製造方法は長く非公開だったため流通量は極めて少なく、「幻のうどん」と呼ばれていましたが、製造方法が1972年に公開されて生産量が増えると、全国的に「高級品」としてお中元やお歳暮など贈答品としての地位を確立していきました。
この稲庭うどん産業の成長期のさなかである1982年に稲庭うどん小川が誕生しました。業界内では参入が比較的遅かったものの、原材料に対するこだわりやその品質が評判をよび、年々生産量を増やしながら業界でも上位の販売量にまで成長しました。
しかし近年は、稲庭うどん業界にも陰りが見え始めています。高級品が好まれやすい「儀礼ギフト」の市場が年々縮小しているのに加え、生活スタイルや食文化の変化により乾麺が食べられなくなってきている現代で、業界は岐路を迎えています。
創業2代目で専務の小川選子さんは、将来的な国内の贈答市場のさらなる縮小を見据え、国内市場だけではなく海外の市場での販路を模索してきました。
さらに「常に新しいことに挑戦し続けたい」との思いから「TENOBE INOVATION」と名付け、自分たちの製造へのこだわりや商品の良さを改めて言語化するとともに、消費者にそのこだわりと品質が伝わるようにパッケージデザインを変えるなど、リブランディングを図ってきました。
ゆざわ-Bizでは、継続的に稲庭うどん小川の販路拡大の支援を行っていく中、相談の際に小川さんがふと口にしたのは、製造工程で出る長さ数センチの「うどんの切れ端」の活用方法でした。
「切れ端」の有効活用 長さ3cmが寄贈の決め手
稲庭うどんの製造工程では、乾燥した麺を一定の長さに切って整える際に、どうしても長さ数センチの切れ端が出てしまいます。
この切れ端は通常のうどんと品質は一緒のため食べることはできますが、長さが短く商品にならないことから、稲庭うどん小川ではこれまで有効活用を積極的にできずにいました。
「せっかく食べられるものを、お金を払って廃棄している状態なので、無償でもいいので何か有効活用できないか」と小川さんからゆざわ-Bizに相談がありました。
相談の中で小川さんからは「どこかに無料で寄贈をすることはできないだろうか」と打診がありました。筆者の考えとしては、せっかく寄贈をするので、「話題性」はしっかりと持たせたうえで、寄贈先も喜び、しかも稲庭うどん小川にとっても会社のブランディングにもつながる先をと考えたところで浮かび上がったのが、高齢者福祉施設でした。
施設に入居するかむ力が弱くなった高齢者にとっては、長さ約3センチ程度という、一般の商品としては成立しない切れ端の「短さ」が逆にメリットにとなります。また高齢者の中では稲庭うどんは地元では「高級品」というイメージも強いため、日々の食卓に出てくれば喜ばれるはずです。
ゆざわ-Bizに相談に来る、秋田県横手市や東成瀬村で4つの高齢者福祉施設を展開する事業者に声をかけると「入居する高齢者向けのメニューに使う材料として、短いうどんは非常にありがたい」という意見で、早速小川さんをつなぎ、寄贈につながりました。
予想通り、施設に入居するお年寄りからは、細切れで食べやすい高級品の稲庭うどんの切れ端は好評でした。この寄贈は秋田県内でも地元テレビニュースや新聞にも「食品ロス削減の取り組み」として大きく取り上げられて反響を呼び、地元金融機関などを通じて、県内で高齢者福祉施設向けの給食事業を展開する会社への寄贈も決まるなど、稲庭うどん小川の会社としての認知度は高まりました。
海外事例をヒントに生まれた“稲庭うどん発泡酒”
次にゆざわ-Bizで提案したのが、切れ端を使った「アップサイクル商品」です。ちょうど同じころ、ゆざわ-Bizへ相談に来るクラフトビールメーカーの羽後麦酒(秋田県羽後町)から「ビールや発泡酒を醸造する際の副原料に、地元の食材を使いたい」との相談があったことが筆者の頭の中で結びつきました。
近年、廃棄されるパンの“みみ”を原料にしたビールなど海外で「アップサイクルビール」が出始めているのに加え、ビールの分野には小麦を原料の一部に使ったホワイトエールが販売されています。
原料が小麦粉の稲庭うどんを副原料に作っても美味しい発泡酒が作れるのではないかと思い、羽後麦酒に聞くと、「副原料としては魅力的な素材」との回答が返ってきました。
湯沢市は稲庭うどんの産地で、県外から来た多くの人がお土産品として稲庭うどんを購入していきますが、稲庭うどんに関連したほかのお土産品はありません。
その点で、近年はご当地のクラフトビールブームでもあり、お土産品としても、稲庭うどんを副原料にした発泡酒を造れば、話題性もあって地域の名産品になるのではないかとも考えました。早速小川さんに提案したところ「ぜひやりましょう」と前向きで、羽後麦酒と連携した商品開発が始まりました。
しかし、もちろんまだ世の中に稲庭うどんを副原料にした発泡酒はありません。乾麺の製造工程では塩を練りこんでいるため、切れ端には塩分が含まれています。塩分を含んだ稲庭うどんを副原料に発泡酒を作ると、どのような味がするのかが問題となります。
そこで、稲庭うどん小川では、秋田県総合食品研究センターで事前に発酵試験と分析を行ったほか、塩分濃度をわけながら、味の分析も行いました。
総合食品研究センターからは「全く塩気をなくす製法も可能」と説明をうけたものの、ビールの味わいとしては珍しいことや、稲庭うどんを副原料につかっていることを消費者に感じてもらいたいことから、ほのかな塩味を感じるテイストに仕上げる方向に決まりました。
製品開発の分析や開発に半年以上を要し、2023年7月20日に稲庭うどんの切れ端を副原料にしたアップサイクルビールが完成しました。
アップサイクルビール、海外での販路拡大にも
稲庭うどん小川では、初期の仕込みは300本と少量で行いました。「製品的には面白いが、消費者に受け入れられるかどうかがわからない」との考えでしたが、地元の道の駅や、スーパーマーケットなどで販売を開始したところ、すぐに完売となりました。
消費者からも「さわやかな苦みと、少し塩の香りがしてとても美味しい」と好評で、また今回の取り組みを見て、初めて稲庭うどん小川の商品を知ったという消費者もいたといいます。販売開始から取引先からの商談や新たな引き合いもあり、増産も決定しました。
こうした会社としての環境配慮への取り組みは地元からも注目を集めています。湯沢市では早くから2050年までに市内の二酸化炭素排出量を実質ゼロにする「カーボンゼロシティ宣言」をしており、特に民間事業者のエコ活動を推進しています。
湯沢市から今回の一連の取り組みが、ロスをなくす「斬新な取り組み」として認められ、11月には小川さんが市のイベントで登壇し、事例を発表することになりました。
稲庭うどん小川は現在、国内のほか、ドイツなどヨーロッパを中心に販路拡大を目指しています。筆者も以前は欧州圏で多くの商談をした経験があり、感じたのは「商品の良さだけでなく、いかに環境問題や社会問題に取り組む姿勢が積極的か」という視点で会社を見られるという点です。
稲庭うどん小川の、切れ端を有効活用する一連の取り組みは、商品だけではない企業の魅力として、結果的に海外への販路拡大にもつながると筆者は感じています。
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