就職決まらぬ学生へ「柔道部採用」 興徳クリーナーに若手11人が入社
「社会人になっても柔道を続けたいが、なかなか就職が決まらない…」。そんな悩みを持つ学生たちに向けて、アメリカで柔道を教えていた産業廃棄物処理会社「興徳クリーナー」(大阪府岸和田市)の取締役片渕一真さん(36)は、会社に「柔道部」を設立し、柔道部採用を続けています。以前は慢性的に人不足に悩まされていましたが、柔道部をきっかけに4年間で11人の若手が入社しました。そのなかから未来を担うリーダーとなる社員も育ちつつあります。
「社会人になっても柔道を続けたいが、なかなか就職が決まらない…」。そんな悩みを持つ学生たちに向けて、アメリカで柔道を教えていた産業廃棄物処理会社「興徳クリーナー」(大阪府岸和田市)の取締役片渕一真さん(36)は、会社に「柔道部」を設立し、柔道部採用を続けています。以前は慢性的に人不足に悩まされていましたが、柔道部をきっかけに4年間で11人の若手が入社しました。そのなかから未来を担うリーダーとなる社員も育ちつつあります。
目次
興徳クリーナーは、片渕さんの祖父がはじめました。当時の泉南地方には捺染(染色)工場が多く、工場のタンクに溜まった汚泥をリサイクルするために作った会社でした。
いまは「優良産廃処理業者認定」を受け、産業廃棄物処理やリサイクルを手がけています。このほか、産業廃棄物に特化した研究開発にも注力しています。こうして九州から関東まで、食品・製造・研究・行政など1000を超える企業や行政機関と取引を続けています。
2017年からは運送会社や人材派遣会社、同業者向けITシステムの販売会社など計6社から成るホールディングス体制に移行。2022年度の興徳クリーナーの売上は約22億円、グループ全体では約31億円にのぼります。
片渕さんは、三兄弟の末っ子として生まれました。柔道をはじめたのは、3歳のころ。先に柔道をしていた兄二人の影響でした。兄たちは大阪府や全国の大会でチャンピオンになるほどの実力の持ち主でしたが、自身は「小中学生の頃はあまり結果を残せませんでした」。
しかし、スポーツ推薦で入学した東海大附属仰星高校で大阪チャンピオンに輝きます。その後、東海大学に進学。大学3年生で「全日本学生柔道優勝大会」の団体メンバーとして準優勝を、大学4年生で全国優勝を手にしました。
大学卒業後は、柔道講師として二度のアメリカ留学を経験。アイダホ州立大学やジョージタウン大学、ネイバルアカデミー(海軍士官学校)で柔道を教え、充実した日々を過ごしました。
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帰国後は、横浜にある携帯基地局の施工管理会社に就職。半年ほど沖縄に出張していたときに両親が訪れ、父から「営業担当者が一人辞めるから帰ってこい」と言われました。
父の言葉を素直に受け入れた片渕さんは2013年に家業に入りました。入社後は営業からスタートし、2019年には部長に就任。仕事に熱心に取り組みながら、仲間とともに柔道も楽しく続けていました。
あるとき、片渕さんは「人材が確保できない」という課題にぶつかります。産業廃棄物処理業界は「3K(きつい、汚い、危険)」というイメージを持たれがちで、新しい人材の確保がとても難しかったのです。
「どうしようと考え、自分の持っている強みやツールを生かした“柔道部採用”を思いつきました」
片渕さんの言う“柔道部採用”とは、就職が決まっていない若手柔道選手のための採用活動を指しており、自社に柔道部を作り、社会人になっても柔道を続けられる環境を用意しています。
片渕さんが“柔道部採用”をはじめた理由は、3つありました。
1つ目は、自身が営業をしてきた経験から「柔道と仕事はよく似ており、柔道選手が会社の戦力になる」と感じたからです。
「僕自身、ずっと本気で柔道をやってきました。勉強をしてきたわけでも、この業界の知識があったわけでもありません。それでも仕事はできたし、売上や利益を伸ばせました。
