目次

  1. 起業家へのセクハラ調査内容と調査結果
    1. 女性起業家の半数以上が過去1年間でハラスメントを経験
    2. 加害者は投資家やベンチャーキャピタリストなど
    3. セクハラ被害、事業の停⽌や撤退も
    4. 被害の相談・報告、一部にとどまる
  2. セクハラ解決へ 3つの提言
    1. 無意識の偏見・差別への対策
    2. いびつなパワーバランスの是正
    3. 予防と保護の強化
  3. セクハラに対する国内相談先

 アイリーニ・マネジメント・スクールの公式サイトに掲載された調査レポートによると、この調査は「スタートアップ・エコシステムにおけるセクシュアル・ハラスメント:予備調査2024」。学術的な検証プロセスを経ている段階の予備的な調査結果です。今後、インタビュー調査と⼤規模量的調査の詳細設計へと進める予定です。

 アイリーニ・マネジメント・スクールのソーシャル・インパクト・センターの柏野尊徳ディレクターは研究以外に、起業家として20年、エンジェル投資家として4年ほど活動してきたといいます。そんななか「2024年5月ごろ、女性起業家に対するセクハラがひどいと知る機会があり、スタートアップ・エコシステムの関係者として問題解決に貢献できればと考えました」とコメントしています。

 調査概要は以下の通りです。

  • 調査方法:Google Formsを使ったオンライン・サーベイ
  • 調査期間:2024年6月1~15日
  • 回答方法:選択式、自由記述式
  • 有効回答:197人(女性起業家105人、男性起業家20人、その他メンターや投資家など関係者71人)

 調査では、過去1年間のセクハラ被害経験、加害者属性、影響、報告行動、セクハラ発生の要因などについて尋ねました。

 調査で次のような傾向が見えてきました。

・⼥性起業家の52.4%(n=105)が過去1年間に被害を受けている
・被害者81人の回答によると、加害者のうち44.4%が投資家やVCであり、⽴場の強弱が顕著なケースが多い
・被害をすべて報告した⼈は14.8% (n=81)であり、既存の⽀援機能は不⼗分
・被害は精神的な苦痛、起業家としての⾃信喪失、経済的損失など

過去1年にセクシャルハラスメントを受けましたか?の回答結果
過去1年にセクシャルハラスメントを受けましたか?の回答結果

 調査レポートによると、全回答者197人のうち、41.1%が過去1年間に何らかのセクハラ被害を経験していました。⼥性起業家に限定すると52.4%(n=105)を占めました。

 具体的に受けた言動として、自由記述欄には、次のような回答がありました。

「紹介画像よりも実物のほうがかわいいねと⾔われた」
「起業⽀援組織メンバーからビジネスパートナーを紹介すると⾔われて呼び出されたが、実際は合コンだった」
「男性アドバイザーから『ただのおばさん』『ダサい』などと⾔われ続け、事業に対するアドバイスは⼀切もらえなかった」
「投資家による望まない性⾏為をうけ、同意なく動画撮影された」

加害者は誰ですか?に対する回答
加害者は誰ですか?に対する回答

 加害者として最も多かったのが、投資家・VCという回答(44.4%)であり、調査レポートは資⾦調達で⼒関係の不均衡が⽣じやすい相⼿だと指摘しています。投資家・VCからは、投資と引き換えに性的関係や個⼈的な関係を要求する行為が最も多いとも指摘しています。

 そのほかの加害者としては、顧問・取引先(33.3%)、メンター・アドバイザー(24.7%)、起業支援団体の関係者(23.5%)といった回答が続きました。

どのような影響がありましたか?に対する回答
どのような影響がありましたか?に対する回答

 調査レポートによると、被害の影響は多岐にわたり、63.0%が精神的な苦痛を、32.1%が起業家/専⾨家としての⾃信低下があったと回答しました。

 また、28.4%はスタートアップ業界への印象悪化、14.8%は事業の停⽌や撤退などの経済的損害を経験したと回答しています。

周囲や関係機関へ相談・通報しましたか?に対する回答
周囲や関係機関へ相談・通報しましたか?に対する回答

 一方で、過去1年間に受けた被害をすべて周囲や関連機関に相談・報告したケースは全体の14.8% (n=81)にとどまりました。実態が表⾯化しづらく、⼀般的な認識よりも被害者は相当数にのぼる可能性があるといいます。

