鉄スクラップ業は、大型設備を必要とする装置産業の一つです。戦後、大阪で創業した初代の矢追欣爾(きんじ)さんが、早くから機械化を進めていたこともあり、創業からずっと黒字続きで、直近の自己資本比率は72.3%と安定した経営を続けてきました。
従業員は2024年4月時点39人(4月19日入社、2カ月間の試用期間の社員2人含む)。これからさらに数人増える予定です。2021年は鉄の高騰もあり、年間売上高が前年の倍近い137億円となりました。
そんな業界のなかでも、大阪故鉄の強みは、本来なら数人かかる作業を現場の作業員が一人でこなしてしまう生産性の高さにあります。かつて同業他社が見学に来た時に「バケモンですか!?」と驚くほどだったといいます。
3代目社長の矢追大祐さんは「鉄スクラップを引き取ったトラックと、各工場の事務所、搬入先の工場のクレーンは無線で連絡を取り合っており、トラックが到着する前には受け入れ準備を整えることができているのです」と話します。
こうした多能工化は、給与が比較的高く、平均勤続年数が21年(月単位で四捨五入、2024年3月18日時点)を超えていることも影響しています。
「社員はやめない」甘えのなかで起きた退職ドミノ
矢追さんは「普通にやっていれば収益が上がってきたため、社員同士の仲は良く、のんびりしている雰囲気でした」と振り返ります。2008年のリーマンショックであわや赤字転落かという危機のなかでも、例年通りの昇給、ボーナスを支給するという決断をしました。
離職は少なく、2017~2022年は定年退職を含めても3人。しかし、2023年1月から突然、退職ドミノが起きます。
発端は、現場で活躍してきた入社6年目の中堅社員から「ほかの仕事も経験してみたい」という退職の申し出でした。その中堅社員を慕っていた若手社員も辞めたり、現場の負担感が増すなかで別の退職者も出たりして、退職者は6人まで増えてしまいました。
「なぜ、辞める兆候を見抜けなかったんだろう」と矢追さんは自問します。振り返るなかで、6年前に大幅採用が成功して以来、「うちは社員が辞めない」という甘えが出ていたのではないかという結論に至ります。
「休みが少ない」と聞いて再認識
では、どうすればよいか、一人で悩んでも結論は出ません。そこで、辞めた社員や営業や現場のリーダーの声を聞くことから始めました。
すると、辞めた中堅社員は、本社から離れた大阪府大東市にある諸福工場に勤務していたため、現場で新たに挑戦したいことを意見として出していたのに、その意見が本社まで届いていなかったことがわかりました。そこで、矢追さんはこれまでは3~4ヵ月に一度だった訪問頻度を毎月に増やすことに決めました。
さらに、現場から「休みが少ない」という指摘も出てきました。年間休日数は96日。厚生労働省の就労条件総合調査によると、従業員数30~99人の企業で最も多い休日数は100~109日です。
鉄スクラップ業は、取引先の工場の稼働カレンダーに合わせて引き取る必要があり、解体現場が稼働する限り工場を空けて荷受をすることが慣習となっているため、週休二日制が難しく、矢追さんも休みの少なさを課題に感じていながらも対応が先延ばしになっていました。
これまでは休みが少なくても稼げることを優先したい人を雇う方が、会社の方向性にブレがなくなると思い、休日数よりも給与を重点に置いた採用活動をしていました。知人や社員からの紹介で採用できていたのですが、それも年々採用が難しくなっていたのです。
「今までの採用方式では10年先には通用しなくなる……と、退職が起きてしまってから気づいたのです」
「ぞっとした」人件費の増加 それでも生き残りへ
そこで、矢追さんは工場の稼働日数は維持しつつ、社員の年間休日を一気に19日増やし115日とすることを決断します。
「シンプルに休みが増える分を人員で補填します。ベテランに頼ってきた生産性は落ちるかもしれませんが、チーム制にすることでお互いがカバーするスタイルを目指します」
年数千万円の支出増になり、心の中では「ぞっとした」と明かしますが、この先、会社が生き残れるかどうかの分岐点だと自分に言い聞かせ、ここ数年分の利益を人的投資に回すことにしました。
採用活動を始めた大阪故鉄への応募は決して多くないと言います。それでも、面接時から仕事の大変さを隠さずに伝えたり、面接とは別に現役社員と話し合う機会を設けたりして採用ギャップを埋める努力をするなかで、全国から応募が来るようになり、少しずつ採用に成功しています。
休日増に社員から思わぬ反対 浸透は徐々に
休日が増えることに、社員から思わぬ反対の声が出ました。
たとえば「休みを増やすと、逆に出勤日がもっと忙しくなるのではないか」といった意見です。また、プライベートよりも仕事を優先してきたベテランほど、すぐには切り替えられないといった事情もあります。
そこで、法律でどんどん残業規制が厳しくなっていることを伝えたり、一足先に休日数を増やした他社の社員との交流会を開いたり、少しずつ浸透を図ろうとしています。
矢追さんは「最初は戸惑いもあるかもしれません、だから準備期間を設けました」と話します。具体的には、新しく入ってきた人から徐々に年間休日115日の働き方を始めてもらっています。矢追さんも社内であえて休日の過ごし方について話題を振って自然と話題に上るような工夫をしています。
「休みが増えたときの過ごし方を少しでも具体的にイメージできるようになればと考えています」
目先だけでない地域イベントやスクラップアート
大阪故鉄の採用活動は、目先だけではありません。アート系クリエイターの「がれぇじ松竹梅。」さんとコラボして、地元の映画館に作品を寄贈してみたり、大東市にある諸福工場で"秘密の工場SHOW"と題した家族と地域の人々に向けイベントを開催したり、地元の電柱に広告を出してみたり……。
きっかけは、現場で働く社員が、鉄スクラップ工場で働いていることを恥ずかしいと感じ、自分の子どもに「鉄鋼関係で働いている」とごまかしていると聞いたことでした。
矢追さんは「使い終わった鉄をリサイクルするという大切な仕事なのに、寂しいなあ」と思い、もっと社員が誇れる仕事にしたいと考えて、動き始めました。
「良い業界だからこそ鉄スクラップ業を知って欲しいと本当に思っています。これまでは、目立たない業界ゆえに、異業種の参入もなく、利益を上げやすかったのも事実です。しかし、やはり胸を張って自社の会社のことを発信したいですし、社員にも自分が働く会社について、子どもに誇らしく話してもらえるようになればいいですね」
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