目次

  1. 「うちの父親の会社、一緒に継がへん?」から入社
  2. 「早く認めてもらえるように頑張ろう」
  3. 初めての失敗は200万円 周囲は「焦らずいこうや」
  4. 7枚の紙を1枚にすることから改善
  5. 滅菌機が故障しピンチに 大手企業が参入
  6. 働きやすさを求めた社内改革、経費削減にも効果
  7. 『この会社に入って良かったです』と言われる会社へ
  8. 自分1人でしないことが大切
  9. リスペクトしながら遠慮せずに言いたいことを言う

 千種さんは、大阪のサラリーマン家庭の3人兄弟の末っ子。高校生のとき、後に妻となる女性と出会いましたが、当時はとくに恋愛感情はなかったそうです。

 交際のきっかけは、大学4年生の夏休み。突然「アメリカ横断せえへん?」と誘われ、男友達1人を加えた3人で旅行しました。1ヵ月ずっと一緒にいるうちに会話の掛け合いの楽しさに惹かれていき、帰国してから付き合うことになりました。

 東京の商社で働いていた社会人1年目。当時はまだ彼女だった妻から「うちの父親の会社、一緒に継がへん?」と誘われます。

 義父とは高校・大学が同じという縁があり、“社長”に憧れていた千種さんは「社長に挑戦できる機会はなかなかない」と2015年に結婚しました。

1955年ごろの本社外観

 経営に関する知識を学ぼうと、千種さんは2016年にグロービス経営大学大学院で学び始めます。

 働きながら経営を学ぶうちに「学んだことを早く生かしたい」と思うようになり、2017年4月に大阪に戻り、三田理化工業に入社しました。

 「不安と楽しみ、どちらもありました。他の社員の方に認めてもらわないと経営者になれるわけがない、早く認めてもらえるように頑張ろうと思っていました」

 入社当時、会社は3年間で売り上げが30%下がり、社員の5人に1人が退職していました。人手が足りず、まさに猫の手も借りたい状況だったといいます。

 「義父からは、まずは営業として結果を出すことを期待されていましたが、会社に危機感を持っていた社員の何人かからは会社への不満や要望を伝えられました。『期待されている』『早く改革しないと』と感じました」

 三田理化工業の主な事業は、新生児病棟やNICUなどで治療を受ける新生児のためのミルクを作る調乳トータルシステムを提供する「機器事業」と、製薬会社や薬剤師が注射剤や薬剤を入れるための洗浄滅菌済みのバイアル瓶を製造販売する「消耗品事業」です。

 研修後、千種さんは機器事業部の営業職として配属されました。引き継ぎを受けたものの、顧客や市場などのデータが残っておらず、営業の流れも案件によってバラバラでした。

 そこで、クラウドサービス「kintone(キントーン)」で情報を集約し、営業管理システムの構築から始めました。

 一方、消耗品事業部では製品の納期遅延が問題になっていました。

 兵庫県西脇市にある製造拠点の開発センターでは、事業部長や部署のナンバー2が退職し、代わりに立ったトップも体調を崩して退職するなど、責任者不在が続いていました。受注から納品まで平均で1.5~2ヵ月、中には3ヵ月かかる製品もありました。

 同時期に入社した新しいセンター長から「しんどいです」と相談されたこともあり、千種さんは義父に直談判。2018年1月から開発センターに生産管理職として異動しました。

 「グロービスで学んだ工場オペレーション戦略の知識が生かせる!」と意気込みましたが、現実はそんなに甘くありません。

 開発センターにはクリーンルームがあり、中は洗浄室、検査室、包装室にゾーニングされています。作業は細分化されて見えづらく、なかなかボトルネックを探せませんでした。

 そんな中、目に見えて時間がかかっている作業がありました。検査スタッフによる全瓶の外観検査です。検査スタッフに話を聞くと「設備が足りない」と教えてくれたので、すぐに義父に伝え、200万円かけて設備投資を行いました。

すべての瓶を目視で確認する外観検査

 「でも、検査室のスペースが足りず、新しい設備が入らなかったんです。後からよくよく話を聞くと、設備は足りないけれど、そもそも場所がないし、検査をする人も足りていなかったと分かりました。私のヒアリング不足による意思決定で、200万円を無駄にしてしまいました」

 今はその設備を別の場所に移して使っていますが、これが千種さんの入社後はじめての大きなミスでした。

 「ほかにも、会議中に『デジタル化だ!』『モノ売りからコト売りだ!』などと抽象的な提案をしていました。自分でも、1年目は空回りしていた実感がすごくあります」と千種さんは振り返ります。

