その後、1971年に開放式の石油暖房機器(ブルーヒーター)を製造販売したことで、石油ストーブメーカーとしての地位を確立。現在、家電量販店で販売されている家庭用ストーブの販売数量では、業界トップシェアを獲得しています。
吉井さんが幼少のころ、1999年から社長を務めた父久夫さん(現会長)が、家で仕事について話すことはほとんどありませんでした。「自分が会社を継がないといけないというのはなんとなく思っていましたが、誰かに言われたことはありませんでした。祖父や父が働いている会社を見てきたため、ダイニチ工業に対するあこがれはありました」
大学院に進んだ後、就職するタイミングで、ダイニチ工業に入社したいと父に相談しましたが、「普通に(他の会社に)就職するように」と勧められ、関西に拠点があるメーカーに技術者として就職しました。
「青い炎」をイメージしたロゴに
最初に開発部門に配属され、その後は管理本部長として、経営と開発を横断的に見る立場になりました。「経営の経験はありませんでしたが、前職がメーカーでしたので、ものづくりの基本的な知識が身についていたのは、大いに役立ちました」
ただ、会社員だったころの異動に比べ、プレッシャーは非常に大きかったそうです。
「他のメーカーを経験してよかったのは、ダイニチのいいところと足りないところが社外の視点で見えることだと思います。例えば、ダイニチの社員は真面目で、いい物を作る意識が非常に高い。ただ、控えめでブランド認知が非常に弱いという課題がありました」
吉井さんがダイニチに入って間もないころ、量販店の店頭で製品を販売していました。
ただ、「性能や品質でおすすめできる商品で、トップシェアも取っている。それにも関わらず会社の知名度が低いことを痛感しました。よく見たら、製品にロゴが控えめに書かれていることに気付きました。ユーザーが毎日目にする部分なのに、もったいないと考えました」。
そこで吉井さんは2014年の創業50周年のタイミングで、ロゴの変更の検討を始めました。それまで製品には、メーカー名が小さく記載されているだけでしたが、ロゴをリニューアルし、製品にしっかりと記載するようにしたのです。
新しいロゴは、小文字主体のしなやかでシャープなデザインとして視認性を高め、独自の技術でリードしていく先進性を表現したといいます。
また、大文字の「D」に描いた青い円は、「青い炎」をイメージしました。灯油を無駄なく燃やす独創的な技術の象徴として表現し、常に新技術を生み出し続けるという意志を示しています。
「ロゴを発表したとき、社内での共感もありましたが、協力会社の方々が喜んでくれたのが印象的でした。グループとしての一体感が生まれました」
上位モデルを増やして利益率アップ
ロゴの変更に続いて、商品のラインアップを、機能やデザイン、使いやすさで、少しずつ計画的に整理していきました。店頭に立って直接接客したことでニーズをつかみ、スタンダードモデルだけでなく、上位モデルも売れるようにしようとしたのです。
「石油ファンヒーターも加湿器も、トップクラスのシェアでしたが、販売構成はスタンダードモデルが中心でした。ですが、当社の商品は性能では負けない自信があったので、石油ファンヒーターも加湿器も、上位モデルの強化に取り組みました」
なかでも、加湿機能の高さとインテリアとしてのデザイン性を売りにした「加湿器LX」が大ヒット。石油ファンヒーターも加湿器も、上位モデルの販売構成比が大きく上がっていきました。
その結果、ダイニチの商品構成も変わり、単価の高い上位機種が増え、利益率も上昇しました。後のコロナ禍で急激な売り上げ変動があったときも、販売台数が減少するなかで利益を確保できました。
一連のリニューアルでブランドが確立できたことで、原材料費が高騰したときも値上げに踏み切ることができました。売れ筋を価格競争の激しいスタンダードモデルから、上位モデルにシフトできたからこそと言えます。
収益性を測る指標である売上高営業利益率は、家業に入った2014年の2.0%から、2024年は5.6%に上がりました。
「ハイドーゾ生産方式」を継続
