超野球専門店CVは「関東最大級の『超』品揃え」を掲げ、店に入るとバットやグラブが所狭しと並びます。価格帯は、バットが1万円~5万円、グラブが5万円~6万円、シューズが1万円~2万円で、年間販売数(サブスクリプションを除く)は、バット2200点、グラブ4500点、シューズ3400点にのぼります。
顧客数(会員数)は2万7800人で、年商は約6億円(2022年9月~2023年8月)。従業員数は13人(役員をのぞく)で、ほかパート・アルバイト従業員が6人です。中村さんの妻や妹2人も家業を手伝っています。
中村さんの祖父は1973年、「カマガヤスポーツ店」を創業し、1981年に現在のスポーツシーブイになりました。当時は学校のジャージーやスポーツ用ボストンバッグなど、商品を並べれば売れる時代だったといいます。
3代目の中村さんはプロ野球選手を夢見て野球に打ち込み、高校野球が終わったころから、家業を継ぐことを考え始めます。順天堂大学では野球部で汗を流しながらスポーツマネジメントを学び、卒業後、父の知人が経営する奈良県内のスポーツ用品店で修業に入ります。
2年ほどが経ち、父親と家業の今後を話し合います。このころは全国に大型量販店がひしめき、地域のスポーツ用品店は何らかの分野に特化しないと生き残れない時代になっていました。
中村さんは競技経験を生かし、野球専門店への衣替えを決断。先代からの反対もなく、奈良で勤めている間から、家業でも野球以外の商品の在庫整理を進めました。3年4カ月の修業を経た2013年夏、中村さんは家業に入りました。
高校野球経験を採用条件に
このころの家業の売り上げはeコマースが柱で、次が地域の学校などへの外商でした。一方、店舗の売り上げは赤字が続いていました。「当時は従業員に野球の深い知識がないまま、商品を仕入れていたのが原因でした」
バレーボール経験者だった先代の父も、それほど野球には詳しくなかったといいます。中村さんは店長として改革を進めました。
まず、変えたのは価格です。定価の2割引きで販売するのが相場でしたが、1割引きに変更しました。「価格勝負では確実に大手に押されます。価格以外の付加価値を提供するため、値段を上げました」
中村さんが考えた付加価値は、野球用品のメンテナンス技術です。国内や中国などの工場で革からグラブが作られる様子を見て、製造過程を学びました。
そして、採用の際は高校野球経験を必須とし、接客だけでなく野球用品の修理や加工ができるように指導しました。
育成ではマニュアル化を進めつつ、社員をグラブ工場へ連れて用具の成り立ちから学んでもらいました。接客の際は型にはまった言葉ではなく、自ら考えながらより深い知識をもとに対応できるように育てたのです。
野球は他競技よりも用具の個体差が大きく、特にグラブは天然の革を人の手で柔らかくする加工が必要です。そうした技術を持つスタッフを育てることで、選手の体格や技術に合わせたケアやサポート体制が整い、アピールポイントになりました。販売力を磨き、中村さんの入社から2年ほどで店は黒字化しました。
内装も野球一色にこだわる
旧店舗が手狭になると、中村さんは2016年11月、近くに新店舗「超野球専門店CV」を開きました。店名にはより野球にこだわるという気持ちを込めました。
温かいオレンジ色の照明は夕暮れのグラウンドをイメージし、床も野球場の土のような雰囲気を出しました。窓も少なくし、外を意識せず店内の世界観に没入できるよう工夫しました。
旧店舗は本店として衣替えし、体操服や上履きなどの学校用品やグラウンド・ゴルフなどのスポーツ用品を販売し続けています。
バットのサブスクで成長を支える
中村さんには「野球用品の提供だけでなく、うまくなりたい選手たちをサポートしたい」という思いがありました。
本来、野球用品は選手の成長段階や技術に応じて、適したものを選ぶ必要があります。しかし、値段が高いために容易に買えないことがネックになっていました。
「経済的理由で購入を断念せざるを得ない親子を何組も見てきました。技術や体格にベストな用具があっても、高価なために少し安いもので妥協するケースはよくあることでした」
そんな問題を解決するため、中村さんは2019年10月、バットのレンタルサービス「バッターズボックス」を立ち上げました。月額制でバットを何度でも借りられる全国でも珍しいサブスクリプションモデルです。当時話題になっていた高級バッグのサブスクを参考にしたといいます。
中村さんによると、他県では中古のバットを買い取って貸すサービスもありましたが、中古バットは型遅れが多いため、うまくいかなかったという結末を聞いていました。