 表面化しづらい背景事情が自由回答欄から見えてきました。

「よくあることだと思った。通報、相談したからといって、何を解決すればいいのか分からない」
「そんなことを考えている暇はないと思った」
「加害者との⼈間関係が壊れるのが怖かった。ニコニコして⾔いなりになれば⾃分の事業に利益があると思った」

 さらに詳細な回答も寄せられました。

「⼥性に関する事業を展開していました。しかし営業先やVCから、⼥性起業家である私⾃⾝と私たちの顧客に対して差別的な表現を数え切れないほど聞かされ、起業家としての意欲と⾃信を失い、事業を閉鎖しました(中略)。
これまで受けてきた無数の差別的発⾔の中でも、発⾔の内容と所属企業、⽴場的にネガティブなインパクトがとても⼤きかった例です。
国内⼤⼿独⽴系VCパートナー:『⼥性で結婚・出産後も働き続けたいと思う⼈っているんですか?』
国内メガバンクA新規事業担当:『私の奥さんは働いていない。奥さんと違う⼥性が多いと想像できない』
国内メガバンクB都内⽀店 営業部:『⾃社も取引先も意思決定層は男性。⼥性向け事業を⼥性であるあなたが話すと⾓が⽴つ。同じような事業を展開している他社の男性起業家を紹介してもらえないか?』(中略)
⽇本は政治‧経済がいまだに昭和的な製造業、⼯業社会から脱却できず、そのシステムの中で経済を回している間は男性優位な働き⽅‧組織⾵⼟は変わらないと思います」

 こうした現状に対し、調査レポートは次のように指摘しています。

 「14.8%という低い被害報告率は、認識と現実のズレ、報告の効果への疑念、関係者からの報復への恐れ、といったスタートアップが抱える複雑な問題を浮き彫りにしています」

 セクハラは埋め込まれた差別が不公平な慣習を助⻑し、不均衡な⼒関係が構造的な搾取を促進し、保護策の⽋如が問題を永続化させており、複雑な相互作⽤によって引き起こされており、断ち切りにくい悪循環(⾃⼰強化サイクル)を⽣み出しているといいます。

 そこで、調査レポートは、解決に向けて短期だけでなく中長期的な視点も踏まえた3つの提言をしています。

 この意図について、柏野さんは「このような社会問題は、短期的に実現可能な施策が取り組まれる一方で、長期的かつ根本的な変革を促す施策は後回しにされ、その結果、実行されることが少ない印象を受けています。今回の提言が今後の短期・長期両方の根本的な解決を目指す議論の出発点となることを意図しました」とコメントしています。

 無意識の偏見・差別への対策として、性別や属性による先入観を減らし、公平な判断ができるトレーニングの機会を提供するよう提言しています。また、性別ではなく事業の将来性で判断されるよう、投資基準やプログラム選考基準の透明化という項目も盛り込んでいます。

 投資活動や起業支援プログラムを定期的に監査し、不正や偏見を早期に発見・改善するための第三者監視機関の設立や、業界全体での行動規範の策定を提言しています。

 このほか、予防と保護の強化として、24時間対応の匿名相談窓口の設置や、起業家が投資家やメンター、起業支援団体を5段階で匿名評価できるオンライン・プラットフォームを設け、不適切な行動を抑制することも求めています。

 そのうえで、調査レポートは、セクハラに対する国内相談先も案内しています。

⽇本司法⽀援センター 法テラス
法務省:みんなの⼈権110番
法務省:⼥性の⼈権ホットライン
厚⽣労働省:総合労働相談コーナー