研究者や議員秘書を経験
1923年創業のヨシダは早くから原子力関連事業に携わり、1960年代からはウランやプルトニウムなど核燃料物質を閉じ込めるグローブボックス(密閉容器)の製造など独自の密閉技術で、成長を遂げました。東京電力、JAEA(日本原子力研究開発機構)、JAXA(宇宙航空開発機構)などが主要取引先で、年商は約14億円、従業員数は72人です。
東京電力と開発したグローブボックス(ヨシダ提供)
米川さんは岡山県出身で、茨城県にある母方の祖母の会社は身近ではありませんでした。東京薬科大学大学院博士課程を出て、2012年からはドイツの大学で生命科学研究者として活動していました。
しかし創業100年を控え、ヨシダの後継者難が表面化し、30歳の米川さんに声がかかります。
米川さんがヨシダに入る準備として選んだキャリアは、茨城県選出の国会議員の秘書でした。「まず茨城県を知り、社員が住む環境も知らなければいけない。人脈を作る必要がありました」
2014年から2年8カ月、政策秘書として走り回り、地域に根差す下地を作りました。
「一番素人な経営者」の奮闘
入社したヨシダでは、いきなり副本部長に就きます。専門外の米川さんが自分で動ける仕事はありません。社内の動きを見ると、ベテラン営業は自分の担当先で手いっぱいで、新規問い合わせは後回しになりがちという課題が分かりました。
「新規問い合わせは全部私が受けると決め、分からないことを現場の先輩方に一つずつ聞いて覚えました」
自身を「一番素人な経営者」と称し、その立場を逆に生かそうとしたのです。「プロの社員たちが苦手とする部分に私が入る。足りていないところを補うのが経営者の役割です」
ヨシダの社屋と工場(ヨシダ提供)
研究者としての思考はヨシダでも生きました。「例えば、溶接作業では歪みが発生しますが、技術者は感覚で曲がることを分かっています。一方で論理的に説明することが苦手な場合、熱がかかって曲がる理由を探り、こうすれば防げるというように、データと科学的エビデンスに基づいて説明することで、部署間の理解も深まりました」
ヨシダの製造工場
量産から「一品もの」に
米川さんは社長就任前から、創業以来の事業モデルの課題が見えていました。最たるものが主力製品のグローブボックスです。
ウランやプルトニウムといった核燃料物質を閉じ込めるグローブボックスを製造できる中小企業はヨシダだけといいます。東京電力、JAEA、三菱重工など名だたる原子力関連の企業・団体に広く採用されています。
使用済み核燃料から取り出したプルトニウムと二酸化ウランを混ぜたMOX燃料、廃炉事業から放射線医薬品まで扱い、その高い密閉性は劇物やウイルスの隔離にも応用され、高く評価されてきました。
しかし、製造においては多重下請け構造に組み込まれていたため、原子力分野に求められる高い品質管理が困難になるうえ、価格も大きく膨れ上がるという課題がありました。
2020年の新型コロナウイルスの感染拡大が、大きな転換点となりました。
「コロナ禍で周りが思うように業績が上がらないなか、量産化ではなく(付加価値の高い)一品ものに振り切ることを決断したんです。多重構造を見直し、エンドユーザーと直接取引する体制に転換した結果、過去最高益を記録しました」
米川さんは2022年、37歳で代表取締役に就任。専務の母と、顧問の父にも支えられ、挑戦を進めました。
ガラス固化設備の製造に貢献
「一品もの」の代表例が、高レベル放射性廃棄物用のガラス固化技術を支える設備の製造です。ウランやプルトニウムを取り出した廃液をガラスと固化させ、安定化を図るもので、設備の製造には高難度の溶接技術が求められます。
大手メーカーを通じてJAEA3号溶融炉の主要部品の製造をオファーされ、米川さんは迷わず引き受けました。
「多額の開発コストがかかり、溶接が失敗したらその瞬間に会社がつぶれる」というほどの重圧を乗り越え、高い溶接技術を持つ社員を中心に全社一丸となって成功を収めました。「もっとも難しい溶接技術に成功し、社員に大きな自信がつきました」
「困ったときはヨシダさん」
ヨシダの強みは、設計・機械加工・製缶溶接の三位一体による一貫生産体制です。以前は職人気質が強く、部門ごとのコミュニケーションが少なかったといいますが、米川さんは社長就任後、クライアントとの相互理解を深めるような組織にしました。
「一般的には営業担当者だけが窓口になりますが、当社は違います」。営業、設計、生産管理、製造、品質保証といった各部門のメンバーがクライアントとの打ち合わせに出席。社内の情報共有をスムーズにして、スピード感をアップしました。
製造においても顧客本位の取り組みを加速しています。
付加価値の高い技術が事業の柱です
設計者がDIYで断熱材を使って実寸大の模型を自主的に作成。顧客とすり合わせながら、製品の使い勝手や見え方を事前に確認しています。
また、放射性物質の付着を防ぐため、製品は徹底的に磨き上げます。「価格と機能が同じなら、見た目の美しい方が選ばれる」と、デザイン性も重視しました。
2023年末には、福島第一原発の処理水の担当者から「トリチウムの漁獲物への影響を調べたいので、分析工程を急いで隔離できるようにしたい」と相談されました。ヨシダは金属加工が専門ながら、テント業者と連携して急ピッチで特殊な隔離スペースを製作しました。
「困ったときはヨシダさん、という風になってきています。できないと言わず、どうすればできるかを考えています」
