パパ友の言葉がヒントに 復興の先を見据えた佐貞商店の段ブロック
クロマグロの水揚げ量日本一の漁港を擁する、宮城県塩釜市。佐貞(さてい)商店はこの町で、水産業向けに段ボールの生産販売を続けてきました。3 代目の佐藤亘さん(57)は、東日本大震災の危機を乗り越え、祖業を生かした新事業「段ブロック・プロジェクト」を開始。新たな売り上げの柱に育てようと、奔走しています。
クロマグロの水揚げ量日本一の漁港を擁する、宮城県塩釜市。佐貞(さてい)商店はこの町で、水産業向けに段ボールの生産販売を続けてきました。3 代目の佐藤亘さん(57)は、東日本大震災の危機を乗り越え、祖業を生かした新事業「段ブロック・プロジェクト」を開始。新たな売り上げの柱に育てようと、奔走しています。
目次
古くから港町として栄えてきた塩釜に、なくてはならない存在だったのが魚や水産加工品を運ぶ手段です。1950年に佐藤さんの祖父・佐藤實(みのる)さんが創業した佐貞商店は、魚や水産加工品を入れる木箱の生産販売をおこない、塩釜の流通を担ってきました。
その後、時代の変化とともに梱包資材は重たい木箱から軽くて扱いやすい段ボールケースへと移り変わります。同社もまた、1955年頃から段ボールケースの販売を開始し、のちにお土産用の化粧箱などさまざまな包装資材を取り扱うようになりました。現在は従業員12人の会社となっています。
子どもの頃から、いずれは後を継ぐものとして育てられたという佐藤さん。あいさつや目上の人との話し方など、立ち居振る舞いについては厳しくしつけられたそうです。大学卒業後は一旦、仙台市に本社を持つ企業へ入社しましたが、2年ほど経った1992年、結婚を機に退職。後継者として、27歳で佐貞商店に入社します。
順調だった家業に転機が訪れたのは、2003年。市内の主力取引先の蒲鉾製造会社が相次いで倒産し、売上がピーク時の約半分にまで落ち込みました。佐藤さんは、「なんとか仕事を獲得しなければ」という一心で、営業活動に奔走。持ち前のコミュニケーション力でとにかくさまざまな人に会い、販路を開拓していきました。少しずつ売上を回復させ、2007年に3代目社⾧に就任します。ところが、佐藤さんの手腕によって明るい兆しが見え始めた数年後、再び大きな障害が立ちふさがります。2011年3月11日、東日本大震災が起こったのです。
震災当時、佐貞商店は市内2か所に工場を所有していました。そのうち1か所の工場は津波の難を逃れましたが、本社兼工場の1階部分は津波の被害を受けてしまいます。幸いにも、本社機能は2階に集約されていたため、被害は最小限に抑えることができました。
しかし、同社の主な取引先となる水産加工会社は軒並み被災。2011年3月の売上が激減し、一時は今後の経営が危ぶまれるほどの状況に陥りました。
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ところが翌月からは一転、社員を増員しなければならないほど大忙しに。他の段ボール製造会社が被災により生産ができなくなったことで、佐貞商店に注文が集中したためでした。そのときは、地元の商品を一つでも多く出荷できるよう、可能な限り依頼はすべて受けたそうです。とにかく復興を後押ししたい、その一心でした。
また震災後、被災のため休業や廃業を余儀なくされる企業も少なくありませんでした。そこで同社では、廃業した同業他社の元社員を採用しました。その結果、震災後10年以上経過した今でも、働き続けてくれているそうです。
何度もピンチを切り抜けてきた佐藤さんは、「とにかく必死で駆け回っただけです」と、当時を振り返ります。塩釜市内、宮城県内にとどまらず、全国さまざまな場所へ足を運んでは人と会うことで、チャンスをつかみ続けてきたそうです。
祖父が興した「箱」の事業を持ち前の営業力で守り、発展させてきましたが、震災後、母親が体調を崩したことをきっかけに、会社のあり方について考えるようになりました。
「自分が今もし倒れたら、この会社は立ち行かなくなる。人を育て、未来を語れる会社にしていかなければ」
これまで経営や人材育成について、あまり深く考えてこなかったという佐藤さんでしたが、このときを境に思い切った改革に乗り出しました。年功序列の給与体系をやめ、若くても意欲や実績があれば昇進できる評価方法へと変えたのです。当然反発もありましたが、すべては会社の未来のため。仕事に対してモチベーションの高い社員を率先して幹部研修に参加させるなど、人材育成に注力します。その結果、1年後には若手社員を中心に据えた新しい体制の会社に生まれ変わりました。
こうした改革を進める一方、佐藤さんは「新しい事業の柱」を立てたいと考えるようになっていました。塩釜の地で半世紀以上、箱に関する事業を営んできたものの、復興需要が落ち着いたあとも同じことを続けていては生き残れない。新たな売上の柱が欲しいけどどうしたら…。そんな焦燥感に駆られる日々だったそうです。
光明が差したのは、幼稚園児が段ボールで遊ぶ姿を見たときでした。娘が通う幼稚園に、「書類の片付けにでも使ってください」と寄贈した段ボールで、子どもたちが自由に遊ぶ姿を目の当たりにし、衝撃を受けたのです。固定概念にしばられず、自由な発想で何かを生み出す子どもたちの姿に感銘を受けた佐藤さんは、「段ボール=箱」という概念を取っ払って何かができないか、と考えるようになりました。
