目次

  1. 企業研修から介護予防まで 幅広い「声磨き」
  2. 理解できなかった母の起業 次第に気持ちに変化
  3. スポーツビジネスの課題を声で解決したいと家業へ
  4. 声とスポーツの掛け合わせ 声出し解禁で注目
  5. ”声”で地域とクラブをつなぐ
  6. スポーツクラブと共創 シニアも地域も元気に
  7. 声磨きの掛け合わせ、ほかにも

 「声磨き」事業を手がけるボイスクリエーションシュクルは、直さんの母・恵さんが47歳のときに立ち上げました。「声磨き」とは、呼吸法や発声法、表情筋を鍛える運動などを組み合わせた同社独自のトレーニング法です。

左から2代目の佐藤直さん、創業者の恵さん
左から2代目の佐藤直さん、創業者の恵さん(以降の写真は佐藤直さん提供)

 恵さんは、夫の海外駐在に伴い、イギリス、カナダ、マレーシア、フランスで通算13年間の海外生活を経験し、コミュニケーションの大切さを痛感しました。

 特に欧米の学校教育において、スピーチやプレゼンなどの授業が行われていたことから、日本の学校教育に課題を感じ、声の出し方や話し方の重要性を伝えたいと思ったのが起業のきっかけです。

 帰国後、40歳のときにアナウンススクールに入校。卒業後、FMラジオのパーソナリティーを経て、2009年に創業しました。

 最初は、人前で話すことが苦手な女性向けの話し方教室を展開していましたが、徐々に学校教育や法人研修のニーズが見えてきたことから、経営者や就活生へと対象が広がっていきました。

 近年は、企業の健康経営への関心の高まりを受け、声磨き健康経営プログラムを実施するなど、幅広く事業を展開し、のべ4万人以上の声の悩みを解決してきました。

健康声磨き講座の参加者の様子
健康声磨き講座の参加者の様子

 さらに、2015年の介護保険法改正に伴い、高齢者が要介護状態にならないよう支援する「介護予防事業」が創設されたのを機に、介護予防や誤嚥予防を目的とした「健康声磨き」を展開。全国のシニア大学や行政支援機関、カルチャースクールなどで年間1000講座、累計3万人の受講実績があります。

 恵さんは「声磨きは、コミュニケーション向上につながるだけでなく、美容や健康、メンタルヘルスにも良いということがわかってきました。人生100年時代を迎えるなか、シニアのQOL向上にもつながると考えています」と話します。

 ただし、創業当時、高校生だった直さんは、反抗期だったこともあり「専業主婦だった母が急に起業したことが理解できなかった」といいます。

 「当時は、話し方教室も主流ではなく、長続きしないだろうと思っていました。しかし、いろんな人を巻き込んで事業を拡大していく母の姿を見て、事業にかける思いや継続することの大変さを理解するようになりました。また、人前で話すことが苦手だった知人が、受講後に見違えるように変化し 、自信をもって話す様子を見て、母の偉大さを感じるとともに、社会的意義のある仕事だと感じ、自身の経験を生かして手伝いたいと思うようになりました」

 直さんは、生後9ヵ月でカナダへ移住し、その後、マレーシア、フランスで幼少時代を過ごしました。

 「多様な価値観に触れて育ったこともあり、学生時代から『普通』という枠に囚われず、自分のやりたいことに向かって突き進んできました」

 そんな直さんがスポーツビジネスに興味を持ったのは高校3年生のとき。卒業論文のテーマを探していたときに、『トップスポーツビジネスの最前線』という書籍と出合ったのがきっかけでした。その後、大学時代に著者の平田竹男教授 (早稲田大学大学院スポーツ科学研究科)からスポーツビジネスについて学びました。

スポーツビジネスに従事していた頃の佐藤さん
スポーツビジネスに従事していた頃の佐藤さん

 大学卒業後は、スポーツ写真のインターネット販売を展開するベンチャーに入社。その後、スポーツマーケティング企業に転職し、プロスポーツクラブ のコンサルや広報支援を経て、2021年に家業へ入社しました。

 「Jリーグを筆頭にスポーツチームは本業の競技をするだけでなく、地域住民の健康づくりに貢献することが求められています。しかしながら、試合・競技というコンテンツ以外に、地域住民にアプローチする術がないという課題がありました。そこで、スポーツと地域を『声』でつなぐことで、クラブを支援できるのではと考えました」

