大手みそメーカーのハナマルキは1918年に創業し、代々花岡家が経営しています。従業員数は290人。本社のある長野県のほか、群馬県とタイに工場を抱えています。商品アイテム数は約400、売上高は210億円(2023年12月期)です。
花岡さんは子どものころ、お盆と正月は祖父の家を訪ねました。「家にはみその蔵がありました。ひんやり薄暗い蔵の中で、みその熟成度合いを確認して真剣に話す祖父や父を見て、あこがれたのを覚えています」
大学を出てハナマルキに入社後、すぐに三井物産に出向。約3年半、みその原料の大豆の仕入れと販売に携わり、国際相場の見方や営業を学びました。2007年ごろ大豆の相場が高騰し、「ハナマルキの環境が大きく変わるタイミングだったので、家業に戻ることを決断しました」。
当時は今と同じく、原材料価格の高騰が経営を圧迫していました。20代後半で財務担当の部長だった花岡さんは「グループ会社のM&Aや人員削減などのリストラという、必ずしも前向きではない仕事をやりました」。
「ハナマルキは家族経営で職人気質。素材とものづくりは大きな強みで、これまでのCMの印象から、あたたかいイメージを持つ方も多いでしょう。しかし、お客様がスーパーで商品棚をみたとき、そうした企業イメージと結び付けて、商品を選んでいただいているのかが少し不安でした」
みそのような消費財は、ライバル商品が同じ棚にひしめきます。外部環境の変化で値上がりしたり、類似商品が販売されたりしても、自社ブランドのファンが多ければ、選んでもらえる可能性が高くなります。
100年企業であるハナマルキの強みは「技術力」と花岡さんは言います。それに加え、「創業以来、新しいことに挑戦する文化が、今日まで来られた理由の一つだと思っています」と言います。
たとえば、創業5年後の1923年に東京事務所を開いて信州みその販路を広げたり、みそ業界で初めてこうじづくりを機械化したり、即席やカップ入りのみそ汁もいち早く商品化したりしたといいます。
「素材とものづくりを大切にするハナマルキの企業理念を、より伝えるためにはどうしたらいいのか、今も模索している段階です」
みそ汁の作り方は知られていても…
花岡さんの父で当時社長の俊夫さん(現会長)がリードし、独自開発したのが、2012年から販売する「液体塩こうじ」です。
塩こうじは日本古来の調味料。こうじに含まれる酵素が素材のうまみを引き出し、肉や魚を柔らかくしたり、魚の生臭さや野菜の青臭さを抑えたりします。
一般的な塩こうじは粒状ですが、液体塩こうじは、その名の通り塩こうじを液体にしました。
基本的な効果は粒状と同じですが、液体塩こうじは軽量で混ぜたり溶いたりしやすく、焦げにくいなどの特徴があります。肉や魚に漬け込みやすく、煮物や炒め物、スープなどの調味料として手軽に使用できます。
ハナマルキは液体塩こうじを独自製法で開発し、特許も取得しました。
製品力には自信がありましたが、花岡さんは販売面でのハードルを感じていました。「みそ汁の作り方は知られていても、液体塩こうじは世の中になかった商品です。どうやって伝えればいいか、本当に分からなかったです」
花岡さんは「液体塩こうじ」を広めるため、CMなどのマス広告ではカバーしきれない、きめ細かな販促活動に奔走しました。
「塩こうじ会議」を社内に
花岡さんはまず「塩こうじ会議」という社内勉強会を立ち上げ、身内の理解を深めることにしました。メンバーは製造、販売、マーケティングなど各部門から集め、毎月1回、昼食時に開いています。
「塩こうじの有無で唐揚げの味がどう違うかを比べたり、なぜ肉が柔らかくなるのか、どんな酵素が肉の繊維に影響しているかを再確認したりしています」
それまでも部門横断の会議はありましたが、「塩こうじ会議」は全社員がコミットするのが特徴です。メンバーは毎年15人前後で、ローテーションで入れ替わり、今も続けています。
「営業社員は文系が多いのですが、技術系の社員と対話することで、酵素などの仕組みが分かり、塩こうじの魅力を自分の言葉で伝えられるようになるのです」
スーパーなどでは、液体塩こうじを使った食材の試食販売にも力を入れました。野外イベントに出店して、液体塩こうじを使った豚のソテーを味わってもらうなど、マス広告とは対照的な草の根の販促を続けました。
「食のプロ」と重ねた対話
業務用の液体塩こうじも広げようと、花岡さんはテクニカルサポート室という組織を作り、取引企業にレシピ提案するようにしました。
「たとえば、魚の西京漬けではどのくらいの分量を何時間くらい漬け込むかなどを研究し、水産加工の企業などにレシピを提案しています」
水産や畜産の現場で働く人や、シェフを「塩こうじ会議」に招き、意見を聞くこともあるそうです。
花岡さんも自ら泥臭い営業にいそしみました。液体塩こうじを売り始めたころは、築地市場(当時)に通っていたといいます。
