「音楽漬けの青春時代をおくりました。なかでも好きだったバンドがユニコーン。彼らが(2009年に)再結成すると聞いて、いつか仕事でかかわれないものかと思っていました」
大川硝子工業所は、ガラス工場で研鑽を積んだ大川清作・清造親子が1916年に創業しました。点眼薬のガラス容器を皮切りに、食料びん、化粧びんへとその事業を広げていきます。1979年、公害規制の対象になると、父で4代目の精一さんは断腸の思いで工場を閉鎖。製造を国内工場に委ねる企画問屋へとかじを切り、体制を整えました。
とくに承継についていわれることのなかった大川さんは、流されるままに大手飲料メーカーに就職。それなりに仕事には励みましたが、どこかしっくりこなかった大川さんはかねて興味のあった飲食店へ転職します。ハードな職場の息抜きがDJとしての活動でした。そして2008年、家業入りします。
「実家に戻って数年は、いたずらに時が過ぎていきました。大口の取引先や仕入れ先が倒産したときもどこかひとごとでした。そんなぼくの刺激になったのはDJを通して知り合った仲間たち。彼らはフリーランスの職業人、たとえばデザイナーとして自分の足で立っていた。そして生き生きとしていた。彼らの別の一面を知って、ぼくははじめて焦りを感じました」
「夢中になれるものが欲しかった」大川さんは、自社商品の開発を思い立ちますが、おいそれとはつくれません。びんをいちからつくろうと思えば金型が必要になりますから何百万円とかかります。
「ファン層はぼくより少し上のお姉さんたちが多かった。会社とユニコーン、そして彼女たちを結びつけるなら――。それが『サーバーびん』でした。欧米で使われたハニーサーバーを改良したものですが、広島ではお好み焼きのソースポットとしてポピュラーだったのです。そう、ユニコーンのメンバーは広島の出身。彼らのツアーグッズにもってこいでした」
といってもなんのツテもありません。はじめの一歩はサイトに掲載されていたメールアドレスに売り込みをかけること。宝くじを買うような営業だったにもかかわらず、間をおかず返事がきました。「的外れな部署に送っていたんですけれど、社内で転送してくれたようです」
トントン拍子に話はまとまり、2016年に行われた全国ツアーに投入されました。「コアなファンは代わり映えのしないツアーグッズに飽き飽きしているはず」という大川さんのもくろみは見事にあたります。普段使い用、保管用と一人で二つ買うファンも多く、追加生産も決まりました。
ツアー会場に「サーバーびん」が並んだ2016年、大川さんは代表の座を譲り受けました。大川硝子工業所が創業してちょうど100年目を迎える年でもありました。
保存びんをリブランディング
商売のリソースは会社にある――。そう確信した大川さんは返す刀であらたなプロジェクトに着手。そうして2017年に誕生したのが「Familiar(ファミリア)」というびんのブランドでした。祖父の代につくっていた「ファミリーポット」という保存びんのシリーズをリブランディングしました。
そこにはユニコーンのほかにも、大川さんの背中を力強く押してくれる存在がありました。
一つは昭和レトロなプリントを入れたアイスクリームグラス。倉庫に大量に眠っていたそのグラスを取引先に持ち込んだところ、二つ返事で買い付けてくれました。
もう一つは、ロングライフデザインをテーマに古き良き日本のプロダクトを発掘するプロジェクト「D&DEPARTMENT」です。大川さんは主宰者のデザイン活動家・ナガオカケンメイさんの著書をむさぼるように読みました。
パッケージデザインがかなめに
「ファミリア」は先のサーバーびんと、手さげびん、地球びんの三つで構成されます。
手さげびんも養蜂家のためにつくられたはちみつ用のびんで、地球びんは煎餅屋の店頭に並ぶ菓子びんに着想を得たまん丸なびんです。いずれもサイズを変えるなどのマイナーチェンジはしていますが、プロダクトの基本構造は変えていません。
「これは後から知ったことですが、『地球びん』はコメダ珈琲店がミックスジュース用のグラスとして使ってくれていました。文字どおり祖父のひらめきがかたちになったびんです。マーケットインが華やかなりし昨今ですが、やっぱりプロダクトアウトから生まれたデザインは強い。しみじみそう思いました」
プロダクトとしての完成度の高さも評価されたようです。
どこでつくっても同じかと思いきや、日本のびんはその精密さにおいて群を抜いているといいます。
リブランディングのかなめは、パッケージデザインにあります。手がけたのはDJ仲間のデザイナー、坂本真理さん。大川さんは当時の印刷手法を生かしつつ「大川硝子工業所で使うことの多かったオレンジとグリーンの2色でまとめてほしい」とお願いしました。
「上がってきたデザインをみたぼくの正直な感想はレトロすぎないか、というものでした。産学連携プログラムの学生にヒアリングしたところ、意に反して好意的な反応だった。彼らを信じて発売に踏み切りました」
産学連携プログラムは長く取り組んでいるもので、大川さんは東京デザイナー学院(現東京デザイナー・アカデミー)で毎週1回、講義を受け持っています。
無印良品やビームスにも並ぶ
装いもあらたにリリースした「ファミリア」は、SNSなどの地道な販促活動も功を奏し、発売から1年で無印良品を展開する良品計画から声がかかります。東京の生活道具をフィーチャーする企画展「Found MUJI 東京」へ参加しないかという打診でした。
