家族信託は認知症対策だけではなく、事業承継にも有効です。詳細は後編で解説しますが、先に概要を伝えると、自社株を信託財産として受託者を後継者にすることで、税金をかけずに自社株を後継者に移転することができます。後継者は信託された株式を利用して議決権を行使できます。
家族信託で自社株を信託していますので、経営者は後継者の経営を見守りつつ、いざとなれば、指図権を行使できる契約にしておくことで、軌道修正をすることも可能です。後継者の手腕が悪ければ、信託を解消することで、白紙に戻すことができます。つまり自社株は、現経営者の手元に戻ることになるのです。
事業承継税制を使えば、税金がかからずに、後継者に自社株を引き継がせることはできます。しかし、後継者が不適任だと判断した場合に、撤回して株をもとの経営者に戻すことはできません。後継者に株式を渡して経営をさせてみるという「お試し」ができ、なおかつ税金がかからないというのが、家族信託を使った事業承継と事業承継税制を使った場合との大きな違いになります。
全面的に経営を委ねるのをためらう現経営者に対し、後継者から「税金を払うことなく、自社株を使って自分に腕試しをさせてほしい」とプレゼンできるからです。双方にとっての「お試し」を実行することで、事業承継の一歩が踏み出せる可能性が大きく広がります。前編では、家族信託の基礎知識や仕組みについて事例などを交えて解説し、後編では家族信託の事業承継への活用方法について詳しく掘り下げます。
家族信託の仕組みとは
信託とは、自分の財産を信頼できる人に信じて、託して管理・運用してもらう仕組みです。
信託のタイプは、大きく分けて二つです。
一般的に、信託業法の元で、信託銀行や信託会社が受託者として、信託報酬を得るための営利目的で行う信託を「商事信託」といいます。
それ以外は「民事信託」といい、受託者が営利目的ではなく、行うものになります。民事信託は信託業法の制限をうけませんので、受託者は、個人でも誰でもなることができます。
家族信託と民事信託の違いですが、どちらも法律用語ではないので、厳密な違いはありません。
本稿では、財産を信じて託す相手として、家族が受託者として、財産管理を任せることが多いので、家族型の民事信託のことを家族信託として、話を進めます(ただし、家族型の信託といっても、必ずしも受託者が血縁関係にある家族でなければならないということではありません)。
認知症対策での活用例
では、信託の仕組みについて具体的にみていきましょう。事業承継への活用法を解説する前に、まずは基礎知識として、主に家族でチームを作っていく仕組みについて説明します。
家族信託は、基本的にシンプルな構造です。
財産の管理を委託する人(委託者)、財産の管理を託される人(受託者)、信託財産から利益を受ける人(受益者)という三つの関係から成り立っています。
そして託す財産(信託財産)を、どのような仕組みで(信託の契約方式)、いつまで(信託期間)行っていくかを決めて、運用するものです。
この仕組みを事例でみていきましょう。
例:父親の介護のために、将来的に自宅を売る必要があると判断されるご家庭の場合
目的:子どもに親の財産の一部(預貯金の一部と自宅不動産)の管理を任せて、父親が認知症になっても、その財産を使って、親の生活費や医療・介護費用のために使うことができる仕組みを作る。
【役割分担】
・委託者(父)
・受託者(子)
・受益者(父)
・信託財産(預貯金の一部と自宅不動産)
・信託契約の方式(信託契約に基づく自益信託)
・信託期間(委託者である父親が亡くなるまで)
このようなケースでは、子どもに信託財産を託す場合、子どもが管理する信託専用口座に資金を移しても(振り込んでも)贈与税はかかりません。また、託した財産を親自身が自分のために使うので、子どもから送金された資金を使ったとしても(自分の財産を自分が使うだけなので)、贈与税はかかりません。
不動産を信託財産とする場合には、受託者に所有権を移転します。契約書に基づいて、「信託」を原因とする「所有権移転の登記」を法務局に申請します。その際、登記費用はかかりますが、贈与税はかかりません。
