「ブラック企業」から女性活躍工場へ 日の出製作所3代目の人材登用
日の出製作所(川崎市川崎区)は、金属の製造加工を手がける町工場で、石川県にもグループ企業を抱えています。3代目社長の岩武志さん(44)は、リーマン・ショックのころから女性の働く環境を整え、管理職への登用や女性専用の更衣室の設置、新入社員主導の新商品開発、業務効率化による残業削減などを進めました。かつて社員から「ブラック企業」と言われた町工場グループは今、半数近くを女性社員が占め、工場長も担います。
日の出製作所(川崎市川崎区)は、金属の製造加工を手がける町工場で、石川県にもグループ企業を抱えています。3代目社長の岩武志さん(44)は、リーマン・ショックのころから女性の働く環境を整え、管理職への登用や女性専用の更衣室の設置、新入社員主導の新商品開発、業務効率化による残業削減などを進めました。かつて社員から「ブラック企業」と言われた町工場グループは今、半数近くを女性社員が占め、工場長も担います。
目次
日の出製作所は1960年、岩さんの祖父が創業。現在は難削材の加工を中心とした金属の製造加工を行っています。「チタンなど固くて粘性がある金属の加工が得意です。他社では一度柔らかく加工しなければ削れない素材も硬いまま削れる技術力があるので、素材の変質を防げます」
THKや日機装、黒田精工などの大手メーカーなどに向けて、工作機械や医療機器の部品や治具などを製造しています。
製造業の日の出製作所とサンテック(石川県輪島市)、飲食業の「美遊JAPAN」(川崎市川崎区)の3社でグループを構成し、岩さんは製造業2社の代表です。
社員数は2社合計で48人。22年度の売上高は計約5億円に上ります。
岩さんは04年に家業に入社。教員採用試験に通らず、悩んだ末の決断でした。「6歳まで工場の上で暮らし、父の働く姿を見てきました。いつかは継ぐと思っていたので、履歴書の志望動機欄に『父と仕事がしたい』と一言書いて応募しました」
最初に任されたのは、美遊JAPANの法人化と事業拡大でした。同社は岩さんの母が開業し、当時は中国茶の輸入販売が主力でした。岩さんは約2年間、川崎市の催事や大型ショッピングモールなどでの販売に従事します。
↓ここから続き
「法人化と事業拡大を経験すれば経営の基本がわかる。父は『後を継ぐときの役に立つ』と考えたのでしょう」
06年、岩さんは日の出製作所に配属されますが、子どものころかわいがってくれた職人たちの視線は冷ややかだったといいます。「私の肩書は社長付き兼営業で、四六時中、親子一緒でした。まるでスパイのように思われ、不信感を抱く社員もいました」
岩さんは「父と適切な距離感を取ろう」と決め、一緒に自家用車で会社に通うのをやめて、社員と同じく電車とバスで通勤しました。「職場はもちろんプライベートでも父を『社長』と呼びました」
営業からも一時離れ、検査や製造加工に従事。「製造経験のない若者が社員に認めてもらうには、誰よりも早く高品質な製品を作る技術が必要でした」
職人たちの風当たりも徐々に変わったといいますが「まだ認められた実感はありませんでした」。
中国茶販売の経験から「顧客に商品の魅力が伝わらなければ売れない」と痛感していた岩さん。「取引先や友人に尋ねられても、日の出製作所の魅力が言えない」という悩みがありました。
当時の日の出製作所には二つの弱点がありました。
一つは金属部品や治具の設計ができないことです。「仕事はすべて顧客から預かった図面に基づいており、製造加工のノウハウや技術はあれど、設計能力がない。ゼロからのものづくりができませんでした」
二つ目は社員の年齢構成のいびつさです。中堅層の30~40代がおらず、20代が入社しても定着しませんでした。「若手がおらず、言われたものを作ることしかできない。設計スキルの習得と若手社員の確保が課題でした」
08年のリーマン・ショック後、岩さんは新卒採用に踏み切ります。「採用を断念する企業が多く、優秀な若者を複数採用できました」
同年の新入社員は、11人中6人が女性。男性が多い製造業では異例でした。「当時は第一、第二希望を落ちた人が受ける『第三希望の会社』。その中で若い戦力を確保するには、女性が働きたいと思える環境作りが必要でした」
岩さんは社員の意見を参考に、女性ロッカーの拡大や女性専用休憩室の設置、作業着のデザイン刷新などを進めます。その後も女性社員は増え続け、現在の女性比率は、日の出製作所が3分の1、サンテックが2分の1です。
優秀な女性社員が続々と管理職に昇進し、現在、両社の工場長はともに女性が務めます。
女性が働きやすい環境を実現できた背景には、施設などのハード面だけでなく、教育や労働環境の整備というソフト面の改革もありました。
岩さんは08年ごろから、社員の設計スキル習得を推進しています。
09年からは毎年、自社開発のロボットを携え、川崎市のロボット異種格闘技戦「かわさきロボット競技大会」に出場。「ロボットの設計から製作まで手がけることで、社員の設計スキル習得に役立つと考えました」
10年には自社商品「ROBOROBO」の製造販売を始めます。旋盤やフライス盤で作った、金属製のオリジナルキャラクターストラップで、新入社員の教育カリキュラムの一環で始めました。「ものづくりの基本を楽しみながら覚えてもらえ、当社の基盤加工技術のアピールにもなります」
「ROBOROBO」は13年、女性が開発に貢献した商品に贈られる「神奈川なでしこブランド」に認定されました。女性社員が研修の過程で発案し、基盤加工技術にアイデアを加えたのが理由でした。
