売れないと言われた「階段状目盛」が標準品へ 新潟精機2代目の決断
ノギスやスケール、定規などで最近、階段状の目盛を見かけることが増えてきました。開発したのは、製造現場や建築土木工事などで必要不可欠な、各種精密測定工具を製造・販売する新潟精機(新潟県三条市)。2代目の五十嵐利行さんは、エンドユーザーが望む工夫を反映することで、出荷量は従来品の4倍にまで増やし、今では「階段状目盛」が標準品となっています。
ノギスやスケール、定規などで最近、階段状の目盛を見かけることが増えてきました。開発したのは、製造現場や建築土木工事などで必要不可欠な、各種精密測定工具を製造・販売する新潟精機(新潟県三条市)。2代目の五十嵐利行さんは、エンドユーザーが望む工夫を反映することで、出荷量は従来品の4倍にまで増やし、今では「階段状目盛」が標準品となっています。
目次
新潟精機は五十嵐さんの父親である五十嵐茂夫さんが、1960年に創業しました。三条市は金物産業が盛んであったことから、当初は首都圏に地場の製品を販売する、問屋業を手がけていました。
ものづくりが好きであった父親は、次第に製造にも着手するようになりました。直角の精度を測定する「スコヤ」の開発・製造を足がかりに「測る」製品に特化したメーカーとして歩むようになります。
ホームセンターなどで置いてある一般消費者向けの商品も扱いますが、製造業や建築土木現場で使用される、プロ仕様の製品が同社の主軸です。そのため精度が高いのが特徴で、特に0.1mm以下のオーダーが求められる製造現場で重宝される製品が多く、大手自動車メーカーの推奨工具にもなっています。
現在では約500種類、3万商品というラインナップを取り扱い、従業員数200人ほどにまで拡大しています。
会社は自宅の前にあったそうですが、仕事を手伝ったり、工場に遊びに行ったりするようなこともありませんでした。漠然と後を継ぐとは思っていましたが、父親と面と向かって話し合うようなこともありませんでした。
ところが、社会人となる直前に父親と出かけた旅行先で「継いでくれたらそれはうれしい」との本音を聞き、そこからは一転。首都圏の専門学校でコンピュータについて学んだ後、メーカーに就職し生産技術のスキルを習得。
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さらにはアメリカへ留学し、英語スキルを磨き、帰国後は自社の製品も扱う工具商社で製品の特徴はもちろん、営業などを経験。2000年、29歳のときに満を持すかたちで家業に入ります。
当時すでに社員100人ほどの規模に成長していましたが、組織体制はトップダウン。従業員の多くは指示待ち体質で、自分から率先して動く風潮はなく、「いずれ、この体制は変える必要がある」と、五十嵐さんは考えていました。次のような思いもあったからです。
「私は父親とは違ってアイデアマンではありませんでしたし、私の意見が絶対だとも思ってもいませんでした。ですから社員一人ひとりが考える組織に変えていく必要があると、考えたんです」
代表のバトンを受け継ぐと、同取り組みを実践していきます。「この課題について、〇〇さんはどう思うの? どのように改善すればよいと考えているの?」といった具合に、社員が考えるクセをつけるよう、お題を投げるようなコミュニケーションを意識しました。
取り組みは徐々に浸透していきます。新商品開発においても、以前は父親や営業、販売代理店からの「こんな商品を作ってほしい」との意見を待っていただけの体制から、自分たちから積極的に商品づくりのアイデアを出す体制、雰囲気に変わっていきました。
新商品の開発において、メーカー主導で製品を開発するプロダクトアウトであった体制についても、五十嵐さんは違和感を覚えていました。顧客が本当に使いやすい、使っていて価値を生み出す商品を開発、提供することが自分たちの役割だと考えていたからです。
そこで、自社サイトに届くユーザーの声を拾い、その声をより深く知るために営業や販売代理店を飛び越し、エンドユーザーの元に自分たちが足を運び、どのような商品を求めているのか。
問い合わせをくれた、実際にふだん新潟精機の商品を使っているエンドユーザーに直接ヒアリングなどを行い、現商品の改善点などを洗い出していきました。
すると、スケールに刻まれた目盛 が「見づらい」「読みにくい」「二度見する手間がある」との声が多く聞かれることに気づきます。開発メンバーは、この声に着目。どのような目盛であればよいのか。議論を重ねていきます。
「高齢者も若者も、パソコンや携帯などで目を酷使している。そうなると細かいものはとても見にくい。目盛がある商品の用途は目盛を読むということなので、どうしたらその目盛が読みやすくなるのだろうか……」
どのような目盛が読みやすく、見やすいのか、いくつもの試作品を経て生まれたのが、同じ長さの目盛が画一的に並ぶ従来型とは異なる、一つひとつの目盛を階段状に、かつ、2mmごとに丸印をつけるアイデアです。