二つ返事で応じるも、最後の最後で待ったがかかります。「サーバーびん」に使う金属パーツが安全面に難あり、と判断されたためでした。わずかながらエッジにバリが認められたのです。救いの手を差し伸べてくれたのが地元にある建築金物の東日本金属。加工が難しいそのパーツを、一点一点バリ取りしてくれました。
「ファミリア」はビームスの売り場にも並びます。ビームスは日本をキーワードとしたビームスジャパンをオープンしたばかり。アプローチをかけると即取引が始まりました。 ビームスのコーポレートカラーが「ファミリア」と同じオレンジだったことが縁となりました。
水平リサイクルできるコップを開発
2023年、大川さんは満を持して「BINKOP」をリリースします。
「ものがあふれる世の中でなにができるか。ぼくはガラスびんが水平リサイクルされているという事実に注目しました」
水平リサイクルとは使用済みの製品を原料としてふたたび同じ製品をつくる資源循環システムをいいます。一口にガラス製品といってもその原材料はさまざま。資源ごみがガラスびんに限定されているのはそのためです。
「ガラスびんから始まった会社でいまもその歴史を守っている会社は数えるほどしかありません。ガラスびんを扱って100年。その魅力を伝えるのはぼくらの務めだと思いました」
浮かんだアイデアが、ガラスびんの原料と製法でコップをつくることでした。本来は不燃ごみに選別されるコップなのに資源ごみに出せるとすれば、たしかに面白い。
念には念を入れてリサイクル業者に尋ねました。ガラスびんの定義はなんなのか、と。答えはねじ口、ナーリング(歩留まりを高めるための底面の凹凸加工)、金型成形の工程で生じるボディーに縦に走るライン――これらが確認できれば資源ごみとして回収すると担当者は説明しました。
デザインを担当したのは国内外で受賞歴のある小林幹也スタジオ。Found MUJI 東京のポップアップをきっかけに大川硝子工業所に興味を抱いてくれたそうです。
「スタッキングできる逆ハの字のシルエットに象徴される、細かな部分にまでこだわったデザインはやっぱり頼んで良かったと思わせました」
苦い薬と同じで、サステイナブルだといくら声高に叫んでも人は手にとってくれません。大川さんが考えた薬を飲みやすくするオブラート、それがデザインでした。
デザインに惹かれて手をとって、使ってみたら環境に優しい商品だった――。「そのようなアプローチが人々の心に訴える要諦です」と大川さんはいいます。
音楽で培ったセンスが生きた
そんな思いが端的に表れているのがもう一人のDJ仲間、関山雄太さんに監督をお願いした映像プロモーション。インスタなどで公開されているその映像はじつにユニークです。
女の子がカレーを食べると、「辛っ」と顔をしかめ、水をグビリ。一転、にこやかな表情でコップを掲げ、「ビンコップ」と高らかにうたう。背景にはおそらくガラスびんなどの資源ごみが山のように積まれているのですが、ボケていてよくわかりません。
「BINKOP」の成り立ちをつまびらかにするものとばかり思っていた関山さんは、大川さんのアイデアを聞いて面食らったといいます。思わずクスリとさせられるその映像はまさに大川さんのいう“オブラート”でした。
それにつけても驚かされたのが、制作に携わった面々です。女の子はメジャーデビューを果たしたばかりのサバシスターのなちさんで、じつは関山さん自身も中華圏最大の音楽アワードにノミネートされたこともある気鋭のクリエーターです。
「レコードやクラブ通いに湯水のように金を使った経験が生きました」といって、大川さんは相好を崩しました。
「BINKOP」という商品名からも音楽で培われたセンスが感じられます。直球のネーミングにみえて、じつはダブルミーニングになっています。「BIN」はイギリスでは街中に設置された回収ボックスを指します。回収できるびんだから、「BIN」というわけです。
10カ国近くに輸出
「BINKOP」は幸先の良いスタートを切っています。これまでの地道な種まきが実を結んだからです。
「とくにコーヒー業界の食いつきがいい。フェアトレードと真摯に向き合う業界だけあって理解がありました。オーストラリアのフラットホワイト、日本でいうところのラテはグラスで出すことが多い。この顧客層にリーチしています」
まだまだ小さなパイですが、海外は一つの柱になりつつあります。現在、輸出する国の数は10カ国近くにのぼります。SNSを通じて気軽にアプローチしてくるそうで、ことコミュニティーマーケティングにかんしては、その国境は限りなく低くなっているようです。
2023年には仲間とともにメルボルンでポップアップストアを開催、想像を超えて盛況でした。オリジナルをつくりたいというオファーも舞い込みました。
「ぼくが描いているのは、自社商品を軌道に乗せて下請けから脱却するというサクセスストーリーではありません。まずは生活者を育てる。生活者が育てば業界が潤い、業界が潤えばうちも潤う。自社商品はそういう流れをつくるための広告塔だと思っています」
「ファミリア」や「BINKOP」で会社のイメージを向上させた大川硝子工業所は読みどおりに卸も順調に伸びていますが、「なにより値踏みするような取引がなくなった。おかげで毎日がハッピーです」。