コロナで年商1.5億円の会社を清算「もっと早く決断するべきだった?」
(前回の続き)青森県と宮城県でカフェなどを展開してきた「イロモア」の元代表取締役の福井寿和さんは新型コロナウイルスの影響で、大幅な売り上げの減少に見舞われました。「守るべき人たちを最低限守れるのは今のタイミングしかない」と決め、弁護士のもとを訪れ、会社の清算に向けて動き出しました。そんな福井さんに様々な感情が去来します。
(前回の続き)青森県と宮城県でカフェなどを展開してきた「イロモア」の元代表取締役の福井寿和さんは新型コロナウイルスの影響で、大幅な売り上げの減少に見舞われました。「守るべき人たちを最低限守れるのは今のタイミングしかない」と決め、弁護士のもとを訪れ、会社の清算に向けて動き出しました。そんな福井さんに様々な感情が去来します。
弁護士のもとを訪れた福井さん。まず「会社の業績が良くないので閉めたいと思っています」と切り出しました。とはいえ、会社の閉め方に詳しいわけではありません。
弁護士は「会社を破産して、経営者も自己破産するなら今すぐできます。ただ、今は自己破産しなくても良い方法があります」と助言しました。相談を進めるなかで、会社資産の売却や債権の回収を行い、その資金で債務の弁済するという「清算」の手続きをすることに。傷が浅く、資金が残っているうちに事業を整理することで、取引先への影響を最小限に抑え、職を失う従業員にも手当を出せると判断しました。
5月上旬、弁護士の主導で清算に向けた準備が始まり、福井さんは全店舗の閉鎖を発表し、「イロモア」は事業を停止しました。店舗の片付けを進め、最後に残ったのが大型厨房機器の撤去でした。
これまで売上低迷の対策を考えることに忙しく、落ち着いた時間はまったく取れませんでした。葛藤を乗り越えて廃業を決めてからは「やっと片付けが終わる」という感覚でした。
最後の厨房機器の搬出を迎えた当日。取材に訪れたメディアも見守る中で、作業が始まりました。業務用冷蔵庫などが次々に撤去され、店舗だった場所はただの空間に変わっていきます。
「お気持ちはいかがですか」
「ちょっと寂しい感じはありますね」
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そう答えると、決着をつけたはずの気持ちが戻り、これまでの思い出がよみがえります。賑わう店内の音と料理の匂い、会話を楽しむお客さんの笑顔、懸命に働いていたスタッフの姿、夫婦でカフェを始めて苦労した日々――。
閉店を前に、従業員からもらった寄せ書きが心をよぎります。「今まで仕事を楽しいと思った事がなかったけど、この会社に入ってみんなと出会えた毎日がこんなに楽しいとは思いませんでした」。従業員から贈られた言葉を読んで、良い職場を作れた達成感と、その場所を守れなかった悔しさで、胸が苦しくなりました。
頭の中では「閉店」を理解しているつもりでした。それでも、「まだ店があるんじゃないか?」「元気なスタッフがいるんじゃないか?」と、どこかで現実を受け止められていませんでした。
作業が終わると、作業員もメディアも店を去り、福井さんはがらんどうになった店に一人残されました。厨房は配線がむき出しで、抜け殻のようです。
シャッターを下ろすとき、再び感情の波が押し寄せました。
「寂しい。帰りたくない」
それでもシャッターは止まることなく、人気のないフロアに金属音が響きます。その瞬間、「本当に閉店したんだ」いう現実が、心にすとんと入り込みました。今でも寂しいような、悔しいような、でも心に穴が空いて、そこから感情が漏れてしまったような、そんな感覚に包まれているそうです。
閉店後に執筆したnoteでは、「それだけこの店が楽しかったし、辛かったし、大変だったし、たくさんの感情が動いた場所だったんだろうな」とつづっています。
会社を清算することになるのであれば、福井さんはもっと早い段階で、従業員に休業手当を渡し、店を閉めるべきだったのでしょうか。しかし、福井さんはそう決断しませんでした。その理由を知るために、少し時間を遡ります。
