1942年に創業したリビングハウスは、ドイツやイタリアなどから中高価格帯の家具を集め、ニトリやIKEAといった大手家具店がひしめく郊外ではなく、駅前などの商業施設を中心に店を構えています。スリッパを前面に売り出したり、店内に英会話教室を誘致したりするなどのユニークな戦略で、家具の「衝動買い」の需要を掘り起こしました(前編参照)。
北村さんが2011年に社長就任してから、リビングハウスの店舗数は8から37に拡大し、社員数も約60人から約220人に増加しました(2024年6月現在)。このうち正社員は9割を占め、中でも成長を支える家具・インテリアの販売を担う店舗スタッフは98%が正社員です。正社員スタッフの接客・販売力の育成に、リビングハウスは注力しています。
「洋服ならお客さんが試着して気に入れば買ってもらえますが、単価が高い家具はそうはいきません。お客さんはインテリアの知識や経験が豊富ではないので、自然と買い物に慎重になる。接客には豊富な知識と経験、商品提案力が必要なんです」
商品提案力とは、商品の基礎知識に加え、顧客の部屋の空間を把握する力、おすすめの商品を部屋や既存の家具とコーディネートする力、そしてそれらをプレゼンテーションする力です。当然、一朝一夕で身に付くものではありません。
例えば接客の研修の場合、入店した人に声をかけることを「1の型」、そのニーズを聞き出すことを「2の型」といった具合に分解。1の型と2の型を習熟すれば、店頭に出て実際に接客を試みます。
さらに顧客が商品を気に入って購入まであと一歩という段階になれば、先輩社員が登場。一緒に接客してもらうことで、新入社員は先輩が示す商品提案力を現場で学べるのです。
研修は教育専門の部署が担当しますが、北村さん自身も毎回講義を受け持っています。
商品の仕入れで海外の展示会に赴く際、北村さんは積極的に社員を同行させています。仕入れ値を見ながら「リビングハウスでならいくらで売るか」を考えてもらうことで、目利き力とマーケット感覚を養ってもらうのです。
「家具・インテリアの業界で、うちは間違いなく教育に時間、お金、労力を最もかけていますし、それが社員の商品提案力を支えています」
潜在需要を掘り起こすビジュアル
商品提案力とともに成長を支えるのが、潜在顧客を掘り起こす店舗戦略です。
全37店舗のうち34店は駅前やショッピングモールなどの商業施設内にあります。例えばショッピングモールの場合、施設内にはスーパーや飲食店、百円ショップや生活雑貨店などが入居しています。
「モールに食器や園芸品などを見に来る人は、ふらっとリビングハウスの店に入ってくれるケースも多いのです。そういう人には『おしゃれな家具があるといいな』『すてきなインテリアがあれば買ってもいい』といった潜在需要がある。一方で郊外にある家具専門店だと、引っ越しや壊れた家具の買い替えといった顕在需要がある人しか訪れません」
そうした潜在顧客を「買いたい」という顕在顧客に変える第一歩が「ビジュアルです」と北村さんは言います。
リビングハウスが得意としているのは、おしゃれで洗練されたインテリアと空間です。
主に顕在顧客を対象にしている大手家具店は、接客が購買に及ぼす影響が限られます。一方、リビングハウスはまずビジュアル効果で引き付け、「いいな」と思ってくれた潜在顧客を「買いたい」という気持ちに引き上げることを目指しています。こうした接客や提案力を生み出しているのが、社員教育なのです。
「商品力と店舗力は必要条件。それに加えてスタッフによる提案力が十分条件になります。どちらも両輪として磨き続けたことで、リビングハウスの今があるのです」
商業施設から相次ぐオファー
北村さんは商業施設内への出店を目指したころ、「どれだけ売り上げを伸ばして、どんな波及効果を施設にもたらすか」を熱くプレゼンしていました。
東京進出第1号となった「ららぽーと豊洲店」への出店時は、「既存の店では売り上げを100%にできても120%に上げるのは難しいはず。僕たちなら失敗するリスクもありますが、150%、200%に伸ばせる可能性もあります」と施設側の担当者を説得。既存店に代わって出店する権利を手にしたといいます。
その後、リビングハウスの成長とブランド力・知名度の向上で、今では商業施設側から出店オファーが多く寄せられるようになりました。商業施設側からのオファーになるため、一般的には高額なテナント料も「有利に交渉できるようになってきた」そうです。
37店舗を展開するノウハウやデータも蓄積しており、新規出店時でも地域の住民の所得傾向や他のテナントの傾向などから、どんな商品ラインアップや店づくりをすればうまくいくか、判断できるようになってきたといいます。
具体的には出店を検討する際に、対象地域を平均世帯年収と一戸建ての比率に応じて四つに分類。地域に応じて商品ラインアップなどを決めています。
地方百貨店のフロアを丸ごと改装
地方の百貨店からの協力・支援のリクエストも増えてきました。地域経済の衰退で地方百貨店はどこも厳しい経営状態にあります。そうした店をリビングハウスの集客力で再生させてほしい、というオファーです。
