「もちはだ」3代目、ECモールから退店 母の丁寧な接客取り戻す原点回帰
冒険家の植村直己も南極探検で愛用していた保温性の高い衣料品「もちはだ」。製造元である「ワシオ」(兵庫県加古川市)3代目社長の鷲尾岳さんは2024年、EC事業で年1億円の売上高のある楽天市場から退店し、自社サイトに注力する決断をしました。従業員の「もちはだ愛」に支えられ、かつて母の光さんが楽天出店前の自社サイトを通して一人ひとりの顧客と丁寧に向き合っていたころを取り戻すため、10月にサイトをリニューアルしました。
冒険家の植村直己も南極探検で愛用していた保温性の高い衣料品「もちはだ」。製造元である「ワシオ」(兵庫県加古川市)3代目社長の鷲尾岳さんは2024年、EC事業で年1億円の売上高のある楽天市場から退店し、自社サイトに注力する決断をしました。従業員の「もちはだ愛」に支えられ、かつて母の光さんが楽天出店前の自社サイトを通して一人ひとりの顧客と丁寧に向き合っていたころを取り戻すため、10月にサイトをリニューアルしました。
目次
鷲尾さんが2016年、25歳でワシオに戻る決断をしたのは、母を助けるためでした。
2007年7月にワシオが参入した楽天市場は、年1億円、会社の売上高の20%を占める屋台骨にまでに成長します。楽天市場でも主力商品は「もちはだ」です。
オリジナルの起毛方法は、ほかの商品にない保温力とやわらかな風合いがあり、寒いロケで愛用している芸能人からは「もちはだはロケ芸人の鎧」というコメントをもらえることもありました。
ワシオの通販部のスタッフたちは、楽天市場で人気商品になるためには、検索に引っ掛かりやすく、かつ検索された時に上位に表示されることが大切だと楽天に特化したコンサルタントから教わってきました。
そのため、掲載順位を決めるアルゴリスムに合わせ、商品名に「極暖」「裏起毛」など検索トレンドとなるキーワードを入れるなど絶えず自社商品の各ページをメンテナンスし、同時に、欠品が出て検索順位を下げないよう在庫を抱えておく必要がありました。
通販部門の責任者である母は、そんな日々に疲れていたものの「楽天がないと未来はない」と思っているから手を止められません。
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「強い責任感から疲弊していく母が、このままではつぶれてしまうのではないか」。そんな心配からワシオに入社しました。
もちはだは元々、リピーター客の多い商品です。ECは自社サイトしかなかった2000年ごろ、母は常連客の電話での問い合わせに一つひとつ過去の取引を確認しつつ、その人にあった商品や支払方法を提案していました。メールでの相談にも丁寧に対応していました。
鷲尾さんは「いつしかお客様のためから、会社のために。もちはだで寒いをなくしたいという理念の実現から、売上を確保することが目的に変わってしまっていたのではないか」と気づきます。
とはいえ、中国に機械を持ち込み、安く大量に作って売ろうという、かつてのビジネスモデルはすでに円安と中国国内の人件費の高騰で成立しなくなっており、なんとか会社を存続させるためには無理からぬことだったのかもしれません。
鷲尾さんがワシオに入社し、実質的に事業を回すようになると、売上重視から利益重視に経営方針を切り替えました。取引先に値上げ交渉をするだけでなく、商品仕入れを適正価格に見直し、ウォーターサーバーやマットなどサブスクサービスの解約など、徹底して出費を切り詰め、利益率を2倍以上に伸ばしました。
さらに、「もちはだ」の魅力をより広く伝え、新規ユーザーを増やそうとMakuakeでプロジェクトを開始。メディアが多数取材に訪れました。
こうした取り組みが功を奏し、赤字続きだった業績も2017年には黒字に転換。しかし、ほっと息をついたのも束の間。コロナ禍や暖冬の影響で再び業績は悪化していきました。
厳しい業績を立て直すため、鷲尾さんは2024年1月、社長に就きました。2月になると、鷲尾さんは従業員たちに向けて、ワシオ史上はじめての「経営方針発表」を開きました。
