EVシフトで注文7割減の危機 榊原精器4代目のマインドチェンジ
愛知県西尾市にある榊原精器は、金属部品加工の専業メーカーです。 4代目社長の榊原基広さん(46)は、2019年の社長就任直後にEVシフトの波に直面。主要取引先から、注文の大幅減の見通しを告げられます。すぐには状況を飲み込めませんでしたが、会社存亡の危機のなか、「EVシフトでも生き残る」とマインドをチェンジ。長年培った強みである切削加工を新技術の習得によって磨き上げ、EVに対応した技術提案を目指しています。
愛知県西尾市にある榊原精器は、金属部品加工の専業メーカーです。 4代目社長の榊原基広さん(46)は、2019年の社長就任直後にEVシフトの波に直面。主要取引先から、注文の大幅減の見通しを告げられます。すぐには状況を飲み込めませんでしたが、会社存亡の危機のなか、「EVシフトでも生き残る」とマインドをチェンジ。長年培った強みである切削加工を新技術の習得によって磨き上げ、EVに対応した技術提案を目指しています。
目次
1941年創業の榊原精器は、トヨタ自動車をはじめとする自動車産業の集積地、愛知県の西三河地域にあります。西尾市とタイに工場があり、主要取引先のティア1(一次サプライヤー) として、アルミの切削加工を得意としてきました。鉄に比べてアルミは軽くてやわらかく、熱伝導性が高いことから加工しやすい一方で、加工精度を維持するのが難しいことでも知られます。
榊原精器の主力商品は自動車部品。なかでもエンジンの回転エネルギーを電気に変換する「オルタネーター」の部品は、世界でもトップシェアを誇ります。2024年1月末時点の社員数は260人、年商は約80億円です。
榊原さんは地元の工業高校を卒業後に、社員50人ほどの樹脂成型の会社へ入社しました。ものづくりが身近な西三河地域では、ごく自然なキャリアだったといいます。
「子どものころから、家業がものづくりの会社だと自覚していました。先代社長の父から『後を継いでほしい』と言われたことはありませんが、私自身は『早く社会に出て自立したい』という思いが強かったです」
樹脂成型の会社では、「段取り工」として生産現場を支えた榊原さん。取引先への納期に合わせて樹脂部品の生産計画を立て、生産ラインの準備を担当しました。
「仕事は面白かったですね。いかに早く生産ラインを整えてライン作業者に渡せるかが、その日の生産実績に直結します。自分の創意工夫が数字に表れるところに、大きなやりがいを感じました」
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榊原さんは樹脂成型会社勤務を経て、2000年に23歳で家業へ入社しました。生産課や品質保証課の仕事を経験するなか、会社の業績は堅調だったといいます。
「主要取引先のティア1ということもあり、注文に真面目に応えていれば安泰でした。特にうちは社内に開発部門を持ち、製品の試作から量産までを一気通貫で手がけられます。『高品質・低コスト・短納期』をモットーとし、試作品の製造を最短7日で実現していました。多くの取引先にとっては、便利な会社だったと思います」
とは言え2008年のリーマン・ショックでは、自動車業界全体が影響を受けました。一時的に注文が減り、榊原さんが自社の体制に課題意識を持ち始めたころ、先代から経営企画部の立ち上げを命じられました。
「うちは日々の仕事がなりゆき任せというか、事業計画が無い会社だと気づきました。長年の信頼や人間関係のなかで、取引先から仕事を請け負う状態です。経営層にはそれなりのビジョンがあったのかもしれませんが、明文化されずに一部の管理職に口頭で伝えられるため、社内で共有されているとは言えませんでした」
「事業計画を作らんといかんね」という意識が芽生えた先代ら経営層から、経営企画部の人選を任された榊原さん。同年代の製造部の同僚2人をスカウトし、3人で経営企画部を立ち上げました。
リーマン・ショックをきっかけに、これまでのやり方を変えようとする意識が、社内に芽生え始めていました。
その後の2014年、業績が落ち込んでいたタイ工場の立て直しのため、榊原さんはタイへ赴任します。