柔道も営業も相手を前にして考えることはどちらも同じで、『対面している相手は今、何を考えているんだろう?』ということ。
柔道選手にはこの感覚が身についているから、入社すればきっと活躍してもらえると思いました」
2つ目は、今の若手選手の就職状況を知り、楽しく柔道を続けられる道を用意したいと思ったからです。
本気で柔道をしている若手選手の多くは「就職してからも柔道を続けたい」と、その実現が可能な警察官や刑務官、教員になる道を選びます。
彼らは、一般的には内定が決まっている人が多い大学4年生になっても、柔道に打ち込みます。なぜなら、大会で結果を残せれば、警察に入りやすくなったり実業団を持つ会社から声がかかりやすくなったりするからです。
試合は5~9月にかけて、遅いものだと11月ごろまであります。警察官や刑務官の公務員試験があるのは、11~12月。不合格でも諦めきれない場合は、翌年2月にある最終試験を受け、3月末の結果発表を待ちます。
立て続けにある大会のために十分な就職活動ができない。さらに、公務員試験の日程も遅い…。最終試験に落ちてしまうと、4月からの就職先を見つけることはほぼ不可能な状況でした。
「柔道をしたいなら、警察官・刑務官・教員以外にも道があっていいと思います。社会人として柔道を続けてもいいですよね。人間、死ぬまで働かないといけません。だからこそ、きちんと仕事をしながら、楽しく柔道を続けられる場所を提供したいと思ったんです」
3つ目は、アスリートのキャリア形成のサポートをしたいと考えたからです。
長年スポーツに打ち込んだアマチュア選手の中には、一度も正社員として就職することなくアルバイトを続け、40歳や50歳を迎えたときにキャリアを構築できていない人がいるといいます。
この現実を知り、まず就職の機会を提供し、その人自身のキャリア作りに少しでも役に立てればと思ったのでした。
2019年、片渕さんは一般的な新卒採用とともに、“柔道部採用”をはじめました。
“柔道部採用”の方法は、いたってシンプル。母校はもちろん、柔道の名だたる大学や地方の大学の柔道部の先生に電話し、『誰かいい子いないですか?』と声をかけていきました。
4月から電話をかけ始め、その後も定期的に連絡を続けました。しかし、反応はほとんど無し。翌年の1月末から2月ごろに電話をかけたときに、はじめて「一人いるよ!」と返事がある程度でした。
それでも良い出会いに恵まれ、2020年4月には “柔道部採用”で4人の新入社員を迎え入れました。それからは毎年1~5人程度入社し、制度開始から4年間で11人の採用に成功しています。
雇用形態は2つあります。「翌年も公務員試験を受けたいと」希望する人には1年間の契約社員雇用を、「興徳クリーナーでずっと働きたい」と希望する人には正社員雇用を用意し、本人の希望に応じて選べるようにしています。
近年は、自社の部員からの紹介で入社する社員も出てきました。
ただし、“柔道部採用”だからと言って、特別扱いはしません。入社後は、一般の新卒生と同様に現場に配属。半年から1年間の現場経験を経て、各自の適性や能力を考慮し、配属先を決めていきます。
これまでに「家業を継ぐため」「警察官や刑務官の試験に受かったため」などの理由で4人が退職しましたが、7人は今も活躍中です。
那須優一さんと砂田将吾さんは、“柔道部採用”の1期生として入社しました。
刑務官を夢見ていた那須さんは希望の結果が得られず、大学卒業後は飲食店でアルバイトをしていました。翌年、2度目の試験にチャレンジしましたが結果は不合格。そこで、以前からよく知っていた片渕さんの誘いを受け、興徳クリーナーに入社しました。
「当時はどんなことをしている会社かまったく分かっていなかったのですが、とりあえず『柔道ができる』『就職できる』とうれしい気持ちでした。社会人になってこんなに楽しく柔道をできることはなかなかないと思うので、これからも続けていきたいです」
