「呪術廻戦」の仙台名菓を全国区に お茶の井ヶ田が仕掛けた積極コラボ
岩崎尚美
(最終更新:)
創業100年超を誇るお茶の井ヶ田(仙台市青葉区)は、製茶に加え、あんこと生クリームをもちで包んだ仙台名菓「喜久福」などの和スイーツの製造販売で知られています。4代目の井ヶ田健一さん(42)は、2012年に社長に就任。売り上げ減からの立て直しを図るため、常温商品の開発や不採算店舗の閉鎖などを進めました。人気漫画「呪術廻戦」に喜久福が登場したのを追い風に、2020年から積極的なコラボ企画を仕掛けて人気を全国区に。仙台市郊外に立ち上げた観光物産施設なども核にしつつ、関東、やがては世界へと視野を広げます。
サンドウィッチマンが人気に火
お茶の井ヶ田のルーツは、1920(大正9)年、仙台市で開業した繁田園(1815年に創業した日本茶専門店)の分店です。1935年から初売りで豪華な景品としての茶箱の提供を始め、今も仙台名物となっています。1948年、井ヶ田茶舗に改組し、1967年には製茶工場を立ち上げ、翌年には井ヶ田製茶に社名変更しました。
1977年、井ヶ田製茶の子会社として「お茶の井ヶ田」を設立し、製造と販売を分けました。現在はお茶のほか、菓子や雑貨、農産物などを扱い、仙台市内を中心に約50店舗を構えます。年商は約60億円、従業員数は約600人です。
今でこそ菓子販売が売り上げの4分の3を占めますが、創業から70年ほどはお茶の製造一筋でした。茶葉の酸化を防ぐため、製茶工場と保管用の冷蔵庫を設置し、現在も高品質なお茶づくりにこだわっています。
1993年に店頭で抹茶ソフトクリームの販売を始め、その後「喜久福」やどら焼きの「どら茶ん」などの人気スイーツを次々と開発。1996年には郊外型の直営店「喜久水庵」を開業しました。
長男の井ヶ田さんは、子どものころから初売りを手伝うなど家業に親しんできました。「お茶は体に良いとされ、菓子の取り扱いも始めるとメディアでもたびたび話題になりました。良い商売をしているのだろう、という印象でした」
出生時の名字は父方の今野姓でしたが、祖父母への養子縁組で屋号と同じ井ヶ田姓になったことも、家業を継ぐ後押しとなりました。
慶応義塾大学に進み、卒業後は他社で3年間の営業職を経て、2007年にお茶の井ヶ田に入社します。同じ年、仙台出身のお笑いコンビ・サンドウィッチマンがM-1グランプリで優勝し、看板商品の喜久福を何度も紹介したことで、一気に人気に火がつきました。
「これが喜久福の第一次ブーム。売り上げも爆発的に伸びました」。出店数は2006年の30店舗から、2010年には50店舗に飛躍しました。
震災翌年、突然の社長就任
順調に事業を拡大していた2011年、東日本大震災が発生しました。多賀城本店が津波で被災し、営業停止を余儀なくされますが、復興応援で多くの注文も入りました。
2012年、井ヶ田さんは父・今野克二さん(井ヶ田製茶社長)から「来期からお前が社長な」と告げられ、同年9月、30歳でお茶の井ヶ田社長に就任しました。「本当に突然でした。父は若いうちに挑戦させてみようと考えたのかもしれません」
コンビニスイーツ台頭で経営改革
復興支援で売り上げは一時的に増えましたが、コンビニスイーツの台頭による競争激化で、2013年の売り上げは前年より10%減となります。
井ヶ田さんが取り組んだのが常温商品の開発です。元々は喜久福をはじめ冷凍商品をメインに扱っていました。できたてのおいしさを持続させるためでしたが、冷凍商品は冷凍設備が場所を取るため、売り場面積に限界が生じます。持ち運びにかかる時間も短くなるため、購買層が地元住民に偏る面がありました。
そこで「仙台ひとくちずんだ餅」、「香ばし玄どら」などの常温商品を次々に開発し、観光客向けのラインアップを広げました。常温商品の作り方や保存方法は冷凍食品とは勝手が違いましたが、井ヶ田さんは、これまでに培った取引先などとの人脈を生かしながら、徐々にハードルを乗り越え、拡充したといいます。
売り上げが振るわなかった関東の店舗の閉鎖や、人員シフトの最適化にも取り組みました。
それまで各店ごとにシフト調整していましたが、近隣店をグループ化してエリアマネジャーを配置。人員や在庫を効率的にコントロールできる体制を構築し、エリア内で人員不足の店があれば、余裕のある店から補充するなど、柔軟な対応を可能にしました。
これらの改革で、人繰りや在庫の無駄を削減し、運営効率が向上しました。コロナ禍前後でも売り上げは変わらないまま、10%少ない人員で運営を可能にしました。
「呪術廻戦」で売り上げが急伸
お茶の井ヶ田にとって、2020年10月放送開始の人気アニメ「呪術廻戦」とのコラボは大きな転機となりました。きっかけは、原作漫画の1コマに喜久福が登場したことです。作者の芥見下々さんは岩手県出身で、仙台に住んでいたこともあり、自宅で食べていた経験から作中に登場させたそうです。
