人気すぎた蛤浜のカフェ 営業日減らしても伝えたかった「浜の暮らし」
宮城県石巻市で代々漁業を営む家系に生まれた亀山貴一さんは2011年の東日本大震災後、生まれ育った蛤浜を復興させたいと、カフェ経営を始めました。土日になると行列ができるほどの人気ぶりで、海も見られない忙しさに「本当にやりたかったことは何なのか」と自問するようになります。行きついたのが、亀山さんたちが日々営んでいる「浜の暮らし」を体験できる滞在型ライフシェアです。
宮城県石巻市で代々漁業を営む家系に生まれた亀山貴一さんは2011年の東日本大震災後、生まれ育った蛤浜を復興させたいと、カフェ経営を始めました。土日になると行列ができるほどの人気ぶりで、海も見られない忙しさに「本当にやりたかったことは何なのか」と自問するようになります。行きついたのが、亀山さんたちが日々営んでいる「浜の暮らし」を体験できる滞在型ライフシェアです。
目次
宮城県石巻市から車で約30分。牡鹿半島の付け根に、蛤浜という小さな集落があります。蛤浜在住の亀山貴一さんは、祖父や伯父たちが漁師、父が魚の小売業という、代々水産業に携わる家系の生まれです。
亀山さんは地元の高校を卒業後、石巻専修大学大学院修了を経て、水産高校の教職に就きます。子どものころ、祖父から何度も、蛤浜がいかに豊かな漁村だったかと聞かされて育ちました。
しかし、今では豊かとは言えない状況です。
年々減っていく魚を海に戻すための研究をしながら、漁業権を父から受け継ぎ、”兼業漁師”になりました。また、父が魚の小売業をしていたので、オンラインで魚介類を直接お客様に販売するサービスも展開しています。
そんな亀山さんに大きな転機が起きました。2011年3月11日に起きた東日本大震災です。
震災により蛤浜は壊滅的な被害を受けます。亀山さんは無事でしたが、妻と妻のお腹の中にいた赤ちゃんは被災し、帰らぬ人となりました。
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亀山さんは一時期石巻市中心部に引っ越しましたが、蛤浜を復興させたいと願い、教職を辞めて辛い記憶が残る故郷に再び戻ったのです。
「津波で住む場所を失った地域の人たちが集まってお茶をする場所が欲しかったので、自宅を改装してカフェを始めました。また、蛤浜には美しい海も山もあり、ここで培われた固有の文化もあります。それをカフェに来る多くの人に知ってもらいたいとも思ったのです」
「はまぐり堂」と名付けられた古民家カフェは、集落の高台にあり、そこから眺める海や山の景色は抜群。土日にもなると遠方から人が訪れ、店の前で行列を作るほどでした。
「お客様にたくさんお越しいただけるのはありがたいのですが、自分たちは毎日仕込みをやって営業して片付けをしての繰り返し。僕もスタッフも疲れきってしまい、肝心の蛤浜の文化を伝えることができなくて。浜の暮らしにあこがれてやって来たスタッフも、忙しくて海を全く見ない日もありました。これでは何のためにカフェを始めたのかわからなくなったのです」
忙しい割には利幅が薄いのも、カフェを常時運営するモチベーションがダウンした要因だったそうです。
若手UIターン者の正社員7人とアルバイトを5〜6人への給与と社会保険料で毎月200万円もかかり、マシンを使わず一杯一杯丁寧に淹れたドリップコーヒーを提供したので回転率が悪く、冷凍ではなく旬の地元の素材を使い材料費が高くついたことが薄利の要因だったと亀山さんは分析します。
「カフェは利益が薄いのは始めからわかっていました。でも、お客様ともっと交流したいし、サービスの質も落としなくない。もちろん利益率を上げるにはどうしたらいいのか考えました」
そこで思い切って週1日のみの営業とし、スタッフの数、カフェの営業日を減らすことにしました。
さらに事前予約制で漁業体験、浜の旬の素材を使った食事、狩猟でとれた鹿の皮やシーグラス(海岸で拾ったガラス片)を材料にしたクラフトを制作するなど、「浜の暮らしを体験するプログラム」もスタートしました。
「ありがたいことに好評です。自分たちが本来やりたかったことに着手できたし、プログラムを充実させれば、一人あたりの単価も上げることができました」
そして2023年には、10年間構想を温めていた宿泊施設「高見」をオープンしました。古民家をリノベーションし、1日1組限定の一棟貸しの宿にして、体験プログラムを組み合わせた宿泊業を始めました。
宿泊者は室内でのんびりくつろいだり、ワーケーションで来たのならば仕事をしたり、亀山さんと一緒に漁に出て釣った魚をさばいて夕食にしたり。さらには亀山さんと、再婚した妻の理子さん、長くスタッフとして勤める菅原さんの3人も一緒に夕食のテーブルを囲みます。
皆で酒杯を酌み交わしながら、たわいのない話はもちろん、蛤浜、漁、ひいては日本の食糧自給や地球環境のことまで話題は広がります。
多忙を極めたカフェ時代よりも、お客様との交流がグンと増えました。しかもこの体験が付加価値となり、客単価もプログラム単体よりさらにアップさせることができました。
「蛤浜の生活は漁がベースです。しかし、年を追うごとに魚の漁獲量は減り、特に今年は猛暑のせいか全く魚が獲れません。このままでは日本人が口にする魚介類は全て輸入ものに頼ることになります。こんな漁村の実態や日本の深刻な食糧事情を、“自分ゴト”として少しでも受け止めていただけたらうれしいですね」
高見の体験プログラムと宿泊は口コミで人気が伝わり、順調に営業しています。亀山さんによると、週に3組宿泊者があれば経営的には黒字になるといいます。
しかし、漁業がこの先さらに不振になることも見据えて、もっと宿泊業を頑張らないといけないと気を引き締めます。
そして、カフェや宿泊業の他にキャッシュを得る方法として「カーボンクレジット」を計画中です。亀山さんは代々、山林を所有しており、以前は伐採した木を使って家具を作り、販売していました。しかし、山が徐々に荒れてきているのが問題になっています。
カーボンクレジットとは、温室効果ガスの排出削減量を、おもに企業間で売買することができる仕組みです。政府が掲げる2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量をゼロにする)の実現に向けて、社会全体としてCO2削減に取り組むことが社会的責任とされています。
「たとえば都会の大企業は、CO2排出を抑制しようとしてもなかなか難しい。その一方で、我々が所有する森林はCO2を吸収する役割を果たしているので取引が成立します」
カーボンクレジットの売買で得た利益は、山の整備に使おうと考えています。山が荒れて土砂崩れを起こすと沢が埋まってしまい、山のミネラルなどの栄養が海にいかなくなります。
カーボンクレジットは、山を整え、海を豊かにする原資になりえます。ただし、複雑な仕組みなので、亀山さんも勉強しながら取り組んでいます。
「このような気候変動、カーボンニュートラル、SDGs達成のための勉強の場として、今後さまざまな企業へ我々のサービスを提供できたらうれしいです。研修ともなれば、また単価を上げられ、利益率をアップできます」
漁業、カフェ、宿、ものづくり、林業など、スモールであっても収益が上がる仕組みを多方面に作れば、もし一つのビジネスがダメになってもリスク分散ができます。
亀山さんが愛してやまない海を守るためのビジネスの計画は、まだまだ続きます。
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