会社法改正へ2025年に議論 論点は株式対価M&Aや書面決議も
会社法の改正の方向性について、経済産業省の立ち上げた「稼ぐ力の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」が報告書をまとめました。従業員・子会社の役職員に対する株式の無償交付、株式対価M&A、社債権者集会のバーチャル化、責任限定契約、バーチャルオンリー株主総会、非上場企業の書面決議などが論点になりそうです。
会社法の改正の方向性について、経済産業省の立ち上げた「稼ぐ力の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」が報告書をまとめました。従業員・子会社の役職員に対する株式の無償交付、株式対価M&A、社債権者集会のバーチャル化、責任限定契約、バーチャルオンリー株主総会、非上場企業の書面決議などが論点になりそうです。
経産省の公式サイトによると、日本企業の「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス改革の進め方や会社法の改正の方向性等について検討するため、2024年9月、「稼ぐ力の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」(座長:神田秀樹 東京大学名誉教授)を立ち上げ、議論してきました。
法務省も「会社法制研究会」で会社法改正に向けた議論を進めており、2025年に今回の報告書の内容も含めて検討する見通しです。
経産省の公式サイトで公開されている「稼ぐ力の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会会社法の改正に関する報告書」をもとに論点を紹介します。
報告書は「従業員に対して株式を付与することは、企業価値や株価に対する意識を高める効果や、帰属意識の醸成効果が期待でき、企業価値を高めていく上で有意義と考えられる」と指摘しています。
ただし、日本企業で従業員に対して株式を付与する企業数は増加傾向にあるものの、欧米諸国と比較すると、依然として低い水準にあります。
2018年の会社法改正で、取締役及び執行役に株式の無償交付が認められましたが、従業員に対しては認められていません。
そのため、従業員に株式を付与する場合は、金銭債権を会社側に現物出資するという技巧的な方法をとらざるを得ず、説明や会計上の処理において実務上の負担が生じています。
また、子会社の役職員へ株式を付与する際も、発行会社と子会社の間で併存的債務引受契約を締結した上で、金銭債権の現物出資が行われ、各子会社から発行会社への金銭の支払事務負担があります。
報告書は子会社の役職員への株式の無償交付について、懸念点への説明もしたうえで、「グループ全体の企業価値を向上させるという観点から、子会社の役職員に対しても株式を付与することは有意義である」と結論付けています。
ただし、完全子会社ではない子会社の役職員を対象に含めるかについては、親会社の利益を優先して子会社の少数株主の利益を害するという不適切なインセンティブとなる可能性があるため、慎重な検討が必要です。
日本企業が実施するM&Aでは、現金のみが対価とされることが一般的ですが、上場会社の株式の流動性を活用し、自社の株式を対価とすることで、現金対価では実現が困難な大規模なM&A取引を行うことが可能になります。
実際に、米国では、Googleなどが、成長初期から株式を対価に用いたM&Aを活用し、急速な成長を遂げています。
2018年の会社法改正で、株式交付制度が設けられ、自社株式を対価として他の株式会社を子会社化する取引が、組織再編だとして現物出資規制の対象外とみなし、株式交付により株式対価M&Aをするケースがあります。
しかし、株式交付の対象は、国内の株式会社の議決権過半数を取得する場合に限られており、外国会社を子会社化する場合や、既に議決権の過半数を取得している会社の株式を追加取得する場合等においては利用が認められていません。
また、株式交付に反対する株式交付親会社の株主に株式買取請求権が認められており、株式交付親会社において、不測の金銭の支出が発生する可能性があるため、株式交付制度を利用する上で障壁となっています。
近年では、外国会社を対象とするM&Aも活発に行われているため、外国の会社を子会社化する場合も含めて、株式交付の対象を拡大するとともに、株式交付に必要な手続きを緩和することは、株式対価M&Aを活性化する上で重要だと報告書が指摘しています。
具体的には、①外国会社を子会社化する場合、②既に議決権の過半数を取得している会社の株式を追加取得する場合、③子会社とする場合(実質基準子会社化)も対象とすることが望ましいと指摘しています。
社債は、借入に比べ、償還年限を比較的長期に設定できるため、大規模な設備投資を実施する際の資金調達手段として用いられることが多く、M&Aにおける買収資金のリファイナンス手段としても活用されています。
しかし、国内の民間非金融法人企業が利用するデットファイナンスのうち、8割以上を借入が占めており、社債の利用は約1割と低水準にとどまっています。
社債の活用が進まなかった要因は、銀行による融資の金利が低かったことなど複合的ですが、社債権者保護が十分に図られていなかったこともあると報告書は指摘しています。
今後、企業による資金調達の選択肢として社債の活用を進めていくためには、社債権者保護のさらなる充実を図る必要があり、そのためには、実効的なコベナンツ(特約条項)を付与することが有意義です。実効的なコベナンツを付与するためには、社債権者集会を迅速に開催できることが重要です。
現行法上、バーチャルのみで社債権者集会を開催することはできないため、社債権者集会の開催に際しては、物理的に出席可能な会場の確保が必要となり、社債権者集会の機動的な開催の障壁となっています。
また、ハイブリッド型での開催の可否も解釈に委ねられており、社債権者集会の開催方法の選択肢を狭めています。
社債権者集会のバーチャル化を実現し、迅速かつ機動的な社債権者集会の開催を可能とすることは、企業の成長資金調達の重要なツールの一つである社債市場の活性化につながるため、基本的に(バーチャルオンリー型・ハイブリッド型)株主総会と同様の制度設計とすることが考えられると結論付けています。