 「スポーツビジネスの経験を家業に生かしたいという思いがずっとあった」という直さん。

 温めていたアイデアを具現化したのが、声のチカラをファン開拓につなげる「声縁でつながる声磨きプロジェクト」です。

 「埼玉には浦和レッズをはじめ、さまざまなプロスポーツクラブがありますが、地域で運営を継続するには、ファンの拡大が欠かせません。そのため、元々スポーツに関心のなかった無関心層にどうやって興味を持ってもらうのかは、どのスポーツクラブも抱えている課題でした。そこで、無関心層にアプローチしたいクラブと声の悩みを持つ地域のシニアを『声磨き』でつなぐことで、シニアの健康課題を解決するとともにクラブの新規集客につなげることができるのではと考えました」

 最初に、地元の自治体に提案したものの「ビジネスとして成立するのか」「実現性が感じられない」と突っぱねられました。また、スポーツクラブにも相談したところ、コロナ禍ということもあり、実績の無いものに予算が取れないという理由で実現には至りませんでした。

 「『声磨き』を実際に体験していただければ、良さを理解していただけるという自信はありましたが、提案書ベースで『声』という無形のものに価値を感じていただくのは難しいと改めて痛感しました」

 そうしたなか、新型コロナの感染対策のため、スポーツイベントなどで制限されていた声出し応援が2023年1月、制限を緩和されることになりました。サッカーJリーグは2月の試合から、すべての観客席で声出し応援を解禁しました。

 「『4年ぶりの声出し応援』が流行語大賞のトップ10にランクインし、“声援の力”が改めて注目されたことが追い風となりました」

 これを機に、全国の自治体やクラブに積極的に提案したことで、「声という切り口が面白い」と協力してくれるクラブが少しずつ増えてきました。

 2023年7月にサッカーJ3のFC大阪との共催で声磨きイベントを開催したのを皮切りに、9月には、川崎フロンターレ主催「健康長寿フェスタ」で、シニア向けの声磨きワークショップを開催。介護福祉施設での健康声磨き講座も実施しました。

 また、秋田県にかほ市でも、J2のブラウブリッツ秋田とともに官民連携の企画を開催。健康声磨き講座を3回実施した後、実際に声援を送るためのホームゲーム観戦ツアーも実施しました。

「やまびこ挨拶隊」の活動風景
「やまびこ挨拶隊」の活動風景

 さらに、ターニングポイントとなったのが、モンテディオ山形とともに立ち上げた60歳以上のシニアコミュニティ「O-60モンテディオやまびこ」です。このプロジェクトは、スポーツ庁主催の「スポーツオープンイノベーション推進事業(地域版SOIP)」にも採択されました。

 「山形県は全国5番目の高齢化率で、県民の3人に1人が高齢者です。この課題を機会と捉え、声の力でシニアの健康づくりを行うと共に、チームや地域も元気にしていこうというWin-Win-Winの取り組みです」

 2023年11月には、「声縁トレーニング」を全3回実施し、キックオフイベントで2200人の観客の前で成果を披露しました。さらに、「磨いた声を活かして、シニアが活躍できる場をつくりたい」との思いから、挨拶ボランティア「やまびこ隊」を立ち上げました。

「モンテディオやまびこ」のみなさん
「モンテディオやまびこ」のみなさん

 参加者からは、「部活みたいで楽しい」「いくつになっても新しいことを学ぶのはワクワクする」といった感想が寄せられ、別人のように表情も明るく変化したといいます。

 「シニアの社会参加の機会をつくることは、生きがいの創出につながります。また、高齢者の孤独が社会問題となる中、同じ目標を持つ仲間ができることはQOLの向上にもつながります。『モンテディオやまびこ』のメンバーは、もともとサポーターであることもあり、クラブのために貢献したいという熱量が高く、シニアとクラブを掛け合わせることで、こんな相乗効果があるんだということを改めて実感しました。こうした元気なシニアを見て、若い人も頑張ろうと思ってもらえるような活動にしていけたらと思います」

 現在、サッカーJリーグのクラブ を中心に、全国各地で協業実績が増えています。

 スポーツコンサルの経験を生かして、新たな声磨き市場を開拓できたことに対し、直さんはどう感じているのでしょうか。

 「一定の達成感は感じていますが、決して満足はしていません。なぜなら、声磨きは非常に汎用性が高く、スポーツ以外のさまざまなものと掛け合わせることで、あらゆる社会課題を解決できる可能性を秘めていると考えているからです」

50音表を使って「声磨き」の説明をする佐藤さん
50音表を使って「声磨き」の説明をする佐藤さん

 マネタイズ面で課題はまだあるものの、「声のチカラで日本を元気に!」という理念実現に向けて、さらなる自治体との連携強化も含め着実に歩みを進めています。

 「当社は、家業でありながらもスタートアップのように事業を創出できる企業です。『声』という形のないものを起点としたサービスを展開しているため、新たなアイデアをスピーディーに実現できる点が強みです。この強みを生かして、これからも社会課題を解決し、より良い未来をつくっていきたいです」