例えば鳥取県米子市の「JU米子タカシマヤ」とは、2023年にパートナーシップ契約を結び、5階のインテリアフロア全体を「リビングハウスプロデュース」として全面リニューアルしました。
「採算を取ることが難しいので一度はお断りしました。『そもそも地方で百貨店という業態は無理がある。とがったお店だけに絞った“三十貨店”にすればいい』など好き勝手なことを言わせてもらったのです。すると担当者が『それなら北村さんがワンフロアを丸ごとプロデュースしてみてください』と食い下がってきたので、面白いことになりそうと受けることにしました」
今ではこのフロアは、リビングハウスが独占販売するドイツの家具メーカー「KARE」のアイテムをはじめ、おしゃれな生活家電やキッチン用品なども取りそろえた総合ライフスタイル提案フロアに生まれ変わりました。
他にも百貨店の「そごう」が撤退した徳島市では、市長からの要請に応じて包括連携協定を結び、そごうが入っていたビルへ2022年に出店しました。
「論語と算盤」の精神で支援
地方からは商業施設だけでなく、家具店からも「再生に協力してほしい」というリクエストが来るようになりました。これまで福岡県や鹿児島県、和歌山県などで店舗再生を手がけました。
和歌山県内に4店舗展開しながらも経営難に陥っていた老舗家具店では、各店舗の収支構造や地域の購買力などを徹底的に分析。1店を閉鎖した一方、1店の店名を「リビングハウス」に変更し、経営は元の家具店に任せつつも、リビングハウスの独自の家具を卸したり集客方法を指導・支援したりして、黒字化に成功しました。
北村さんはなぜライバルにもなり得る地方の家具店を支援するのでしょうか。
リビングハウスに相談が寄せられる地方の家具店は、店舗力、商品力、提案力のいずれもが足りないところが多いのが実態といいます。
どれも一朝一夕で力を付けるのは難しいですが、商品力はリビングハウスのブランドや商品を活用してもらうことで、提案力はリビングハウスの従業員を送り込むことでよみがえらせることはできます。リビングハウスは低リスクで地方に販路を広げることができるうえ、スタッフの育成の機会にもなるのです。
「地方の百貨店や家具店の再生をお手伝いする理由は『論語と算盤(そろばん)』です。地方へのリビングハウスの家具の販路拡大などのメリットは算盤です。論語とはつまり、やりがいですね。僕らが手伝うことでつぶれなくて済むし、地域の活性化にもつながる。そして地方のお客さんのインテリア文化の育成にもつながるのは、とてもうれしいことです」
家電メーカーに「映える」環境を
地方の百貨店や家具店とのアライアンスを含むtoB向け事業は、リビングハウスの売り上げ全体の15%にまで伸びました。
toB向け事業では、提携企業の商品をリビングハウスの店舗内に展示し、販促支援する事業が好調です。2023年の提供開始から1年ほどで60社超との提携が実現しました。
多いパターンは、エプソンやツインバードといった家電メーカーのおしゃれな新製品をリビングハウスの家具とともに陳列するというものです。リビングハウスはプロモーション費を提携先から受け取る仕組みです。提携先には家電量販店などで展示するよりも「映える」ことから販売につながると、好評だそうです。
他にも寝具や生活雑貨など幅広い企業の商品を展示しており、最近はネットしか販売チャネルを持たないDtoCビジネスの企業との提携が増えています。
富裕層向けホテルに出資
2023年には、ラグジュアリーホテルを運営するベンチャー企業と資本業務提携を締結しました。2024年2月、箱根にオープンしたラグジュアリーホテル「仙石原古今」の部屋に、リビングハウスが独占契約を結ぶイタリアの高級家具ブランド「エドラ」の家具を置いたり、施設内のインテリアコーディネートを担ったりしています。
仙石原古今の宿泊料は1泊20万円からです。そうした部屋に泊まるのは、ソファで1台300万~400万円もするエドラのターゲット層にも重なる超富裕層です。
ただ、この提携は商売上のメリットだけを狙ったものではないそうです。
「僕たちはただ家の中の家具・インテリアのデザインを手がけるのではなく、生活の周りの様々な時間と空間をプロデュースする『空間価値創造企業』をめざしています。箱根で過ごす余暇の時間と空間のプロデュースもその一環と捉えています」
日本を「空間時間価値」の先進国に
コロナ禍で普及したステイホームやテレワークに伴い、家具・インテリア業界は需要が一時的に拡大しました。ただその後の物価上昇によって再び縮小傾向に入ったとされています。
リビングハウスは今後、家の中だけでなく余暇や移動時間など、家の外の時間と空間のデザインにもビジネスの領域を広げようとしています。
2024年2月期は売上高53億円を達成し、北村さんが就任してから3.6倍となりました。その実績を踏まえ、2025年中には株式上場も予定しています。
北村さんは今後、どんな挑戦をしようとしているのでしょうか。
「僕はリビングハウスに入社して以来、日本人のインテリアへの意識を高めることにずっと取り組んできました。さらに高みをめざし、日本を『空間時間価値』先進国にするのが目標です」