とくにワインは、酸味や渋味が苦手。クリスマスに恋人と過ごす雰囲気づくりにワインを買っても一口二口飲むのが精一杯でした。一方で、酒席でワイワイと楽しそうにする人たちを見て「あんなに飲めたら楽しいだろうな」とうらやましく思うこともありました。
新卒からロート製薬で働き始めて3年が過ぎた2018年の夏、休暇で実家に戻った北川さんは決算書の損益推移を見て「危険信号が出ているのを感じました」と振り返ります。2003年の酒類販売自由化より量販大手が酒類販売に参入、ECの台頭など経営環境が大きく変わっていたのです。
転機は、2020年春。新型コロナが日本でも広がり始めます。地元の飲食店・バーなどに酒を卸していた「きたがわ」は売上高7割減という事態に見舞われます。
このとき、北川さんは27歳。親から求められたわけではないのですが「家業に戻るのは、今しかできない」とロート製薬を退社することを決めました。
最初の仕事は取引先へ「正しく納品すること」
家業に戻った北川さんが最初に取り組んだのは「正しく納品すること」でした。家業のきたがわは、地元の取引先は居酒屋、バー、スナックなど200軒に上ります。こうしたお店が忙しくなる20~21時になると、一気に注文が入り始めます。
電話での注文や店を回って注文を集めてくると、売上伝票を発行し、店まで納品し、当日または後日集金する…という対応が必要です。
しかし、忙しさなどから、欠品した商品の発注を忘れていたり、売上金の回収状況があいまいで掛残高が膨れ上がっていたり、仕入れ価格が変わっているのに、元の値段で売ってしまって利益率を落としてしまっていたりといろんな問題が見えてきました。
さらに、仕入伝票を個人の机のなかで管理していたり、日別の集計が間に合っていなかったりと経営の数値管理ができていない状況でした。
こうした課題に対し、まず、商品のデータもエクセルで一元管理することから始めました。これにより、商品の値上げもすぐに売価に反映することができるようになりました。個人で管理してしまっていた伝票も「保管場所と保管ルール」を明確にするようにしました。
課題一つひとつに取り組んでは、マニュアルを作っていきました。最初は北川さんがそばでサポートし、慣れてきたら仕事を任せるということを繰り返していくうちに、伝票を探し回る時間も減り、集金や欠品で取引先から怒られることも減っていきました。
酒が苦手だから気づいた甘口ワインの価値
とはいえ、新型コロナの終息まで数年かかるかもしれないという状況。北川さんは新しい収益源を作ろうと考えます。
これまで苦手意識から酒を遠ざけていたため、北川さんは「消費者の感覚がまったくわかりません」。そこで、30人へのインタビューから始めます。
「特定の銘柄が好きだから、ひたすらそれを買っている」、「○○地域のお酒だから買いたい」……。当然ながら、寄せられる意見はバラバラ。それでも、インタビューを続けるうちに、一つの切り口が見えてきました。
それが「甘さ」でした。普段からお酒を飲まない人ほど、甘い酒はおいしいと感じやすい傾向に気づきます。
ワインや日本酒、リキュールなど、苦手ながらいろんな酒を試しては、味の特徴や感想をメモアプリに記録していた北川さん。メモを読み返すと、たしかに自身もほどよい甘さがあるワインや酒ならおいしいと感じていました。
そこで、日常的にワインを飲む機会の少ない知人に甘味のあるワインを試飲してもらうと、「今までで飲んだワインで一番おいしい」という感想がもらえ、北川さんは手応えを感じます。
しかし、きたがわで経営しているワインショップを見渡しても、甘味のあるワインは限られていました。それもそのはず、ワインの味がわかるようになるほど、白ワインの酸味、赤ワインは渋味(苦味)をベースにした複雑な味わいを求める人が多くなるからでした。
「いきなり酸味や渋味のあるワインを好きになるにはハードルが高い。だからこそ、甘味のあるワインを届けることで、ワインを楽しむ魅力を感じる入口を作れないか、元々は苦手だった自分だからこそ、届けられるのではないか」と考えるようになりました。
OEM先を探しに北海道内を2000km
北海道もワイン産地の一つです。しかし、元々生産量の少ない甘口ワインを安定して作ってくれるワイナリーは限られています。家業のつながりを駆使してもなかなか見つかりません。
北海道内を車で走り回って、走行距離が2000km達しようかというころ、七飯町に本社を構える「はこだてわいん」が生産を引き受けてくれることになりました。
父親からは反対されていたので、北川さんはこれまで貯めた貯金数百万円をほぼすべて投入し、ワインの製造を依頼し、専門家の手を借りてパッケージやブランドデザインを作ります。
そのため、前職で忙しい時はコンビニで買って済ませていた夕食も、自炊に切り替えました。「おかげで卵かけご飯のおいしさを知ることになりました」
そんな北川さんが取り組んだのは、まず実績をつくることです。
中小企業庁が主催する2022年度のピッチイベント「アトツギ甲子園」に出場し、「Symn」と名付けた新しい甘口ワインの可能性をアピールします。東日本ブロックの地方予選で敗退しますが、Symnが地元紙で取り上げられるなど広く知ってもらうきっかけになりました。
さらに、Makuakeで試験販売したところ、340人から目標金額を上回る約300万円の応援購入がありました。現在はSymnのECサイトで販売しています。
メインバンクから融資 「地に足のついた説明」が奏功
実績はできたものの、次に向けての資金が足りません。しかし、アトツギ甲子園やMakuakeの取り組みについて地元紙に掲載されたことで、メインバンク内でも話題になっていたようでした。
さっそく、別会社として事業を継続するための「創業計画書」や「事業計画書」、ビジネスモデル、競合優位性などを記したマーケティング資料、仕入れ計画などの資料を用意し、融資相談に臨みました。
雑談から始まり、資料の一つひとつの数字への質問へと移っていきました。「売上見込みには不確実性がありますが、これまでの実績をもとに地に足のついた説明をすることができました」
このことが融資へとつながりました。
Symnの価値はワインそのもの以上に「上質な時間」
Symnの製造は、再び今冬から始まります。融資を受けられたこともあり、2回目は初年度の倍の生産にチャレンジします。
アトツギ甲子園や専門家、友人らの力を借りて「Symn」の事業計画を磨き上げるなかで、北川さんがとくに力を入れたのが「価値の言語化」でした。
いろんな人と壁打ちを繰り返すなかで、ワインそのものも大切ですが、それ以上に、ワインがもたらす「上質な時間」を届けたいと考えていることに気づきます。
若者の酒離れが進むなか、頻繁に飲酒する20、30代の若者ばかりではありません。それでも、友人や家族、恋人と特別な時間を過ごすとき、おいしいお酒を飲むことで、大切な人との距離を縮め、少し特別な気持ちを感じられる……。北川さんはそんな時間を届けたいと考えています。
今では、北川さんも酒を飲みながら友人と過ごすことが、かけがえのない時間になっています。
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