棚橋さんは会見で、ビルドアップされた体にスーツをまとい、青いネクタイを締めて登場しました。「プロレスは(レスラーが)社長を殴れる唯一の競技」と、笑いを誘いつつ、「夢で目標だった社長に就任してうれしい。身が引き締まる思いです」と抱負を述べました。
立命館大学の学生プロレス出身の棚橋さんは、1999年に新日本プロレスからデビュー。華麗な空中技と当意即妙なマイクパフォーマンスで人気を博し、団体最高峰のIWGPヘビー級王者や、年間で最も評価の高いレスラーに贈られるプロレス大賞でMVPに4度輝きました。また、猛勉強して大学に合格した経歴から「インテリレスラー」としてテレビ番組などでも人気を集めています。
棚橋さんは1カ月前の11月、親会社のブシロード創業者で同団体オーナーの木谷高明さんから、新社長就任をオファーされました。「現役としてまだまだ鍛え直したい」と思いながらも、「経営と現役を同時にやってこそ逸材」と決意し、受諾しました。
一つ目は、毎年1月4日に東京ドームで開かれる団体最大のイベント「東京ドーム大会」を超満員にすることです。「超満員のドームで花道を歩くのは、レスラーとして誉れでもある。ぜひ、みんなに経験してほしい」
棚橋さんが地方重視を掲げる背景には、新日本プロレス低迷期の経験があります。
アントニオ猪木さんを筆頭に、藤波辰爾さん、武藤敬司さん、蝶野正洋さんら数々の人気レスラーを送り出した新日本プロレスも、棚橋さんが若手だった2000年代に入ると、K-1やPRIDEなどの格闘技に人気を奪われ、相次ぐ選手の離脱で低迷期を迎えます。
棚橋さんは初のIWGP王者になった06年から、営業社員と地方を率先して回り、イベントやメディア出演など、リング外のプロモーションに汗を流し、経営の底割れを防ぎました。
この日の会見でも「僕は3年後理論と呼んでいますが、常に少し先の未来を見る力が大切だと思っています。プロモーションの効果はすぐには出ません。手ごたえがでなくても、じわりとプロレスの熱を伝えることで、6年間積み重ねたものが9年後に結果として出る。そんな経験をしてきました。選手にもそれを伝えたいです」と語りました。
三つ目の公約は、スポンサー企業とのパートナーシップ強化です。レスラーとして地方巡業も含めてリングに上がりながら、社長としても営業に回るつもりです。
「現役レスラー社長の強みは、営業活動で発揮されると思います。日本一動き回り、新しい社長の形を模索したい」と語りました。
経営者に求められる「ネアカ」
12年に団体の経営権を取得したブシロード創業者の木谷さんは、元々熱烈なプロレスファンでした。経営改革の先頭に立ち、レスラーを電車広告に出したり、SNS発信を強化したりしてPR面に注力すると、14年からは動画配信サービス「新日本プロレスワールド」を開始し、海外へとファン層を広げていきます。
買収直後の13年に14万人だった年間観客動員数は19年に44万人となり、コロナ禍で急減しましたが、今は回復傾向にあります。売上高は約53億円で、右肩上がりだったコロナ前の水準まで戻しました。
今回、棚橋さんを新社長に推した木谷さんは、一代でブシロードを築いた経営者です。棚橋さんの社長としての資質を次のように話します。
「団体が一番苦しい時期に体を張っていたのが大きなポイントです。また、経営者はネアカでないとだめだと思っていますが、棚橋さんはリングの上でも日常生活でもネアカです。これから観客動員を増やして世界ナンバーワンを目指すとき、明るさを広げる性格の人に、社長をやってもらいたいと思いました」
先輩経営者としては「経営者はやってみないと分からない。棚橋さんも不安だと思いますが、苦労をいとわない、明るい、頭脳明晰という点で経営者に向いています」とエールを送りました。
エンタメビジネスで勝ち抜く戦略
プロレス経営はかつて、カリスマレスラーの「個人商店」としての色が濃い時代が続きました。しかし、ブシロードは新日本プロレスに続き、女子プロレス団体「スターダム」の経営権を取得。サイバーエージェントも子会社のサイバーファイトを通じて、DDTプロレスリング、プロレスリング・ノアなどを経営し、大手エンターテインメント企業がプロレスの経営領域を拡大しています。
また、ライブエンターテインメントビジネス全体を見渡せば、新日本プロレスのライバルは、他団体や他競技のみならず、音楽やお笑いなどにも広がっています。
棚橋さんは勝ち抜くための戦略を会見で問われ、「推し」というキーワードを示しました。
「僕がファンだった当時、『推し』という言葉はありませんでしたが、応援している選手が勝つとエネルギーをもらいました。推しの文化は他ジャンルにもありますが、リングサイドでの応援の熱量がオンタイムで選手に伝わり、エネルギーになるところが、プロレスならではです。会場の熱量を、現地や映像配信で広く伝え、日本を元気にする存在でありたいと考えています」
組織が苦しい時期に先頭に立ち、ファンの人気をつかんだ棚橋さんの手腕が、経営者としてどう発揮され、エンターテインメントビジネスに新しい風を吹き込むのか。注目の「後継ぎ」が、また一人生まれました。
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