いち早いIT化で経産省から表彰
カワキタエクスプレスは1989年に創業し、段ボールや印刷物などを運ぶ一般輸送、引っ越しが主業務です。全国のイベントや展示会などへの輸送業務も手がけています。大型トラックなど約25台を保有し、正社員数は34人です。
川北さんは高校卒業後、県内外の職場を経て地元亀山市に戻りました。「結婚もしていましたが、やりたい仕事もなくアルバイトを転々としました。その一つが宅配便配達です。3カ月ほど働くと『宅配の請負業者をやらないか』と声をかけられ、独立しました」
業界では、荷物の持ち出しや配達などの記録が残る追跡システムが出始めていました。もともとエクセルを操作することが好きだった川北さんは、早い段階から外部企業と連携してIT化を進め、同様の追跡システムを開発したり、エクセルで請求書をスムーズに出せる仕組みを作ったりしました。
2002年にはシステム会社に依頼して独自の業務システムを開発。受注入力や請求書支払い、配車処理と連携させ、顧客や協力会社への報告などを一度に管理できるようにしました。
「たとえば1号車と2号車の仕事を入れ替える際、打ち直しせずマウスで入れ替えるだけで配車できるようにしました。請求書なども自動で出るように連携させ、事務作業が軽減しました」
その後、車両の運転状況を記録するデジタルタコグラフやドライブレコーダーを搭載。トラックの運行状況をGPSで管理し、オフィス内の画面に地図を映し出し、運行や勤怠の状況を一覧で確認しています。
いち早いIT化が評価され、2008年、経済産業省の「中小企業IT経営力大賞」で審査委員会奨励賞を受賞しました。年商は年々上がり、2007年末には本社を移転し倉庫や社屋を拡大。2008年には4億円を上回るようになりました。
ネットワークで輸送を効率化
川北さんはIT化と同時に輸送の効率化にも着手します。2002年には全国規模の物流ネットワークシステムに加入し、その後、協同組合13社(現在41社)も作りました。
「引っ越しなどでトラックを出すと、行きか帰りに荷物が空のまま走ることになり無駄が多くなりがちです。空きがある区間などを伝えると必要な業者から連絡がきて、荷物を載せることができるようになりました」
ネットワーク加入でトラック手配の無駄が減りました。「IT化で社内管理が効率化したことで、請負作業がスムーズになり多くの仕事をこなせるようになったと思います」
痛みを伴った働き方改革
2009年から働き方改革も本格化させます。経験者採用が主流の運送業界で、高卒の新卒採用を始めたのがきっかけでした。
運送会社は朝夕の点検や車両の輪止め(ストッパー)などの徹底が必要です。しかし、川北さんは「ベテランはこれまでの習慣からおろそかになることがあります。身についたものはなかなか治りませんが、新卒者なら最初に覚えたルールをきちんと守る」と考えました。
高校に出す求人票には月給、残業時間などを明記する必要があります。それまでは同業他社と同じ歩合制でしたが、月給制に変更。評価をつけるため、名札をつける、靴をそろえるといったルールを明確にしました。
歩合制では労働時間を短くすると稼げなくなるため、過重労働になる恐れがあります。しかし、月給制で適切な給料と労働時間を維持することで、クリーンな職場を目指したのです。
歩合制にやりがいを感じていた社員からは不満が噴出。2011年の離職率は65%にのぼりました。
それでも川北さんは改革を止めず、今度は20代の未経験者採用を進めました。ところが採用するものの、育てた社員が他社へ移るケースが相次ぎます。「ドライバー育成会社かな、という時代が5、6年あった」と振り返るように、この間に30%~40%の従業員が入れ替わったそうです。
「休みも少なく長時間労働、高速代は自腹というブラックに近い会社でも、歩合給だと給料が多く見えるんです。計算すると月給の方が時給が高いのですが…」
年商は下がり続けて一時は2億円台に。それでも痛みを伴う改革の中で「靴をそろえたり、あいさつをしたり。当たり前にできる人の方が多くなりました」。
真っ赤なボディーは安全意識にも
カワキタエクスプレスのトラックは、真っ赤なボディーが目を引きます。かっこよさを追求して士気を上げるだけでなく、安全運転の意識を高める狙いもあります。
赤いボディーに変える際、ドライバー経験者から「運転を人に見られるカラーは嫌だ」と反対されたといいます。それでも川北さんは「こんなに目立つトラックに乗っていると、お客さんはすぐにどこの会社かわかるので、ドライバーは安全運転を徹底するようになります」と言います。
士気を高める工夫は随所に見られます。会社のロゴはレーシングカーをイメージして作られ、車好きの心をくすぐります。
玄関にレーサーの会見場のようなボードが立ち、社員が身に付けるオリジナルの帽子、タオルのほか、ペーパークラフトの赤いトラックなども制作しました。社員から次々とグッズ制作の要望があり、クラウドソーシングなどで発注しています。
