目次

  1. 減価償却とは
    1. 個人事業主と法人では扱い方が違う
    2. 減価償却の対象となるもの
    3. 減価償却の対象外となるもの
  2. 減価償却をしないことによる影響
    1. 資金調達への悪影響 
    2. 税負担の増加
    3. 損益の不明瞭化
  3. 減価償却をするメリット
    1. 適切な損益把握
    2. 節税の効果
    3. 信頼性の向上
  4. 減価償却するかしないか 判断のポイント
    1. 赤字の場合
    2. 赤字を過剰に拡大させたくない場合
    3. 利益を大きく見せたい場合
    4. 一時的なキャッシュフローの都合
    5. 特別な税務戦略による場合
  5. 減価償却をしないと判断したときの注意点
  6. 減価償却を正しく行うことの意味

 減価償却とは、企業が保有する固定資産の取得コストを、その資産の耐用年数にわたって費用として計上する会計処理です。  

 たとえば、設備や建物は長期間使用されるため、その購入費用を一度に費用として計上すると、会計上の収益と費用のバランスが崩れてしまいます。そのため、減価償却を通じて各年度に均等に費用を分配し、適正な損益計算を行うことが必要です。  

 減価償却を行う理由には、以下のような目的があります。 

減価償却を行う理由
損益の正確な把握 収益と費用を対応させることで、真の利益状況を把握する
資産の減価を反映 経年劣化や使用による価値の減少を会計上反映する
節税効果 減価償却費を計上することで課税所得を抑える

 個人事業主と法人では、減価償却の扱い方に以下のような違いがあります。

個人事業主 減価償却は強制償却が原則であり、固定資産を保有している場合には必ず減価償却費を計上する必要があります
法人 減価償却は任意償却が認められており、計上しない選択肢もあります。ただし、計上しない場合は利益が増え課税額が増えるため、法人税負担の増加に注意が必要です

 この違いは、税務署が利益計算をどのように判断するかに影響を及ぼします。特に法人の場合、適切な減価償却を怠ると、金融機関からの信頼を損ねるリスクがあります。

 減価償却の対象となるのは、一般的には使用期間が1年以上で、取得価格が10万円以上の固定資産です。主な例を以下に挙げます。

減価償却の対象となるもの
建物・建物付属設備 事務所や工場などの建物、エレベーターや空調設備  
機械装置 生産設備や製造機械
車両運搬具  業務用の車両
器具・備品 事務机やパソコンなど

 これらの資産は、それぞれ税法で定められた耐用年数に基づいて減価償却を行います。  

 土地や美術品・骨董品などの資産は、減価償却の対象外です。減価償却費として計上できないため、貸借対照表上に計上したまま減価償却せずに処分時に帳簿から落とすか(土地、美術品など)、取得時に一括費用計上する(短期利用資産)形となります。  

減価償却の対象外となるもの
土地 永久的に使用できるため、価値が減少しないとみなされます
美術品・骨董品 価値がつけがたく、売却時に「固定資産売買損益」としてコスト・利益の判断をします
短期利用資産 取得価格が10万円未満または耐用年数が1年未満のものは減価償却の対象外です

 減価償却を行わなくても、法律上の問題はありません。しかし、企業会計原則の観点からは「減価償却は行うべきもの」とされています。減価償却をしないと、以下のような影響を受ける場合があるのです。

減価償却をしないことによる影響
・資金調達への悪影響
・税負担の増加
・収益の不明瞭化

 減価償却をしない場合、金融機関から利益が操作されていると受け取られる可能性があり、信頼を落とす可能性があります。減価償却を行わなければ、収益と費用が対応せず、金融機関側から見ると決算書を操作している(厳しく言えば粉飾)と受け取られかねません。具体的には、利益を多く見せていたり、資産を多く見せていたりするのではないかと疑われる可能性があるのです。

 前者は費用の非計上、後者は本来であれば減価償却をすることにより、固定資産を10であげるべきところ、100の簿価になっているようなこともままあります。さらに、次年度以降上乗せで減価償却をしない限り、何年も資産を多く見せている状態が継続してしまいます。