ベンチャーや大手と高めた廃炉技術
米川さんはさらに「グローブボックスで培った密閉技術や遮蔽技術を、他の分野でも生かせないか」と考えていました。目を付けたのが、福島第一原発の廃炉作業にあたる作業員の負担軽減です。
現状では、作業場までの移動に2時間、作業時間4時間、帰りの移動に2時間を要し、防護服が毎日何千着と廃棄されているといいます。
そんななか、廃炉技術を提供するフランスの企業が「廃炉作業で開発した技術は世界中への広告効果になる」と語ったのを聞き、米川さんは強い危機感を覚えました。
グローブボックスの技術の応用を図りました(ヨシダ提供)
2022年6月、遠隔操作ロボットの開発を手がけるベンチャー企業と新会社「スペースロボティクス」を設立。両社の技術をかけ合わせ、グローブボックスを用いて手作業で進めていた分析作業が、遠隔操作で実施できるようになりました。
国のGo-Tech事業(成長型中小企業等研究開発支援事業)の支援も受け、福島大学と新たな開発体制を構築しています。
昨今、ヨシダのような老舗の中小企業が、ベンチャーと組むケースも増えています。米川さんが協業で気をつけているのは、相手企業の経営方針の見極めです。
「エクイティファイナンス(株式による資金調達)を実施している企業は、株主の意向が強く、短期的な収益を求められがちです。廃炉のような長期的な取り組みには合いません。また、アピールに力を入れすぎている企業も、中身が追いついていない場合が多い。私たちは対等なパートナーとして、自社の技術に本当の付加価値をつけてくれる企業を探しています」
風通しの良い組織が土台に
事業成長に向けて、人材獲得の幅も広げています。
最近は大手メーカーで設計を担当していた女性が「ものづくり全般に関わりたい」と転職して社内で大活躍しているといいます。また、名古屋大学大学院で生命科学を学んだ人材も入社し、JAXAのマウス実験プロジェクトを手がけるなど、高度な専門性を持つ人材が集まっています。
専門人材の採用面接には社員が同席することもあり、「一緒に(仕事を)やれる人かを見てもらいます」といいます。
「今は(社員に)全部任せる、というのを増やしているタイミングです。任せた人が失敗しても、責任取るのは経営者なので。中小企業は大手のように同じ人材を集める必要はなく、尖った人材を集めて六角形を作ればいい。私は何かに特化した人が大好きなんです」
フラットな関係性を重視しています
例えば、トリチウム水の分離プロジェクトでは、有機溶媒入りの廃液処理という課題に対し、生命科学を学んだ社員とベテランの設計部門の社員が協力し、実証しています。
社内はチャットツールの活用で、組織のフラット化と情報共有も徹底。毎週の粗利率を共有したり、経営状況を開示したりしています。「悪い情報ほど早く共有する。不具合が起きたことを叱るのではなく。その原因を徹底的に追及し全社へ共有する」という方針で、風通しの良さを重視しています。
専門やキャリアの違いを超え、協力し合える体制づくりを進めています
廃炉技術を医薬品や宇宙開発にも
ものづくり企業が後継者不足や海外企業との価格競争といった課題に直面するなか、米川さんは、優れた技術を持つ会社との連携に活路を見い出しています。
「後継者不足の会社については、連携出来る技術であれば積極的に協業したいと考えています。海外企業とも、自分たちがフロントに立って『一緒にやりませんか』と提案する。そんな独自路線を目指しています」
最近では小型原発に着目しています。米アマゾンなどがAI用のデータセンターの電力需要に対応するために投資し、宇宙開発企業も月や火星での電源として注目しています。米川さんが見据えるのは、その先の可能性です。
「原子力と宇宙は、どちらも放射線があって密閉が必要という共通点があり、相性がいいんです」
ヨシダは「はやぶさ2」回収試料の分析装置開発に携わった経験をベースに、2024年、ISSきぼう船内で運用する自動実験システム「GEMPAK」のクリーンベンチ系開発を担当することが決まりました。
2027年には国際宇宙ステーションに、ヨシダのグローブボックスが搭載される予定です。宇宙でのマウス解剖実験で、ホルマリンなど有毒物質の漏洩を防ぐために使われます。
「将来は月や宇宙での原発建設プロジェクトに携わりたい。そうすれば、原子力の新しい分野が開けるはずです」
米川さんは「様々な分野から依頼を受ける会社にしたい」と言います
売上高は一番どん底だった頃から3倍に成長しましたが、「従業員は積極的には増やしていません。尖った人材を集め、一人あたりが稼げる会社にしていきたい」といいます。
「FROM DECOMMISSIONING TO SPACE」(廃炉から宇宙まで)というヨシダのビジョンには、米川さんの意志が込められています。
「原子力で育った会社として、廃炉には生涯かけて携わりたいです。それらを我々の世代は負の遺産と捉えるのではなく、その技術を医薬品や宇宙などに応用し、イノベーションを起こしていきます」
米川さんは「尖った人材」を集め、廃炉技術を基盤にした価値を創造しようとしています
生命科学の研究者から政策秘書、そして経営者へ。全く異なる分野での経験が、新たな価値を生み出しています。
「点と点を線でつなぐのが、私の一番好きなことかもしれません」
100年企業の新たな挑戦は始まったばかりです。