「自分も避けていた」介護の仕事 2代目はメディアを作って魅力発信
津市のライフ・テクノサービスは、介護のトータルカンパニーとして県内21カ所で介護施設や保育園などを運営し、約300人を雇用しています。2代目の中川敬史さん(42)は大学の研究職から家業に飛び込み、2022年に父から経営のバトンを受け取りました。人材不足が常態化する介護業界で事業を広げながら、給与のベースアップや、自社のウェブメディアの運営などによるイメージ戦略で、業界の底上げに奮闘しています。
津市のライフ・テクノサービスは、介護のトータルカンパニーとして県内21カ所で介護施設や保育園などを運営し、約300人を雇用しています。2代目の中川敬史さん(42)は大学の研究職から家業に飛び込み、2022年に父から経営のバトンを受け取りました。人材不足が常態化する介護業界で事業を広げながら、給与のベースアップや、自社のウェブメディアの運営などによるイメージ戦略で、業界の底上げに奮闘しています。
目次
ライフ・テクノサービスの前身は、中川さんの父が設立した医療機器輸入会社です。船の機関士として世界をめぐっていた父は、船を降りた後の仕事として、医療機器の輸入販売や、それらのプログラミングやメンテナンスを手がける事業を始めました。
次第に車いすなど介護用品の輸入も増え、1997年にトータル介護サービス会社として、母が経営する託児所と統合する形でライフ・テクノサービスを創業します。
当時高校生だった中川さんは、両親を見て「大変そう」とは思いましたが、仕事内容には特に興味を持たず、好きだった生物学の研究に没頭します。三重大学の大学院へ進み、「家業に入るつもりは全くなかった」そうですが、27歳のときに転機が訪れました。
2000年に介護保険制度が始まると、同社は福祉用具レンタル事業を立ち上げます。病院や介護施設だけでなく在宅介護にまで事業を広げ、業績も右肩上がりでした。
県内の事業所も増えていきましたが、中川さんは「父はどちらかというとトップダウン型で、事業が拡大する中で、辞める従業員も出て人手不足に苦しんでいました。長男として何か手伝えることはないかと考えるようになりました」。25歳からの2年間は大学で行っていた研究を続けながら、企画管理部の仕事を手伝いました。
「手伝いはじめて、介護や福祉のことをいかに知らなかったかを痛感しました。きつい、汚い、危険という3Kのイメージだけで敬遠していましたが、大変な部分だけではありませんでした」
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「福祉用具の導入や提案で、お客様がご自身の足で歩けるようになったり、寝たきりだった方が動けるようになったり、『家族に迷惑をかけている』と自分を責めていた高齢者の方が明るくなったり…。前向きな変化を目の当たりにして、この仕事の奥の深さに興味を持ちました」
研究職は個人で数字やデータと向き合うのに対し、顧客の声や反応がダイレクトに返ってくる福祉の仕事に新鮮さと伸びしろを感じた中川さん。27歳のとき研究をやめて、同社の正社員として働き始めました。
最初は、高齢者の在宅生活をプランニングするケアマネジャー(介護支援専門員)が在籍する居宅介護支援事業所への営業を担当。現場に出向き、車いすや杖、ベッドなどのレンタル、販売、配達、住まいのバリアフリー工事の提案など何でもやりました。
「福祉用具は、その人の体調や状態にあったものをご提案しないと、逆にケガをしたり、負担が増えてしまったりすることもあります。間取りや家族構成もそれぞれ違います。それらを加味し、いかにその人やご家族に合った提案ができるか。いわば人生のサポートをする仕事で、経験を重ねるごとにやりがいを感じました」
入社4年後の31歳には常務取締役に就き、経営に関わるようになると、事務作業のデジタル化を進めていきます。
「私が営業をしていたときは、報告書などの書類関係がすべて手書きでした。始めは紙資料をデジタルに置き換えるところから始め、OCRで文字の読み込み(手書き文字などのスキャン)や電子申請をできるようにしました。約10年前からiPadで顧客情報や業務管理をできるように、機器の導入や社内システムを開発して業務改善を進めてきました。そうすれば、訪問先の都合で待ち時間ができたときも事務仕事にあてられます」
ロスを減らした分、利用者との対話、現場の確認、商品導入後のアフターケアなど対人でしかできない仕事により多くの時間を使えるようになりました。
「ライフ・テクノサービスはその名の通り、生活の中にテクノロジーを取り入れて暮らしの質をあげる会社です。人にしかできない部分にリソースを割くことで、お客様の満足度アップにつなげたいと思っています」
「我が社の強みは介護福祉に必要なことを、トータルに自社で手がけている点です」と中川さんは言います。
主な事業は福祉用具レンタルと介護施設の運営ですが、営業所のなかにメンテナンスセンターとハウジングリペアセンターを備えています。福祉用具は貸して終わりではなく、メンテナンスや交換、家の間取りによってはバリアフリー工事も必要です。
そのため、事業開始当初から両センターを設置し、少しずつ規模を拡大していきました。そこで働く人材を確保するため、高さ調整機能付きの作業台や電動アシスト台車など、女性や高齢の従業員も働きやすい環境整備に努めたといいます。
「修理や部品の取り寄せ、工事業者への依頼などを外注すると時間がかかります。自社で担えば窓口は一つで済み、利用者さんとの連携も取れますから。お客様と長いお付き合いをしていくなかで何があっても責任がもてる。安心、安全を優先した結果です」