 よって、そのような会社においては、利益がかさ上げされており、実質的に借入返済能力がない、とみなされる場合があります。信頼が落ちてしまうと、適時適切な時期にお金が借りられないといった事態も引き起こしかねません。

 減価償却を行わない場合、課税所得が増加し、それに伴い法人税額も増えます。減価償却費は、耐用年数に基づき資産の価値を一定の割合で経費として計上する仕組みですが、これを行わないと、資産の使用に伴う減価が費用として認識されないため、利益が過大に計上されることになります。その結果、税務上の課税対象額が大きくなり、支払うべき税金が増えるのです。

 また、赤字であっても減価償却費を計上することが重要です。赤字であれば法人税は発生しませんが、欠損金を翌期以降に繰り越すことで、将来の課税所得を相殺する仕組みがあります。この欠損金をより多く繰り越すためには、減価償却費を適切に計上しておく必要があります。

 特に、将来的に黒字転換が見込まれる企業にとっては、赤字決算時にも減価償却を行うことで長期的な節税効果が得られる可能性が高まります。

 減価償却を行わない場合、収益と費用の対応が取れなくなり、企業の正確な損益状況を把握することが困難になります。

 例えば、減価償却をしていないことで簿価では100あるところが実際に処分すれば10程度しかない固定資産を考えてみます。この固定資産は処分すれば多額な損失を内包しているにもかかわらず、会計上それを反映しないことで資産が過大に見え、かつ将来的に被る損失が見えにくくなることがあります。

 このような状況では、経営者が企業の実態よりも楽観的な判断を下してしまう可能性があり、不適切な投資や経営判断に繋がるリスクが高まります。

 さらに、損益の不明瞭化は経営戦略にも悪影響を及ぼします。例えば、減価償却費を計上しておけば資産の更新や設備投資のタイミングを計画的に管理できますが、減価償却を行わない場合、これらの意思決定が遅れたり、判断が誤ったりする可能性があります。

 このような経営の混乱は、長期的に企業の競争力を低下させる原因にもなり得ます。正確な損益計算を通じて、収益性や費用構造を明確にし、持続可能な経営を実現するために減価償却の意義を再確認する必要があります。

 減価償却をすることで、以下のようなメリットを得られます。

減価償却のメリット
・適切な損益把握
・節税の効果
・信頼性の向上

 減価償却を行うことで、収益と費用を対応させ、企業の実態に即した損益を把握できます。例えば、企業が設備投資を行い、その設備が稼働して収益を生む期間にわたって、その価値を費用として計上するのが減価償却です。

 これにより、利益が過剰または過少に計上されるのを防ぎ、経営判断に必要な正確なデータを得られます。不適切な損益把握は、例えば過剰投資や収益構造の見誤りといった経営ミスを招きかねません。

 減価償却を適切に行うことで、経営者は長期的な戦略を立てる際の信頼できる基礎データを手に入れられます。  

 減価償却費は、費用として計上しても現金が現実には流出しない非現金支出項目であり、利益の一部を費用として扱うことができます。これにより課税所得を減少させ、法人税の負担を軽減する効果があります。

 例えば、10年間にわたって減価償却を行うことで、一定額ずつ課税所得を抑え、毎年の税負担を平準化できます。特に設備投資が多い企業では、この節税効果がキャッシュフローに大きく寄与します。

 赤字の場合でも、減価償却費を計上することで将来にわたる欠損金の繰越控除の恩恵を受けられるため、長期的な税負担軽減に有効です。こうした効果により、現金の流出を抑え、企業運営を安定化させることができます。  

 適切な会計処理、特に減価償却の実施は、財務諸表の信頼性を高めます。これにより、金融機関や取引先に対して透明性の高い財務赤字でも減価償却はするべき状況を示せるため、資金調達や商談の際に有利な立場を得やすくなります。

 減価償却を怠ると、収益が過剰に計上される、または資産が過大に見えるなど、財務諸表の歪みを生じさせる可能性があります。金融機関はこうした不適切な会計処理に敏感であり、場合によっては粉飾決算とみなされるリスクもあるため、適切な減価償却は信頼関係の基盤となります。

