大量退職から「オーダーメイドな働き方」へ 働く女性が増えた水野ミリナー

創業100年超の婦人帽子の専門メーカーである水野ミリナーは、4代目の五十嵐敬太郎さんが社長就任時に社員が大量退職してしまいます。しかし、これを機に、従業員と経営者は対等な関係であると考えるようになり、従業員一人ひとりが本当に望む働き方や仕事に耳を傾け、可能な限り応対する会社となりました。その結果、従業員の7割が女性となり、売上や営業利益増、離職率低下などの成果も生まれています。
創業100年超の婦人帽子の専門メーカーである水野ミリナーは、4代目の五十嵐敬太郎さんが社長就任時に社員が大量退職してしまいます。しかし、これを機に、従業員と経営者は対等な関係であると考えるようになり、従業員一人ひとりが本当に望む働き方や仕事に耳を傾け、可能な限り応対する会社となりました。その結果、従業員の7割が女性となり、売上や営業利益増、離職率低下などの成果も生まれています。
目次
水野ミリナーは水野匡平さんが、1924年に創業しました。ミリナーとはイタリアの都市ミラノを語源とし、特に女性用の帽子を製作・販売する職人やメーカーを指す言葉です。まさに社名どおり、帽子専業メーカーとして素材開発なども含め、全国各地の百貨店で取り扱う婦人用帽子を100年以上にわたり作り続けています。
五十嵐さんは創業家一族ではありません。入社したのは1998年。当時、飲食店で働いており、客であった札幌事業所の所長が五十嵐さんの働きぶりを見て、水野ミリナーにスカウトしたのがきっかけでした。
そして、札幌事業所の売上を3倍に伸ばすなど期待に応えます。すると先代(3代目)は独身で子どもがいなかったこともあり、次期社長候補として五十嵐さんを東京本社に呼び寄せます。
「帽子メーカーは老舗が多いこともあり、売上をさらに高めようというよりも、現状維持で満足している会社が、当社も含めて多いように感じました。だから積極的に営業をかければ、成果が出ると思いました」と五十嵐さんは振り返ります。
実際、水野ミリナーも毎年売れる定番商品を淡々と、五十嵐さんの言葉を借りれば無理せずのんびりと、作り続けていました。
一方で、五十嵐さんは東京本社に移ってからも積極的に新規販路の開拓や、新たな売れ筋商品の開発などに躍起になっていました。当然、従来のやり方の古参従業員とは衝突します。
「言い合いはしょっちゅうでしたし、場合によっては先輩に私がダメ出しをして、喧嘩になるようなこともありました。ただ、自分がというよりも売上を伸ばすことが会社のためになると考え、動いていました 」
社長になったのは2014年、36歳のときでした。予定よりも大分早まったことで、関係会社への挨拶まわりなどに、就任当初は忙殺されていました。すると、以前から五十嵐さんのやり方に不満を抱いていた社員が、このままでは以前よりもさらに厳しい働き方を要求されるのではないかと辞めていきます。
当初は定年間近のベテランだけでしたが、不安に思った若手社員も辞め、気づけば、本社従業員の約4分の1が退職していました。残った社員の負担は増え、業務に支障が出るような事態にもなりました。
一方で、五十嵐さんのやり方に共感するメンバーが残ったこともあり、会社全体の雰囲気はそれほど悪くありませんでした。むしろ逆で、これからに期待をしていた従業員も少なくありませんでした。
元々別の帽子メーカーで働いていましたが、ハイブランドな帽子を作りたいと水野ミリナーに入社、現在は商品企画から営業まで幅広い仕事を手がける河崎雄也さんは、その1人でした。
「新しいことに興味がない人たちは会社を去りましたが、僕なんかは逆で、これからユニークな帽子づくりがますますできると、期待していまたしたね。同じく、向上心のある従業員はワクワク感でいっぱいだったと思います」
経理課長の白鳥温子さんも同様でした。上司が暇を見つけてはネットサーフィンしていたり、新しい業務があってもその分の給料はもらっていないからと取り組まないタイプであったため、業務効率化に積極的に取り組む白鳥さんとは、よく衝突していました。
五十嵐さんの社長就任とともに、その上司も会社を去っていきました。
退職が相次いだことについて五十嵐さんは「会社を去っていたメンバーの多くは、以前から仕事の仕方を変えてほしいと伝えていましたから、ある意味必然だったと考えています」と話します。
一方で会社は去らないけれど、五十嵐さんのやり方に疑問を感じていた社員が、五十嵐さんの社長退任を取引先企業の社長に打診するとの事件も発生します。
五十嵐さんは経営一族ではなく、従業員から社長になったこともあり、当初、自分は従業員の気持ちが分かると思っていました。ところが、このような事件を経て、改めて経営について自分の考えを整理します。
すると、いくら元従業員でも社長になった時点で、お互いの目線や従業員の自分に対する意識は変わることを認識します。そして、従業員と経営者は対等な関係である。従業員一人ひとりが経営者との気持ちで、新商品の開発や売上といった結果を出す。