預貯金や不動産などを信託財産にしていきますが、委託者の財産を全て信託財産とする必要はありません。信託の目的に応じた認知症になってからの生活費や医療・介護費用を見込んで、信託財産の額を決めていきます。資産の範囲内なら、いくらでも設定することができます。
残余財産と帰属権利者
委託者であり受益者である父親が亡くなり、信託が終了したときに、その時点で残っている信託財産を「残余財産」といいます。
その残余財産を受け取ることができるのが「帰属権利者」です。一般的には、信託契約書に残余財産の「帰属権利者」をあらかじめ定めておくことが多いです。
信託財産以外の遺産については、遺産分割協議をするか、または、あらかじめ遺言で指定することができます。
遺言でできるのは、信託財産以外の遺産についてだけです。信託財産について、遺言で指定しても効力はありません。信託は信託法で定められた仕組みなので、信託契約で指定されたほうが優先されるからです。信託契約書を交わした時期より後から作成した遺言であっても同じです。
家族信託の運用事例
筆者が実際に作成をサポートし、運用も監督しているご家庭の家族信託の仕組みは以下のようになっています。
父親と母親の子どもは、長女と二女だけです。信託の目的は「両親が認知症になっても、両親の資産で介護や医療が十分に受けられるようにすること」。そのために、信託財産の預貯金が少なくなってきたら、自宅不動産(信託財産)を処分して、その売却した資金(信託財産)で引き続き、両親の介護・医療に使っていくことを決めています。
【役割分担】
・委託者(父)
・受託者(二女)
・第一受益者(父)
・第二受益者(母)
・後継受託者(二女の子)
・受益者代理人(長女)
・信託監督人(著者)
・信託財産(預貯金の一部と自宅不動産)
・信託契約の方式(信託契約に基づく自益信託)
・信託期間(第二受益者である母が亡くなるまで)
・残余財産の帰属権利者(自宅を換価処分して、長女と二女で均等に分ける)
父親が亡くなったときに母親が存命であれば、「信託を継続して、母親のために信託財産を使う」という「受益者連続信託」の仕組みにしています。父親も母親も亡くなれば、そこで信託は終了します。
父親が亡くなって、母親が存命の場合、母親は受益者となりますので、遺産分割協議をせずに、信託財産をそのまま引き継ぎます。(そのほかの財産については、遺産分割協議をする必要があります)。
このご家庭の場合、不動産も信託登記をしていますので、相続が発生しても相続登記は必要ありません。ただし、相続税に関しては、信託財産を母親が全て相続した扱いとなりますので、必要であれば、申告をします(委託者が亡くなった時点で信託不動産が残っている場合には、委託者受益者変更登記が手続き上必要になります)。
受託者が親よりも先に亡くならないとも限りませんので、「後継受託者」を契約時点で決めています。また、受益者2人が認知症などで、判断能力がなくなったときのために、受益者の立場を代弁できる代理人として、受益者代理人も契約時点で決めています。
家族信託の実際の運用は、ご家族全員が初めてなので、筆者が監督人として入り、信託の運用方法についてお伝えして、財産管理を進めています。初年度は、受託者と受益者代理人と毎月ミーティングをして、受益者(ご両親)の状況や信託財産の現状などの報告を受けながら、情報共有をしています。
将来発生する相続に備えて、課題があれば、ミーティングで話し合い、少しずつ解決して、準備を進めていきます。それによって、相続を「争族」にさせない状況を作ることになります。
家族信託でできること
家族信託でできることの例は次の通りです。
- 親が認知症になっても、事前に信託契約をすることで、受託者が財産を管理することができるようになり、預貯金も動かせるし、不動産の売却も可能になります
- 自分の死後のその先まで、財産を相続する人を決めることが可能になります
- 自社株を信託財産にする場合に、議決権行使の「指図権」を委託者に付与することができます
こうした特徴を持つ家族信託を使って、事業継承に役立つ仕組みを作ることが可能になります。
後編では、事業承継の「お試し」をするために、家族信託をどのように活用するべきかについて、メリットやデメリットも紹介しながら詳しく解説します。
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