1万いいねの菜箸立てはいくつ売れた? 開発者が感じた怖さと喜び
金属加工を手掛けるステンレスジョイント(兵庫県尼崎市)2代目社長の平岡雄策さん(37)は、試作した菜箸立ての動画をツイッター(現X)に投稿したところ、1万いいねという大きな反響を獲得しました。予想以上の需要を感じた平岡さんは急きょ商品化の準備を進め、投稿からわずか2日でECサイトでの販売にこぎつけます。SNSでのバズはどこまで売り上げにつながるのか。舞台裏を平岡さんに聞きました。
金属加工を手掛けるステンレスジョイント(兵庫県尼崎市)2代目社長の平岡雄策さん(37)は、試作した菜箸立ての動画をツイッター(現X)に投稿したところ、1万いいねという大きな反響を獲得しました。予想以上の需要を感じた平岡さんは急きょ商品化の準備を進め、投稿からわずか2日でECサイトでの販売にこぎつけます。SNSでのバズはどこまで売り上げにつながるのか。舞台裏を平岡さんに聞きました。
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きっかけとなったのは、2023年6月27日の正午に平岡さんが個人アカウントで投稿したツイート(現ポスト)です。自分で欲しくて試作したステンレス製の菜箸立てを紹介するという内容でした。
ちょっといいですか?自分が、お鍋の時に欲しくて開発して作ったコンパクトな「菜箸立て」です。自分がコップの底不衛生なのが嫌なので、洗い易いよう底板が外れるようになっていて、パッキンがなくても中に水が注げるくらいの精度があります。こんなん欲しかってん、という方おられますか? pic.twitter.com/PABUUWseYE
— HIRAOKA Yusaku 平岡 雄策 (@HiraokaYusaku) June 27, 2023
菜箸立ては洗いやすいよう、筒状の本体から底板がすぐ外れるようになっています。筒と底板はパッキンもネジもないのにピタリとかみあい、上から水をいれてもこぼれません。この様子を映したデモンストレーション動画に注目が集まり、「パッキンなしで水がそそげるのはすごい」「面白いアイデア」「売ってたら買っちゃう」など多くのリプライが寄せられました。投稿は瞬く間に拡散。136万のインプレッション(表示回数)と、1.1万のいいねを記録しました。平岡さんも「ここまでになるとは思わなかった」と振り返ります。
ステンレスジョイントは1975年創業、従業員数16人の町工場。密閉性が求められる配管や容器の製作を手掛けており、こうした精密加工は専門分野でした。「加工の精度が高ければパッキンがなくても流体を止められるというのは、ものづくりをしている人間にとってはそこまで不思議なことではないですし、めちゃくちゃに高度な技術、というわけではありません。しかし一般の人にとってはあまりなじみがない技術で、身近な水を使ってわかりやすく見せられたことで、バズにつながったのだと思います」
菜箸立ての名前は「hazure(ハズレ)」といい、「底板がはずれる」「固定観念からはずれる」といった意味を込めました。平岡さんが最初に試作したのは2020年。想定よりコストがかかり、需要もわからなかったため、一度はお蔵入りとなっていたものです。2023年、別の商品の購入者から意見をもらう中で商品化の可能性を感じ、再び試作に取り組みました。
今回の投稿の一番の目的は、「需要があるのか、欲しい人がいるのかを知ることだった」と平岡さんは話します。反響次第では商品化も検討しようとしていたものの、数カ月かけてゆっくり進めるつもりだったといいます。そのため投稿時はECでの販売準備もなく、価格も決まっていない状態でした。
しかし6月27日の正午の投稿から間もなく、予想を大きく超える反響が寄せられます。突然訪れたチャンスに、平岡さんは急きょ対応を迫られました。
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頭を悩ませたのが、生産数と価格のバランスです。生産数を増やせば一個あたりのコストは抑えられますが、作りすぎて在庫が出れば大きな赤字となってしまいます。「ツイートでの反響はありがたかったですが、『欲しい』と投稿してくれた人も、いざ販売したときに本当に買ってくれるかはわからない。その怖さはありました」
最終的に、初回ロットの生産数は50個、1個あたり税込み5940円で販売することに決定。バズったツイートから2日後の6月29日に、自前のECサイトで販売を始め、ツイートでも新たに告知をしました。生産については、コストを下げるため、この加工を得意とする協力会社の工場に委託しました。
生産数と価格を決める際、ツイッターでの反響やリプライの声を参考にはしたものの、「厳密に数字をカウントしたわけではない」といいます。
「体感的に、売れるのは数十個くらいかなと思いました。ただ生産数が10~20個ではコストが高止まりしてしまう。生産コストを下げられるのが50個くらいからだったので、この数字に決めました。思い切って100個にするか迷いましたし、正直ちょっと博打的な要素もあったと思います」
生産した50個のhazureのうち、7月末までに売れたのは44個。平岡さんの見立てはおおむね当たることになりました。ツイートがバズった直後は「もっと多いケタで売れるかなとも一瞬考えた」といいますが、最終的には慎重な判断が吉と出ました。
「過去の経験からかんがみても、やはりSNSは、熱しやすく冷めやすいところがあると思います。最初のバズツイートも、多くの人に見られるのは一時的。後になって私が『販売します』とツイートしても、最初にバズツイートを目撃した人はもうそれを見ていないと思うんです。大きい波はすでに去っていて、ラストスパートとして、祭りの後に残っているみなさんに声をかけるというイメージでした。少数ながら、(ロングテール的に)ピンポイントでこういうものが好きだ、という方々に出会うことができました」
