闘病経験で生まれた野菜ジュース 角井食品が求める食の安全と働きやすさ
京都府宇治市の角井食品は、コンビニ、スーパー、大学の購買などで扱う弁当・惣菜などを製造・販売しています。2代目社長の角井美穂さん(47)は、売り上げの8割を占めていた取引先が離れる危機を経験しながらも、営業や製造工程の見直しに力を入れ、高齢者や障害者、子育て世代が働きやすい環境づくりを進めました。自身が病を患った経験から、無添加・無濃縮の野菜ジュースブランドを立ち上げるなど、事業拡大にも意欲的です。
京都府宇治市の角井食品は、コンビニ、スーパー、大学の購買などで扱う弁当・惣菜などを製造・販売しています。2代目社長の角井美穂さん(47)は、売り上げの8割を占めていた取引先が離れる危機を経験しながらも、営業や製造工程の見直しに力を入れ、高齢者や障害者、子育て世代が働きやすい環境づくりを進めました。自身が病を患った経験から、無添加・無濃縮の野菜ジュースブランドを立ち上げるなど、事業拡大にも意欲的です。
角井食品は1971年、美穂さんの父・實さんが創業しました。自社工場で弁当、おにぎり、惣菜、サンドイッチから、おせち料理まで作り、関西圏のスーパーやコンビニなどとの取引があります。
實さんは、サンドイッチに入っている卵をはじめ、お弁当のハンバーグもひき肉を仕入れて玉ねぎを炒めるところから始める、というこだわりを持っていました。今でもその考えにならい、惣菜のトンカツやメンチカツなどは一から自社工場で製造しています。
ガスで炊く「一釜浸漬一釜炊飯方式」と呼ばれる炊飯設備を持ち、コンピューターで一釜ごとに細かく炊き分けつつ、昔ながらのガス炊飯でふっくらしたご飯に仕上げているといいます。
売上高は11億8900万円(2023年6月期)、従業員数は96人(うちパート87人)です。
角井さんが物心がついたころは、会社が一番忙しい時期でした。当時は小さな工場の2階に一家で暮らし、毎日のように従業員が出入りしていたといいます。
海外にあこがれ、留学も経験した角井さんは当初、家業を継ぐ考えはありませんでした。大学卒業後は明確な希望職種がなく、家業と取引のある大手食品メーカーに就職します。4年ほど営業職で働いた後に退職し、2002年、角井食品に入社しました。
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「ちょうど家業が忙しい時期で、家族の助けになりたい気持ちと、何か違う仕事をしたいという思いが重なりました。前職の会社には今もお世話になっています」
角井さんは入社後、本格的に製造に関わる中、06年に大きな危機に見舞われます。当時の売り上げの8割を占めていた企業との取引がなくなったのです。仕事量が2割程度にまで減り、賞与も支給できない状況に。多くの社員が離職していきました。
角井さんは30歳で常務取締役兼工場長になり、新たな取引先を開拓しようと営業に力を入れました。残った人員で生産性を保つため、製造工程も見直します。
窮地を救ったのは、長年付き合いがある同業他社でした。「角井さん、今大変だから」と細かな仕事や新しい仕事を回してくれたのです。 売り上げは大幅に低下したものの、これまでの60%程度は確保し、底割れを防ぎました。
角井さんは「経営者目線で会社を見る」という意識もないまま、走り続けていたといいます。40歳だった16年、實さんが72歳になったタイミングで社長に就任。父娘が並走する形で経営しました。實さん自身が元気で冷静な判断を下せるうちに会社を任せたいと、余裕を持って引き継ぎを進めました。
角井食品ではダイバーシティーという言葉が広まる前から、先代の考えで高齢者(65歳以上)や障がいを持つ人を積極的に雇用。現在は従業員のうち、障がい者6人、高齢者12人が勤務しています。背景には、弁当・惣菜を作る業界の慢性的な人手不足がありました。
工場の機械化やロボット導入が進む中でも、弁当や惣菜は細かな調節が難しく、まだまだ、人の手で繊細に作ることが求められています。そのため、角井さんが気を配るのが人材の配置です。
「お弁当を一から百まで作ろうとすれば、かなりのスキルや経験がないと難しいですよね。でも、その工程を分解し、それぞれに人を配置すれば熟練のスキルを持たない人でもお弁当を作ることができます。その人の能力を、いかに仕事にマッチングさせるかというイメージで、工程の分解を意識しています」
7年ほど前には、「小学生の子の預け先が見つからない」という当時のパート従業員の声に応え、社内に「学童ルーム」を設置しました。
母親が働いている間、会社で雇ったスタッフが社内で子どもの世話をする制度です。たった1人のパート従業員のために始めましたが、授業が終わった子どもを学校まで迎えにいくため個人でタクシー会社と契約するほどの徹底ぶりでした。
「優秀な従業員がライフスタイルの関係で身動きがとれない場合、どんな方法なら働いてもらいやすくなるかを考えています。従業員が困っていることを分解し、会社で対応できることとすり合わせています」
現在も不定期ですが、子どもを社内で預かる取り組みは続けています。幼稚園などの長期休暇のタイミングで、対象の従業員が子どもの世話をしながら仕事ができるようにしています。
母親が工場に出る必要があれば、角井さん自ら一時的に子どもを預かっています。フレキシブルな勤務やサポートの体制を知った従業員の「ママ友」が入社したケースもあるそうです。
「家庭と仕事のバランスがとりやすいよう、要望に細やかに対応できるのは、中小企業の強みかもしれません」
現在は仕事量が増えています。将来的には「短時間でも効率的に働きたい」という希望者をもっと受け入れる環境を目指し、例えば、主婦が働きやすい午前中から昼過ぎの時間帯に生産ラインを厚くしています。
