高齢化の進む経営者

 中小企業白書によれば、2025年までに平均引退年齢である70歳を超える中小企業の経営者は約245万人に達し、このうち127万人については後継者が決まっていないといいます。高齢化が進むなか、経営者が病気にかかると経営を維持するのが難しくなります。その一つに「認知症」があります。

認知症とは

 認知症とは、脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなったりして起こる障害のことを指します。直前の行動を忘れてしまうといった「記憶障害」、自分のいる場所や状況、年月日、周囲の人間との関係性などがわからなくなる「見当識障害」のほか、判断能力が低下し、生活に支障が出ます。2025年には高齢者の5人に1人、約730万人が認知症になるという推計もあります。

経営者が準備せず認知症になったときのリスク

 佐伯所長は「認知症によって判断能力が衰えてしまった場合に、経営者は株主として議決権を行使することができなくなってしまいます。つまり、株主総会において役員の変更や定款の変更などの重要事項を決定することができなくなってしまいます」と指摘します。認知症を発症した後の想定される対応について、次のようなケースが考えられるといいます。

 認知症発症後には法律行為ができなくなってしまいます。たとえば、株式の譲渡(贈与)もできなくなります。発症後は、経営者に対して裁判所から成年後見人・保佐人・補助人(経営者の判断能力の程度によって、裁判所が判断)を選任してもらうことになります。

東京高等地方簡易裁判所合同庁舎

 成年後見人は、裁判所が適任者を選任する形となるので、後を継ぐ予定だった人が成年後見人になることを裁判所に要望しても必ずしもそうなるわけではありません。経営者の資産規模の大きい場合、司法書士や弁護士などの専門家が選任されることが多くあります。

 成年後見人は、本人の法定代理人となるので、株主総会での議決権の行使や株式の譲渡についての契約をすることが法律上は可能ですが、その会社の実務に詳しいとは限りませんし、株式を始めとした財産の処分には裁判所の許可等が必要になる場合もあります。成年後見人としては、本人の財産を目減りさせるようなことはできませんので株式を持っている限りは配当金も要求する必要がでてくるでしょう。

 こうした状況に対し、佐伯所長は「もし第三者が成年後見人に選任されるようなことになれば会社の運営に支障をきたす可能性があります」と指摘します。

経営者が準備なしに死亡したときのリスク

 経営者が高齢の場合に、もう一つ考えるべきことは「経営者が死亡したあとの相続のリスク」です。
 佐伯所長によると、法定相続人が複数いて、遺言書が無い場合は、相続人全員で遺産の分け方に関する遺産分割協議が確定するまで、経営者の株式は取得者が定まっていない状態になります。相続人の仲が円満で、会社を継ぐ予定の人が株式を相続することに他の相続人がすんなりと応じてくれれば問題はないのですが、相続人の仲が不仲であったり、たとえ仲が良くても遺産の割合について意見が分かれてしまったりすると、株主が決まらないので会社の機能がストップしてしまいます。

 とくに自社株の価値が高い場合、後継者の取得する法定相続分割合が大きくなり、不公平感が出ることもあります。遺言書があった場合であってもこのような場合は他の相続人の遺留分を侵害してしまうこともあります。

リスクに備える4つの方法

 こうした事態に陥らないよう、法律的に準備できる方法として、主に考えられるのが、生前贈与、種類株式の発行、遺言そして民事信託の4つの方法があります。それぞれのメリットと注意点を紹介します。

1.生前贈与

 生前贈与は、先代が健在なうちに後継者へ自分自身の株式を贈与してしまうことです。株式が後継者のものとなるので、先代が認知症になっても、死亡しても影響が出ないのがメリットです。相続の際にも後継者に株式が譲渡されているので相続税対策になることもあります。

 ただし、株の評価額が高いタイミングで贈与すると、贈与税の負担が大きくなります。他にも株の権利が後継者に完全に移行してしまうので、先代が会社の運営に直接的にかかわることができなくなってしまいます。

2.種類株式

 種類株式の発行は、拒否権条項付の種類株式、いわゆる黄金株というものを発行します。黄金株を持っていると、株主総会の重要な決議に関する最終採決をする権限を持つ事ができます。ですので、黄金株を1株発行して先代に残し、残りの普通株式を後継者に譲渡すれば、基本的な会社の運営は後継者が行いつつ、株式のほとんどを生前贈与できるので相続税対策としても使えます。

 ただし、先代が認知症等で判断能力が無くなってしまうと、黄金株を使うことができなくなりますので、その時に備えた内容についての種類株式にしておく必要があるなど定款などの設計がやや複雑になってしまいます。

3.遺言

 遺言についてですが、まず遺言は遺言者が死亡しないと効力が発動しませんので、認知症対策にはまったくなりません。ですが、死亡した後には相続人の間での遺産分割協議をすることなく遺産の帰属者を決めることができるので、後継者に速やかに株式を相続させて会社の運営を止めることがありません。

 ただし、自社株の価値が大きい場合などで他の相続人の遺留分を侵害している場合などでは相続争いが起こることもあるので注意が必要です。

4.民事信託

 最後に民事信託です。簡単にいうと、財産を自分自身の信頼できる人に託して、管理、運用、処分を任せる制度のことです。先代と後継者で信託契約という契約を交わすことで民事信託を設定することができます。
 事業承継に利用する場合ですと、先代が後継者に株式を信託することによって、後継者が株式の管理等が可能になります。あくまで管理権等を持つだけなので、後継者に贈与する場合と異なり、贈与税は発生しません。ただし、厳密にいうと贈与税が発生しないように信託契約をする必要があります。

 たとえ、先代が認知症になったとしても、すでに株式の管理権等は後継者がもっていますので、会社の運営に支障をきたすことはありません。生前贈与と違って、信託契約で定めておけば、先代の目の黒いうちは、後継者の会社経営に法律的にも口出しすることも可能です。
 さらに、信託契約の中で、先代が死亡後の株式を誰が取得するかの定めも設けることができるので、遺言の機能も持たせることが可能です。

 認知症対策から相続対策まで幅広い機能を持たせることができる柔軟な制度ですが、信託契約の作り込みが複雑なので、当事者の理解が難しいことや対応できる専門家も限られてしまうのがデメリットとなります。

状況に応じた対応は専門家に相談を

 事業承継における法律的なリスクヘッジのための代表的な手法を4つ挙げました。佐伯所長は「それぞれ一長一短あり、これがベストというものはありません。それぞれの状況に応じて、複合的に利用して初めて安心できるものをなりますので、一度は専門家に相談された方が良いでしょう」と話しています。

佐伯知哉さん

司法書士さえき事務所長

相続による不動産の名義変更手続きを始め、金融機関口座、株式等の有価証券、ゴルフ会員権などの名義変更、家庭裁判所に申立てが必要な相続放棄、限定承認、遺産分割調停などの手続きをサポート。東京司法書士会 登録番号東京第6217号