目次

  1. 3千点が並ぶ島の商店
  2. シフト表作成で廃棄量を5分の1に
  3. 「たたき丸」を島の名物に
  4. キャッシュレス決済を導入
  5. 市場移転の影響でチェーン加入
  6. POSレジ導入で経理作業を軽減
  7. 島外からスキマバイトを採用
  8. 店の移転拡大も計画
  9. 島民やスタッフと向き合う経営

 みやとらの店内に入ると、ずらりと並んだ3千点の商品が目に入ります。手づくりのお弁当や総菜の種類が豊富で、式根島産のアシタバの天ぷらや、米と具材を魚のすり身に包んで揚げたオリジナル商品「たたき丸」(250円、税込み)が、観光客から人気です。島内各所への弁当の宅配なども手がけています。

みやとらは長年、島民や観光客を支えています
みやとらは長年、島民や観光客を支えています

 宮川さんの曽祖父が昭和初期、島で豆腐を作って販売したのが商売の始まりです。1963年、祖父が正式に店を立ち上げた後、宮川さんの父・清澄さん(80)と母・松世さん(76)が、肉や弁当など商品数を拡大しました。

豊富な品ぞろえを誇るみやとらの店内

 長男の宮川さんは子どものころから、レジ対応などを手伝いました。高校からは本土にわたり、大学まで進みます。就職先を考える際、両親から「東京で仕事をしてもいいけど、夏は店を手伝いに帰ってこい」と言われました。

 「夏に長期休暇が取れる就職先は少なく、就職氷河期でもあったので、在学中からアルバイトしていた、ホテルの宴会場などでの配膳の仕事を続けました」

式根島の泊海岸は人気の海水浴場です(筆者撮影)
式根島の泊海岸は人気の海水浴場です(筆者撮影)

 配膳の仕事の傍ら、夏は式根島で店を手伝う生活を2年ほど続けました。同じころ弟の純さん(45)が結婚して島に戻ることになり、「自分一人では店を回せないから帰ってきてくれ」と頼まれました。

 配膳の仕事を通じて正社員になる道もありましたが、宮川さんはその誘いを断り、1999年に帰郷して店に入ります。

幕の内弁当には、アシタバの天ぷらなど島の食材を並べています
幕の内弁当には、アシタバの天ぷらなど島の食材を並べています

 当時は両親と弟夫婦、パート従業員2〜3人で店を運営していました。宮川さんは2010年に結婚したのを機に、 父から持ち掛けられ、店を継ぎました。

 継承後すぐに取り組んだのは、シフト表の作成です。

 「仕事に入る曜日は決めていたものの、その曜日や時間帯に必要な人数が把握できておらず、見える化したいと思いました。当時の従業員は厳密なスケジュール管理に抵抗があり、何度か説得しました。パートを増やし、急な予定が入ったらシフトを変更できるというメリットを理解してもらえたため、エクセルでシフト表をつくり始めました」

以前は大量に残った弁当や総菜を廃棄していたこともありました
以前は大量に残った弁当や総菜を廃棄していたこともありました

 シフト表でその日に働く人数が明確になり、弁当や総菜の製造量が調整しやすくなりました。「それまでは、従業員がたくさんいるから、食材が入ったから、多めに作ろうという感じで、曜日やお客さんの状況に合わせて必要個数を製造しておらず、ロスが出て支出面に影響しました」

 シフト表ができてからは、島内のイベントや混みやすい曜日などに合わせて従業員の人数を調整できました。

 「主に調理を担当する母は生粋の島人。多く提供することがおもてなしにつながるという精神があります。個数をコントロールする重要性を伝え続け、徐々に製造量を調整してもらいました」

 以前は船が欠航すると、棚いっぱいのお弁当を廃棄することもあったといいます。しかし、製造量の調整が可能になると、廃棄量は約5分の1になりました。

 みやとらの売り上げは、来島者数に影響されます。2010年は年商1億円でしたが、2011年は東日本大震災の影響による旅行の自粛で、7500万円に落ち込みました。2015年は1億円に戻したものの、宮川さんが子どものころのにぎわいと比べ、勢いに陰りを感じました。

 復調のきっかけは、島の郷土料理「たたき」でした。魚をすり身にしてみそなどで味付けしたものです。

島の名物となった「たたき丸」

 調理師として総菜部門を仕切っている弟夫婦が、「地元の食材を生かした食べ歩きが可能な商品」をコンセプトにレシピを考案。宮川さんも試食に加わって生みだしたのが、今は看板商品となった「たたき丸」です。佃煮や新島特産のくさや、ハム・チーズなどの具が入ったご飯を、「たたき」で包んで揚げました。

弟の妻がデザインした「たたき丸くん」
弟の妻がデザインした「たたき丸くん」

 「たたき丸くん」というマスコットを作り、Tシャツを作成。東京・竹芝で開かれる10万人規模の離島イベントに出品するなどのプロモーションが功を奏して、たたき丸は島の名物になり、繁忙期には1日200〜300個売れるようになりました。

 また、宮川さんは2012年から毎日、開店前に船の出航状況、干潮・満潮の時刻、商品情報をフェイスブックなどSNSで更新し、店の存在を観光客に広めました。

 こまめな情報発信という土台に「たたき丸」という看板メニューが乗ったことで取材依頼も増え、2017年には年商が1億1千万円になりました。

 式根島の観光客数は2019年に3万人を記録し、東日本大震災があった2011年から1万人増えました。みやとらの売り上げも右肩上がりでしたが、宮川さんの危機意識は変わりませんでした。