井ヶ田さんは、すぐに編集部にお礼状と商品を送りました。その後、アニメ化の際、正式に「喜久福を作品内に登場させたい」という打診があり、快諾しました。
その好機を逃さず、井ヶ田さんは攻めに出ます。喜久福に呪術廻戦のキャラクター・五条悟がプリントされた包み紙を巻き、数種類のキーホルダーを付けました。開けるまでどれが入っているかわからないシークレット仕様にして、購買意欲を高めました。
アニメでは五条悟が「喜久福がいかにおいしいか」を語りながら戦闘を繰り広げるシーンが描かれ、原作以上に露出が増加しました。その後公開された映画のパンフレットに喜久福の広告を出します。キャストのインタビューやグッズ、フィギュアの広告が並ぶなかで異色の存在感を出していたそうです。
全国の量販店から注文が相次ぎ、「第二次喜久福ブーム」が到来。業績は大きく伸び、仙台駅構内での売り上げは倍以上になります。また、大手量販店を中心に北海道から沖縄まで取引先が増加しました。その結果、グループ全体の売り上げは事業承継前と比べて約10億円も増えました。
SNSやコラボも社員主導で
お茶の井ヶ田のメイン顧客は、創業以来一貫して40代以上の女性が中心でした。しかし近年は、呪術廻戦とのコラボやSNS発信の強化で、10~30代も増えつつあります。
X(旧Twitter)の公式アカウントは、2018年ごろまではほとんど稼働していませんでした。しかし、広報担当の社員が自主的に運用を始めて、プレゼント企画やセール情報を定期的に投稿し、フォロワー数は数十から1万以上に急増しました。
コロナ禍でセール情報を積極的に発信したり、呪術廻戦の関連情報も伝えたりした結果、フォロワー数は約7万人(2024年10月時点)に達しています。
商品やキャンペーンだけでなく、他社の企業アカウントとの交流や「中の人」の日常的なつぶやきなど、幅広い発信を行っています。仙台で誕生した人気キャラ「きっこうちゃん」とのコラボも、社員の提案から、2023年に始まりました。
井ヶ田さんは、SNSの運用方法は社員に一任しています。「初めは不安もありましたが、基本的に大きな投資を伴わない限り、社員の発案には反対しないようにしています。仮にうまくいかなくても、『自分たちで何とかしよう』という気持ちがモチベーションとなり、粘り強さにつながりますから」
井ヶ田さんの父も、抹茶ソフトクリームの取り扱いを始めるなど、新事業を次々と立ち上げてきました。老舗企業ながら挑戦へのハードルが低い企業風土を根づかせています。
井ヶ田さんも、積極的なコラボやメディア出演など挑戦を続けています。「雪見だいふく」や「チロルチョコ」とのコラボも話題になりました。
「自社単独よりコラボの方が幅広い層にアプローチできます。大手企業とのコラボではほとんどの場合、相手から声をかけてもらっています。メディアに出る機会が多いので、『おもしろいことをしている会社』と目に留まるのかもしれません」
大型施設でつくりだしたにぎわい
お茶の井ヶ田などが2014年に開業した農業観光施設「秋保ヴィレッジ アグリエの森」は、喜久水庵とは異なる展開を見せています。仙台市郊外の秋保温泉に位置し、地元農家と共同で運営。敷地面積は1万1500坪、総工費10億円にのぼります。
農産物や加工品、自社商品など約500種類を販売するほか、フードコートや散策用のガーデンなども兼ね備え、観光客だけでなく地元住民も引き付けています。2023年度の来場者数は約150万人になりました。
プロジェクトは「観光物産館を開設したい」という父の思いを発端に、井ヶ田さん主導で進めました。
建設予定地は当初、市街化調整区域で開発できない土地だったといいます。井ヶ田さんは、農家の後継ぎ不足解消や、耕作放棄地の活用といった意義を行政に訴え、10年以上かけて開発許可を得ました。
農産物の販売は利益が薄いものの、定期的な買い物需要を喚起し、地元住民を引きつけることで地域の農地を守っています。来場者の車の7割が県内ナンバーだそうです。
2027年には宮城県白石市の「道の駅しろいし」(仮称)内に秋保ヴィレッジ同様、農産物を含む物販施設の開業も予定しています。
工場建設も関東進出も動き出す
お茶の井ヶ田は現在、新たな取り組みを複数走らせています。
その一つが、2025年の稼働を目指す新工場の建設です。完成すれば、現在の2倍にあたる1日8万個の喜久福を製造できる体制が整う見込みです。
知名度を一層高めるため、関東への出店計画も進行中で、将来的には海外展開も視野に入れます。
「関東の常設店が軌道に乗れば、売り上げや収益面で大きなインパクトがあります。地元では、秋保ヴィレッジで10年間培った運営ノウハウを生かし、『道の駅しろいし』を盛り上げて地域活性化のお手伝いをしたいです」