あしき風習を変えた小川商店12代目 高齢社員の力を引き出した仕組み
1688(元禄元)年創業の小川商店(島根県大田市温泉津町)は、北前船や運送、漁師の網元など業態を変えながら商売を続け、今は運輸、石油、不動産、飲食の4部門を抱えています。12代目の小川知興さん(48)は家業に戻ってから、代金回収スパンの大幅短縮や、第三者承継による事業拡大を進めました。スクールバス運転手などの仕事も創出して高齢者の雇用継続も進め、2023年に厚生労働省から表彰されるなど、地域活性化の原動力となっています。
1688(元禄元)年創業の小川商店(島根県大田市温泉津町)は、北前船や運送、漁師の網元など業態を変えながら商売を続け、今は運輸、石油、不動産、飲食の4部門を抱えています。12代目の小川知興さん(48)は家業に戻ってから、代金回収スパンの大幅短縮や、第三者承継による事業拡大を進めました。スクールバス運転手などの仕事も創出して高齢者の雇用継続も進め、2023年に厚生労働省から表彰されるなど、地域活性化の原動力となっています。
目次
創業335年目の小川商店のルーツは、北前船相手の廻船問屋です。やがて船員相手の宿屋、木材問屋、底引き網船の漁師、鉄道で運ぶ荷の運搬、工事関係者向けの石油販売と、時代に応じて商売を変えてきました。
現在は、ガソリンスタンドや配達給油などの石油部門と石油を運ぶ運輸部門を軸に、車両の販売や買い取り・整備、不動産、地元スーパーや飲食店、キャンプ場の運営まで広げています。従業員数は72人(23年9月時点)を抱えます。
そんな老舗で育った小川さんでしたが、小学2年生の時、生活が一変します。自宅が火事になり、隣家まで延焼したのです。小川さんは翌朝、姉と共に全校生徒200人ほどの前で、校長先生から鉛筆1ダースを受け取りました。
「今なら先生が励ましてくれたと理解できます。しかし、当時の私は鉛筆を恵んでもらったこと、そして200人の好奇の目にさらされたことがショックでした」
それから小川さんはしばらく親戚宅に預けられ、高校卒業まで新聞配達や実家のガソリンスタンドでアルバイトしました。
京都の大学に進んだ小川さんは入学式の日、祇園へ向かいます。面接のためです。「当時はディスコ全盛期。都会の華やかな世界に飛び込みたくて『オレは黒服になる』と意気揚々と行ったのですが、さすがに学生は断られましたね」
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その後、雇われた先斗町のホストクラブでは、スナックやクラブのママから信用されるための接客術を学び、昼間にアルバイトしたビンテージ古着店では、欧州や米国への商品買い付けに同行させてもらいました。古民家を改装したフレンチレストランでギャルソンもこなし、飲食店経営のノウハウも学びます。
卒業後は好きなバイクに関わりたいと、輸入車ディーラーのバルコムモータース(広島市)に入社。個人セールスで好成績を上げ、早々に店長に抜擢されたといいます。
しかし、入社3年目に退職の意向を伝えました。大学在学中、小川商店で父の右腕だった伯父が急死。代わって父を支える決心をしましたが、そのままでは経営者になれないという自覚もありました。
勤め先の理解もあり、その後2年間はバイクの販売や仕入れの権限を与えられるなど、経営者修業を積ませてもらいました。そして02年に27歳で退職し、小川商店に入りました。
当時の小川商店は石油、運輸、食品スーパーの経営を行っていました。小川さんの入社後、飲食や不動産、車販・整備などへと事業を広げます。
いち社員として入った小川さんはすぐに難題に直面します。それは代金回収までのスパンが長いことでした。
例えば、ある顧客との取引では手形の支払期日が半年後でした。商品を納めて翌月請求書を発行し、その翌月に手形を出すので、実際の入金は8カ月後です。
「あり得ないと思いましたが、この地域は漁師町。お金はある時に払ってくれればいい、豊漁になれば一気に回収すればいいという感覚が残っていたと思います」
社内で改善を訴えますが受け入れられません。そこで小川さんは、一計を案じます。別の取引先である商社に、小川商店に対して「業界のあしき慣習と商売上のリスクが、小川商店を通じてこちらに波及する恐れがある」といった趣旨の文書を出してもらうよう依頼したのです。
小川さんはその文書を持って顧客を訪問。「他業種も懸念しているから」と3年間、粘り強く是正を求めました。現在は大幅に改善され、納入月の翌月に振り込みとなっています。「これが小川商店の20年間で、一番の功績と自負しています」
小川さんは新しいビジネスの種をまくため、05年、地元温泉街に呉服店を改装したギャラリー兼飲食店「路庵(ろあん)」を開店しました。
「京都の古民家レストランで働いた経験から、古い建物は地域資源として利活用できる可能性があることを知っていました」
ところが地元からは「温泉街は宿泊施設の部屋単価を上げることが大事で、ギャラリーや飲食店を作る必要はない」という反対もあったといいます。
小川さんは作戦を立てます。まず温泉街の元呉服店を利用して飲食イベントを年6回開催。地域住民や温泉津温泉のお客からアンケートを取り、400人以上から「おしゃれなバーや飲食店の出店に賛成」という声を集めたのです。
そのアンケートを島根県庁に持参すると、観光推進の部署が地元関係者との仲立ちの場を作ってくれました。その結果、イベントで使った元呉服店をリノベーションした「路庵」を開くことができたのです。
