目次

  1. アンカリング効果 Science誌に論文が掲載
    1. アンカリング効果とは 意味から解説
    2. 数値情報と意味情報がある
    3. 認知バイアス プライミング効果とフレーミング効果との違い
  2. アンカリング効果の欠点
  3. アンカリング効果を活用する手順
    1. ターゲットを分析する
    2. アンカーを設定する
    3. 代替価格を用意する
    4. アンカーを顕在化させる
    5. アンカリングの効果を測定する
  4. アンカリング効果、法律違反に注意
    1. 誇大広告を避ける
    2. 不当な二重価格表示をしない
    3. 透明性を確保する
  5. アンカリング効果の活用事例
    1. メーカー希望小売価格
    2. 電子機器の価格設定
    3. SaaSビジネス
  6. アンカリング効果を活用してみよう

 アンカリング効果は、心理学者のエイモス・トヴェルスキーと行動経済学者のダニエル・カーネマンが、1974年にScience誌に論文”Judgment under Uncertainty: Heuristics and Biases:”上で発表しました。この効果を適切に活用することで、顧客の購買意欲を高められます。

 アンカリング効果とは、はじめに提示された情報を基準点(アンカー)とし、ほかの情報を評価・判断する心理学的な現象です。認知バイアスの一種で、はじめに提示された情報が、あとの判断に大きな影響を与えます。アンカーとは、船を停泊するときに使う「いかり」のことです。

 たとえば、不動産業者が購入希望者に「この物件の相場価格は7,000万円ですが、即決いただければ5,000万円でお譲りできます」と最初に高い金額を提示した後、実際の価格を提示するといった使い方をします。

 最初の7,000万円がアンカーとなることで、次に提示された5,000万円が安く感じられる現象です。

 ほかにも「通常1kgのところを、今だけ130%の1.3kgで販売」と使われるケースもあります。このケースは、価格は同じで通常より容量が大きいことでお得感を感じさせます。

 アンカーには数値情報と意味情報があります。

 数値情報とは、7,000万円などの具体的な数値のことです。最初に高い金額を提示されると、その高い金額が数値情報のアンカーとなります。意味情報とは、高級品や限定などの商品の位置づけを提示する情報のことです。

 なお、意味情報より数値情報の方がアンカリング効果が大きいとされています。人は具体的な数値の印象やイメージを持ちやすいため、アンカーとして直接的かつ強力に作用するのです。意味情報の効果は緩やかで、アンカーを思い出させることで判断に影響を与えます。日常的に使われる具体例は以下のとおりです。

種類 具体例 実際の効果
数値情報 定価の70%オフのセール 高い割引に惹かれて購入を検討する
通常価格10,000円、今だけ5,000円 今買わないと価格が戻ってしまうのを懸念し、購入を急がせる
残り3点 在庫の少なさから購入を急がせる
意味情報 限定コラボ商品 希少性により、購買意欲を高める
医師推奨の商品 信頼性により、購買意欲を高める
セレブ愛用品 高級感と希少性をアピールし、購買意欲を高める

 アンカリング効果に似た認知バイアスとして「プライミング効果」と「フレーミング効果」があります。

認知バイアス 特徴 効果・例
アンカリング効果 判断や意思決定する際に、最初に示された情報や数値が後の判断に大きな影響を与える 高価格を先に提示し、次に割引価格を提示することで、割引後の価格をお得に感じさせ、購入を促進する効果がある
プライミング効果 ある刺激によって、人の判断や行動が無意識に影響を受ける テレビCMなどで何度も見た商品が脳内に定着し、店頭でその商品を見たときに、馴染みのある印象を受ける
フレーミング効果 ある情報の提示の仕方(フレーム)を変えることで、人の判断や意思決定に影響を与える 「省エネ家電を使用すると電力消費が40%削減される」と「省エネ家電を使用しないと電力消費が40%増加する」では、受け取り手に与える影響が異なる

 プライミング効果やフレーミング効果も、判断や意思決定に影響を与えます。アンカリングは最初の情報に焦点を当て、プライミングは刺激に焦点を当て、フレーミングは情報の表現に焦点を当てます。

