目次

  1. 「追い風になっている今しか」
  2. 「ポジティブな会話できている」
  3. よろず支援拠点も驚く経営改善
  4. 価格転嫁サポート窓口で中小企業が受けられる支援とは

 「価格交渉は非常にセンシティブな話題です。また、間違った交渉で取引先にご迷惑をかけるわけにはいかないと考えていました」

 そう話すのは「土田化学」(兵庫県丹波市)4代目の後継ぎとして働く土田翔大さんです。

土田化学の製造現場に立つ土田翔大さん(土田さん提供)

 土田化学は数十社と取引があり、長年、良好な関係を築いてきました。ただし、それゆえになかなか価格交渉を切り出しにくく、原材料費や人件費などの上昇が会社の利益を圧迫していました。

 事業を継続するうえで、適切な価格での取引は欠かせません。土田さんは、どのように話し合いを進めればよいかを迷っていた2023年夏、全国のよろず支援拠点に価格転嫁サポート窓口ができたことを知ります。

 さっそく神戸市にあるよろず支援拠点を訪れました。相談に乗ったのは、コーディネーターで中小企業診断士の田中秀和さん。

 「いまは政府が価格交渉を後押ししています。交渉を始めるのであれば、追い風になっている今しかないですよ」

 そんな田中さんの一言が、土田さんの背中を押ししました。

 続いて、田中さんは「価格交渉の場に必ずしも、決裁権のある方が同席されるとは限りません。また、自分でわからないものは、相手にもわかりません。だからこそ、取引先の社内できちんと共有いただけるような説明資料を作りましょう」とアドバイスします。

 具体的には、製品マスタを整備して、どの製品にどんな材料がどれぐらい使われているのか、工程ごとかかる時間を一覧できるようにすることから提案します。

 初回の相談を終えた土田さんは、X(旧Twitter)に「よい相談の場となりました。今後、支援をして頂きます」と投稿しました。

 アドバイスを受けて、さっそく製品マスタを作ることにした土田さん。田中さんからもらった製品マスタをもとに、土田さんは製品単価情報などと組み合わせて、製品一つひとつにどの材料がどれだけ使われているか、原材料費や製品一つにかかる労務費まで見える化できるオリジナルの資料を作り始めました。

土田さんが作成した自社風にアレンジした製品マスタ。製品ごとに製造にかかる秒数、材料の重量や単価、外注加工の有無まで一覧できる(画像は一部加工しています)

 その際、正確な原価を打ち込むために、各原料メーカーから届いている値上げ通知文書のFAXなどをかき集めました。この値上げ通知文書を集めたことは、取引先の理解を得る上でも役立ったそうです。

 土田化学で製造している製品は累計で数百品目に上ります。土田さんは日々の通常業務が終わったあとに1品目ずつ入力作業を続けています。

土田化学が製造するプラスチック関連製品(土田化学提供)

 こうした作業の結果、3年前と比べて、原材料費で105~120%、光熱費で114%、人件費で110%程度、上昇していたことが見えてきました。

 そんな土田さんに、父である社長が「話し合いは俺が行くわ」と協力を申し出てくれました。取引先1社ずつと丁寧な話し合いを始めています。これまでの良好な関係性もあり、理解を示してくれる取引先も多く、ポジティブな会話ができているといいます。

 よろず支援拠点の田中さんは「土田さんがここまで精緻な資料を作ってくれるとは、予想以上でした。きちんとした資料をつくると、取引先の担当者も耳を傾けてくれやすくなります」と称賛しています。

 土田化学は、原材料費だけでなく労務費も含めて包括的な話し合いができているそうです。一方で、原材料費の交渉はできても、労務費分をなかなか反映できずに悩んでいる企業も少なくありません。

 田中さんは「公正取引委員会が2023年11月、受発注者向けに12ヵ条の労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針を公表しています。交渉の進め方に悩んでいる企業がいれば、こうした資料も活用しながら話し合いを進めてみてください」と話しています。

 土田さんは、さらによろず支援拠点も予想していなかった活用を始めます。

 取引先に提出している請求書上では利益が出るはずなのに、実際に納品すると、なぜか想定通りの利益が出ていない……。製品マスタを作っていると、利益が出にくくなっていた要因も見えてきました。

職場の様子(土田化学提供)

 たとえば、製品マスタと実際の機械のデータを突き合せると、製造工程にかかる時間が、当初の計画と大きな開きがある製品がありました。

 このままでは利益に影響してしまうため、土田さんは現場作業員に話を聞くようにしています。すると、製品の歪みをなくすために十分な冷却時間をおかなければならないなど、品質を保つために時間をかけなければならないことがわかりました。

 こうした場合は、次回の請求書を作るときに取引先とまず相談することから始めるつもりです。

 土田さんは「データをまとめていくと、不良品率の少なさなど自社の強みも明らかにできるようになってきました。今後も土田化学を取引先として選んでいただけるよう、こうしたデータを伝えていきたいと考えています」と話しています。

 中小企業などが原材料費やエネルギー価格、労務費などの上昇分を発注側企業に適切に価格転嫁できるよう、中小企業庁は全国47都道府県にある「よろず支援拠点」のなかに「価格転嫁サポート窓口」を設けて支援しています。

 価格転嫁サポート窓口では、価格交渉に関する基礎的な知識や原価計算の手法の習得支援を通じて、下請け中小企業の価格交渉・価格転嫁を後押しします。

 また、商工会・商工会議所等でも、「価格交渉ハンドブック<PDF方式>」の活用等により、中小企業の価格転嫁を支援する全国的なサポート体制を整備しています。いずれも相談は無料です。

よろず支援拠点の価格転嫁の相談窓口

 今回、土田さんが相談に訪れた兵庫県よろず支援拠点でチーフコーディネーターを務める井床利之さんは次のように話しています。

 「価格交渉をスムーズに進められるかは、契約の中身やこれまでの関係性によっても変わりますので、話し合いをどのように進めればよいかは企業によって千差万別です。ただし、政府が中小企業の価格交渉を後押ししている今は、中小企業にとってチャンスでもあります。取引先の担当者が社内で困らないようエビデンスをきちんと用意しましょう。私たちよろず支援拠点は、そのお手伝いができます」