将来の基幹事業として、福祉用具の自社開発も手がけています。「現場で働く福祉用具の相談員や介護施設の職員からの『こんな商品があれば利用される方に喜ばれるのに』という意見や『ここが使いにくい』というような意見を生かして、在宅介護や施設でニーズがあるけど世の中に出ていない福祉用具の開発をしています。試作品は在宅や施設で実際に使う方に試してもらい、市場に出るまでにお客様から意見をいただきながら製造しています」
介護福祉施設の運営を始めたのも、在宅介護がどうしても難しい利用者のニーズに応えたからでした。「家族が気軽に、頻繁に立ち寄れる街中に建てています」
現在、三重県内に9の介護施設(グループ法人施設を含む)を展開し、いずれもオンライン見学ができます。
事業継承は父親が70歳になるまでにという方針のもと、中川さんは22年に40歳で経営を引き継ぎました。準備期間を3年置いて「役員や外部の方にも入って頂き、資産管理、歴史、経営方針など会議を重ねて引き継ぎました。トップダウンではなく、社員それぞれが自発的に考えて動ける社風にシフトできるよう、社員の意見を聞く機会もつくるなど、少しずつ準備を重ねました」と言います。
父からのアドバイスで印象的だったのは「社員とその家族を預かる立場になるので、利益管理や事業拡大を甘く考えず、慎重に検討するように」という言葉でした。
時代のニーズに応える形で順調に業績を伸ばし、ライフ・テクノサービスの直近の年間売上高は24億円超。創業時の20倍までになりました。
しかし、介護業界に共通する慢性的な人材不足という課題も抱えています。大きな要因は、待遇と「イメージの偏り」の二つだといいます。
介護スタッフの待遇は、介護保険制度を原資とした給与形態になります。施設の利用者1人あたりの利用上限額が決められているうえ、施設の利用者数にも定員があり、介護スタッフの給与を上げにくいという構造的な問題があります。
「業界として国などに働きかけていますが、介護事業だけだと正直経営は厳しい状態です。システム化や効率化で無駄を無くすことに加え、ビルの賃貸など他事業で利益を出して社員に還元する形で、給与のベースアップに努めています」
同社は介護職員の正社員の初任給を「基本給 21万5千円 (処遇改善手当等含む)」に設定しています(大卒・新卒入社の場合)。「三重県の一般企業の給与水準までアップしました。介護業界の中では高いほうですが、まだまだ十分とはいえません」
また、給与はそのままに週休2日制も導入し、職場環境の改善に努めています。毎年、15~20人の新卒採用を目標に掲げ、22年は14人、23年は12人を採用しています。
ただ、条件面を向上させても良い人材の確保に直結するわけではない、と中川さんは考えています。
「私自身がそうだったように、介護の仕事をよく知らないまま、就職先から除外している人が少なくありません。介護業界にも多様な業務があることを周知してイメージを変えたいし、きちんと知ってもらえたら、他のサービス業と同じように若い人にも魅力的な職場だと感じてもらえると思います」
同社は情報発信にも力を入れており、そのための専門部署もあります。地元のFM局と連携したラジオ番組を持ち、自社のユーチューブチャンネルでは社員へのインタビューや福祉用具の使い方など、福祉に関する情報を発信。加えて、23年9月からは、中川さんの肝いりで地域情報を発信するウェブメディア「とつとつ」を立ち上げました。
同社の広報部内に編集部をつくり、社員が三重県全域をまわり、地域の高齢者や町の人に歴史や思い出、町の魅力を取材し記事にします。ウェブだけではなく、紙の創刊号も発行しました。
「地域情報と介護は一見つながらないように見えますが、自分が住んでいる地域が魅力的なら、そこで働きたい人も増えると思います。高齢者との関わりは地域の記憶を残すことにもつながります。これらを自社で担うことで、対外発信だけでなく、若い社員のモチベーションアップなど相乗効果がうまれることを期待しています」
同社にはバーチャル社員「らいふ」さんも在籍し、公式ユーチューブなどで会社案内をしています。主に若者向けのPRですが、社内に独自のシステム開発をする部署があることを周知する目的もあります。
業務システムやデータベースの開発、サーバーやグループ内ネットワーク(通信環境)の管理といった情報インフラ全般を自社で担えることは、効率の面や安全に情報を扱うという意味でも強みとなっています。
ただ、周知には努めつつも、採用面接は中川さんが直接行っています。「人材不足とはいえ、雇う人間は誰でもいいわけではありません。サービスを提供する仕事としての認識や思いを直接お話しし、同じ思いで働ける方を採用しています」
厚生労働省が2018年に発表した資料によると、同年には10兆円だった介護給付費が、2040年には25.8兆円まで上がると試算されています。
さらに「介護用品レンタルは、70~90%が介護保険制度を利用したものなので、取引先は国や地方自治体となり、ある意味安定しています」と中川さんは言います。
「賃金アップを実現するためにも、様々な事業で利益を出して社員に還元していきたい。やりがいだけでなく、魅力ある職場として選んでもらえる企業に成長させるのが目標です」と未来に目を向けています。
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