「意志があれば人は変われる」 元受刑者を雇い続ける栄進社長の育成哲学

東京都東大和市の建設工事会社・栄進は、かつて罪を犯した元受刑者を雇い続け、戦力に育てています。創業者の元妻で社長の三井有紀さん(52)は子どものころに虐待を受け、思春期は「警察のお世話になった」という過去を持つからこそ、元受刑者を積極的に雇っています。経営危機からの再建も果たして、年商10億円の企業に成長させた三井さんの育成哲学と行動力には、人手不足に悩む建設工事業界に向けたメッセージが込められています。
東京都東大和市の建設工事会社・栄進は、かつて罪を犯した元受刑者を雇い続け、戦力に育てています。創業者の元妻で社長の三井有紀さん(52)は子どものころに虐待を受け、思春期は「警察のお世話になった」という過去を持つからこそ、元受刑者を積極的に雇っています。経営危機からの再建も果たして、年商10億円の企業に成長させた三井さんの育成哲学と行動力には、人手不足に悩む建設工事業界に向けたメッセージが込められています。
目次
上下黒ずくめで髪の色はブルー、指にはドクロのリングがきらりと光る。三井さんはそんな姿でさっそうと応接室に現れ、白い歯をのぞかせました。
「わたしはロックも黒もドクロも大好き。人にどう見られるかより、自分がどう生きたいかが重要なんです」
三井さんが率いる栄進は、屋根や外壁、塗装工事などを引き受け、一般住宅や店舗だけでなく、体育館の屋根の葺き替えなど特殊工事も手がけます。正社員約15人で100人超の職人とも連携し、月間施工件数は300件以上。地域も都内だけでなく、神奈川、千葉、茨城、山梨各県に広がっています。
栄進にはもう一つの顔もあります。元受刑者らの社会復帰を支える日本財団の「職親(しょくしん)プロジェクト」に参加。現在は、4人の元受刑者が正社員として働いています。
「偏見はもともとありません。私自身、そんな風に過ごした時期がありましたから」
朝食を終えると、ビニール袋を持ってバターなどをしまっておく。そんな記憶が、当時3歳くらいだった三井さんの脳裏に残っています。
「そうしないと、父親が暴れて物を全部投げ飛ばすからです」
部屋に閉じ込められることもしばしば。「ガラス窓を全部割って逃げたこともあります。自分のことは自分で守るしかなく、我が強い子に育ちました」
都内の高校に進学するも半年で中退。いわゆる「不良のたまり場」に入り浸ります。「裏の畑から野菜を勝手に収穫し、肉はスーパーで万引きして、たまり場で料理する日々でした。お金さえあれば普通の生活ができるのに、と思っていました」
万引きで何度も警察の厄介になり「東大和市周辺の警察署は制覇しました」。しかし、警察に呼ばれ、家では親に怒られるという繰り返しに嫌気がさし、「働いた方がいいと気づいたのです」。
「高校は成績優秀で合格したし、地頭は良かった」と笑う三井さん。16歳から働いた都内の寿司チェーンや食品メーカーでは、接客や発注業務に才を発揮し、周りからもかわいがられたといいます。
建設業との縁ができたのは19歳の時。板金職人だった夫が1992年、栄進を創業しました。「夫は職人をしていただけなので、私が役所関係の手続きを担いました」
栄進の事務をサポートしていた三井さんは、銀行口座から金がどんどん減り、「利益計算ができているのか」と疑問に思います。確認すると、原価計算に誤りが多く、赤字の見積もりで工事を請け負っていたのです。
「夫は板金の腕は良かったのですが、職人と経営者は違います。運転資金を借りても足りず、1億円超の債務超過を抱えました」
周囲の助言もあり、三井さんが30代で社長となりますが、状況はすぐには変わりません。「夫は社長である私への言葉遣いがなっていなかったので、社員の前で大げんかし、秩序を保つために出ていってもらいました」
やがて、三井さんともう一人の従業員だけの体制に。幸いにも仕事は無くならなかったため「やり方を変えれば何とかなると思いました」。
三井さんは施工要領書を読み込み、図面を覚え、現場で職人から聞き取り、一から施工管理や原価計算を学びました。倒産防止の支援制度も活用し、金融機関に返済のリスケジュールを頼むなどして財務面を改善。2千万円以上の利益が出るようになり、5年で債務超過を解消しました。
ちなみに創業者の夫とは離婚しますが、その後、栄進に復帰してもらい、現在は常務を任せています。
「(元夫は)栄進を出た後、同業者の会社で修業し、社員の気持ちが分かるようになりました。創業者として栄進を愛しているのは間違いないですから」
栄進が本格的に元受刑者の受け入れを始めたのは、10年ほど前からです。前述した経営危機の時、一人残った社員が元受刑者でした。
「彼は少年のころから知っていて、反社会的勢力の一員だったこともあります。『このままではやばい』とやめて、栄進でまじめに働きました。今ではうちのナンバー3です」
三井さんは建設工事業の経営者として、率直な思いを明かします。
「中小の建設業界を希望する大卒者はほとんどいません。いわゆる『ヤンキー』と呼ばれる人が、たまたまたどり着いた業界であるのも現実です。それでも、変わりたいという強い意志があれば、人は変われる。それを知っているからこそ、私には偏見がないんです」
「職親プロジェクト」は2013年、元受刑者の社会復帰を支援するため官民連携で立ち上げた組織です。2025年3月現在、667社が元受刑者ら941人を雇用しています。栄進はそのうちの1社です。
「元受刑者の雇用は社内外にオープンにしています。それを理由に仕事を断られたことは、一度もありません」
