「明治クッカー」は昔ながらの「牛乳屋さん」です。従業員はパート・アルバイトを含めて70人(2023年11月時点)。大手商品メーカー、明治の特約店として千葉県内に3店舗、茨城県に1店舗を構え、個人宅や事業所に牛乳やヨーグルトを配達する事業を営んでいます。
初代の西原敏男(にしはら・としお)さんが1973年に高級冷凍食品の配達事業として創業し、一時は千葉県全域に事業を拡大しました。しかし、コンビニでいつでも冷凍食品を買えるようになると事業は縮小傾向に。1990年代後半には倒産の危機に陥ります。
2008年、敏男さんは3度目の脳梗塞がきっかけで半身不随となり医師から「余命5年」を伝えられます。敏男さんの妻が専務となり、事業を切り盛りするようになりました。
それでも大学卒業後、敏男さんが最初に脳梗塞で倒れたときに明治クッカーの仕事を手伝っていた時期がありました。しかし、敏男さんとたびたびぶつかるようになります。
「もっとこうしたほうがいいんじゃないか、などと一人前の口を聞いていたんです。父も一度倒れたとはいえ、当時はまだ元気だったので衝突することが増えていきました」
2006年、家業から離れて外で働きたいと考えた亮さんは、第二新卒としてコンサルティング会社に入社します。昼夜を分かたず激務に身を投じる日々でしたが、大企業のグローバル戦略づくりなどを任され、やりがいを感じていました。
2008年、敏男さんが3度目の脳梗塞に倒れて余命5年を宣告されたため、亮さんは家業の今後を考える必要に迫られました。敏男さんの亡くなる数カ月前から平日夜や週末に明治クッカーに立ち寄って会社の情報を精査し、家業を今後どうすべきか考えていました。
「会社には借金がありましたし、牛乳屋さんは『超斜陽産業』です。将来性のあるビジネスとは思えず、会社をたたむことを真っ先に考えました」
「超斜陽産業」に可能性 顧客と対面できる強み
しかし、最終的に亮さんは会社を継ぐ決断をします。牛乳配達業に可能性があると気づき、そこに賭けてみようと考えたのです。
まず、亮さんは牛乳配達を利用する世帯が想像より多いことに驚きました。2013年当時、全国で明治の牛乳を取っていたのは約250万世帯。住民基本台帳によると、全国5500万世帯あったので、22軒に1軒が利用していることになります。やり方次第では事業拡大できるかもしれないと考えました。
亮さんから見れば当たり前の販促活動と考えていたホームページを持つ販売店はほとんどなく、イベント出店もしていませんでした。通常の販促を地道にするだけで業界で革新的な存在となり、新規顧客の獲得もできると考えました。
もっとも可能性を感じたのは、牛乳配達業が持つ対面のインフラでした。
「配達によって、私たちはお客様と定期的に対面で会うことができます。これはAmazonや楽天のような大手にはない強みであり、貴重なインフラです。毎週お会いする中で、お客様から困りごとを相談される機会もあります。この関係性を牛乳配達以外のことにも応用すれば、地域の役に立ちながら事業を発展させることもできるのではと考えました」
新社長のプレゼンに従業員が猛反発
社長就任直後、亮さんは中期経営計画を作成して11人の従業員を前にプレゼンしました。会社としてのあるべき姿を語り、報告・連絡・相談など当たり前のことを組織として徹底していく方針を打ち出したのです。
しかし、従業員の猛反発を招きました。
「総スカンでしたね。緩んでいた組織だったので、報連相のような当たり前のルールを取り入れるだけで、自分たちがものすごく縛られると感じたようでした」
従業員には主婦から高齢者までいるのに、コンサル時代と同じように話をしたのもよくなかった、と亮さんは振り返ります。従業員が求めていたのは「自分たちの働き方が明日からどうなるのか?」だったのに、いきなり遠い将来のビジョンを語ってしまったからです。
「『(社長は)何を言っているんだろう?』という雰囲気でしたね。かなり内容を噛み砕いて通じる言葉で話さないとコミュニケーションも取れないのだと気づきました」
従業員の多くが亮さんのやることなすことすべてに反発するようになり、業務に支障も出るようになりました。
そこで、新卒と第二新卒で一気に6人を採用します。
「反発した社員は全員、私が生まれる前から明治クッカーで働いている60代以上の人たちです。彼らをすごい労力を割いて変えようとするより、まっさらな若い人を入れて環境そのものを変えたほうがいい。自分と同じ考えの人を増やすことで組織を改革しようと考えたんです」
業界初のイベント出店で顧客数が2倍に
新しい社員が6人入ったことで変化を受け入れる組織に少しずつ変わっていきました。古参社員にはあたらめて会社の方針を伝え、それでも従いたくない人には敏男さんを支えてくれたことへの感謝を伝えた上で会社の制度になかった退職金を払って辞めてもらいました。
しかし、ここからが大変でした。売上は増えていないのに社員を6人も採用したため、人件費などで月200万円の赤字が出るようになったのです。
売上を倍増しないと赤字を解消できないため、亮さんは従業員とともに営業活動に励みました。訪問営業だけでなく、ウェブ広告を打ち、チラシを撒き、業界では初の試みとなるイベント出店も行いました。
