「自分の酒造りがベストではない」後継ぎ仲間で10年続けたコラボ商品
秋田県の酒造会社5蔵の後継ぎが、10年前から「NEXT5」というユニットを組み、日本酒を共同醸造しています。2020年はフランスのパティシエとのコラボレーションを実施しました。後継ぎ同士が協業することでイノベーションを生み出し、市場を広げています。
秋田県の酒造会社5蔵の後継ぎが、10年前から「NEXT5」というユニットを組み、日本酒を共同醸造しています。2020年はフランスのパティシエとのコラボレーションを実施しました。後継ぎ同士が協業することでイノベーションを生み出し、市場を広げています。
「NEXT5」は、いずれも秋田県にある山本酒造店(代表銘柄・山本)、栗林酒造店(春霞)、新政酒造(新政)、秋田醸造(ゆきの美人)、福禄寿酒造(一白水成)の後継ぎが結成しました。
日本酒は長らく蔵元が経営を担い、製造は外部から呼んだ杜氏が責任を持つのが主流でした。しかし、近年は杜氏の高齢化や技術革新、設備投資が進んだことなどで、蔵元自身が杜氏として製造を担うケースが増えてきました。NEXT5の後継ぎも経歴はバラバラですが、ちょうど同じようなタイミングで、自ら酒造りに乗り出していました。
山本酒造店社長の山本友文さんが広島県の蔵元集団に触発されて、各蔵に呼びかけ、2010年にNEXT5を結成しました。「蔵元の集まりで会っても、あくまで経営者として話をしていましたが、5人は技術者として踏み出しました。今までどの酒蔵もみんな自分の酒造りがベストと思い込んでいましたが、決して閉じこもってはいけない。立ち上げ当初から互いに技を教え合いました」
定期的に集まって各蔵の酒を批評し合って切磋琢磨し、消費者向けのイベントを開いて、秋田の酒の知名度を広めました。毎年、当番の蔵を決めて、工程を分担して酒造りをして一つの商品を送り出すのが大きな特徴です。
栗林酒造店の蔵元・栗林直章さんは「代々続く酒蔵は、製造方法を継承するイメージがあります。しかし今はお酒がうまく造れない、売れない時代。NEXT5で刺激を受け、守るという発想から外れて変わっていくことで、結果につながっていきました」
酒蔵の単発コラボではなく、NEXT5のように10年間も活動を続けているのは異例で、多くのメディアでも取り上げられました。5年前からは他分野のアーティストらとのコラボ商品も送り出しています。2年前には、戦国武将・茶人の古田織部を主人公にした人気歴史漫画「へうげもの」とコラボし、お酒と特製酒器を売り出しました。
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2020年は「パティスリー界のピカソ」と称される、フランスのパティシエ、ピエール・エルメさんのブランド「イスパハン」とコラボしました。酒米を使った米粉を練り込んだパウンドケーキと、甘みのある貴醸酒というジャンルの日本酒をセット販売することになりました。
エルメさんも4代目の職人で、NEXT5と共通点があります。新政酒造社長の佐藤祐輔さんは「フランス菓子も伝統産業として長い時間をかけて進化しています。国を背負った食文化という点に、シンパシーを感じました」と話します。
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、フランスとオンラインで調整を重ねました。また、ピエール・エルメ・パリ日本代表と製造部の統括責任者が、秋田を訪れました。10月上旬には、NEXT5の山本さん、栗林さん、佐藤さんの3人が東京にあるピエール・エルメ・パリのアトリエを訪ね、生地作りや、ケーキのコーティングなどを体験し、製造工程を確認しました。
ローズとフランボワーズ、ライチなどを組み合わせたケーキには、栗林さんが春霞で使っている酒米・美郷錦を米粉にして練り込みました。米粉を入れることで、より柔らかい口当たりになるといいます。
貴醸酒も5蔵の英知を結集しました。山本酒造店が全体の仕込み、秋田醸造が発酵管理を担当。原料は春霞の酒米・美郷錦、新政の亜麻猫オーク樽貯蔵酒と、一白水成の仕込み水を使っています。クリスマスや年末年始に向けて1万セットを用意し、価格は13800円ですが、すでに蔵では完売するほどの人気ぶりです。
10年歩んできたNEXT5について山本さんは「ライバルという意識はなく、いいお酒を造って秋田県外に売る仲間です。秋田の酒屋の売り上げも伸び、女性ファンが増え、飲食店からも喜ばれるのがうれしいです」と言います。
NEXT5のメンバーはそれぞれ個性的です。山本さんは東京の音楽プロダクション、佐藤さんはフリージャーナリストから転身し、栗林さんも杜氏の急逝で自ら酒造りを始めました。山本さんは「10年前、生き残りをかけて踏み出しました。ジョン・レノンやポール・マッカートニーたちが出会ったように、私の中でNEXT5はビートルズのような存在だと思っています」と振り返ります。
酒蔵一つひとつの企業規模は小さくても、結集すればインパクトを生み出せると、NEXT5は証明しました。同じ地域や同じ業種の企業が協力し合う手法は、新型コロナウイルスの影響で打撃を受ける中小企業にとって、大きなヒントになりそうです。
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