栄進で働く社員のうち元受刑者は4人。罪状で多いのは特殊詐欺の「出し子・受け子」といいます。「20歳~30歳くらいの普通の子。でも、詐欺罪は重いのに万引きみたいな感覚でやってしまうんです」
職親プロジェクトから依頼があると、三井さんは刑務所まで面接に出向きます。尋ねるのは生い立ちや家庭環境、犯行に及んだ理由など。罪の軽重で採否を決めるわけではありません。
「私が見ているのは、性根がしっかりしているかどうかです」
性根はどうやって見極めるのでしょうか。
「大切にしている言葉や、これだけはやってはいけないと思うことを尋ねると、性根が見えてきます。うそをつかないなど、当たり前のことを当たり前にできるかです」
栄進の応接室には「誠実であれ!」というパネルを掲げています。
元受刑者が入社したてのころは、特に気を遣うといいます。
「刑務所は自由がありませんが、体調が悪ければ刑務官に気に掛けてもらえるし、ある意味で守られています。それが、出所すると突然誰も見てくれず、寂しい気持ちになる。だから、相談があれば話してほしいと声をかけています」
入社後は他の社員と同じように、施工管理などを一から覚えてもらいますが、コミュニケ―ションの仕方は工夫しています。
「人はロボットではありません。ほめると伸びる人もいれば、図に乗るタイプもいるように、個性があります。元受刑者かどうかにかかわらず、個々の性格に合わせてコミュニケーションを取る。くさい言い方ですが、本当に愛が大切なんです」
ハード面にも注力しています。「大企業並みの福利厚生を整えたい」と、2024年に3階建ての社員寮を建設しました。
土地代も含めた総事業費は約1億5千万円。バス・トイレ別で、家電や家具も備え付けです。家賃は栄進が4割を補助し、社員の負担額は3万5千円です。
法務省の犯罪白書によると、2023年の再犯率は、前年より微減したものの47%に及んでいます。再犯の背景の一つには、就労機会の乏しさもあげられます。
「受刑者が刑務作業で得るお金は微々たるもの。出所時はほぼ持ち合わせがありません。家を借りる金がなく、住みかが無いから働けないという悪循環が起こります。だから、まずはちゃんとした住居を提供したかったのです」
韓国や沖縄への社員旅行も実行しました。そこには慰労以外の目的もあります。「わたしも悩んで逃げ出したいときは、海外などのフラットな環境に行くと落ち着いて考えられるんです。この旅行で初めてパスポートを作る社員もいます。仕事以外の刺激を受けて学ぶことが、成長につながると思っています」
債務超過の状態から10億円規模の企業に育てた三井さんは、「人が成長することで、企業も大きくなれる」と言います。「だからこそ、社長は常に勉強し続けなければいけません」
建設工事業は人手不足や採用難といった課題を抱えるなか、三井さんは栄進で働く27歳の長女と、24歳の長男に相談することも多いそうです。
「息子は『今の若い人が一番大事なのは時間で、お金はその次』と言うんです。だから定時に帰れるように逆算して仕事を組んだり、有給休暇をたくさん使える体制を作ったりしています」
栄進では、新年の仕事始め以外は朝礼をせず、中元・歳暮や年賀はがきも取りやめました。若者の「タイパ志向」に合わせ、経営をアップデートしています。
三井さんは多忙な中でも月10冊以上の読書を続けています。たとえば、若者の離職に悩むと関連本を20冊ほど購入し、片っ端から読むそうです。
「社長が成長し続けないと優秀な人から辞めるし、社長が堕落すればみんなが堕落します。元受刑者だって地頭が良く、性格がいい人は多いけど、境遇に恵まれず、刑務所に入ったケースも少なくないと思います。環境が人を変える。それは、罪を犯すかどうかに関わらず同じなんです」
元受刑者の受け入れは、きれいごとばかりではありません。刑務所で面接して内定を出したのに入社しなかったり、入社しても仕事ができる状態ではなく辞めたりしたケースもあったといいます。
「更生の受け皿に」という肩ひじ張った気持ちはありません。それでも、三井さんには信念があります。
「誰だっていつ加害者になるか分かりません。盗みや薬物でなくても、車の運転を誤って人をひいてしまうことだって起こり得ます。もちろん、罪は一生償わなければいけない。だけど『加害者は刑務所から出てくるな』と偏見にまみれ、若くても人生が終わりという社会だったらどうでしょう。自分だったら納得できますか」
栄進の「職親プロジェクト」の活動が広がり、取材の直前(2025年3月)にも、元受刑者から「栄進で働きたい」と電話がかかってきたそうです。
経営危機から10億円企業になった栄進ですが、最近は業績が横ばいといいます。
「今もがいていますが、改善点に気づくチャンスでもあります。50億円くらいの企業を目指すという思いもありますが、社員の子が『うちの親がここで働いている』と話したとき、『あそこはいい会社』と言われるようにしたい。中小零細に入っても、こんなことができたという感動を与えられる会社でありたいと思っています」
虐待を受けた幼少期、悪さをした思春期、経営危機と事業再生、元受刑者の受け入れ…。すべてが、経営者としての血肉になっています。
「私は逆境になるほど燃えるタイプ。幸せ過ぎると逆に良くないのかも。このままでいいと思えば、下がっていくだけですから」
笑みをたたえていた三井さんの口元が、きゅっと引き締まりました。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。