福井さんが経営者になることを初めて意識したのは高校生のころでした。親族に経営者はおらず、親からは「医者か公務員になるように」と言われて育ちました。
そんななか、テレビで見た堀江貴文元ライブドア社長やサイバーエージェントの藤田晋社長の姿に衝撃を受けました。ラフな服装でアクティブに活動し、時には世間からの逆風を乗り越えていく姿に、それまで抱いていた「スーツを着た太った中年」という社長のイメージが覆されました。
大学卒業後は外資系のIT企業に就職し、コンサルタント会社を経て故郷に戻りました。政治家を志し、衰退が進む地元を変えてやろう、という思いで青森市議選に出馬したものの、178票差で落選しました。
4年後の出馬を目指していたため、就職する選択肢はありませんでした。IT関連の仕事をしながら友人とコワーキングスペースを開いていたのですが、友人は事業がうまくいかずに就職することに。物件の賃料を一人で支払うことになりました。
パンケーキを焼くことが趣味だったため、賃料分だけでも収入になれば、と物件を簡易的に改装して妻と二人でカフェを開きます。2015年のことでした。
開業当初はまったく客が来ず、手元に残るのは夫婦でわずか8万円。妻の実家で暮らしていたため生活はできましたが、携帯電話料金を支払うことにも苦労し、友達と飲みに行くこともできなかったそうです。
「カフェなんてやらずに就職すればよかった」。減っていく残高を見ながら、後悔する日々が続きました。1日1組しか来店がない日もあり、閉店を覚悟したとき、転機が訪れます。地元テレビ局の企画に偶然取り上げられたのきっかけに、「極厚パンケーキ」といったメニューが注目されるようになり、徐々に来店者が増えました。取材がなければ間違いなく閉店していたそうです。
その後も口コミで客が増え、経営は軌道に乗りました。夫婦で時間を忘れて働き、2017年には2店舗目を出店します。
その一方で、問題も生まれていました。もっと規模を拡大しようと休みなく毎日15時間も働く日々のなかで、売上を重視するあまり従業員に無理な要求をするようになってしまいました。口調や態度もいつの間にか厳しくなり、関係も悪くなりました。2か月間で従業員の2割が離職し、福井さん自身も体調を崩しました。
当時は、「誰よりも稼いでやろう」という考えが先に立ち、年収や肩書など、目に見えるもので、他人よりも優位に立つことを追求していました。成功者と自分を比較する毎日で心は荒れ、従業員との軋轢と売上の低迷という、理想とのギャップが心に重くのしかかりました。
そんなとき、たまたま参加したセミナーが光明になります。講演のテーマは「幸せ」。講師は利益を追求するあまり、自分の父親にも紹介できないサービスを行っていた過去を反省したというエピソードを話しました。
「何のためにカフェを経営しているのだろう?」
そんな思いが胸に沸き上がりました。自分が決めた経営方針のせいで、従業員を不幸にし、素晴らしい商品を提供できない、体調も崩してしまった。それまでの考えを深く見直すきっかけになったそうです。
関わる全ての人が幸せにならなければいけない――。利益重視の考えを大きく変え、「経営者、従業員、取引先、顧客の四方良し」を基準に、精神的な幸せを求める方向に舵を切りました。
それから5年。気がつけば年商が1億5000万円を超え、地元で注目される若手経営者になっていました。そんな福井さんを直撃したのが、今回の新型コロナウイルスをきっかけとした経営危機でした。2020年(令和2年)6月上旬、株式会社イロモアの登記情報に「令和2年5月29日株主総会の決議により解散」と記録されました。
事業停止時、金融機関からの借り入れは約9000万円あり、一部には経営者保証がついていました。今後はどうなるのでしょうか。
(連載の3回目「借り入れ9千万円、自己破産は免れられる?経営者保証ガイドラインをチェック」は、6月25日に配信しました)
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