 マーケティングや広告戦略を設計するにあたり、これらの効果を理解し活用することで、消費者の購買行動に大きな影響を与えることが可能です。

 消費者の購買行動に大きな影響を与えるアンカリング効果ですが、使い方を誤ると適切な効果が発揮されません。

 たとえば、商品価格の相場が顧客に知れ渡っている場合は、アンカリング効果を発揮しにくくなります。

効果を発揮しづらいもの ・ペットボトル飲料や缶飲料
・お菓子
・100円ショップで売られている商品
効果を発揮しやすいもの ・コンサルティング料金
・高級ブランドバッグ
・住宅

 その商品の価格がすでに認知されている場合は、その価格がアンカーになりにくいため、アンカリング効果は薄くなるでしょう。

 また、アンカリング効果の使い過ぎは、心理操作している印象を与えるリスクがあります。その結果、逆効果につながる可能性があるため、注意しなければいけません。

 マーケティング活動において、アンカリング効果を活用する手順をご紹介します。

  1. ターゲットを分析する
  2. 高いアンカーを設定する
  3. 代替価格を用意する
  4. アンカーを顕在化させる
  5. アンカーの効果を測定する

 順にご紹介します。

 購買履歴などのデータを分析し、アンカリングがもっとも効果的な顧客層を特定します。

 顧客層によって、高価な商品に対する感受性が高い場合や、低価格な商品に対する感受性が高い場合があります。具体的にターゲットを分析することで、より効果的なアンカリング戦略を設計できます。

 アンカーになる情報(基準値や目安値)を設定します。価格や数量、特典、割引率など、判断や意思決定に影響を与える情報を設定してください。

 アンカーを設定することで、顧客の期待値と基準を形成し、製品やサービスの購買を促します。

 実際に販売する価格として、アンカリングの購買効果を期待できる代替価格を用意します。

 たとえば、「通常価格は10,000円のところ、今なら半額5,000円」のように訴求する場合、5,000円という代替価格を用意します。

 ここでは、あいまいな金額や数字ではなく、節約できる金額やお得感を感じられる金額を提示することがポイントです。

 アンカーを顧客の意識に浮かばせるため、商品説明のPOPや値札、広告などで繰り返しアンカーを提示します。

 何度も顧客にアンカーの情報を提示することで、アンカリング効果が高まります。

 アンカリングの効果を測定し、その有効性を確認します。

 たとえば、いくつかのアンカーを設定し、どのアンカーがより多くの成果や受注を生み出しているかをA/Bテストなどで確認しましょう。A/Bテストなどの結果を踏まえて、適切なアンカーに再調整してください。

 アンカーの効果測定と再調整を繰り返すことで、アンカリング効果の高い組み合わせを見つけられます。

 アンカリング効果を活用する際は、以下の点に注意してください。誤った使い方では、適切な効果を発揮できないだけでなく、法律に違反する可能性もあります。

 誇大広告とは、商品やサービスの内容・価格などが、実際のものより優良または有利であると消費者に誤認させるように表示した広告のことです。

 景品表示法では、消費者に誤認される不当な価格などの表示を禁止しています。また、特定商取引法では通信販売における「誇大広告」を禁止しています。

 誇大広告は、購入の判断基準となる情報を意図的に大きく操作するため、誇大なアンカー値は大きな誤認を与える恐れがあるためです。

 たとえば、本来の市場価格よりもはるかに高い金額を定価として示し、大幅な割引をおこなう手法は、「自分が得をしている」と感じ、結果として不当に高い金額で購入させられる可能性があります。

 誇大広告が発覚した場合、企業の信頼を失う恐れや、ブランドイメージを損なうかもしれません。

 アンカリング効果を利用するときは、顧客に過大な期待や誤認を与えないように注意してください。

 アンカリング価格からの割引表示(二重価格表示)をする場合、景品表示法の価格表示ガイドラインを守らければなりません。販売者に著しく有利であると誤認される表示は、不当表示として規制されています。

 消費者庁のホームページでは、不当な二重価格表示の具体例を紹介していますので、参考にしてください。

家電量販店の場合… 家電製品の店頭価格について、競合店の平均価格から値引すると表示しながら、その平均価格を実際よりも高い価格に設定し、そこから値引きを行っていた。 メガネ店の場合… フレーム+レンズ一式で「メーカー希望価格の半額」と表示したが、実際には、メーカー希望価格は設定されていなかった。