「製造業では当たり前の日常管理を徹底しながら、経費削減と営業活動を進めていきました。タイの取引先との人間関係だけで仕事を受注していた商習慣を脱却し、赤字も解消されていきました」
タイ工場の再建のめどが立った2019年、榊原さんは日本へ帰国し社長に就任しました。
「父から『早く帰国して後を継いでほしい』と頼まれました。そのころ周囲で、経営者の世代交代が進んでいたからだと思います。私はあと1年、タイ工場再建の総仕上げをしたかったのですが、帰国して社長に就任しました」
2019年6月に社長に就任した榊原さん。当時はオルタネーターが増産傾向にあったり、海外に移管したオルタネーターの生産が日本に戻ったりと、榊原精器の業績は右肩上がりが続いていました。
激変したのは2020年7月のことでした。主要取引先の役員が来社したのです。
「事前に伝えられた用件が『将来の動向について』だったので、いつも通りに新商品の開発の相談だろうと思っていました。ところが役員の話はこうでした。『自動車は将来的に、ガソリンを燃料とするエンジン車から電動化が進みます。電動化にともなってエンジンが不要となるため、オルタネーターの注文は2025年までに3割、2030年までに7割減る見通しです』」
主要取引先から、「2030年までに注文が7割減る見通し」と告げられた直後の榊原さんは、内容をそのまま認めることが難しかったといいます。
「話を聞いた時の第一印象は『やばい』。当時のうちは売り上げの8割を主要取引先1社に依存しており、何もしなければ会社はつぶれてしまいます。もちろん以前から、電動化の話は耳にしていました。でも日々の仕事は忙しく、本当にそんなことが起きるのかと疑問でした」
当時、周囲の経営者仲間や地元の商工会議所に「どう思う?」と尋ねても、「減産になどならないよ」と楽観的だったといいます。榊原さん自身にも、事実を認めていいのかという気持ちと、日々の主要取引先との良好な関係から、いわゆる「楽観バイアス」が生じていました。
榊原さんは、ファクトに基づいた客観的な裏付けが必要と考えました。コンサルタントに相談して、市場動向に関する調査 を依頼。自動車業界の電動化シフト(EVシフト)の開発進捗や、業界の生々しい本音などを知るうちに、告げられた話の内容を 実感していきました。
「エンジン車が減る、イコール、うちの主力商品のオルタネーターが減る。自動車業界のEVシフトという環境変化にともなって、うちだけではなく主要取引先も、事業が激変する真っただ中にいるのだと理解しました。これまで主要取引先に助けてもらっていた商習慣だけに依存することなく、自分たちでも生きる場所を探さないと、会社が生き残る道はない。そう納得するまでに半年かかりました」
自動車業界のEVシフトを受け入れて、自社が生きる道を探すと決めた榊原さんは、社員たちにありのままを話しました。
「『オルタネーターというひとつの製品で、主要取引先1社に依存している、下請け的なサプライヤー体質から脱却しよう』と、事実をありのままに伝えました。まずは事実を受け入れて、マインドを切り替えてほしいという思いです。私も含めて、この西三河地域で主要取引先のティア1という会社の位置づけは、安定したステータスを意味すると思っていました。ところがもう、それだけでは生き残れないのです」
取引のチャネルを広げるために、榊原さんは二つの切り口に着目しました。ひとつは、自社の体質強化です。
「自動車業界のEVシフトで、オルタネーターという製品がなくなるだけで、うちの技術や体制までもが奪われるわけではありません。これまで、メーカーが開発を進めて製品の図面を発行すると、うちは社内の開発部門を中心に試作を行い、図面通りのものを、高品質・低コスト・短納期で作る技術を高めてきました。そこに付加価値を追加できれば、生き残るチャンスは十分にあると考えました」
具体的には、メーカーが図面を発行する前のフェーズ、いわゆる開発段階に提案ができるような技術が付加価値だといいます。榊原精器は金属の切削加工、特にアルミを得意としていますが、メーカーの開発段階に入り込むにはアルミ以外の材料や、製品そのものの性能、そして何よりもお客様の意図を知ることが求められるとともに、切削加工以外の技術が不可欠でした。逆に言うと、それらを習得して自社の強みに育てられれば、主要取引先に対しても他社に対しても、十分に訴求できると榊原さんは考えました。