 特に、成長段階にある企業にとっては、信頼性の高い財務諸表が外部資金調達をスムーズに進める鍵となります。

 減価償却を適切に行うことは、決算書の透明性を確保し、経営の信頼性を高める基本です。透明性の高い会計処理は、企業の財務状況を正確に示し、金融機関や取引先がその企業を客観的に評価するための重要な要素となります。つまり、どのような場面であっても基本的には「減価償却はするべき」といえるでしょう。

 経営方針や特別な事情によって、どうしても減価償却を計上したくない場合には、慎重な判断と十分な検討が必要です。以下のようなケースでは、減価償却を計上しないことを選択肢とする場合がありますが、それに伴うリスクと影響を把握することが重要です。

 たとえ赤字であっても、減価償却費の計上は重要です。なぜなら、減価償却費は非現金支出であり、実際に現金の流出を伴わない一方で、将来的な税負担の軽減に大きく寄与するためです。

 例えば、欠損金(赤字額)は翌期以降に繰り越して利益と相殺することが可能ですが、減価償却費を計上しておけば、この繰越欠損金をさらに大きくでき、将来黒字になった際に課税所得を効果的に抑えられます。

 また、金融機関の目線から見ても、減価償却を行っていない企業は資産の管理が甘く、適切な経営判断が行われていないと判断される可能性があります。

 赤字の状況下でも、正確な財務処理を行い、実態を反映した決算書を作成することで、金融機関や取引先からの信頼を維持できます。特に、融資を受けたい場合や経営改善を進めたい場合、こうした信頼が大きな後押しになります。

 赤字が深刻な場合、さらに減価償却費を計上すると決算上の損失額が大きくなり、金融機関からの融資審査に悪影響を及ぼすと懸念される場合があります。この場合、資金繰りや信用力の維持を優先して減価償却を見送ることが考えられます。ただし、これも中長期的には経営への悪影響が大きくなる可能性があるため注意が必要です。

 金融機関や投資家との関係で、決算書上の利益を高く見せる必要がある場合、減価償却を見送ることで利益を増やすことができます。ただし、この方法は短期的な目的達成には有効かもしれませんが、将来的な法人税負担の増加や資産の実態を隠しているとみなされるリスクが伴います。

 非現金支出である減価償却をあえて行わないことで、帳簿上の利益を確保し、金融機関の信用枠や契約条件を一時的に維持したいという判断があるかもしれません。しかし、減価償却の未計上による帳簿操作とみなされるリスクや、資産価値が適正に評価されない問題が発生する恐れがあります。

 特定の税制優遇措置を受けるため、減価償却を遅らせたり調整したりするケースがあります。たとえば、適用可能な税額控除や繰越欠損金とのバランスを取るため、計画的に減価償却のタイミングを調整することも考えられます。

 ただし、このような戦略を採用する際には、税理士や会計士と十分に相談し、税務上の適正性を確認する必要があります。

 減価償却を行わない選択をした場合でも、その理由と影響をきちんと説明できるようにしておく必要があります。また、未計上の減価償却費が将来どのように影響を及ぼすかについても十分にシミュレーションを行い、経営判断の根拠を明確にしておくことが大切です。

 特に、資産の実態を正しく評価し、将来的な経営計画や資金繰りに悪影響を与えないか、慎重に検討する必要があります。

 適切に減価償却を行うことで、課税所得の減少による節税効果を得られるだけでなく、キャッシュフローの改善や将来的な資金調達の円滑化といったメリットが期待できます。また、正確かつ透明性の高い決算書の作成は、金融機関や取引先との信頼関係を築く上で非常に重要な要素です。この信頼性は、長期的な事業運営や新たな成長戦略を描く際の基盤となります。  

 経営者としては、減価償却を単なる「経理業務の一環」として税理士任せにするのではなく、経営の視点から積極的に活用する姿勢が求められます。減価償却費の計上は、企業の中長期的な経営計画を支える重要な戦略要素です。

 事業の現状や将来展望を踏まえたうえで、どのように減価償却を取り入れるべきかを、税理士や中小企業診断士、金融機関と相談することを推奨します。  

 減価償却の適切な活用は、短期的な数字合わせではなく、企業全体の持続的な成長と安定を支える基盤づくりに直結します。経営目的を明確にし、経営判断の一環として計画的な減価償却を行うことが、経営者としての重要な責務と言えるでしょう。