「午前2時に出向き、市場をぐるりと回りました。競りの現場で、液体塩こうじに漬け込んだ魚を焼いて、試食してもらったこともあります。水産加工の卸売業者が興味を持ち、色々な仕入れ先を紹介してくれました」
「畜産が盛んなタイにも出向き、現地の方に何度も試食していただきながら市場を開拓し、液体塩こうじ専門の工場設立につなげました」
家庭用の液体塩こうじは1種類ですが、業務用は顧客の声をもとに、減塩タイプやハラール対応、独粉末化した「熟成こうじパウダー」など、ラインアップを増やしています。
液体塩こうじのように、市場に存在しなかった新商品は販売予測が立てづらく、最初は戸惑う社員も少なくなかったそうです。「その不安を解消するため、こだわったのが実績でした」
液体塩こうじはハナマルキの看板商品の一つとなり、塩こうじ製品全体の売り上げは今では約16億円にまで伸びました。海外の塩こうじ売り上げも前年対比150%(2023年12月期)を記録しました。
花岡さんが販促活動の先頭に立ったことで、後継ぎとしての信頼感が社内に醸成されたのです。
父と真剣勝負の1on1
花岡さんの父俊夫さんは、ハナマルキを33年間経営し、大きく飛躍させました。父から経営を引き継ぐにあたり、花岡さんは1対1での対話を重ねました。
「ある方から『親子で目指す方向は同じでも、腹を割って話せているか』を言われました。深いところまで話し合おうと、私から1on1をお願いしました。最初は断られましたが、説得しました」
1on1は真剣勝負の場です。花岡さんは「大事な会議に出る」というテンションで臨み、あらかじめアジェンダを作ります。テーマは経営や商品デザインなど多岐にわたり、議事録も残しています。
「つい後回しにしたくなるシリアスなトピックにも、向き合えるようになりました。事業承継も私から提案しました」
承継の大きなきっかけは、2022年のロシアによるウクライナ侵攻など世界情勢の悪化で、大豆や小麦の供給が不安定になったことでした。
「嵐が来ることがわかっていながら小舟をこいでいる状況で、今までのやり方を変えなければ、難局を乗り切れないと思いました。父と対話を重ね、交代が決まりました」
花岡さんは2022年8月、4代目社長になりました。父との1on1は今も続けています。
社長就任で定めた行動指針
「守りに入ったらハナマルキの時計を止めてしまう」。そんな覚悟を持った花岡さんは社長就任のタイミングで、行動指針を定めました。
それは「新しいことに挑戦していく」、「あいさつをする」、「誠実さを忘れない」、「攻めの姿勢を崩さない」、「自分の意見を述べ、結論に従う」という五つでした。
花岡さんは行動指針を書いたカードを配り、全社員との1on1も進めている最中です。
社員との飲み会も定期的に設けています。「昭和的な考えかもしれませんが、食事の場だからこそ本音で話せることもあると思うんです。もちろん、参加は希望者のみですが、最近は社員から誘われることもあります」
既存商品と一線を画したブランド
花岡さんは2030年に向けた中期経営計画に加え、「発酵調味料メーカーとして世界の食シーンに貢献する」というビジョンを作りました。
テレビCMにとどまらない訴求力を高めるため、花岡さんは実験的なプロモーションに取り組み、パッケージデザインにも力を入れています。
2021年に発売した「追いこうじみそ」のパッケージは、SNSや店頭で際立つよう、あえてシンプルなパッケージを採用。既存の「みそらしさ」にとらわれないデザインに、ハナマルキの強みである挑戦する姿勢を込めたといいます。
2022年3月には、人気の音楽アーティスト「ずっと真夜中でいいのに」とコラボレーションした「すぐ旨カップみそ汁」を限定発売。特設サイトやパッケージは、アーティストの世界観を踏襲した遊び心のあるデザインで話題となりました。
社長就任後の2023年には、新ブランド「ハナマルキ醸造 麹 研究室」(ハナマルケン)を立ち上げました。狙いは、こうじの奥深さを追求する研究開発です。
ハナマルケンのブランドロゴやパッケージは独創的で、既存製品とは一線を画しています。2024年3月には世界で初めて、液体塩こうじで生乳を固めた「塩こうじチーズ」の販売を始めました。
マーケティングににじみ出る愛情
ハナマルキはCMに代表されるマスマーケティングで、存在感を示してきました。それは継続しつつ、花岡さんはサンプリングや試食などの地道なマーケティングもさらに追い求めていきます。
「世界的に原料資源の調達が厳しくなっていますが、我々の発酵の力を世界に伝えるチャンスでもあります。世界の食シーンで、縁の下の力持ちになれるように、みそと塩こうじの両方に注力します」
「大切なのは社員一人ひとりの気持ちです。会社や商品への愛情は、色々なマーケティング活動ににじみ出ます。ものづくりへの思いを伝えるため、取引先や一般のお客様はもちろん、小売店やマネキン販売の方も含め、一つひとつのコミュニケーションを、大事にしたいと思っています」