反響をいただいています底の外れる菜箸立てを、ひとまず予約販売にて数量限定で発売します。ご要望ある限り、追加で製造販売します。名前は「hazure (はずれ)」になりました。詳細はリプライとtodoro公式ストアの商品ページをご覧ください。刺さる人にとっての「あたり」になりましたら幸いです。 pic.twitter.com/DxnEaqMWDy
— HIRAOKA Yusaku 平岡 雄策 (@HiraokaYusaku) June 29, 2023
販売方法でも工夫をしました。生産の完了を待ってから注文を受けて決済するのではなく、先に購入サイトで決済までしてもらい、生産ができ次第商品を購入者のもとに届ける、予約販売の形をとりました。
「納品まではどうしても3~4週間ほどかかってしまいます。最初に興味を持ってくれた人も、その間に買う気がなくなってしまう可能性がある。なので購入サイトから先に決済をさせてもらいました。数量ありきで価格を決めた私のリスクも減るし、お客さんも欲しい人が確実に手に入れることができたと思います」
hazureは9月に入り、初回生産分がすべて売り切れたため、購入希望者が一定数を超えれば、再製作に取り掛かる予定です。
ツイートでの反響が一定の売り上げにつながったポイントについて、平岡さんは以下の3点を指摘します。
バズったツイートの投稿が6月27日の正午。そこから約48時間後の6月29日の正午ごろには、ECサイトでの販売を始めました。この間に、生産数と値段の決定、量産用図面の書き直し、協力工場との打ち合わせ、販売ページ用の動画作成、といった作業をほぼ一人でこなしていきました。「タイムアタックのようだった」と平岡さんは振り返ります。ネット上の熱が冷めきらないうちに販売を始めたことが、売り上げのプラスになりました。
最初のバズツイート時に「買います」「販売したら教えてください」など明らかに前向きな反応をしてくれていたアカウントには、「販売開始しました」と個別にリプライを飛ばしました。一方で買うかどうか微妙な反応のアカウントには、嫌悪感を持たれないようむやみにリプライはしないようにしたといいます。
7月末時点で売れた44個に対し、動画再生回数は46万回という数字でした。単純計算すれば、動画の視聴者のうち購入に至った人の割合は0.01%ほど。とても高い割合、とまでは言えません。「44個売れたのは、母数となるそもそもの閲覧数が暴力的に多かったから、という見方もできる」と平岡さんは話します。
EC販売の準備と並行して、平岡さんはhazureの意匠権をとるため、特許庁への出願も6月28日におこないました。半年ほどかかる審査で認められれば、他社がhazureと同様のデザインの商品を販売したときに、販売差し止めや損害賠償を請求するなどして模倣を防ぐことができます。
ただ、今回のケースのように、出願前にデザイン(意匠)をネットで公開した場合は、登録の要件である「新規性」を失うため、そのままでは意匠登録は認められません。すでにSNSで公開済みであることを申告する「新規性喪失の例外規定の適用手続き」をあわせてする必要があります。平岡さんもこの手続きを行いました。
特許庁の担当者によると、手続き上の不備がなければ、出願前にSNSで公開した場合の例外規定の適用は「ほぼ認められる」とのこと。特許庁としても想定しているケースであり、実際に認められた事例も少なくないそうです。
とはいえ、一連の手続きにも費用がかかります。特許庁のHPによると、意匠権の出願時にかかる費用は1万6000円。意匠権が認められた場合も、登録料として1~3年目は毎年8500円を、4年目以降は毎年1万6900円を納付する必要があります。せっかく登録した商品が十分に売れなければ、毎年登録料ばかりが出ていくことになるため、平岡さんも「どこまで防御にお金を割くか、なかなかバランスが難しいところ」と話します。
その後、hazureは特許庁の審査を経て、2023年11月、ぶじに意匠登録されました。例外規定の適用も、問題なく認められたそうです。
hazureの販売主体はステンレスジョイントではなく、平岡さんが個人の資金で運営している「todoro(トドロ)」というものづくりブランドです。立ち上げたのは2015年。平岡さんが自身で企画設計した金属の小物を販売していて、ウェブサイトには箸置きや靴べらといった商品が並んでいます。収益を上げることよりは、「町工場で面白いものが作れることを証明したい、職人さんの仕事や金属加工の技術にスポットライトを当てたい」という思いを第一に運営しているといいます。
hazureの初回ロットは売り上げの読みがあたったことで損失こそ出ませんでしたが、「自分の人件費を換算したら実質赤字では」と平岡さんは笑います。
「今回のバズツイートで、インプレッションの多さがそのまま売り上げに結び付くわけではないという難しさは感じました。ただ売り上げとは別に私が大事にしている『町工場の地位向上』という点では、すごく効果があったと思います。todoroで大きな手ごたえになり、おおげさな言い方ですが、ものづくりをする人間としては自分の存在が肯定されたようで、生きててよかったと思いました」
実際にhazureが手元に届いた購入者からは、「金属加工の技術力の高さにこの価格以上の価値があると感じた」、「見た目も使い勝手も収まりも良い」、「一生大事にします」といったレビューが寄せられました。
「最近はtodoroのようなBtoCでの情報発信が、本業のBtoB事業の受注につながることもあります。これからもライフワークとして、コツコツ試作品を作って発信していきたいですね」
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