不当な二重価格表示の具体例:消費者庁

 メーカー希望価格とは、商品の製造メーカーがあらかじめ設定している価格のことです。希望小売価格などとも呼ばれ、製品が小売店で販売されるときの目安となる価格であり、顧客に対しても一定の価格イメージを与える役割があります。ただし、元々設定されていない場合や途中で廃止されることもあります。

 また、メーカー側は希望価格を設定せずに、オープン価格とするケースもあります。オープン価格は、実際に販売する小売業者が販売価格を自由に設定する仕組みです。

 透明性が確保されている商品は、顧客の信頼を得やすくなります。たとえば、割引前の価格や割引後の価格、追加料金などをわかりやすく正しく表示することで、顧客はなにに対するお金を払っているのか理解しやすくなります。

 また、価格だけでなく、その価格に見合った品質が提供されているかも明確にしましょう。明確にすることで、価格に対する不安を払拭し、満足度を高められます。

 アンカリング効果がマーケティングに活用されている事例を3つご紹介します。

 メーカー希望小売価格をアンカーに設定する場合の具体例をご紹介します。

 この場合、「メーカー希望小売価格¥50,000のところ、¥29,800」と記載することで、¥50,000がアンカーとなるため、¥29,800を安く感じさせることが可能です。消費者に20,200円も安くなっているというイメージを与えられるため、購入を促しやすくなります。

メーカー希望小売価格
メーカー希望小売価格・筆者作成

 スマートフォンなど、端末の容量が異なるラインナップを提供している商品の価格設定にアンカリング効果が使われています。

 事例として、「iPhone15」の販売に使われているアンカリング効果をご紹介します。iPhone15は3種類のストレージの端末を以下の価格で販売しています(参照:iPhone 15を購入|Apple)。

ストレージ 価格(税込) 価格差
128GB 124,800円
256GB 139,800円 15,000円
512GB 169,800円 30,000円

 この場合、512GB/169,800円がアンカーに設定されています。512GBは高価なため購入は難しいという消費者の心理に対し、128GBに15,000円追加することで256GBを購入できると思わせているのです。これにより、256GBのiPhone15の購入を促進しています。

 クラウドサービスのひとつである、SaaS(Software as a Service)ビジネスの例で活用されている事例をご紹介します。

 米国を中心に世界中でSaaSのクラウド会計を提供している「Quickbooks」は、オンラインで利用契約を結ぶ非対面型のビジネスモデルです。Webのみで受注を完結できるため、アンカリング効果を最大限に活用して訴求しています。

Plans for every kind of business|QuickBooks
出典:Plans for every kind of business|QuickBooks

 具体的にはWebサイトで料金体系を紹介するときに、以下の3つの数値情報を使って、アンカリング効果を発揮しています。

①機能範囲の異なる4つのプラン

 Webサイトには、Simple Start、Essentials、Plus、Advancedという4つのプランが表示されています。これらの価格は、機能の範囲によって異なります。

 4プランあることで、顧客は各プランの価値を自社で実現したいことと照らし合わせて、相対的に評価できるでしょう。さらに、必要最低限のサービスを安価に利用できる点も、顧客の初回購買のハードルを下げられます。

②価格の差が6.6倍

 Simple Startプランは$15/月、Advancedプランは$100/月と価格の差が約6.6倍あります。このように、最小価格と最大価格の差を大きくすることでアンカリング効果を強化します。

 具体的には、最小価格のプランと最大価格のプランの価格差が大きい場合、中間プランの価格が妥当であると感じやすくなるのです。また、最大価格のプランを見たあとに、中間プランを見ると、その価格を手頃に感じやすくなります。

③定価から割引の価格を提示

 料金体系を紹介するときにアンカリング効果を狙い、定価の下に割引情報を表示しています。定価を先に提示することで、顧客は定価を基準として割引価格を評価することになります。顧客は割引価格を魅力的に感じやすくなるため、購入する可能性が上がるのです。

 さらに意味情報として、もっともオススメのプラン(Plus)を強調し、アピールすることで購入者の購買を促しています。

 アンカリング効果は、最初に見た数字や情報が、その後の判断に大きな影響を与えます。

 この効果を理解し、適切に活用することで、効果的なマーケティング戦略を展開できます。顧客の信頼を損なわないように配慮しながら、アンカリング効果を活用した取り組みを進めてみてください。