寺社・飲食店だけじゃなかった京提灯 小嶋商店は受注の半分を海外に
伝統的な京提灯作りを続ける小嶋商店(京都市東山区)。約200年続く工房で、10代目となる小嶋俊さん(39)と諒さん(34)の兄弟は、寺社や飲食店からの注文が頼みだった従来の経営に危機感を覚えます。新たな提灯作りを模索する中、がむしゃらな行動力が縁を引き寄せ、有名企業とのコラボや、インスタレーションなどに活躍の場を拡大。海外からの注文を大きく伸ばしています。
伝統的な京提灯作りを続ける小嶋商店(京都市東山区)。約200年続く工房で、10代目となる小嶋俊さん(39)と諒さん(34)の兄弟は、寺社や飲食店からの注文が頼みだった従来の経営に危機感を覚えます。新たな提灯作りを模索する中、がむしゃらな行動力が縁を引き寄せ、有名企業とのコラボや、インスタレーションなどに活躍の場を拡大。海外からの注文を大きく伸ばしています。
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小嶋商店の創業は、江戸・寛政年間(1789~1801年)。神社や飲食店の軒先に灯される提灯作りを長く手掛けてきました。多くの観光客が行き交う祇園・南座の正面玄関を飾る巨大な提灯も、小嶋商店が製作しています。
京提灯の特徴は「地張り式」と呼ばれる製法。竹で作った輪を1つひとつ糸で繋いで、丸い骨組みを作ります。長い竹ひごをらせん状に巻いて作る、他の製法に比べて手間はかかるものの、丈夫で長持ちするのが特長です。そのため、屋外で使われる提灯に適しています。
兄弟は2人とも18歳で、工房に入ります。提灯を作る祖父や父の姿をずっと見てきたので、自然な流れで提灯を作るようになったと言います。
「他の道は考えなかったので、今思えば、小さい頃から提灯づくりが『かっこいい』と映っていたんだと思います」
2人は工房で技術を磨きつつも、経営に危機感を覚え始めます。当時、全国の神社や問屋から注文はありましたが、基本的には「受け身」の態勢。自分たちで売り上げや販路をコントロールできず、元請けからの注文がなくなれば一気に経営が苦しくなる状態でした。
兄弟は「下請けだけでは食べていけない。生き残るためには、何かをしないと」という意識を強くしました。当時、結婚を考えていた俊さんは、「これでは、家族を養っていくのは無理だ」と、より焦りを感じていました。
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2013年、兄弟は「小菱屋忠兵衛」という新ブランドを立ち上げました。
「ブランド化することで、『小嶋商店』の看板では難しかったチャレンジがしやすくなるのでは」と考えたそうです。この名前、実は初代の屋号。「初心に帰ったものづくりに励もう」という気持ちを込めたといいます。
とはいえ、提灯作りに心血を注いできた2人にとって、経営はまったくの門外漢。新ブランドで具体的に何をするかは定まっていない状況でした。しかし「考えて一歩を踏み出せずにいるより、まずはスタートして、走りながら修正する」というのが俊さんのスタンス。提灯作りの合間をぬって、京都の伝統工芸で活躍する先輩や知り合いの経営者をたずね、どのように家業を成長させればよいかを聞いてまわりました。
「とにかくがむしゃらだった」と俊さんは振り返ります。
一方、父の護さんは、「作り手は、あまり表に立たないほうがいい」と、兄弟のやり方に反対しました。「新しくなにか始めることで、古くからの取引先や同業者に迷惑をかけるのではと心配だったんです」と護さん。これまでずっと工房に籠っていた護さんは、「人に会いに行く」とたびたび外に出かける俊さんの行動が理解できず、何度も衝突しました。
新ブランドの手ごたえがないまま、2年ほどがたった2015年。がむしゃらに人に会い続けた結果、小嶋商店のターニングポイントともいえる出来事が起こります。
兄の俊さんが、これまでにも助言をもらっていた老舗京金網屋「金網つじ」を訪ねたときのことです。そこで偶然、「スープストックトーキョー」を手掛けた、実業家の遠山正道さんに出会いました。
「提灯のことを少しお話しすると、数日後に、遠山さんが小嶋商店の工房に足を運んでくれました」
遠山さんが2人の提灯作りに興味をもったことで、話はとんとん拍子に進みます。遠山さんは、自身がプロデュースするセレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」の京都祇園店(現在は閉店)のオープニングに合わせて、提灯をオーダー。2015年にオープンした店内に、小嶋商店の提灯が飾られました。