吉井さんが入社して感じたダイニチの強みの一つが、安全製や品質へのこだわりです。元々、室内で火を燃やす石油ストーブの開発・販売からスタートしているだけに、安全への意識は非常に強いといいます。
もう一つが、季節商品である暖房製品を通年生産する仕組みと、受注から4時間で製品を作りあげる「ハイドーゾ(はい、どうぞ)生産方式」。これは先代(現会長)が生み出したダイニチならではのやり方です。
「暖房機器は、その年の気候で売れ行きがものすごく左右されます。ただ、暖冬だからとかシーズンを通じた話ではなく、1日寒い日が来たらドンと売れて在庫がなくなるのです。しかし、天気予報は当てになりません。営業から協力工場までが連携して、生産計画をどんどん変えていくのです。当社は、社内や協力工場まで含めたチームワークが強みですが、さらに強化していきます」
暖房器具の通年生産には、協力会社の経営が安定するというメリットがあります。年間を通して、出荷台数の多いスタンダードモデルなどを中心に製造。その上で、暖房シーズンには需要に応えるため、上位モデルを中心に短納期で生産することで、在庫切れによる機会損失を防ぎ、売り上げが確保できます。暖冬で売れにくい場合は、製造を翌年のモデルに切り替えることもあるそうです。
元々は、先代社長が作り出した生産の仕組みですが、吉井さんの代でもさらに徹底し、進化させているそうです。
「脱石油」製品を事業の柱に
吉井さんは2021年、専務に就任したときに、父から翌年の社長交代を伝えられました。予定通り2022年に社長となり、先代は会長職に就きました。「社長就任後、父は基本的には全て私に任せてくれています」
石油暖房機市場は縮小が進んでおり、次の一手が求められています。社長に就任した吉井さんが取り組んでいるのが、会社を支える新しい商品ジャンルの開発です。
22年には空気清浄機を発表。実に15年ぶりの市場参入でした。元々、ダイニチは加湿器市場で高いシェアを誇っており、開発開始から10年かけて製品化しました。
ダイニチ工業はコーヒー焙煎機能付きコーヒーメーカーがロングセラーとなっていますが、2022年には新しく、手軽に使える熱風式のコーヒー焙煎機も発表しています。
「新規事業展開は、当社の強みやコア技術を生かしたものです。近年では、熱や風の制御技術を応用して、ハイブリッド式空気清浄機や家庭用のコーヒー豆焙煎機をリリースしました。ですが、やみくもに新規事業を展開していくつもりはありません。それぞれの事業を深掘りし、次の事業の柱に育てたいと考えています」
自分が前に出るよりも
ダイニチは製品のほとんどを新潟の自社工場で製造しており、離職率はわずか約1.0%の低さです。2012年3月には「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」(経済産業省など後援)の実行委員長賞を受賞しています。
ダイニチの強みは開発から製造まで、少人数の社員が同じ場所にいることにあります。何か問題が起きたときや改善したいとき、部署の垣根を越えて連携しています。
社員の団結力を高めるため、年1回、協力会社も参加した800人規模の運動会を開催しており、社員旅行、ウォーキングなどのイベントもあります。
「チームワークは強みです。部署を越えて社員同士の交流を深める機会は大切だと考えています。そのため、社員旅行や協力工場も含めた大運動会など、人と人が関わるイベントを、今後も積極的に行っていきます」
吉井さんは、先代から引き継いだ仕組みを大切にしつつ、必要な部分は常にアップデートしながら経営しています。目指すのは、創業から50年以上にわたって会社を支えてきた石油暖房機器に依存しない事業の開発です。
「自分が前に出るというより、社員一丸となって進めていきたいと考えています。私が社長になったことで、会社の方向性を変えたりするつもりはありません。今後も、社是にある『よい商品』を作ってお届けすることに、真摯に取り組んでいきながら、時代に合わせて変化や進化を続けます」
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