少子化の中で絵本事業を拡大 三恵社が「広告出版」で広げる可能性
名古屋市の三恵社は、少部数出版を得意とする出版社兼印刷会社です。3代目社長の木全俊輔(きまたしゅんすけ)さん(43)は、父で現会長の哲也さん(69)がはじめた絵本事業をさらに発展。社員のアイデアを生かした商品作りで新しい分野に参入し続けています。少子化のなかでも売り上げが伸びているという絵本事業の戦略、また社員から豊富なアイデアが生まれるようにする工夫について聞きました。
名古屋市の三恵社は、少部数出版を得意とする出版社兼印刷会社です。3代目社長の木全俊輔(きまたしゅんすけ)さん(43)は、父で現会長の哲也さん(69)がはじめた絵本事業をさらに発展。社員のアイデアを生かした商品作りで新しい分野に参入し続けています。少子化のなかでも売り上げが伸びているという絵本事業の戦略、また社員から豊富なアイデアが生まれるようにする工夫について聞きました。
目次
三恵社は、1963年にマッチの広告印刷からスタートしました。のちに飲食店のメニューブックなどのセールツール印刷に移行。少量多種印刷と独自性のあるデザインのメニューブックで支持を集めました。創業者の木全孝清(たかきよ)さんは当時、他社がやりたがらない分野にあえて進出し、順調に売上を伸ばしていったといいます。
しかしパソコンが家庭に普及し始めた1990年代後半になると、飲食店でもある程度のメニューブック作りができるようになり、事業の雲行きが怪しくなっていきました
そこで、2代目の哲也さんが2000年頃に始めたのが出版事業でした。きっかけは、大学教授からレジェメを少部数の冊子にして、書店で販売したいと相談されたことでした。
三恵社は、大部数の雑誌印刷などに使われるオフセット印刷ではなく、少部数の印刷でコストを抑えられる、オンデマンド印刷を活用。著者側で原稿の完成データを用意できれば、数十冊からからでも出版ができるようにし、初期の費用負担も抑えられる仕組みを構築していきました。
「弊社は、ISBNコード(書店販売に必要な書籍の識別コード)を発行して流通に乗せることができるため、少部数でも商業出版としての実績になります。研究書や論文は通常、出版のハードルが高いので、まずはそのハードルを下げたいと考えました」と、木全さんは説明します。こうして三恵社の出版事業は、教材など少部数出版への対応を強みに成長していきました。
木全さんは小中高大と野球少年でした。幼稚園児のころから、大人に混じってソフトボール大会にも出場していたといいます。セーフティバントなど大人顔負けのプレイで、周りを驚かせました。このとき、「工夫をしてトリッキーな仕掛けをして成功することの気持ちよさ」を知ったといいます。「今も、仕事の中で相手があっと驚くことをしたいし、人を驚かすのが好きです。その原体験があの日の試合でした」
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数学が得意だった木全さんは東京理科大学に進学。大学時代には三恵社を継ぐことを意識していたため、自社にある印刷機のメーカーである富士ゼロックス(現・富士フイルムビジネスイノベーション)に営業職として入社しました。
入社して7年目の2009年、29歳の木全さんは、父の哲也さんから「これからどうする?」と聞かれました。「30歳で戻る(家業に入る)なら、一から覚えられる。40歳になってからだと、自分で食い扶持(仕事)を持ってこないとキツイぞ」と言われたのだそうです。それで木全さんは「今だ!」と思い、家業に入ることを決めました。
木全さんが入社して5年後の2014年。印刷受注の激減や、電子書籍の台頭による不安から、先代の哲也さんが社員に新規事業を募りました。そうして生まれたのが、「広告絵本」というアイデアです。これは企業や施設などの依頼を受けて、PRにつながる絵本を制作し、ターゲットが行きそうな場所に寄贈するというもの。絵をかくことが得意で、現在は絵本の出版実績もある営業部長が、企画提案しました。
さっそく、営業で「広告絵本」の提案を始めてみました。しかし、どの企業も関心は示しますが「費用対効果はどうなの?」という反応ばかりで、成約までは結び付きません。
先に実績を作らないと難しいかもしれない、と路線を変更。まずは絵本作家を目指す人の絵本を無料で制作することに決めました。
ここで問題となったのが、絵本に必要なハードカバーの印刷が、当時の三恵社ではできなかったこと。外注する手段もありましたが、それでは三恵社の強みである少部数での印刷には対応できません。そこで、設備投資をして、ハードカバーの本も自社で製作できるようにしました。作家の絵本を10作品制作した実績により、企業からの広告絵本の受注が入るようになっていきました。
例えば、「クッピーラムネ」で知られるカクダイ製菓(名古屋市)からは、駄菓子屋が減る中で認知度を上げたいと、絵本の制作依頼がありました。お菓子のパッケージに描かれたキャラクターが登場する絵本「クッピーとラムのたのしい森のピクニック」を、2018年に発刊。本の配布は三恵社が代行して、関東などの小児科病院に3,000冊を献本しました。
「なぜ小児科かというと、お菓子を買うのは親御さんだからです。保育園や幼稚園には親御さんはいません。親子で訪れる場所はどこか?と考えた時に小児科が浮かびましたが、大正解でした」と木全さんは話します。
さらに献本用の絵本には巻末にキャンペーンページを載せています。ページにあるQRコードから感想を送ると、月に10人まで絵本とラムネの試供品をプレゼントされるという仕組みです。毎日問い合わせがあり、月に70~80件もの反応があるといいます。
