に入ります。大手企業が原産国の豆を安く買うため、農園は疲弊し品質が落ちるという悪循環が起き、消費者のコーヒー離れが起こったのです。
スターバックスコーヒーに代表される90年代のセカンドウェーブでは、高品質のコーヒーを求める流れが広まり、原産国への技術支援も広がります。
さらに、生産地や豆の個性を楽しむスペシャルティーコーヒーを楽しむ流れができたのが00年代のサードウェーブです。適正価格で取引し、生産国の貧困を救済しながらおいしいコーヒーを求める動きが生まれました。
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輸入などに関わる間をとりもつ会社が主導で決めるのではなく、消費者に限りなく近いコーヒー店自体が主体的に選べる仕組みです。産地のコーヒー銘柄をエリア指定し、小さな単位で選ぶことができるという流れは、個人店単位でも注文しやすくなったという点で、自分の欲しい素材が選びやすくなったことを意味しています。
大塚さんは日本コカ・コーラ社の社員数十人に向けてそうしたコーヒー文化を解説。産地ごとの豆の個性を生かして焙煎したコーヒーもふるまいました。
「コーヒー豆にはフルーツのような酸味と甘みがあります。深煎りだとカラメルのような風味になり、酸を残した状態で焙煎すればバナナやイチゴのような風味が感じられる。その個性を体験してほしいと思いました」
大塚さんの話は好評で、その後は日本コカ・コーラ社のマーケティングやR&D(研究開発)の担当者が、毎週のように猿田彦珈琲を訪れてくれました。
そして13年夏、大塚さんは突然、日本コカ・コーラの本社に呼ばれ、試作用の缶コーヒーを渡されました。飲んでみると、猿田彦珈琲で提供している「猿田彦フレンチ」に近しい味がしました。担当者からは「味のディレクションをしてほしい」と言われたといいます。
突然の申し出と高いクオリティーの缶コーヒーに驚いた大塚さん。その日の深夜、東京・恵比寿の1号店の裏にあった公園で、創業メンバー4人による緊急会議を開きました。
「大手企業とコラボしなくても、僕らは有名になれる」。自分たちのコーヒーに自信を持っていたこともあり、メンバーは全員反対の意向でした。大塚さんも同意見でしたが、頭の片隅では別の想いもありました。
「僕はコーヒーと出会うまで本当にお金がなくて、賞味期限切れの弁当でしのぐこともありました。コーヒーに生かされた部分があるので、どこかでコーヒーと猿田彦大神に恩返しをしたいと思っていたんです」
「僕たちは“猿田彦”さんの名前を拝借し、食べさせてもらっている。缶コーヒーを通じて、その名前がさらに広まるといいよね」。大塚さんがそんな話をすると、涙を流したメンバーもいたといいます。
14年、猿田彦珈琲監修の「ジョージア ヨーロピアン」シリーズが発売され、その名は大きく広がりました。
缶コーヒーやペットボトルは、猿田彦珈琲で提供しているスペシャルティーコーヒーの1杯500円という価格帯では発売できません。それでも、手に届く価格帯で最大限にいいものを作ろうと、大塚さんたちは口に含んだ時のなめらかさやきめ細かさといったマウスフィール(質感)を重視し、日本コカ・コーラ社と試作を重ねたといいます。
低価格帯の商品の監修で、高品質なコーヒーを扱う猿田彦珈琲のブランド力が落ちるリスクは考えなかったのでしょうか。
大塚さんは俳優をしていたときの経験を踏まえ、こう語ります。
「名優たちはテレビドラマ、映画、CM、それぞれで芝居のやり方見せ方を変えています。テレビの方がわかりすい少し大げさな芝居で、映画だったらもう少し自然に見えるような芝居にするなど、本来難しいことを簡単に変化させるのが当たり前のようにやり抜きます。店のコーヒーとは販売価格が異なる缶コーヒーでも、僕たちならできることはあるはず。そうした発想が根底にありました」
猿田彦珈琲監修の「ジョージア ヨーロピアン」シリーズは人気を集めてラインアップを増やし、今も店頭に並んでいます。猿田彦珈琲という名前も広まり、これまで進めてきた企業タイアップは累計100社以上にものぼります。23年7月には、東京海洋大学とコラボしたコーヒー「超深海ブレンド」も発表しました。