SNSで見せる会社の素顔
川北さんは、SNSの普及前から会社の認知拡大にも積極的です。はじめは顧客に請求書を送る時、社内報を同封していました。メルマガにも力を入れ、今では2700人ほどに送っています。SNSが浸透すると、毎週のようにX(旧ツイッター)、Instagram、TikTok、YouTube、Podcastで投稿を重ねます。
力を入れるのは、会社の顔が見える動画です。Z世代の女性ドライバーにトラック車内でインタビューし、入社した経緯や働きぶりに迫ったYouTube動画が、6万6千回再生されました。TikTokでは川北さん自身が踊る動画が40万再生を記録しました。
ほかにも若手社員がホイールを磨く様子、トラックの内装、社員旅行のシーンなどの舞台裏を動画で紹介しています。
YouTubeではオリジナルソングを発表し、2024年からPodcastも始めました。「TikTokやYouTube、Podcastで拡散されることで、 私の人柄や会社の雰囲気がもっとわかると思うんです。入社後のミスマッチが減り、お客さんもこの会社にお願いしようと覚えてくれます」
動画は制作会社に発注し、Podcastも企画会社がサブパーソナリティーとして入り、雑談をする形で進めています。
数々のユニークな発信を行うのには、川北さんの問題意識がありました。「トラック運転手は誰でもできる仕事と思われています。実際、マナーを守らず、危険な運転、あおり運転などをするドライバーもいます。働き方もブラックで、残業代も出ず、何時間も働かないといけないイメージも根づいています。業界では働き方の待遇も低い会社に合わせられている。そうした現状を変えたいと思いました」
「マメな発信」は社員教育にも及んでいます。毎日の就業時にメールを送り、アルコールチェックの時は安全に関する1分動画を流します。月給を渡す時は、一人ひとりに激励メッセ―ジを添えます。「時々行う1日研修より、毎日1分」と川北さんは考えます。
「コンビニを出た時や道を走っている時、『トラックの運転手さんはかっこええな。礼儀正しく安全運転のプロやな』と思われたいんです。プロとして働く大切さを毎日伝えています」
離職率は5%まで減少
2024年4月から、トラック運転手らの時間外労働にも年960時間の上限が適用されました。輸送力不足が懸念されることから「物流の2024年問題」と呼ばれています。
川北さんは2009年から月給制を導入し、夜間は走らず残業時間を短くするなどの改革に着手してきました。2021年には勤怠もスマートフォンで管理しています。
「今の若い人はボランティアや社会課題に興味があり、プライベートが重要で残業が困る人も多い。そんな人たちが気持ちよく働いてもらえれば、物流危機はなくなります」
引越休暇、記念日休暇、月2回の出張整体など、ユニークな制度がそろいます。男性の育児休暇取得率100%も実現しました。
社員が休んだ時のカバー体制も組んでいます。例えば、大型トラックの担当者は、どの大型車にも乗れるようにしているそうです。配車予定も社員の休暇に合わせています。「その人しかできない仕事を作ってしまうと、穴埋めが必要になります。誰も困らない体制を作ることが重要です」
IT化や働き方改革、SNSなどの発信力は、数字にも表れています。
売り上げは2019年ごろから持ち直し、2023年度は3億5千万円、2024年度は4億円程度の見込みです。採用倍率は10倍にものぼり、東京、北九州、大阪、奈良、京都などから引っ越してきた社員もいます。10−20代の社員が7割を占め、一時は65%だった離職率も、2024年は5%まで下がりました。
川北さんは「うちはすでに物流2024年問題は解決しています。業界全体が変わるべき時だと感じます」と胸を張ります。
物流を「かっこいいプロ集団」へ
カワキタエクスプレスの倉庫では、休憩中の社員が談笑する姿がありました。
2児の母でもある廣森凛華さん(25)は「高校でパンフレットを見て何となく入り、最初は現場で働きました。産休・育休後に戻り、今は事務をしています。若くて活気があり、居たいと思える職場です」と話します。
ドライバーの岡本幸輝さん(24)は、TikTokを見て「楽しそうやな」と応募しました。「プライベートは尊重してくれますし、運転も楽しいです」
川北さんは「運送業は差別化が難しく、1時間かかる道を10分で行けるといった魔法みたいなことはできません。だから人がすべてなんです」と強調します。
「思いやりがあり親切で、反省でき成長できる。そういう人と仕事をしたい。従業員が夕方、楽しくワイワイと帰ってきてくれるのがうれしいです」
「トラックドライバーは危険と背中合わせで、気を抜いたら命にかかわります。経済活動を支える仕事にもかかわらず、簡単と思われミスマッチしている感じがします。『トラックドライバーは経済を担うかっこいいプロ集団』と思われるよう、業界を底上げしたいです」