最近の事例では、洗車用品メーカー・ソフト99コーポレーション(大阪)の絵本を5,000冊制作。直接の販売ではなくファン作りが目的のため、幼稚園や保育園に配布したといいます。園児からお礼の手紙や読み聞かせの動画などが届き、反応は上々でした。
広告絵本ではこのように、企業の依頼にあわせて絵本の届け方もプロデュースしています。「『どこに伝えるか?』と『予算』次第で、さまざまなアプローチができる」と話します。
こうして父の哲也さんがはじめた出版事業は順調に売上を伸ばしました。しかし2020年に木全さんが社長に就任した途端に、コロナ禍で売上が下がったのです。
「飲食店からの受注が激減しました。印刷は全体的に少なくなった中で、絵本だけは売上を伸ばしていました」
それでも、絵本の増額分以上にほかの売上が下がったため、補うために社員に新しいアイデアを募りました。その際に木全さんが心がけたのは、どんなアイデアでも「否定しない」ということ。また、社員が「普段から好きで興味を持っていること」に着目して企画を出してもらうことでした。
「今振り返ると、父の時代はトップダウン型で社員の定着率も今ほどよくなくて、アイデアもあまり出ていなかったように思います」
木全さんは社員がアイデアを出しやすいように、普段から「何が好きなの?」と話しかけるようにしているといいます。「自分が好きなこと、『やりたい』というポテンシャルが大事だと思うんです。ただ与えられる仕事をこなすだけより、自分がやりたいことをやる方が、何倍も力が出せます」
社員からはさまざまなアイデアが出ました。猫好きのデザイナーから出たアイデアが、猫耳のついたコーヒーフィルター。クラウドファンディングで目標30万円のところ62万円を達成。カレンダーなどの猫グッズを増やし、SNSで発信するとファンがつきました。
今も定期的に購入してくれるファンはいますが、グッズを一度展開しただけでは経費を回収できないといいます。現在は次の販売戦略を考案中です。
別の社員の出したアイデアは「絵本の次はゲーム」。在宅時間が増えていることからお家で楽しめる紙製のカードゲームを制作するという発想でした。そこで、まずは自社でオリジナルカードゲームの制作に挑戦しました。出版社を舞台にしたカードゲーム「返本or実売」を作り、2022年にゲームの展示会で販売。一日で80個を売り上げる反響がありました。
「こんなに売れるとは本当に驚きました。主に出版関係者が買って行かれたようで、ニッチな層にウケたようです」と木全さん。
昨年より紙製のカードゲームの制作を支援するサービス「ツクサポ」をはじめました。顧客が考案したオリジナルのカードゲームを、1部から制作できるというものです。ゲームの分野は、合紙会社(紙を加工する会社)で先に取り組んでいる企業がある中での挑戦でした。しかし、その後も問い合わせがあり、後発でも十分戦えると手ごたえが得られたといいます。
三恵社の売上は徐々に伸びて、2019年にピークとなりました。コロナ禍の2020年には昨対1割減に下がりましたが、そこから現在(2023年度)まで、安定した売り上げを維持しているといいます。
現在の収益の柱は出版事業で、全体の売り上げの6割を占めています。出版のうち絵本が3割で、教材などの文字の本が7割。少子化の影響で、教材の受注は減っているものの、広告絵本を主体とした絵本の売り上げは伸びているといいます。
さまざまな事業のすべてが、同時にうまく行くことはないのだそうです。一つがダメなときにはほかの事業がカバーをして売上を保てているのが現状。「20年前に飲食店のメニューブックの受注が減ったときに出版に手を出さなければ、大変なことになっていたと思います」と、木全さんは振り返ります。
絵本作家向けの制作支援も充実させていきました。三恵社ではそれまで、作家から依頼を受けて絵本を印刷する際は、基本的に入稿データをそのまま印刷していました。しかし、絵本を出版した作家数名から「アドバイスが欲しい」と言われたことをきっかけに、作家向けの教室のオープンを目指すように。「広告絵本」を発案した営業部長と社内ディレクターの2人が、東京のウーマンクリエイターズカレッジ「絵本の学校」で1年間学びました。2人が講師となって、「絵本の学校 名古屋校」が、2023年7月にスタートしました。
有料の講座で、受講者数10人を目標にしていたところ、13人が集まりました。20~60代の受講者がお互いにブラッシュアップする場になっているといいます。
東京の「絵本の学校」の卒業生からは、すでにヒット作も出ています。「ちくちくとふわふわ」と題した絵本で、2万部以上を売り上げました。
人気の理由は、人をハッピーにする「ふわふわ言葉」とアンハッピーにする「ちくちく言葉」をわかりやすく扱っていること。この概念は道徳の教科書にも載っており、幼稚園の教材絵本として購入されるケースが多いといいます。今後は、名古屋校の卒業生からもヒットが生まれることが期待されます。
「弊社の使命は、『難しいことをわかりやすく』伝えることだと感じています」という木全さん。絵本は幼児やその親御さん、ゲームや漫画はヤングアダルトや大人というように、「伝える先が違うだけ」だといいます。
「常に新しいことをやっていきたい」。そのためには、社員のアイデアは簡単には捨てずに、どんな意見も「どうやって収益化できるか」を考えています。
目標は、自社の絵本からベストセラーを出すこと。「特に地元からベストセラー作家が出てくれるのが夢です」と笑顔で話します。
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