入社して以来、鷲尾さんがすごいと感じたのは、購入した人のほとんどが「もちはだ」の暖かさに驚き、喜んでくれるということ。
そして、従業員たちは「もちはだの良さをもっと多くの人に届けたい」と思って仕事をしていたのです。そんな従業員たちに向けて、鷲尾さんは「ぼくたちはすでにとても素晴らしい。そのすごい価値を社会にしっかり届けよう」と訴えました。
精神論にとどまらず、鷲尾さんが経営方針発表で待遇改善を発表します。フルタイム勤務なのに時間給、仕事では正社員のような振る舞いを求められる「準社員」は正社員へ。
これまで発揮してきた価値に対し、適切に報いたいという思いに加え、新しいことにチャレンジし成果につなげるために、部署を新設したり現場に詳しい女性を部長に抜擢したりと組織を大きく変えました。その結果、人件費が約30%増えることになりました。
増えた人件費をカバーするために、鷲尾さんは選択と集中を決断します。そのため、2024年4月に楽天市場から退店することにしたのです。
楽天市場に広告費なども合わせて売上高の25~30%くらい支払っていたこと、メンテナンス対応などで人件費も増えており、秋冬こそ黒字でしたが、季節製品であるがゆえに春夏は赤字に陥っていることが見えていました。
鷲尾さんは「実際は、退店まではしなくてよかったのかもしれません。しかし、楽天に出店している限り、みんな検索順位が落ちることが心配になって商品ページのメンテナンスの手を止められないでしょう。やるべきことに集中するために、退店を決断したのです」と説明します。
やるべきこと、それは自社サイトをリニューアルするリブランディングです。ワシオの場合、時代に合わせて新しい価値を提示することではありません。むしろ、もちはだとワシオの理念をわかりやすく伝えるための原点回帰です。
実は、これまでECモールでの購入客は「極暖」や「裏起毛」といったトレンドワードではなく、「もちはだ」と商品名で検索して購入している人が多かったのです。
ECモールから離れて、自社サイトでの販売に注力する戦略は、リピーターが多く指名買いの多い「もちはだ」だからこそ、できることだとも言えます。これまでの購入者に対し、メールやLINEも活用しながら「寒いをなくす」というもちはだ本来の価値を届けていく予定です。
元々はごちゃっとして情報があふれた見た目でしたが、リニューアルしたサイトは、できるだけシンプルに。でも、言葉一つひとつを精査し、「圧倒的な保温力でほっこりポカポカ包みます」などと、暖かさでほっとするような気持ちを届けられるようなサイトへと変えました。
「職場の制服がスカートで足がとにかく冷えます。もちはだに出会ってから、タイツ、レッグウォーマー、ブランケットなどに救われています」といった愛用者の声も載せています。
「ゆくゆくは、かつて母がやっていたように、一人ひとりの寒いという悩みに対して相談できるような場をつくりたいと考えています」
自社サイトのリニューアルとほぼ同時に取り組んでいた、加古川工場にある直営店は10月5日にリニューアルオープンしました。新設した企画・広報課の担当者たちが主体的に発案し、レイアウトも告知も考え、初日、2日目とも40万円を超える売り上げとなったといいます。
鷲尾さんは「改めて気づいたのが、みんな接客が好きだということ。それは、もちはだの暖かさを一人でも多くの人に実感してほしいと考えているからでした」と話します。
楽天市場からはすでに撤退しており、この間の売上高は下がっています。今後は人件費アップの影響が出てきます。鷲尾さんは「本音を言うとすごく怖いです」と明かします。
それでも前を向けるのは、従業員の「もちはだ愛」を信じることができるから。ポテンシャルを発揮できる環境を整えたとき、みんながどのように活躍してくれるのかを楽しみにしています。
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