目次

  1. おしゃれエリアに家具店を開業
  2. 関心・知識がゼロだった家具業界に
  3. 高級宅の質素さに「あぜん」
  4. 「経営理念だけは守ってくれ」
  5. ドイツ家具メーカーと独占契約
  6. 商業施設に多店舗展開
  7. スリッパだけで売り上げ5千万円 
  8. 店内に英会話スクールを誘致
  9. 常識を疑いながら「五方よし」

 リビングハウスは、北村さんの祖父が大阪市内で家具職人として事業を始めた1942年を創業年と位置づけています。父常明さん(76)の代に業態を変更し、洋家具の小売店として1954年、大阪市の家具の街・南堀江の「立花通り」に開店しました。今では「オレンジストリート」とも呼ばれ、おしゃれなブティックやカフェなどが立ち並びます。

 現在はドイツやイタリアなどを中心に、約500社のブランドを扱い、アイテムはソファやテーブル、チェアなど数千種類にのぼります。家具の客単価は20万円強です。

 北村さんが子どものころ、父・常明さんは家具店のかき入れ時の土日・祝日に出勤して家におらず、「家業をほとんど意識することもなかった」といいます。常明さん自身、自分の意に反して家業を継ぐことになったため、北村さんに後継ぎに関する話をすることもありませんでした。

リビングハウス堀江店
大阪・立花通りにあるリビングハウス堀江店

 北村さんは慶応大学商学部に進学。ファッションに関心があった北村さんは、ファッションの洗練さ、流行のスピードなど「東京は全てが段違い」と感じ、ずっと住み続けたいと考えていました。

 就職活動は東京のベンチャー企業ばかりを対象にしました。「意思決定ができるようになるまで数十年かかる大企業で歯車のように働きたくない」という思いもありました。

 新卒で入社したのはファッションや飲食などを手がけるベンチャー企業です。当時は成長軌道に乗り、就活生にも人気がありました。ただ、若手社員が創業者の社長宅の大掃除にかり出されるような「社風」が合わず、1年ほどで退職しました。

 次に何をしようか悩む中で家業に入ることも考え、常明さんに相談しました。「家具・インテリアの業界はやりがいもビジネスチャンスもある」と話してくれましたが、北村さんはピンと来ませんでした。

 そして「やりがいもビジネスチャンスも感じられなかったら辞めるかもしれない」と条件を付けました。

 当時の北村さんは家具・インテリアへの関心や知識はゼロ。常明さんは修業として取引先だった北欧の高級家具メーカーで働くことを勧めました。

 北村さんは東京を中心に、2トントラックを運転して家具を運ぶ仕事から始めます。配送先の多くはタワーマンションや高級住宅ばかりでした。

 ただ、外観がおしゃれでガレージに高級外車がある家でも、室内やインテリアは質素なところが大半で、北村さんは「あぜんとすることが多かった」といいます。おしゃれに高級家具をコーディネートしていたのは外国人宅ばかりでした。

 「20年も前ですから、多くの日本人にとってインテリアへの関心は低かった時代です。インテリアへの意識を変えていけば、父が言っていたように本当にビジネスチャンスになると考えました」

 家業に戻ったあとは接客や仕入れ、マネジメントなどを経験し、2011年に34歳で社長に就任しました。経営に携わるようになり、経営コンサルタントをしていた大学時代の友人を参謀役として招こうとしたことが契機でした。

 友人が提示した条件は「代替わり」をすること。仮に友人の提案に北村さんが同意しても、別の決定権者にほごにされるような事態を懸念したようです。

 それまで常明さんが北村さんの決定を翻すことはありませんでしたが、内心、世代交代を考え始めていたそうです。インテリア業界もインターネットを通じた商取引が増え始め、ネットに明るい世代にバトンを渡そうと考えていたのです。

北村さんは代替わりしても経営理念を守り続けています

 常明さんは交代にあたって、「社名も含めて何を変えても構わない。ただ経営理念だけは守ってほしい」と注文しました。

 リビングハウスの経営理念は「快適住空間を創造し、家具インテリア文化の繁栄を築く」というもの。北村さんはこれを引き継ぎ、業界での存在感を大きくしようと決心しました。

 北村さんが社長として最初に手を付けたのは、リビングハウスにしかない商品の企画でした。父の時代も家具のセレクトのこだわりが特長でしたが、それらは他社でも扱っているものでした。

 家具を実店舗で見ずネットで買う人が徐々に増える中、他店と同じ品ぞろえでは、いずれは価格勝負になり生き残れなくなると見立てました。

 自社にしかない商品を扱えたなら、価格を下げて利益を削らなくても勝負できる――。

 北村さんは欧州の展示会にも通って個性的な家具メーカーとの独占計画を結ぶなど、差別化を図りました。

 大きな成功例が、ドイツの家具メーカー「KARE」との提携でした。KAREはトレンドを迅速に商品化し、大量生産できる力と比較的手ごろな価格感から「家具業界のZARA」とも言われています。

KAREの家具の展示コーナー
KAREの家具の展示コーナー(リビングハウス提供)

 北村さんの代から扱い始め、六本木ヒルズにKAREの期間限定ショップを設けるなどして、売れ行きが好調だったことからKAREと交渉。2016年に独占契約を結び、日本の正規代理店となりました。高いデザイン性と品質で人気となり、富裕層のみならず幅広い層にファンを得ました。

 他にも国内外の家具メーカーとのコラボで商品企画・開発に注力し、今では全商品の約7割をオリジナル商品が占めています。

 北村さんの入社時は3店舗だけでしたが、代替わり後は年1~2店のペースで新規展開を進めました。大半は郊外の大規模路面店ではなく、駅前やショッピングモールなどの商業施設内でした。資金は銀行からの借り入れで賄いました。