 しかし、義父はそんな千種さんの話を「一理あるかな」と聞いてくれました。また、管理職のメンバーもたびたび千種さんのもとを訪れて「焦らずいこうや」と諭してくれたといいます。

 「みんないい人たちですよね。そもそも70年以上続いている事業があり、ベテラン社員もいっぱいいる会社なのに、よそから来て1年も経っていない自分がワーワー言ってしまっているなと改めて感じました」

 「できることをしていこう」と気持ちを切り替えた千種さんは、まずスタッフの話をしっかりと聞きはじめました。

 そうするうちに、納期遅延の根本的な原因が、生産管理が機能していないことだと気づきます。

 当時、開発センターではその日に作る製品を朝知らされるような状態で、計画的に生産されていませんでした。

 千種さんは、工程を確認するための会議に参加します。すると、受注量や在庫量などを把握するために、工場長が7枚の紙を持ってきていました。

 「それほど、情報が散乱していたのです。まずは、7枚の紙を1枚にすることから始めました」

 kintoneでロット情報を管理し、進捗や製品の不良率を見える化しました。そして、既存の基幹システムを活用して受発注や在庫管理を行い、データはスプレッドシートに落とし込んで開発センターと本社の営業との間でリアルタイムで共有できるようにしました。社内のコミュニケーションはslackを活用しています。

 このとき、千種さんはすべてをデジタル化したわけではありません。

 三田理化工業の特徴は、多品種少量生産です。主力製品のバイアル瓶はサイズ違い、色違い、キャップの種類違いなどでトータル150種類あり、そのような製品がいくつかあります。

さまざまな形や色、大きさのバイアル瓶

 生産管理のすべてをデジタル化しようとすると、システム構築や運用に膨大な時間とコストがかかります。さらに、既存システムの改修も合わせて行う必要がありました。

 何をどこまでするべきかバランスを考え、優先順位を明確にしながら、デジタル化すべき部分とアナログのまま残す部分を決めました。

 まずは小さくスタートし、徐々に導入範囲を拡大。2年かけて仕組みを整えた結果、2019年には納期を0.5か月にまで短縮できました。

 しかし、新たな問題が発生します。滅菌機が壊れ、滅菌製品を出荷できなくなったのです。

 修理には、4ヵ月かかりました。生産を再開した後も、4ヵ月間の供給中断を解消するところからはじめなければならず、納期遅延の影響は2019年いっぱい続きました。

 この出来事は、長年製品を使い続けている顧客を困らせてしまいます。なぜなら、同様の製品を“100本単位”で販売する会社はありますが、顧客が本当に必要とする“10本単位”で、かつ一般医療機器として製造販売できる会社は三田理化工業しかないからです。

 三田理化工業が“10本単位”で販売できる理由は、2つあります。1つは生産技術や設備、各種ノウハウがあること、もう1つは販売力があることです。

 洗浄滅菌済みのバイアル瓶を作るためには、洗浄や滅菌に関する知識や技術はもちろん、クリーンルームや蒸留水を供給するための設備が必要です。

 さらに、一般医療機器として品質保証も行わなければなりません。菌がいないことの証明は難しいですが、三田理化工業では何度か滅菌作業を繰り返し、その度ごとに無菌である証明を積み重ねて品質を保証する体制を整えています。

 また、滅菌品の滅菌保証期限は1年と定められています。その期間を過ぎると売れなくなる製品を作り続けるリスクを抱えながら、どれだけ作り、どれだけの在庫を許容するかを決める生産管理ノウハウも欠かせません。

 これらをクリアして製造段階に入ると、次は生産ロットの問題に直面します。

 バイアル瓶を滅菌する滅菌機はとても大きく、1度稼働させるには高い電気代がかかります。また、資材やスタッフが着用する医療用服などの確保も必要です。

 もともとの設備投資も含めてかかる経費をペイするためには10本単位では難しく、1000本、2000本単位で製造する必要があります。こうして出来上がった大量の製品をより多く販売するために、販売力が必要となります。

 三田理化工業には40年以上取引のある顧客が全国にいて、病院だけでも1000を超えています。常に安定した受注があり、製造した分をきちんと販売できるからこそ、“10本単位”での販売が可能なのです。