駅前の商業施設のような人の集まるところでイベントを開催し、その場で商品を試飲してもらって新規契約を取っていきました。その結果、事業承継時に約1000軒だった顧客が2年で2000軒に急増しました。
解約相次ぎ サービス改善へ勉強会
精力的な営業活動のかいあって、新規顧客は大幅に増えました。しかし、新規獲得した顧客のうちの7割が短期間で解約されてしまいます。
顧客の要望が現場の配達担当者にきちんと伝わっていなかったのです。
約束の時間に来てくれない、インターホンを鳴らさないでと言ったのに鳴らす、袋に入れてとお願いしたのに入れていない……。クレームが増えた結果、顧客と対面する配達スタッフや電話を受けるスタッフが疲弊してしまいました。
「『お客様のために』というと、割引をしたりポイントを付けたりといったお客様の得になることばかり考えがちです。しかしそれ以前に大事なのは、お客様にご迷惑を掛けないこと。それができて初めてお客様に喜んでもらい、感動してもらえるステップに進めるのだと痛感しました」
亮さんは顧客に感動してもらうためのステップを社内に浸透させるミーティングを毎月開催するようになりました。ケーススタディの勉強会も開き、顧客への気遣いとは何か、迷惑を掛ける行為は何かをケースごとに考え、従業員ごとの見解のギャップを埋めて解約率を下げていきました。
従業員育成へ 価格見直し・配達は週1回
売上だけでなく、利益も増やさなければなりません。亮さんは配達回数を見直しました。明治の牛乳配達は週3回が基本でしたが、明治クッカーでは週1回の配達で1週間分の商品を届けることにしました。
利益を増やして従業員の給料を上げなければ、お客様の満足するサービスを提供し続けることはできないと考えて価格も見直しました。
「牛乳販売店の社員の平均年収は300万円弱です。これでは若い人にとって魅力ある職業にはなり得ず、採用はどんどん難しくなります。明治クッカーでは私の考える『適正価格』でご購入いただいて会社に利益を残し、その利益で若い人の採用育成に力を入れたいと考えています」
業務効率化へ DXでリアルタイムに情報を見える化
亮さんは後継者のいない牛乳販売店を事業承継し、事業の拡大も図りました。
ただ、従業員や店舗が増えるほど、報告・連絡・相談のためのミーティング、日報・月報の記入や書類による申請といった事務作業も増えていきます。
そこで亮さんはDXによる業務の自動化・効率化にも力を入れました。情報をリアルタイムで見える化すれば、報連相にかかるミーティングや日報・月報の記入は不要になりますし、そこに当てていた人も費用も削減できるからです。ただし、お金を払って新しいツールを導入することはしませんでした。
「外注するお金はありませんし、変化する業務に合わせて外部にカスタマイズをお願いしていたらスピーディーに物事は進みません。ならば、普段使っている無料のGoogleカレンダーやGmailの活用からと考え、のちにGoogle Workspaceを全社で使うようになりました。
スマホやタブレットを使えば移動の合間や出先でも入力でき、リアルタイムで売上や集金の管理ができます。日報、ガソリン代の申請、勤怠管理、有給管理などもできるため、業務ごとに違うツールを導入する必要もありません」
70代従業員もタブレットを活用
DXを拒んでいた70代の従業員も、今ではGoogle Workspaceを活用しています。1人でも例外をつくると業務の生産性は下がってしまうため、亮さんはいかに業務が楽になるかを説明して、タブレットの使い方のフォローもしました。Googleフォームで簡単に入力できる工夫もしました。
DXの結果、総務や経理にかかる業務を減らすことに成功しています。事業承継当時と会社の規模が大きく変わったため単純比較はできませんが、月商500万円の時代に事務員2人、月商が7倍の3500万円になった今でも3人で対応しています。
数々の努力を重ねた結果、顧客数は事業承継当時の10年前と比べて約6倍に。年間売上高は約7倍になりました。従業員は11人から71人に増加。店舗数も1店舗から4店舗へと増えています。
対面インフラを生かして困りごと解決サービス
亮さんは、定期的に顧客と対面で会える牛乳配達業の強みを活かし、顧客の困りごとを解決するサービスの提供も始める予定です。従業員が配達先を訪問すると、離れて住む娘さんや息子さんにも頼めないようなちょっとした困りごとを相談されることがあります。
例えば、ジャムを買ったけれどフタを開けられない、駅前でお寿司を買ってきてほしいけど歩いて行けない、といった困りごとです。
「そうした小さなお困りごとの解決を、顔見知りの信頼できる明治クッカーの従業員がリーズナブルな価格でお手伝いするサービスを考えています。この1年ほどトライアンドエラーをしてきたので、2024年度から専任スタッフを付けてまずは市川エリアで展開する予定です」
このサービスの専任スタッフとして60代以上のシニアの積極的な採用も考えています。
「今、明治クッカーの平均年齢は35.5歳ですが、この平均年齢はもっと高くてもいいと思うんです。元気で人の世話を焼くのが好きなシニアの働く場が増えれば、地域にも活気が生まれるはず。若い人だけでなくシニアの方々の力もどんどんお借りしていきたいと考えています」