 小売業は原価率が7割程度が目安とされ、費用負担が重くなりがちです。「毎月赤字を出さないことにほっとする日々が続きました」

 2017年に2代目の清澄さんが病気を患い、経理や事務作業が宮川さんに引き継がれました。会計を簡略化するため、キャッシュレス決済の楽天ペイを導入。その後、島全体にPayPayが普及し、みやとらも導入しました。

 宮川さんは「便利になった」と話す一方、資金繰りのリスクも増したといいます。「キャッシュレス決済で現金が振り込まれる時期が、仕入れなどの支払いのタイミングとずれるため、それまで無借金経営でしたが、銀行から借り入れざるを得なくなりました」

 2019年9月の台風15号で店の修繕が必要になったこともあり、計800万円を借り入れました。

みやとらは島内でもいち早く、キャッシュレス決済を導入したといいます
みやとらは島内でもいち早く、キャッシュレス決済を導入したといいます

 2018年、東京都中央卸売市場が築地から豊洲に移転したことも、経営に影響を及ぼします。「移転によって離職した仕入れ業者も多く、スムーズな仕入れが難しくなり、週3回しか発送ができなかったり、1回あたりのロットが増えたりしました。離島への配送中止をほのめかした仕入れ先もあり、一気に不安が募りました」

 宮川さんは2019年12月、日本最大規模の小売りネットワークを持つ全日食チェーンへの加入を決めます。同チェーンは全国1605店(2023年8月時点)が加盟しています。加盟金は発生しますが、幅広い商材と少量からの仕入れができること、他の問屋からの仕入れも可能なのがポイントになり、地元の金融機関から融資を受けて加入しました。

 「1アイテムを少数から発注できるので、約1千品目を増やすことができました。全日食のPOSレジシステムにも魅力を感じました」

 商品数を大幅に増やしたことで、宮川さんは2020年3月、600万円を借り入れ、店舗改装に踏み切りました。

 しかし、その矢先にコロナ禍に見舞われ、2020年の島の来島客数は前年からほぼ半減の1万7千人になります。ただ、仕入れ先を変更していたことで、流通はほぼ滞ることなく、品数は増えたため、2020年の売り上げは9800万円で踏みとどまりました。

2023年から導入した全日食チェーンのPOSレジ
2023年から導入した全日食チェーンのPOSレジ

 2023年にはIT導入補助金を利用し、全日食チェーンのPOSレジシステムを導入。月末の経理作業の負担を大幅に減らしました。これによって、仕入れ額からPOSレジ利用のキャッシュレス決済額を相殺できるようになったといい、資金繰りのストレスも減りました。

 レジ作業が簡単になったため、短期バイトを積極的に雇うようにもなりました。2024年2月ごろから、スキマバイトのマッチングアプリ「タイミー」を活用し、島外にも求人を出しています。

 当初の目的は中長期バイトのリクルーティングでしたが、始めてみると短期バイトが多く、利用開始から4カ月ほどで島外から約15人を雇いました。アルバイトへの報酬の30%がタイミーへの手数料となりますが、給与計算やマイナンバーの管理といった事務手続きの負担が減るため、メリットが大きいと判断しました。初めて式根島を訪れるバイトも多く、島のPRにも貢献しているといいます。

 「POSレジの作業は、動画を10分ほど見てもらった後、ベテランスタッフが10分ほど直接操作方法を教えます。レジ打ちが初めてでも問題なく操作できました」

 レジ打ちを短期バイトに任せたことで、ベテラン従業員やパートの時間が空き、品出しなど他の作業に専念できるようになりました。

みやとらで一番人気の「島のり弁当」(650円、税込み)
みやとらで一番人気の「島のり弁当」(650円、税込み)

 一連の取り組みが実を結んだほか、他の商店の閉店で客が流れたこともあり、2023年の売り上げは過去最高の1億3500万円を記録しました。

 それでも、課題は山積みです。ウクライナ危機の直後は激しい原価高となり、経営に影響したといいます。人手不足問題への対応も必要で、宮川さんは島の人口や来島客数の増加が急務と考えています。

 空き家・空き部屋の不足も島の課題です。「外から来た働き手が住む場所がありませんでした」

 2018年以降、いくつかの民宿が中長期滞在者向けのプランを作りました。みやとらも島外の長期スタッフ向けにプランを利用。2024年7月から家賃手当を支給し、長期滞在者向けの旅館に泊めてもらっています。

 島内ではここ数年、家を手放す人が増え、新しい宿や飲食店が微増しています。宮川さんは今後、店を移転拡大し、島とともに発展を目指すプランを描いています。

 「今の店は建て増しを重ねたため、従業員のロッカーなどが整っていません。従業員の休憩所を設け、調理場や倉庫、店の動線なども改善したいと思います。通路もカゴを持った人がすれ違えるくらい広くしたいです」

宮川さんは海岸清掃など島の行事にも積極的です
宮川さんは海岸清掃など島の行事にも積極的です

 宮川さんは、リスクをとって大きな数字を追いかけるより、島民やスタッフ、家族と向き合う経営を心がけてきました。

 例えばシフト作成を提案した際も、なぜスタッフが拒否しているのかを聞き取り、不満が出ない仕組みを模索しました。たたき丸も、弟夫婦を信頼して開発を任せたことで、看板商品に育ちました。人との縁や思いを大切にする宮川さんの信念が、みやとらの成長につながったのです。

 「私たちにできることは、式根島が発展するために地道に発信し続けることです。島に活気が出れば、商売も活性化します。感謝を忘れず、式根島に貢献したいです」。宮川さんは笑顔で語りました。