一方、食品工場は扱いを間違えると腐敗や食中毒のリスクもあり、厳格なスケジュールも求められます。食品を日持ちさせるため、全国に数十台しかないという「高圧処理」の機械を導入するなど、技術開発も進めています。
「兼ね合いは難しいですが、人数調整やシフトをうまく組んで、従業員の要望にこたえた工場運営をしていきたい」
従業員の働く環境整備を進めてきた角井食品から、ヒット商品も生まれました。13年から発売する「お母ちゃんが作ったお弁当®」です。
だし巻き卵やタコさんウィンナーなどが入り、いわゆる「昭和の家庭」をイメージした弁当です。当時の開発営業部長・谷村昌洋さん(現役員)が手がけ、最近でも累計約88万個(19年8月~23年末)を売り上げました。
「父は創業時から『家で作るものと同じメニューを大量生産する』というイメージで自社製品開発にも取り組みました。私と同時期に入社した谷村も、父の考え方を踏襲しています」
同社製の唐揚げ弁当もシンプルながら、高いクオリティーを維持。工場内でできるだけ、手作りにこだわる姿勢が評価を得ています。唐揚げをたれに漬け込む、メンチカツやコロッケなどの惣菜を一から自社工場で作るなど、手間暇をかけた調理は同社の規模だからこそできることといいます。
「面倒に感じるような作業にも取り組むことで、同じ500円の弁当でもおいしさがぐんと変わります。仕入れ面などはどうしても大きな企業に負けますが、だからこそ、生産性を改良し、技術を培うことで材料費を抑えています。我々の規模だからこそできることで、差別化を図っています」
角井さんは新たな挑戦も始めています。22年、野菜ジュースの新ブランド「miosai」(ミオサイ)を立ち上げました。「ミオサイ」は、スペイン語・イタリア語の「mio(ミオ)」と野菜の「サイ」を掛け合わせた「私の野菜」という意味の造語です。
きっかけは、角井さんが16年に膵臓の病を患い、約40日間入院したことでした。ようやく退院できたものの、半年ほど食べたいものが食べられない日々が続きます。また、院内では何も食べたいものが見つからなかった日々を思い出し、健康でない人や食事制限がある人も気軽に口にでき、栄養も取れる野菜ジュースを作ろうと決めたのです。
「自分の経験はもちろん、病棟でリハビリに取り組む入院患者や高齢者の姿を見たことも大きかったです。お見舞いであげられるような野菜ジュースを作れば、私が入院した意味もあると感じたんです」
リサーチを重ねると、大半の市販の野菜ジュースは濃縮還元され、ブレンドや添加物でおいしさを出していると気づきます。角井さんは、野菜の栄養素や本来の香りを突き詰めたジュースを送り出したいと、開発に取り組みました。
ある日、角井さんが知人から進められたのが、北海道北見市の原谷農園のニンジンでした。多様な微生物を組み合わせた独自の農法で、角井さんはおいしさに衝撃を受けたといいます。野菜ソムリエの資格を持つ共同開発者が「人生トップ3に入る」と太鼓判を押すほどだったそうです。
それまで考えていた販路や値段設定はすべて吹き飛び、「このニンジンでジュースを作る」という目標に切り替わりました。
「すぐに原谷農園に向かい、ミオサイのコンセプトを伝えました。打ち合わせなどで密にコミュニケーションを重ねたこともあり、不作の時なども安定的に供給してもらっています」
ミオサイは1年ほどの構想期間を経て完成。ニンジンの良さに加え、栄養素をこわさずに日持ちさせる「高圧加工製法」で作られ、医大の分析結果でも高い抗酸化作用が実証されました。
ジュースの製造過程で出たニンジンの搾りかすを使ったお菓子の開発も進んでいます。角井さんはキャロットケーキにヒントを得て、ミオサイのコンセプトに沿い、牛乳や生クリーム、卵やバターを使わない商品の開発を始めました。「アレルギーや病気を抱える人も食べられるようにしたかったんです」
専門家にアドバイスをもらいつつ数十回試作を重ねクオリティーを高め、24年1月に発売を始めました。
角井さんは10代のころに留学した英国で多様な食文化に触れたこと、44歳のときに突如アレルギーを発症し外食が困難になったことから、食の安全に一層の力を注ぐつもりです。その表れが、安全性を追求した弁当作り、そして素材や健康にこだわり抜いたミオサイになります。
角井さんは市販のお弁当やカップラーメンなどを否定するつもりもないといいます。
「コンビニやスーパーで気軽に購入できるお惣菜やパンは、長時間持ち歩いても、腐る危険性は少ないですよね。例えば、真夏の炎天下に手作りのお弁当を持ち歩くとしたら、市販のものを買った方が安全という場合もあります。双方とも必要な商品なので、角井食品としてどちらにも関わっていきたいです」
角井食品では作業工程で少しでもミスが起こった場合は、必ず廃棄するように徹底しています。それは「自分たちの判断が業界全体に迷惑をかけないかを考える」という父の精神が大きく関係しているといいます。
「食中毒など食品に関する事件は、食文化自体を変えてしまうことにもつながります。人の命がかかわるため、会社規模の大小は関係なく、業界に波及しかねないことを常に考える、というのは父からの影響です。食中毒だけでなく、何かの経営判断をする際には、常に念頭においています」
角井さんは今後、京野菜を使ったグルテンフリーのお土産も考えているといいます。インバウンドが増えつつある中、海外観光客向けのお土産でグルテンフリーのものがあまりに少ないことに着目し、試作を重ねています。
軸足は先代のころから変わらず「食の安全」に置きつつ、角井さんの挑戦は続きます。
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