もうひとつは、異業種へのチャレンジです。
「かつて私がタイに駐在していたころ、休日に海へ遊びに行くとビーチにプラスチックごみが散乱していて、『環境に良くないな』と思うことが何度もありました。帰国後、高校の同級生が勤務するアイスクリームコーンの製造会社・丸繁製菓(愛知県碧南市)で、ジャガイモのでんぷんを用いた『食べられる器』を作って脱・プラスチックに取り組んでいることを知り、すぐにコラボを申し入れました」
コラボによって生まれた可食容器「食べるんディッシュ」は耐水性や耐久性に優れており、使用後はそのまま食べられます。一方で丸繁製菓も、金属加工の技術に優れた榊原精器の迅速な仕事の進め方に魅力を感じ、異業種コラボが実現しました。
「うちが可食容器の金型製造を担当し、自社内で設計からテスト、製造までを一気通貫で行いました。2021年に、社内に『食べられる器販売推進課』を立ち上げて営業活動も進めています。オリジナルの形・味・色の食べるんディッシュを作ることが可能なので、販促にも役立ててほしいですね」と榊原さん。バンテリンドームで開かれた、中日ドラゴンズのイベントなどで採用されたそうです。
「また、思わぬ副産物として、『環境に配慮した会社』という自社ブランディングにもつながりました。環境問題に関心の高い、若い世代のリクルーティングにも寄与しています」
取引のチャネルを広げるために「自社の体質強化」を挙げた榊原さんは、切削加工技術に加えて、摩擦攪拌接合(FSW)という技術の習得がカギだと話します。
「2023年からFSWの習得に取り組み始めました。FSWは摩擦熱で軟化させた材料を攪拌して接合する技術で、溶接よりも高強度で歪みの少ない接合方法です。これまで得意だったアルミ同士だけでなく、異なる材質の接合も可能になるため、EVの課題である『軽量化』や『コンパクト化』、『低コスト』に役立つ提案ができると考えています」
この方向に勝機を見いだし、対外的なアピールのためFSWの特設ページを立ち上げました。さらにEVを分解検証して、自社の強みが生かせる自動車部品の分野を絞り込みました。現在、2025年の技術提案を目指して開発を進めています。
並行して、外部機関の研修を通じた、社内の幹部候補のマインドチェンジに注力していきました。「EVシフトは、人によっては『自分がいる間は関係ない』と思われがちですが、経験豊富なベテランにこそ全力投球してもらう必要があるからです」
「注文7割減」と見込まれる2030年まで、残された時間は多くありません。若手が育つのを待つ余裕はなく、経験やノウハウの豊富なベテランにこそ、自社の技術や強みをもとにした新たな収益源を積極的に考え、形にしてもらいたいという狙いがありました。
会社の業績を開示しながら、目標管理や自社の強み・弱みの洗い出し、自身のキャリアプラン策定といった研修を毎月8時間、12カ月かけて実施。榊原さんをはじめとする経営層も全員参加して対話を重ねていくうちに、社員たちも経営が「我が事」になっていったといいます。
「研修だけでなく、その場でざっくばらんに話してもらう機会を作り、私もありのままを話しました。初めは『主要取引先系列の会社に入れば安泰だと思っていた』とか『なぜここまでやらないといけないのか』といった声が聞かれましたが、徐々に状況を受け入れてくれたと感じます。今では社員のベクトルが、EVシフトに向けて生き残る方向に合ってきました 。それまでになかった新規取引を獲得したり、新技術を取得する動きが活発になったりしています」
自動車業界の大きな環境変化を受け入れて、自社の強みを再構築する榊原精器。本格的なEV部品への参入に向けて、愛知県碧南市では新工場の建設も進んでいます。榊原さんや社員たちの歩みに迷いはありません。
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