ただ、自社に迷惑をかけないよう、小川さんは個人事業主として路庵を始めました。「物事を進めるために実践しているのは、それまでとは相談先や頼り方を変えることです。何本かある道のりを相手や状況を見て変更しながら、障害を突破してゴールへたどり着いています」
小川さんは社員から常務、専務へと昇格し、2015年に小川商店の社長に就任しました。
この間、石油部門と運輸部門が急成長しました。山口県から鳥取県までを結ぶ山陰自動車道の建設が進むのに伴い、大手ゼネコンを相手に燃料油を配達する「パトロール給油」体制を充実させ、タンクローリーなどの台数を増やしたからです。
事業成長に伴い、小川さんは地元企業の第三者承継を進めました。最初に承継したのは、島根県大田市内のガソリンスタンドで最大級の敷地面積を誇る旧ライジング石油です。山陰自動車の工事が進む大田市内に展開する石油部門が欲しい小川商店と、後継者難だったライジング石油との思いが合致しました。
承継協議の際、小川商店では40項目に上るチェック項目を元に、業務内容や財務状況を細かく精査します。「聞かれたくないこともあるでしょう。でも誠意をもって回答してくださる経営者の方でなければ、力を合わせて業績を上げることはできません」
合意に至ると、基本的に先方の言い値で買い取るといいます。その価格が相場より安かったとしても、顧客が7割付いてくれば損はないと考えているからです。
「第三者承継は、起業するよりずっとリスクが抑えられます。最大のメリットは相乗効果。1+1=2ではなく、4や5、それ以上を狙えます。いったんリソースを整理して新サービスを導入したり、他業種部門との連携ができたりすれば、新たな顧客獲得にもつながります」
小川商店の石油部門はそれまでガソリンスタンド運営が中心でしたが、2020年に「大邇一般乗用旅客自動車整備工場」という協同組合を第三者承継。石油部門の事業が車両整備や板金塗装、車両保険に広がり、カーライフサポート全般をワンストップで担えるようになりました。
小川さんの社長就任後、5社の経営を引き継いでいます。迎える会社の社員には、時間をかけて一人ひとりと話し合います。「債務超過の会社の借金を肩代わりしたケースもあります。それでも相乗効果を狙える会社と一緒にやりたい」
買収相手の経営者らも小川商店で引き続き活躍しています。「小川商店にはかつて経営者だった方が4人もおられます。今や強力なアドバイザーです」
自動車整備工場運営の経験を生かし、整備現場の最前線で車検営業や顧客フォローなどを手がけたり、IT企業出身者に小川商店の社内DX推進や補助金申請業務、会計と人事労務管理の効率化を担ってもらったり。適材適所で強みを生かしています。
少子高齢化が進む中、小川商店では60歳以上の社員25人を抱え、全体の35%を占めています。小川さんは高齢者雇用をイノベーションを起こすチャンスと捉え、60歳以降のキャリアの仕組みを整えました。「社員の高齢化を考えると、10年以上前から『このままでは10年後に戦えなくなる』という危機感を持っていました」
例えば定年後の再雇用人材にも人事評価制度を適用し、複数の目標を持たせています。会社が期待する成果や人材像をはっきりと示し、モチベーション向上につなげました。再雇用人材の業務改善の提案も積極的に受け入れ、採用されると賞与や賃金に反映される制度も整えています。
運輸部門ではそれまで長距離を運転していた高齢社員に、地域のニーズに応じ、スクールバスやごみ収集のドライバーといった仕事を作りました。ドライバーには定期的に適性検査を行い、安全にも配慮しています。
「スクールバス運転手は、子どもたちから感謝のお手紙などをいただきます。うれしいし、より安全運転に努めようと運動を始めたり、たばこをやめたりと意識が上向くわけです。ひいては地域の役に立てている誇りが生まれ、やりがいへとつながっています」
こうした取り組みが評価され、小川商店は23年、厚生労働省の「高年齢者活躍企業コンテスト」で最優秀賞に輝きました。
社員の採用も小川さんが直接行います。静岡県からのIターン移住者を、最近立ち上げたビンテージバイク部門で採用したり、鳥取県から家族で移住した35歳の自動車整備士を採用したりしています。募集はSNSで、その発信も小川さん自らが行っています。
従業員からの改善提案には敏感に対応しようとしています。
例えば従業員の負担を減らすため、自社で配達用のタンクローリーを開発しています。安全性と時間短縮を考慮し、軽油用と重油用の2本のホースをいっぺんにつなげる「小川スペック」と呼ばれる特別仕様です。ダンプカーの耐用年数と耐久年数を伸ばすために鋼板も厚くしました。「開発費用に数百万円かかっていますが、負担軽減につながる必要な投資と思っています」
また、夜間や早朝に洗車しやすいように洗車場内にLED照明を設置するなど改善を重ねています。明るいライトの下で、安全に高圧洗浄が行えるようになったそうです。
小川さんは、自社の商圏である島根県西部の石見エリアを盛り上げることが経営の安定に直結すると考えています。
小川さんは大学時代、統計学の授業で聞いた「あるエリアで一つの企業が一人勝ちすると、周囲の中小企業は衰退する」という話が印象的だったと言います。
小川さんは、地域の若手経営者やシニア、主婦らが集う団体「ゆのつ組」の組長も務めています。焼き物や神楽、マラソンやフリーマーケットなどのローカルイベントを企画し、地域活性化の先頭に立っています。
「自分は平等に勝てる社会を作り、みんなで栄えたいと思いました。もっとネットワークを広げ、誰も取りこぼさず、地域を活性化していければと考えています」
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