「営業や販売代理店からの意見は、言葉を選ばずに言えば、どうしても売れ筋。もうかる商品を考えがちです。でもお客さまが本当に求めているのは、使いやすい商品なんです。これはいける、と思いました」
従来とは異なる製品を開発した理由は、他にもありました。他社との差別化、ブランディングです。スケールなどの製品は元々の価格がそれほど高くない上に差別化が難しく、価格競争になっていました。
ここでもプロダクトアウトからの脱却です。
「新潟精機はユーザーの意見を反映したものづくりをしている。そんなイメージを、打ち出したいとも考えていました。そんな会社であれば、お客さまも長くご贔屓にしてくださるだろうとも」
このような考えもあり、価格は従来品よりも高く設定。商品名も一捻り加え「快段目盛」としました。ところが営業や販売代理店からは「こんな商品、売れない」「高い」といった反発の声が挙がります。社員からも、「階段状の目盛は読みづらいのでは?」との意見も聞かれます。
しかし、新商品開発で、特に新しい機械を導入するといったリスクもないことから、五十嵐さんはチャレンジを決断。新潟精機の新たな顔となる新製品として、本格的に開発・販売することを決めます。
「売れなかったとしても、そうしたら、それまで。従来品を以前のように開発・販売すればいいだけですから。ですからそこまで深く考えず、新商品の販売を決めました」
発売後は徐々に需要が高まっていき、5年ほどすると従来品と比べ4倍もの出荷量になりました。大手自動車メーカーの推奨工具にもなり、生産が追いつかなくなります。
五十嵐さんは再び決断します。
「従来品の製造はやめ、階段状目盛 の製造に注力していく。新潟精機のスタンダード製品にする」
この決断の際にも「ダメだったら戻せばいい。このときも、そのように考えていましたね」と、リスクヘッジのことは考えていた、と言います。
その後は思い描いていたとおり、新潟精機を代表する製品に成長。目盛を刻む製品のすべてに、快段目盛を展開していきました。
しばらくすると、障害を持つ子どもが読みやすい定規として注目されている、との声が届きます。一般の定規では目盛を読むことが難しく自信を失っていた子どもが、快段目盛により、自信を取り戻している、と。
声を聞いた五十嵐さんはうれしく思うと同時に、三条市の小中学校や特別支援学級に「快段目盛」を寄贈することを決めます。
「社会貢献活動への取り組みは、企業として当たり前です。単に税金を収めているだけだと分かりづらいですよね。定規という実際の商品を贈り、受け取った子どもたちがうれしそうに使っている。その姿を見たり、喜びの声を聞たりすることで、自分たちが社会に役立っていることを直接感じられると思いました」
現在では全国各地の小中学校・特別支援学級に、年間約1万本を寄贈するまでに取り組みは広がっています。
利用者の声を反映した商品開発は、その後も続きます。女性が多くの職場で活躍するようになった時代背景もあり、従来のメジャーは重い、ゴツゴツしていて持ち運ぶのが手間。そのような声に応えたメジャーです。収納ケースをなくし、長さも短くすることで、従来型の約3分の1の重さを実現しています。
大成建設とのコラボレーションにより生まれたこの商品は、当初は他のメーカーへ話がいっていました。しかし新潟精機が「快段目盛」を開発した際と同じく、「こんな商品作っても売れない」「邪道」との理由で、対応するメーカーがなかったそうです。
しかし、五十嵐さんは「お客さまが楽になる。本当に求めている商品ならぜひとも作りましょう」と快諾。スパイラルメジャーも累計5万個を販売するヒット商品となっています。
再び女性をターゲットに、見た目もおしゃれで目盛を引き出すと、事前に垂らしていたお気に入りのアロマオイルの香りが漂う「JYACK Stripe ジャックストライプ」というメジャーも開発しました。
こちらの商品はあまり売れていないそうです。ただ「販路の開拓がうまくいっていないだけだと思っています」と五十嵐さん。これからも利用者の声を反映した新商品開発を続けていく、と意気込んでいます。
経営者は孤独だと、よく聞きます。実際、五十嵐さんもそう感じることがあるそうです。また、経営者ならではの悩みも少なくないと言います。代表に就任する前には、先代から事あるごとにあれこれと意見や指示をされ、心が折れそうになったこともあったそうです。
「どうしても嫌、無理だったらやめればいい、と考えていましたね」と五十嵐さん。次のような言葉を続けます。
「私は創業者の息子ではありますが、会社の後を継いで代表になったのは他者からの強制ではなく、私が選択した、自分の意志です。ですからどうしても経営が嫌になったり、自分には無理だと思ったりしたら、他人に任せればいい。このように考えています。でもがんばっている社員を見ると、自分ももっとがんばろう。そのように思い、今に至っています」
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