 このような背景から、この分野は参入障壁が非常に高く、万が一参入してきた企業があっても長続きしない状態が続いていました。

 しかし、納期遅延が続いたことで、事態は大きく動きます。

 「自社にしか販売できないという状況に甘んじていたわけではありませんが…。当社より1000倍も規模の大きな企業が同じ製品を発売することになったんです」

 千種さんがそのことを知ったのは2020年ごろ。「どうしよう、本当に会社が潰れてしまうかもしれないと思いました」。

 しかし、着実に進めてきた業務改善が実を結び、2020年には出荷にかかる日数は平均1日まで短縮していました。

 また、数千万円を投資して滅菌機をもう1台増設するなど、リスク対策も十分に取っていたため、納期遅延を起こすことはありません。

 結果的に、三田理化工業は売り上げへの影響をほとんど受けることなく、2021年に新規参入してきた大手医療機器メーカーは、2年後の2023年に市場から撤退していったのです。

 千種さんは、社員が働きやすくなるように女子専用トイレを新設したり、お茶くみ制度や女性の制服を廃止したりしました。

 さらに「カイゼン提案制度」を作りました。「休憩室を広げたい」「工程管理用のモニターを大きくしたい」など、社員自ら改善案を提案できる制度です。申請し、承認が下りれば、予算の獲得も可能です。

 この制度は、社員の働きやすさだけではなく、経費削減にも貢献しました。「使っていない間だけこの機械の電源を切ってはどうか?」といった社員の小さな改善案をいくつも実施したところ、年間500万円の経費削減につながったのです。

 労働環境や離職率にも変化が起きました。

 2018年には500時間だった開発センターの社員1人あたりの年間残業時間が、今ではほぼゼロになりました。20%を超えていた離職率も、5%程度に減少。開発センターでは、2021年から2023年の3年間に離職した人は1人もいません。

 残業時間の減少に伴い社員の残業代が減りましたが、代わりに2021年からは3期連続で期末賞与を出せるようになりました。

 「社員から『この会社に入って良かったです』『いつまでもこの会社で働きたいです』と言ってもらえるので、本当にうれしいです」

インタビューを受ける千種さん

 これまでにさまざまな改善を行ってきた千種さん。数々の経験を通して学んだことは「自分1人でしないこと」だと言います。

 「入社当時は『自分が、自分が』と思っていましたし、『認められないといけない』という思いもありました。特にIT関係については、自分が1番分かっているという意地みたいなものもあったのかもしれません。

 でも、今は私より若く、ITに詳しい社員がいますし、各業務はそれぞれベテランや中堅など多くの頼れる社員がいます。今までの取り組みも、社員全員で取り組んできた成果です。

 自分1人で物事を進めるのではなく、みんなを頼った方がもっと早く進むし、より良いものができると気づきました。

 自分のすべきことは、社員が力を発揮できる組織文化や制度、フィールドを用意することだと今は思っています」

 入社以来、義父とのコミュニケーションをしっかりとることを心がけてきました。そんな千種さんには、ずっと大切にしてきた言葉があります。

 それは、千種さんが入社前、義父の提案で同業の経営者親子3組で食事をしたときに1人の経営者からかけてもらった「義理だからって遠慮するなよ、遠慮したら意味ないぞ」という言葉です。

インタビューを受ける千種さん

 「この言葉を聞いて、『よし、遠慮しないで言おう』と思いました。足をガクガク震わせながら、強く意見を言ったこともあります。

 『会社についてまだ知らないから』『義父は実績があるから』『まだ社長じゃないから、代替わりしてからにしよう』などと思うこともあるかもしれません。

 でも、代替わりするまで言葉に出さないとしたら、その間社員を待たせ、困らせることになります。社員から『どうせ変わらない』と思われたり、その結果辞めていったりするかもしれません。

 それだと、後継ぎとしての責任を果たせていないと思うので、自分が変えた方がいいと思うものがあれば、後回しにせずに言った方がいいと思います。

 もちろん、何かを言う時には相手へのリスペクトが絶対に必要ですし、伝え方やタイミングには気をつけた方が良いです。常日頃から相手が言いたいことをきちんと聞く姿勢を示すことも必要だと思います。

 その上で、自分が伝えなければならない、伝えた方が良いと思ったことは遠慮せず伝え、実行すべきだと思っています」

 2024年に創業75周年を迎える三田理化工業。「義父は『100年までは見届ける』と言っているので、ちゃんと見届けてもらえるようにしたいと思っています」と笑顔で話す千種さんは、3代目社長としてこれからも社員と新しいチャレンジを続けます。