目次

  1. 発注側からの交渉申し入れが増加
  2. 「自助努力でなんとかする」という先入観
  3. 「まず交渉してみる」が一番大事
  4. ハンドブックや相談窓口の活用も
  5. 「交渉のエビデンス」資料を作れる無料ツール
  6. 価格転嫁の有無で将来を予測
  7. サプライチェーン全体で交渉の機運を
  8. 「価格交渉」を慣行として根付かせていく

――中小企業庁が実施している「価格交渉促進月間フォローアップ調査」とは、どんな特徴を持つものでしょうか?

川森敬太さん(中小企業庁事業環境部取引課・課長補佐、以下川森):中小企業庁では2021年9月から、毎年3月と9月を価格交渉促進月間と定め、発注者と受注者の双方に、積極的に価格交渉を実施するよう呼びかけています。その効果を調べるために行っているのがフォローアップ調査です。促進月間に合わせて約30万社にアンケートを行い、どの程度価格交渉に応じてもらえたかを調べています。23年秋の調査が5回目になります。これだけ大規模な調査は他にはほとんどないんじゃないかと思います。

――調査の結果を見ると、中小企業が価格交渉しやすい環境になっていると言えるのでしょうか?

川森:一言で表すのは難しいですが、23年秋の調査結果を見ると、価格交渉がしやすい雰囲気は徐々にでてきたと言えると思います。たとえば価格交渉の実施状況をたずねた設問では、「発注企業からの申し入れにより交渉がおこなわれた」とする回答の割合が14.3%と、前回調査から6.6ポイント増加 しました。原材料費など様々な費用があがってきている中、発注者側が配慮するようになっているのでしょう。

「発注企業からの申し入れにより交渉がおこなわれた」との回答割合が増えています=2023年9月のフォローアップ調査結果(確報版)より引用

――価格交渉の場を設けやすくなっていることはわかりました。一方で、交渉を通じた価格転嫁はどのくらい進んでいるのでしょうか?

川森:コスト全体の転嫁率は45.7%で、前回調査から大きく変わらない結果となりました。発注側も、顧客や売り上げへの影響を考えると、簡単には価格転嫁に応じられないという悩ましさがあります。価格転嫁は一気に進んでいくというより、徐々に改善していく面もあると思います。

 ただ、転嫁率がすぐ上がらなくても、「価格交渉ができた」という企業が増えているのは、いい傾向です。今まで全く価格交渉をしてなかった企業が、1割でも2割でも交渉を呼びかけるようになれば、全体の転嫁率も、少しずつ上がってくると思います。

――コストの要素別でみると、原材料費に比べて労務費の価格転嫁が進んでいないように見えます。 なにか要因があるのでしょうか。

川森:労務費の上昇分を取引価格に反映する習慣がこれまでなかった、ということに尽きると思います。従業員の賃金を上げたいと思っても、その増加分は顧客への売値には乗せず、「自助努力でなんとかするのが当たり前」といった先入観があったのではないでしょうか。

原材料費に比べ、労務費は価格転嫁率が低いことが伺えます=2023年9月のフォローアップ調査結果(確報版)より引用

――この点でなにか対策はありますか。

川森:23年11月、公正取引委員会が、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」と題した指針を公表しました。これは労務費の交渉の際に発注者側・受注者側がとるべき行動を12個のポイントにまとめたものです。

 たとえば発注者側には「定期的に労務費の転嫁について発注者から協議の場を設けること」、「労務費の転嫁を求められたことを理由として、取引を停止するなど不利益な取扱いをしないこと」といった行動を求めています。ぜひこの12のポイントに目を通していただき、発注者側に対しても、「こうした指針が国から出ていますよ」と示してほしいと思います。

――調査でわかったトレンドを踏まえると、どんな価格交渉の仕方が効果的でしょうか?

川森:当たり前のように聞こえるかもしれませんが、「まず交渉してみる」というのが一番効果的だと思います。実際、「うちは交渉しても無駄だ」と、交渉前からあきらめているような声も多く聞きます。しかし、調査が示している通り、現在は発注者側にも配慮が広がってきている状況です。すぐ結果に結びつかなくても、今の時点で交渉をお願いした場合とそうでない場合では、数年後に結果が違ってくると思います。世の中がこれだけ変化していることを踏まえ、交渉に踏み出してもらえればと考えています。

中小企業庁事業環境部の川森敬太さん

 また価格交渉の際に、エビデンスを示したほうが効果があるというのも、データで証明されています。値上げをお願いされる側の立場で考えれば、なんの理由や根拠もないまま「経営がしんどいから値上げに応じてください」と言われても、応じられないのは当然です。ぜひ「この部分でこれだけコストがかかっているので値上げが必要」ということがわかるようなデータの資料を用意して、交渉に臨んでください。ここは我々政府もしっかりサポートしていきます。

――活用できるサポートにはどんなものがありますか?

川森:まず中小企業庁が用意している「価格交渉ハンドブック 」をご覧ください。また、交渉の際にどんなエビデンスを集めるのがいいかは会社や業種によっても様々です。この点は専門家に相談するのが一番ですので、各都道府県にある「よろず支援拠点」 をたずねてみてください。

 また全国中小企業振興機関協会が運営するポータルサイト「パートナーシップ構築宣言 」もおすすめです。現在、約4万2千社 がこのサイトに名を連ねて、取引先との関係や価格決定をどのようにしていくかを宣言しています。取引先企業の名前をこのサイトで検索し、その宣言の中身を見てみてください。もし交渉の現場担当者が、この宣言と異なる行動をとっていたら、「お宅の社長はこういう風に宣言をしてますよ」と示して、是正を求めることができるでしょう。

――発注者から不当な扱いを受けたときの、通報窓口はありますか?