持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を実現するためには、中長期目線での攻めの成長投資をするためには、リスクテイクを後押しする必要があります。
現行法では、業務執行取締役・執行役の任務懈怠責任(会社に損失を生じさせた場合の損害賠償責任)の全額を免除するためには総株主の同意が必要とされています。
また、業務執行取締役等に悪意や重過失がなく、その一部を免除する場合も、その都度、株主総会の特別決議等の手続きをとることが必要とされています。そのため、業務執行取締役等において、悪意や重過失なく負担した任務懈怠責任についても、免除されるか否かについて予見できない状況となっています。
会社に対する任務懈怠責任を予め一定額に限定する「責任限定契約」は、悪意や重過失なく任務懈怠責任を負担した場合の責任上限額を定めるものであり、業務執行取締役等が個人で負担するリスクの予見可能性を高めるものと考えられます。
しかし、現行法上、業務執行取締役等は責任限定契約を締結することができないため、リスク回避的となり、大胆な経営戦略の実現の妨げになっているとの指摘があります。
多くの企業では、業務執行取締役などとの間でD&O保険契約を締結しています。しかし、D&O保険では補償上限額や支払除外事由が規定される場合もあります。
そこで、経営者の適切なリスクテイクを可能とし、大胆な成長戦略の実現を後押しするという観点から、業務執行取締役等も責任限定契約を締結できるようにすることが望ましいと報告書は指摘しています。
企業が株主とのエンゲージメントを行っていくためには、株式の議決権の指図権限を有する実質株主が誰であるかを把握することが必要です。
しかし、現行制度では、大量保有報告制度の適用対象となる場合を除き、企業が実質株主を把握する制度は存在しません。
また、大量保有報告制度は、市場の透明性・公正性を高め、投資者を保護することを目的とする制度であり、企業がエンゲージメントの際に利用する情報としては、不十分な場合もあります。
その結果、多くの上場企業が定期的に実質株主判明調査をしていますが、把握できる株主の範囲に限界があることや、調査に多額の費用負担が発生することが課題として指摘されています。
そこで、報告書は欧州諸国の制度を参考に、株主名簿上の株主「名義株主」の背後にいる議決権指図権限等を有する「実質株主」を把握できるようにする仕組みを提言しています。
株主総会は、企業と株主の対話の場として考えられてきましたが、開催に多額の費用・人員が必要となり、非効率を指摘する声もあります。
バーチャルオンリー株主総会(物理的な会場を設けることなく、取締役や株主等がインターネット等の手段を用いて出席する株主総会)は、物理的な会場の確保が不要となり、運営コストの低減を図ることができます。
また、株主総会をバーチャルで開催する場合は文章での質問がなされるため、口頭による場合に比べて、質問の趣旨が明確となり、株主とのコミュニケーションが円滑になったという意見もあります。
現行会社法では、バーチャルオンリー株主総会を開催することはできないとの意見が有力であるため、産業競争力強化法が会社法の特例を措置し、これを可能としていますが経済産業大臣及び法務大臣の確認を受けることが必要とされており、企業にとって一定の負担が生じています。
そこで、会社法上、バーチャルオンリー株主総会の開催を可能とし、確認手続きを不要とすることが望ましいと報告書は指摘しています。
そのなかで、デジタルデバイドの株主の利益確保への配慮措置として、事前の書面による議決権行使を認めている企業においては、追加的な措置を不要とすることが望ましいと考えられると述べています。
また、通信障害対策については、審査基準に例示されたシステムを用意するには企業に相応の負担が生じているため、開催要件とはしないことが望ましいとも述べています。
さらに、通信障害が発生した場合の株主総会決議の取り消しリスクを低減するため、企業が通信障害の対策を十分に行っていた場合は、通信障害に起因する株主総会決議取消事由の範囲を限定する(例えば、故意又は重過失による場合に限る)ことが望ましいとしています。
株主総会で濫用的に株主提案権が行使された結果、企業において多大な対応コストが発生し、他の株主との建設的・実効的なコミュニケーションに時間と労力を割くことが妨げられている事例が見られます。
現行法上、総議決権の1%以上または議決権300個以上を6ヵ月以上保有する株主は株主提案が可能とされています。しかし、近年、株式分割が進み、非常に少数の議決権割合しか有しない株主であっても株主提案が可能となり、濫用的な株主提案がなされています。
2018年の会社法改正では、議決権数を基準とした要件の削除について議論が行われたものの、改正が見送られましたが、今回あらためて株主提案権の要件のうち、議決権数を基準とする要件(議決権300個)は廃止することが望ましいと指摘しています。
代替的に、投資金額の要件(例えば、一定金額以上の市場価額の株式を保有していること)や、株主人数の要件を設定することなども今後検討する必要があるといいます。
書面決議とは、株主の全員が株主総会議案について書面等により同意の意思表示をした場合は、実際に株主総会を開催することを要しないとする制度のことを指します。
非上場会社は、相対的に少数の株主により株式が保有されていることにより、書面決議などの制度を生かして迅速な意思決定に基づく柔軟な経営を行うことができると考えられています。
しかし、非上場会社でも、ごく少数の株主の同意が得られないこと等により書面決議を利用することができない事例があります。特に、スタートアップ企業は、株主が多数となっていることも多く、株主のうち1人でも連絡が取れない等の理由により書面決議が利用できない状況があります。
そこで、報告書は非上場会社について書面決議要件の緩和を検討することが望ましいとしつつも、株主の利益が害される可能性があることから、以下の措置等を含め、制度設計について検討していく必要があるとしています。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。