砂田さんは教員の採用試験に落ち、今後について悩んでいたときに、“柔道部採用”で興徳クリーナーへの入社が決まっていた大学の同級生から「柔道部を作る会社があるけど、どう?」と声をかけられました。
「『お世話になった柔道に恩返しをしたい』という思いを叶えられることと、社会人になっても柔道を続けられることから、当社を選びました。今後も業務に励みながら、生涯柔道を続けていきたいと思います」
入社から4年経ったいま、那須さんはこれから新しく立ち上げるビジネスの現場リーダーになるべく副主任を、砂田さんは従業員の安全を守るために立ち上げられた安心管理推進センターを任され、それぞれ活躍しています。
片渕さんも「当社の未来を担うリーダーとなる社員が柔道部から出てきているのは、やっぱりうれしいですよね」とうれしそうです。
柔道部の練習は週に1日か2日、平日の夜に岸和田市の運営する武道場を借りて行います。練習も試合も参加は自由。片渕さんは「柔道部を強くすることに興味がない」と話します。
「僕は1日ちゃんと働いて、みんなに認められた上で柔道をすればいいと思っているんです。
柔道部のメンバーには、柔道が強かろうが弱かろうが関係なく岸和田市に来てもらって、必要があれば会社の寮に住み、仕事をしながら柔道をやってもらっています。
もちろん試合に勝てばうれしいですが、その前に『楽しい』とか『好き』という気持ちを大切にして欲しいと思っているんです。あくまでも軸足は仕事に置きながら、柔道を長く続けてくれればいいなと思っています」
片渕さんがそう思うようになったのは、アメリカ留学での気づきがあったからでした。
「日本では『柔道は小さいときからするもの』というイメージがありますが、アメリカでは30歳や40歳からでも柔道をはじめる人が大勢います。そこから趣味として長く続ける人も多い。日本とは違う柔道に対するスタンスを見て、『いくつになっても、自分が楽しければ柔道をすればいい』という考え方になりました」
その考え方は、柔道部の練習風景にも表れています。
部員は、練習に妻や子どもを連れてきてもOK。柔道部以外でも、親子で練習に参加する柔道未経験の社員もいます。誰もが楽しく柔道に取り組み、子どもたちが元気に道場を走り回る姿を見られるのは、興徳クリーナー柔道部ならではです。
片渕さん自身も月に1~2回は練習に参加し、柔道部の監督として1人ひとりと仕事やプライベートな話をすることを心がけています。
柔道部をはじめたころ、練習中に部員が話すのは「疲れた」という言葉ばかりでした。
しかし、今は仕事のできごとや進め方についての相談に変わったといいます。「業界の専門用語を使って話しているのを聞くと、成長を感じられてすごくうれしいです」と片渕さんは喜びを感じています。
1年という期限付きで採用する場合、興徳クリーナーにメリットはあるのでしょうか。
「中小企業は慢性的に人が足りません。『1年だけでも勤めてくれる』と分かっていることは、企業にとっても実はメリットがあるんですよ。要員計画が立てやすくなりますし、補助作業をしてもらえるだけでも大分助かります」
「会社の若返り」というメリットもありました。“柔道部採用”をはじめてから、二つある工場の平均年齢がそれぞれ20代後半と30代前半に若返ったのです。若手社員が増えたことで、社内の雰囲気も明るくなりました。
社員にとっても、同年代がいることはメリットになるといいます。
「同年代の仲間がいると、同じ価値観を共有しながら話ができます。仕事をしているといいことばかりではなく、嫌なことも絶対にありますよね。愚痴を言ってストレス発散できる仲間がいることは、結構大事だなと思っています」
“柔道”という共通項のもと、仕事だけではない関係性が築ける“柔道部採用”。会社を辞めた後も、部員同士で連絡を取り合っているそうです。
「みんなから(辞めた部員の)近況を聞けるのがうれしいです」
これからも一般の新卒採用とうまくバランスを取りながら、“柔道部採用”を続けていきます。
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