川森:フォローアップ調査の自由記述欄に書いていただいたり、我々の取り組みで中小企業をまわっている取引調査員(下請Gメン)に話していただいたり、というのも一つです。また中小企業庁の違反行為情報提供フォーム公正取引員会への申告窓口も活用してください。

――埼玉県が公開してる無料のツールも、中小企業の価格交渉に役立つと聞きました。どのようなものでしょうか?

浪江治さん(埼玉県産業労働部・産業政策局長、以下浪江):埼玉県も、価格交渉の機運を作っていくために、「価格交渉支援ツール」と「収支計画シミュレーター」を作りました。いずれも無料で、埼玉県のホームページからダウンロードできます。

取材に応じる、埼玉県産業労働部の浪江治さん

 先ほども、価格交渉の成功のためには、エビデンスを示すことが重要という指摘がありました。そうした、原材料価格の推移が一目でわかる資料を簡単に作成できるのが、価格交渉支援ツールです。こちらは主に、作成した資料を交渉相手に示して使ってもらうことを想定しています。

 もう一つの収支計画シミュレーターは、主に社内で使ってもらうものです。自社の経営データを入力することで、交渉による価格転嫁を行った場合とそうでない場合で、その後の収益にどのような差が生じてくるかを「見える化」します。

――それぞれ、使い方を教えてください。

岡野秀以さん(埼玉県産業労働政策課・主幹、以下岡野):価格交渉支援ツールは三つのシートからできています。まずは「基本設定シート」で、自社の業種を選択してください。例えば「金属製品製造業」を選択すると、「めっき鋼材」や「事業用電力」など、その業種に関連する原材料やサービスの品目が自動的に選択されます。この品目は、「品目等選択シート」で任意で選択することも可能です。あとはグラフの期間を設定すれば、「チラシシート」の部分に、選択した品目の価格推移グラフが表示されます。このチラシシートを印刷してもらえば、そのまま交渉相手に示せる資料になります。

価格交渉支援ツールで作成した交渉用資料のイメージ

――グラフに表示される価格は、どのデータをもとにしているのでしょうか?

岡野:日銀が公表している国内企業物価指数、厚生労働省が公表している毎月勤労統計調査などを反映しています。信頼性の高い公的機関のデータを、簡単な操作で資料に出力できるのが、このツールの強みです。国の統計発表を受けたデータ更新も続けています。毎月中旬をめどに、最新版のツールをダウンロードして使っていただければと思います。

――収支計画シミュレーターはどういった経緯で作成したのでしょうか?

岡野:これまで価格交渉が進まなかった一因として、受注側企業に「値上げしないことが正義」、「これまでの信頼関係があるから価格交渉はできない」といった意識が染みついていることがあげられます。そこで、このツールを使って、価格交渉をしない場合に自社の収益が将来どうなってしまうかを見える化することで、「このままではまずい」という気づきを持ってもらいたいと考えました。

埼玉県産業労働部の岡野秀以さん

 こちらも三つのシートからできていて、「基本情報入力シート」と「シミュレーション入力シート」に、自社の決算書の数字と、今後の原材料費の増加率といったシミュレーションの条件を入力してもらいます。すると「診断結果シート」に、3年先、5年先の収支予想が、価格転嫁をした場合としなかった場合の2パターンで表示されます。どの項目でどのくらい値上げが必要かといったシミュレーションや、日々の経営診断にも使ってもらえると思います。

収支計画シミュレーターの診断画面

――昔からの取引先との価格交渉などは、社内でも反対の声があがるケースがあると聞きます。

岡野:実際、「価格交渉はなかなかできないよね」と言っていた社長さんこのツールを使ってシミュレーションしたところ、「やっぱりやらなきゃいけない」と意識が変わった、というケースも聞きます。そうした社内の意識づけにも使えるものだと思います。

――まずは収支計画シミュレーターで会社の方針を定め、よろず支援拠点でどの品目のデータを示すのが交渉に効果的かを相談したうえで、価格交渉支援ツールを使って資料を作り交渉に臨む、という風に組み合わせて使うとよさそうですね。

岡野:はい、そうした流れになると思います。実際に活用した企業からは「使い勝手がよく、交渉を担う営業担当者にとってもありがたい」、「相手方からも納得感を得られる」といった声もいただいています。

――いち自治体である埼玉県が、このツールを全国で広く使ってもらおうとしているのはどうしてなのでしょうか?

浪江:価格転嫁は1社で完結するものではなく、サプライチェーン全体の課題でもあります。1社だけ、特定地域だけで価格転嫁をすすめるというのはハードルが高い。社会全体で交渉の機運を高めていくために、広くツールを活用してもらえる形にしました。

――最後に、中小企業庁としては、価格交渉の機運を今後どう広めていくかお聞かせください。

川森:価格交渉・価格転嫁というのは、ある種の取引慣行みたいなものでもあるので、「変えてください」といってもすぐに変わるものではないと認識しています。発注側も受注側も、それぞれお客さんがいて悩みながら交渉しているわけですから、簡単ではないでしょう。しかし交渉を継続的に続けていくことで、サプライチェーン全体でも、価格転嫁が少しずつ進んでいくと思います。とにかく、価格交渉という慣行をしっかり根付かせていく。これが大事だと考えています。

 発生したコストをしっかり売値に反映していくというのはある意味当たり前で、経営の土台でもあります。価格転嫁を実現して終わりではなく、新たな商品を開発したり、働きやすい環境を作ったりと、増えた分の売り上げをよい方向に投資して、付加価値を生む流れを作ってもらいたいですね。