経営者はこのような結果を実現できる、待遇や環境整備を進めていく。具体的にはあらゆる情報を開示・共有すると共に、事業部制を導入し、それぞれの部門やメンバーが業績を意識した上で、目の前の仕事に取り組む意識や行動の高まりを求めました。
良き仕事、魅力的な製品を作るには、プライベートの充実も大切だと考えました。そのため業務の仕分けや効率化 を徹底。仕分けにおいては、誰でもできるラベル貼りなどの仕事は、パートタイマーや外注に任せるなどして、それぞれが自分の専任業務に集中できる体制を整備しました。
効率化においては、ノートPCとiPhoneを社員に一台ずつ提供し、それまで紙で行っていた交通費などの各種経費計算や日報などをデジタル化。社外にいても、業務ができる体制を整えました。
「売れ筋の商品ばかりを作っていても、開発者としては面白くないですよね。やっぱり、世の中にない新しい帽子を作ることに喜びを感じますし、それが自由にできる今の環境が嬉しいです」
河崎さんは現在の新商品開発の状況を嬉しそうに話します。一方で、自由に開発できる環境になったからといって、すべてのアイデアがヒット商品になるわけではありません。10個作って1個当たればいいそうです。
「だからこそ、数多く新商品を開発できる、トライアンドエラーが許される環境が大事だと思っています。そもそも売れ筋商品ばかりでは、次第にお客さんも商品を手に取らなくなりますからね。やはり、驚きがないと」と、五十嵐さんは言います。
素材開発からトライアンドエラーを重ね、洗える和紙素材で作られた「Aqua Melange」シリーズは、大ヒットブランドになりました。カラフルな色を展開することで、若い客層にリーチするという新たなチャレンジや成果も得ています。
仮にまったく売れなかった商品でも、水野ミリナーはユニークな商品も開発している。そのような評判が業界で広まることで、外部デザイナーからの新たな依頼や、採用面での成果もあると言います。
一方で、帽子作りや水野ミリナーは好きだけれど、白鳥さんや河崎さんのように、成果を出せる従業員ばかりではありません。そのような従業員には、自分がどのポジションであれば力を発揮できるのか。また、楽しく無理なく働けるのか、そのことを常に考えていると、五十嵐さんは言います。
実際、年齢や経験を加味して管理職に抜擢したけれど、思ったような成果が出ず苦しんでいた従業員を話し合いの上、降格 させるなどの人事も行っています。
また、社長就任後のバタバタが落ち着くにつれ、社員に目を向ける時間を持てるようなりました。すると、辞めていく社員の中には社長の考えに賛同できないからとの理由だけでなく、家庭の事情などにより仕方なく、退職している社員がいることに気づきます。
そこで、従業員一人ひとりと話し合う場を設け、どのような仕事や働き方を望んでいるのかを丁寧に聞いていきました。そして、「この従業員が働き続けるためには、どうするのが最適なのだろうか」との視点で、一人ひとりにマッチした働き方や各種制度を整備していきました。
すると、これまでは妊娠や夫の転勤などを理由に退職していた女性従業員が活躍するようになります。具体的な制度としては、育児休暇や在宅ワーク、フレックスタイム制、正社員からパートタイマーへの変更などです。
そしてここからが重要ですが、それぞれ従業員の状況や望みに最適な、画一的ではない、まさに一人ひとりに合ったオーダーメイド的な働き方を承認していきました。
そのため13時には退社する社員、ほぼ在宅勤務の社員、子どもが不登校になったため数カ月間は在宅ワークに切り替えた社員など、多様な働き方をしている者ばかりです。遅刻が目立つけれど仕事に対して熱心であると同時に、中国語を話せるとのスキルを持つ社員に対しては、部門異動ならびに出社時間を30分遅らせるなどの配慮もしています。
気づけば、以前は1割ほどしかいなかった女性従業員の割合は7割ほどまでに増え、逆に退職率は大幅に減りました。そしてこちらも女性社員からの要望で、女性専用の清潔できれいなトイレも設けました。
もちろん、給与が下がるケースもありますが、それも都度、お互いに納得した上で決めています。
女性社員が増えたことで、女性目線の新商品開発がより強化されるようになりました。管理職の女性社員も必然的に増えたため、前述したような女性が働きやすい環境やフォローも、よりきめ細やかになりました。
業務効率化なども含め一人ひとりが経営を意識し働いた結果、売上や営業利益といった業績も高まっていき、2023年には過去最高の売上高を達成。残業はほぼゼロに、営業利益も約2.5倍になりました。
それでも五十嵐さんは、もっともっと一人ひとりが働きやすい、働いていて楽しい職場づくりを目指したいと力を込めます。
「働く時間は長いですから、そこが楽しくないと人生が面白くないですからね。ましてや自分自身の人生が楽しくないと、人に感動を与えられる帽子も生まれないと思うんです。このような環境を構築できるかどうかが、経営者にとって必要な能力だと考えていますし、会社の発展にもつながると考えています」
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