超野球専門店CVでは、サブスクの月額を6600円、4950円、2750円という三つのプランを設定しました。6600円では3万円以上、4950円は3万円未満の新品バット、2750円は中古の高機能バットを借りられる仕組みです。
いずれのプランでも、バットが合わなければ他のバットに変更可能です。新品が返却された場合は、月2750円のプランの中古バットに転用します。
月額の累計が、使用中のバットの本体税込み価格に達した時点で、バットの所有権が顧客に移る買い取りシステムもあります(2750円プランを除く)。約8割~9割の契約者は買い取りまで至るため、実際は中古品として戻るバットは少なく、在庫リスクは低いといいます。
現在サブスクで提供しているバットの本数は新品が800本、中古が50本ほどです。
サブスクがもたらした宣伝効果
「バッターズボックス」の現在の契約者数は250人ほどで、小学生が最も多いといいます。特に高品質バットを使ってみたいけれど、高価で買うのが不安だったという家庭が人気を支えています。草野球を楽しむ大人にも利用が広がっています。
千葉県内の契約者が約3割~4割ですが、オンラインで申し込みができ、郵送も行っているため全国に利用者がいます。
現在は店舗と、eコマース・外商部の売り上げが半々で、「バッターズボックス」の売り上げは会社全体の10%以下といいます。ただ、野球離れの食い止めにつながるユニークなサービスが、テレビや新聞に次々と取り上げられ、超野球専門店CVの名は大きく広がりました。
中村さんは直接の売り上げ以上に、宣伝効果が大きかったと感じています。「新しいサービスが生まれることの少ない業界でバッターズボックスを始めたことで、他社とは違うという印象を顧客やメーカー、問屋に与えられました」
バッターズボックスを利用する中学校の野球部も出始めています。学校の予算には限りがある中で、技術向上を後押しするサービスとなっており、部活での利用はさらに増える可能性があると、中村さんは見ています。
逆風でも購入数が伸びる理由
コロナ禍による2020年の最初の緊急事態宣言で、店の売り上げが約8割も落ちました。そこで、店舗内をオンライン上で見て回り、商品を購入できるオンライン接客を取り入れました。学校再開に伴い、売り上げは回復しましたが、現在もオンライン接客は続けています。
物価高や円安で価格も上がっていますが、超野球専門店CVの売り上げや購入数は伸びているといいます。
「高い野球用品を購入するお客様は、商品選びに失敗したくないという気持ちが強いです。そのため、実店舗で専門知識を持ったスタッフに相談しながら購入したい傾向があるのです」
野球に特化したスポーツジムを
2023年10月、65歳の定年制で2代目の父が会長になり、中村さんが3代目の代表取締役に就きました。
中村さんは将来、野球に特化した24時間運営のスポーツジムと屋内練習場を作りたいと考えています。「選手の状態をデータ化し、感覚に頼らず適格な用品を選べるアプローチを可能にしたい。米国では一般的ですが、日本ではまだ遅れている分野です」
一方、超野球専門店CVの多店舗展開は考えていません。在庫リスクに加え、グラブ加工など野球用品の修理やメンテナンスで高い技術を持つ人材を多数採用したり、育成したりすることは難しいからです。
それでも、スポーツジムであればスタッフが1人いれば運営が可能と考えており、今後はジムの拡大を狙いたいとしています。
差別化で大事なのは「人」
少子化や量販店の進出、物価高騰など、街のスポーツ用品店を取り巻く環境は厳しさを増しています。それでも、中村さんは野球用品専門店の強みを打ち出し、顧客に寄り添ったメンテナンス技術や、費用負担を減らすサブスクサービスという新機軸で、家業を成長軌道に乗せています。
中村さんは大手スポーツ量販店との差別化について、最も大事な部分は「人」であると考えています。
量販店はシステム上、特定の競技種目に詳しい専門のスタッフを各店舗に配置することが難しい面があります。
「一方、私たち専門店は地域の店舗に留まり、より専門的な知識や技能を身につけていくことで量販店に対抗できます。外部環境が厳しいのは確かですが、その中でも生き残る店はあります。モノを販売するだけの店からの脱却を目指し、専門店として顧客に求められる限り頑張りたいです」
家業を継ごうか迷っている後継ぎ候補には、次のようにエールを送りました。
「置かれた環境でどのように夢をかなえるかが大事だと僕は思います。人生は一度きりなので、自分のやりたいことをやってほしいですね」