店内では、デザイナーによって大小さまざまな形の提灯が立体的に配置され、アート作品のような使われ方をしていました。これまで、提灯といえば神社や軒先などで明かりを灯すものと考えていた兄弟にとって、見たことのない世界観でした。「一目見て、驚きと感動を隠せませんでした」と振り返ります。
PASS THE BATONがメディアに露出し、提灯が多くの人の目にとまったことで、急に道が開けていきました。有名企業などから、「コラボ商品を作りたい」といった相談が次々に来るようになったのです。
「金網つじの工房にいたのは、ほんの5分か10分程度。あと数分ずれていたら遠山さんと出会うこともなく、今の小嶋商店はなかったと思います。この機会がなかったら工房をたたんでいたかもしれません」
小嶋商店はその後、ユニクロやフランク・ミュラー、ストリートファッションブランドのSupremeなど、さまざまな企業とのコラボレーションを実現していきました。手間のかかる手作業のため、多くの注文をこなすのは簡単ではありませんが、家族総出でなんとか仕上げていきました。
なかでも、Supremeとのコラボ提灯はすぐさま話題となり、短時間で完売したそうです。
提灯のポテンシャルに改めて気づいた兄弟は、海外での展示会やデモンストレーションにも力を入れていきました。
初の大規模な海外イベントとなったのは、2019年のフランス・ボルドー装飾美術館で開催された「日本の提灯」展覧会。提灯製作の実演やワークショップも行いました。
「始まる前は反響が心配でしたが、美術館の外に約1500人の行列ができたほどの盛況ぶりでした」
同館の学芸員も、「小嶋商店の提灯は他のものと全く違う。紙でできているとは思えない強度がある」と絶賛。現地の人と触れ合った兄弟も、大きな手ごたえを感じたといいます。
その後も2019年に、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)の学生と共同で、イタリアの見本市・ミラノサローネに出展。提灯を使ったインスタレーションは、デザインの祭典に訪れ人たちに驚きを与えました。2022年には、チェコのプラハ国立美術館で、直径150cmの大提灯を製作実演。そして今年4月には、オーストラリアのビクトリア国立美術館で、現地のアーティストと共同制作したインスタレーションを披露しました。
海外展開にあたっては、2人の幼馴染みの武田真哉さんが強力な助っ人となりました。
機器メーカーに勤務しドイツのベルリンに駐在していた武田さんですが、リモートでの通訳など兄弟を手伝う機会が増え、「自分の経験が生かせる」と、小嶋商店の一員になることを決めました。
「小嶋商店の提灯は絶対に格好いい。迷いはありませんでした」と武田さん。現在、海外とのコミュニケーションや運営管理などを担い、小嶋商店を支えています。
小嶋商店の名前や製品が海外でも知られるようになると、国外からの問い合わせが増えていきました。
特に多かったのが、照明器具などインテリア分野の注文や相談です。有名デザイナーとのコラボレーションといった大きなプロジェクトから個人宅のオーダーまで、規模の大小を問わずメールが舞い込むようになりました。2022年は、依頼の約半数が海外からとなり、受注の割合が大きく変わっていきました。
こうした流れの中、兄弟はそれぞれ、次の取り組みに着手します。
2021年、兄の俊さんは日本海に面した京丹後市に移住。新たな提灯の可能性を模索したいと、工房「小嶋庵」を設立しました。現地で暮らす6人の職人が交代で作業するほか、展示や製作体験などを通して、開かれた工房には多くの人が訪れています。
いっぽう、ファッションに詳しい弟の諒さんは、新ブランド「JINAN」を立ち上げました。自社の提灯をプリントしたTシャツや、「火(ひ)袋(ぶくろ)」というバッグなどを販売しています。火袋とは、提灯の紙で覆われた部分のこと。コットン製のバッグに、ライトを点灯させたスマートフォンを入れれば、提灯さながらの手に持てる灯りになります。
こうした数々の取り組みが功を奏し、新たな取引先が増え続ける状況に、先代の護さんも「2人が新しいことをやろうとしたときは反対しましたが、いまではとても感謝しています」と言います。実績を重ねる兄弟のやり方を徐々に認め、今では良き理解者として2人を見守っています。
小嶋庵で日々、提灯づくりを見ている俊さんの8歳になる長男は、「将来は提灯を作りたい」と言っているそうです。
「嬉しい気持ちと、素直に喜べない複雑な思いで聞いています」と俊さん。次の代の心配が、頭をよぎることもあるようです。
とは言え、これからも新たな挑戦に取り組み、見たことのない提灯の世界をつくっていきたいと意気込む小嶋兄弟。次の展開が楽しみです。
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