 扱う商品が大きい家具店は、広い売り場や倉庫、駐車場が必要で、郊外の路面店が多くなります。しかしそうした店は「ソファを買おう」「クローゼットを買い替えよう」といった目的が無いと顧客が訪れない傾向があります。後発の企業が集客するには、出店初期に相当な広告宣伝コストが必要です。

 郊外には、低価格と品質を兼ね備えたニトリやIKEAが近年、相次いで進出しています。従来の家具店は対抗しようと価格を下げざるを得ず、次第に経営が立ちゆかなくなることが増えてきていたのです。

 社長に就任したころ、ニトリの全国攻勢を目の当たりにした北村さんは逆の路線を選びました。2012年、関東初進出となった「ららぽーと豊洲店」への出店を皮切りに、徐々に商業施設内への展開を進めたのです。

 「ニトリと異なる店舗展開をしないと生き残れないのも理由ですが、駅前などの商業施設には大きなメリットがあります。例えば、他の買い物に来た後にふらっとリビングハウスの店に立ち寄り、KAREのようなおしゃれな家具を見て衝動買いしてくれる人が意外に多いんです」

 「衝動買い」を生み出そうと、北村さんはスリッパ専門コーナーを新設しました。来店客を増やすため、低単価で買い求めやすいインテリア小物を探していたところ、スリッパを前面に出すことを思いついたのです。

 「高単価で買い替え頻度も低い家具と比べて、安価な消耗品のスリッパなら買いに来てもらう頻度も高い。しかもスリッパは壁に陳列できるので、場所の有効利用になると考えました」

 2013年、川崎市の大規模複合施設「ラゾーナ川崎プラザ」で期間限定のスリッパ専門コーナーを立ち上げました。商品は日本のスリッパメーカーや雑貨卸店などからセレクトしたものです。

リビングハウス堀江店のスリッパコーナー
リビングハウス堀江店のスリッパコーナー

 価格帯は様々で、汎用性のあるものからファッション性の高いものまで数百点のスリッパを、わずか7坪のスペースに並べると、飛ぶように売れたのです。単価千円台の商品にもかかわらず、3週間足らずの出店期間に300万円を売り上げました。

 北村さんは他の店にもスリッパ専門コーナーを次々と設置。多彩な種類の色とりどりのスリッパが並ぶというコンセプトが、多くの顧客を引き付けました。

 スリッパだけでも、ピーク時で年5千万円の売上高を記録。後にリビングハウス独自企画の商品もラインアップに追加しました。消耗品であるスリッパは家具とは違い、季節に応じて買い替えたりプレゼントとして選んだりする需要があり、リピート客も増加。リビングハウスにとって絶好のPRにもなり、スリッパのついでに「衝動的」に家具やインテリアを購入する人も増えたのです。

 さらに訴求力を高めようと、2018年には、大阪・梅田駅近くの商業施設内の店に、英会話スクール「GLOBE」の教室を誘致しました。

リビングハウスが店内に開いた英会話スクール
リビングハウスが店内に開いた英会話スクール(リビングハウス提供)

 週末や祝日の訪問客が多い家具店は平日、特に夕方はかなり閑散とします。そこで勤め帰りの人が通う英会話スクールなら、普段は訪れない層の来客が見込めます。GLOBEにも駅前の一等地にスクールを設けるメリットは大きく、「Win-Win」となりました。

 「生徒さんには、洗練された家具・インテリアに囲まれた空間で英語を学べるという、他にはない体験を提供できます。仕事帰りに英語を学ぶ、自己投資をする人は、インテリアなどの生活環境も充実させたい人が多く、顧客ターゲットが重なるという読みもありました」

 実際、英会話スクールの受講者が、リビングハウスの家具や雑貨を購入したケースもあったそうです。

 他にも、横浜市の商業施設「ベイクオーター」の店内には住宅リフォーム店の「LOHAS studio」を併設。まさに家の改装・リフォームに訪れる顧客が、家具も買ってくれるという好循環が生まれました。

 リビングハウスの店舗にふらっと立ち寄った人が、家具やインテリアを買い求めやすいよう、約10年前から、家具の30回無利子分割払いという、当時としては異例の仕組みも導入しています。これはiPhoneの分割払いがヒントになりました。

 「1台10万円以上もするiPhoneでも、分割払いなら月4千~5千円なので、学生でも普通に買うことができる。リビングハウスの客単価も当時は10万~20万円です。最初は家具を買うつもりがなかった人も『その程度の負担なら買おうか』という判断をしてくれます」

 利息やクレジットカード会社への手数料はリビングハウスが負担。分割払い制度がなければ、そもそも家具を買おうとしなかった人が購入する機会を作りました。家具・インテリアの分割払い制度は、今や多くの家具店が導入しています。

北村さんは家具業界の常識を疑いながら「逆張り」の経営を続けています
北村さんは家具業界の常識を疑いながら「逆張り」の経営を続けています

 北村さんへの代替わりから13年。リビングハウスの店舗数は、就任時の8店から全国37店(2024年6月時点、提携店を含む)に増えました。2017年度以降は毎期売上高も伸び続け、現在は就任時と比べて3.6倍の53億円に拡大しています。

 「普通のことをしてもニトリやIKEAにはかないません。2社の『逆張り』路線を追求するため、それまでの業界の常識を疑いつつ、お客さんや仕入れ先の家具メーカー、商業施設、協業相手らと『五方よし』を意識し続けることで、今があるのです」

後編は、急成長を支えた、北村さんの社員教育や店舗戦略に迫ります。