目次

  1. 創業60年超 数十年前から自社製品を開発してきた
  2. 家業を継ぐというより 経営が面白そうに感じた
  3. 改革したいところはたくさんあったが……
  4. 新商品やアイデアは誰が出してもいい
  5. 企画書も上司へのお伺いも必要ない
  6. 業界全体の“未来”を考え C反生かした新製品
  7. 自分より社歴が長い社員は「先輩」

 ナダヤは灘さんの祖父であり相談役の灘進一さんが、財布を扱う問屋として1960年に創業しました。利益率を高めたいと生産にも着手、デザイナーを迎え入れ、OEMだけでなく自社オリジナル製品の開発・製造にも着手していきます。

 より利益率を高めるべく、エンドユーザー向けのマーケットにも進出します。直営店を出したり、インターネットショップなどを通じた直販も手がけたりしています。

革製品の縫製過程

 現在はOEM、卸、直販の3本柱で事業を進め、財布のほか、名刺入れ・鞄などの革製品を手がけています。自社ブランドは10以上、売上高約5億円、従業員は内職メンバーを含めると国内で50人以上、そのほかタイの自社工場に100人ほどのメンバーを抱えるまでに成長しています。

 祖父から後継ぎの話はよく聞かされていたそうですが、父親からは自由にしていいと言われていたこともあり、大学では興味のあった数学や物理化学を学ぶ基礎工学を専攻します。

 しかし、就職活動の時期になり、さまざまな業界、企業、職種を知るにつれ、経営という仕事に魅力を感じていきます。そして自分は、経営という仕事を手に入れることのできる立場にある。そう思い、家業を継ぐことを決意します。

 好調な業績やビジネスモデルが有名な、キーエンスの販売促進部門で経験を積む道を選びます。キーエンス時代は新商品開発の戦略立案、営業の売上を最大化するサポートを担うなど、今後に生かされる業務経験を積んでいきました。

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