なぜ猿田彦珈琲が支持されるのでしょうか。味や豆へのこだわりもさることながら、大塚さんは「“猿田彦”という名前のインパクトではないでしょうか。“大塚珈琲”ではこうはならなかったはずです」と言います。
12年前、小さな店からスタートした猿田彦珈琲は、19年に三菱商事の出資を受け、今では21店を展開しています。
「順調そうに見えますが、これまで国内で3店舗を閉じています。10%以上の確率で店をつぶしている計算です。ひとえに僕が勉強不足だったこともありますが、立地や条件が良いから必ずしももうかるわけではありません」
18年には台湾への進出も果たしましたが、すでに撤退しています。「日本以上に人件費をかけてしまう作戦ミスがありました。そうなるといくらお客様が入っても、利益が出なくなってしまいました」
コロナ禍の影響も受けました。2020年3月、東京・原宿に店をオープンしましたが、その数日後に緊急事態宣言が発令され、1日の売り上げが120万円から20万円にまで下がったといいます。「内装費などに2億円くらいかけたので、そのときはやばいなと思いました」
そうした苦境にも、猿田彦珈琲は三菱商事の下支えを受けながら、積極的な出店攻勢で立ち向かっています。路面店だけでなく商業施設や地方まで、店の規模感は様々ですが、出店基準は特に設けていないといいます。
「基準を設けず、常に新しいチャレンジを続けることで枠にとらわれない店づくりをしたいんです」
大型の焙煎機がガラス越しに見える「調布焙煎ホール」をはじめ、アイスクリームショップを併設した店や、またパン職人の従業員を採用したことを機にベーカリー併設の店も立ち上げ、コーヒーを軸にして業態を広げています。
23年7月に開業した「吉祥寺 井の頭公園前店」でもユニークな試みを始めました。週2日は、同社の広報で、松竹芸能所属のお笑い芸人コーヒールンバとしても活動する平岡佐智男さんが運営する「サチオピアコーヒー」として、オリジナルコーヒーなどを展開します。
大塚さんは「吉祥寺店は小さな路面店ですが、猿田彦珈琲の世界観に目を向けるという、社内や社会への意思表示でもあります」と言います。
店舗が拡大するにつれて、大塚さんは人材育成の仕方も変えました。
「以前まで、入社後1年以上経たないスタッフはエスプレッソマシンに触れませんでしたが、数年前からバリスタの大会に出場経験を持つスタッフが指導方法を整えました。今は入社後1~2カ月のトレーニングでマシンを使えるようにしています。みんなコーヒーを淹れたくて入社してきますので、信じて任せるというのが大事と思っています。経営者としては勇気がいることですが」
同社の看板になった「調布焙煎ホール」も、大塚さんはアイデアなどを出すのみにとどめ、内装など実際の店づくりはスタッフに任せました。
「すべての業務を自分1人で抱えることはできません。僕はコーヒー豆や焙煎については譲れない部分も多いですが、それ以外は比較的他のスタッフにゆだねることも多いですね。失敗したら修正すればいいんです」
今後の課題は「多店舗展開でもクオリティーをコントロールしていくこと」と大塚さんは言います。猿田彦珈琲を10年後には100店舗にまで増やすことが目標です。
創業から12年で猿田彦珈琲を急成長に導いた大塚さんの目に、代々続く家業を継ぐ後継ぎ経営者は、どのように映るのでしょうか。
「創業者より後継ぎ社長の方が絶対難しいですね。家業のストーリーだけでなく、負の連鎖も継がなければならないですから」
「負の連鎖」の乗り越え方として、大塚さんは「ビジネスで何かをやろうとするとき、人から文句が出るのは当たり前。必要以上に人の顔色をうかがっているのなら、それを捨てる訓練をすればいいのではないでしょうか」
大塚さん自身も人の顔色を伺ってしまうタイプで、やりたいことを自分の中に押し込めて、後から悔やんだ経験が多くあるそうです。
「情報を察する能力は重要ですが、顔色をうかがうことで自分への規制になり、トライしなくなってしまうんです。何でも挑戦しないと結果にはつながりませんから」
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