時を同じくして、大学の研究者でもあるパパ友から「段ボールを教材に活用できないか」と相談を受けます。ここから、本格的に新事業の構想が動き始めました。
紆余曲折を経て、教材ではなくおもちゃを開発することになり、2016年に完成したのが「段ブロック」。段ボールと段ボールを組み合わせて遊ぶ、ブロックです。
段ブロックは、レギュラー、ハーフ、トライアングル L、トライアングル Sの4 種類。一番大きなレギュラーはティッシュ箱ほどの大きさで、ツメを差し込んで組み合わせることでさまざまな作品作りが楽しめます。軽量で小さな子どもでも扱いやすく、ぶつかってもけがをしないので安心。且つ、ほぼ 100%リサイクルが可能で、非常にエコなことも特徴です。
物を入れる段ボールと、おもちゃの段ブロック。形も用途も大きく異なりますが、実は開発にあたり、新たな設備を導入する必要はありませんでした。
一般的な段ボールの製造過程としては、まずまっさらな段ボールに印刷版を用いて社名や商品名を印刷し、次に用途に応じた型を使って型抜きをします。
その後、場合によってはのりづけをしたり、たたんだりといった工程を経て出荷となります。
佐貞商店にはすでに、こうした印刷機や型抜き機といった設備が備わっており、段ブロックもまったく同じ工程で作ることが可能です。新たに用意したのは、印刷版と型のみ。
祖業を生かし、多額の設備投資をすることもなく、新たな事業を始めることに成功したのです。
2016年11月、完成した段ブロックを引っ提げて、山形県で開催された「ファザーリング全国フォーラム(NPO 法人ファザーリング・ジャパンが、父親支援のネットワークの構築、拡大をはかることを目的として開催)」に出展。自治体や学校など、教育に関わる人たちから好評を得ました。当時を振り返り、佐藤さんは「大人も子どもも段ブロックで楽しく遊んでいる様子を目の当たりにして、これからは『モノ』売りだけでなく『コト』売りにも力を入れていきたい。段ブロックを介して、人と人をつなげる場づくりをしたい。そう思ったんです」と話します。
そこから佐藤さんは、宮城県内にとどまらずさまざまな場所へ足を運び、SNSの拡散力も活用しながら、段ブロックをPRしていきます。「とにかく、まずは使ってもらうことから始めないと」という思いを原動力に、持ち前のコミュニケーションスキルや人脈を駆使して地道に営業活動を続けました。自動車販売店のキッズスペースや仙台市科学館など、大勢の目に触れる場所への露出が増えていくにつれ、「イベントでPRに使いたい」「商業施設のキッズスペースに置きたい」といった企業からの問合せが増えていきました。
段ブロックの公式オンラインショップも立ち上げました。企業による購入が中心で、大手商業施設のプレイスペースでの集客イベントや常設のキッズスペースへの導入、イベント会場への設置依頼が多く、関東など県外から多く声がかかります。段ブロックに企業のロゴを入れる宣伝ツールとしてのニーズがあるほか、段ボール製でほぼ100%リサイクルできるため、SDGs の観点でも評価されているといいます。
今後、力を入れて行きたいと考えているのが、段ブロックを使ったお城制作のプロジェクトです。段ブロックは組み合わせることで動物や建物など、あらゆる物を作ることが可能で、今までに岸和田のだんじりや静岡県の小山城などを制作、寄贈しています。
2024年春には岸和田城を制作するイベントの開催が決まっているほか、岩手県盛岡市の盛岡城の再現を計画中。段ブロックのお城を通じて、郷土の歴史に興味を持ってもらうきっかけになれば、という思いで活動を広めているそうです。
また今後、段ブロックの公式オンラインショップではお城制作キットを販売する予定です。子どもたちだけでなく、お城や歴史に興味を持つ大人にも楽しんでもらえるような展開を目指しています。
半世紀以上続いてきた祖業に加え、もう 1 つ新たな柱を。そんな思いから始まったのが、段ブロック・プロジェクトでした。段ボール事業と比べると、売上はまだ小さなもの。しかし今後は、この段ブロックを宮城県、東北、日本、そして海外へと広め、育てていきたいと、佐藤さんは語ります。
「段ボールはそのほとんどがリサイクル可能で、SDGs を達成するための素材といえます。私たちはこれと同じ特性を持つ段ブロックを、塩釜の地元製品として広めることを目指しています。その一環として、お城制作プロジェクトを通じて、日本の歴史に思いを馳せる体験を提供し、同時に段ブロックの魅力を伝えていきたいです」
「また会社としては、地域のコミュニケーションを担える存在でありたいですね。段ボールは本来、地域の商品を遠くへ運ぶための手段ですが、私はそれを場所と場所、人と人をつなぐツールとしてとらえています。これからも、あらゆるものをつなぐ『箱づくり』を続けていきたいです」
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