岩さんは「これらの施策が成功したことで、単なる加工屋から『加工技術を売る会社』に変わってきた」と振り返ります。
石川県のグループ企業・サンテックは、かつて残業時間が多く、中には80時間以上残業する社員も。そのため社員から「ブラック企業」とやゆされていたといいます。岩さんは15年に工場長として赴任すると、改革に動きます。
「役割分担と時間管理が不明瞭だったため、長時間労働が慢性化していました。新人はベテランのように感覚的には作業できません。何を、いつまでに、どの順で進めるべきか分からず、残業が増え、早期離職する社員も多かったのです」
生産管理と業務効率を向上させるため、岩さんは日の出製作所から清水理加さん(33)を呼び寄せ、ともに改革に着手しました。
清水さんは作業の時間割表を作成し、各社員の役割と作業内容、時間を「見える化」して、業務全体の流れを構築します。「いつ・誰が・何をやるか」が明確になり、作業時間が短縮して生産性が向上。社員の平均残業時間は4分の1以下になった一方、売り上げは2倍以上増えました。
その裏では、従来のやり方に慣れたベテラン社員との衝突もありました。「清水は現場で何度も頭を下げ、動いてもらうための方法を徹底的に考えました。責任感と実行力を頼りに登用しましたが、期待以上の働きでした」
以前は入社3年以内の離職率が8割超でしたが、現在は年に1人辞める程度に。育休取得率は100%。有休取得率も90%超を記録しています。清水さんはサンテックの工場長を経て、今は日の出製作所の工場長です。
岩さんは17年、製造2社の社長に就任し、新規顧客の獲得を加速させます。「入社当初は売り上げの95%を1社が占めていましたが、若手を採用し会社を成長させたいなら、1社依存からの脱却が必要でした」
新たな工作機械の導入で、チタン、インコネルなどの難削材加工や、より精度の高い切削・研削加工が可能になり、「現在のメインクライアントの売り上げ構成比は全体の50%です」。
ロボコン出場や自社商品の開発、若手女性社員の定着、新規顧客の獲得で、岩さんは「ようやくベテラン職人から認められたような気がしました」と言います。
21年1月にはIT事業課を設置。業務にオンラインを活用して多様な働き方を進めています。
「製造業は基本現場仕事。かつて男性社員が多かったのも『女性は結婚や出産を機にやめていく』という先代の考えがあったからでしょう。でも今は、女性のライフステージに応じて活躍場所を提供する会社でありたい」
IT事業課グループリーダーの室井未希さん(32)は、08年入社で子育て中の女性社員です。室井さんが主導して女性社員から意見を吸い上げ、就業規則や医療介護制度を見直し、在宅勤務を可能にしたことで、女性の設計技術者の採用にもつなげました。
「その社員は前職で育児を理由に退職していました。在宅勤務の導入で素晴らしい技術者が入社してくれました」(岩さん)
IT事業課では、結婚や出産、住まいなどの補助制度に関して、オンラインで相談に乗る「なんでも相談室」という試みを実施中です。
日の出製作所は10年ごろから、ドラマや映画の撮影に自社工場を貸し出す「ロケーション誘致」をスタート。15年に「日の出ロケーションサービス」として事業化しました。人気ドラマ「半沢直樹」など、これまで約30作品の誘致実績があります。
原点は、岩さんが入社当初に抱いた「会社の魅力が言えない」という思いでした。「社員が自慢できる会社にするための施策を考えていたところ、ちょうど映像制作会社から『ロケ地に使わせてくれないか?』というオファーがありました」
話を聞くと、同社はロケ地としてのメリットが多いことに気づきます。
「中心市街地から離れた海沿いの工業地帯で、撮影中に一般の方が来る心配もありません。高速道路の出口に近く撮影車両が入りやすい。ロケ地を貸してくれる町工場もほとんどなく、競合がいませんでした」
岩さんは快諾し、ロケの実績を積み上げました。同事業の売り上げは1%未満ですが、「相手の印象に残るため、採用や営業での効果は大きい」といいます。また、社内でも良い反応が得られました。
「自社が有名作品に登場したり、社員自身がエキストラ出演したりすると、本人やその家族に喜んでもらえます」
18年には、岩さんの弟・篤志さん(38)がグループの美遊JAPANに入社し、母・美恵子さんの事業を受け継ぎました。「『工業地帯で働く人に安全でおいしい食事を』という思いから生まれた食堂『Kitchen美遊』を中心に、川崎の食の魅力を発信しています」(篤志さん)
篤志さんに入社を持ち掛けたのは、兄の岩さんです。「弟は人にものの魅力を伝え、関係性を築く能力にたけています。美遊JAPANを託すことで、グループがさらに発展すると思いました」
期待通り、篤志さんは活躍してくれました。食堂運営だけでなく、ケータリングやイベント運営、商品開発など、食を軸に地域での活動を拡大。川崎市の担当者との縁も生まれ、日の出製作所製のゴルフパターが市のふるさと納税返礼品になり、22年は約20本を売り上げました。
岩さんは「祖父と両親が築いたグループ3社は『社員は家族』という考えに基づいています。私たちは事業を通じて家族のように身近な人たちを幸せにするのが使命と確信しています。その役割を弟と果たしたいです」と力を込めました。
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。