「自分の和菓子店を開きたい」

――三松堂を継がれるまでのキャリアを教えてください。

 東京の大学を卒業後、和菓子の道に進もうと考え、東京と青森の和菓子店で修業しました。どちらも名店として知られるお店で、東京では厳しい師匠の下で学び、青森ではもう少しのびのびとした環境で、新商品づくりまでを任せてもらっていました。

 修業に入った時点では実家のお菓子屋を継ごうとは考えておらず、秋田に帰って、自分の店を持とうと思っていたんです。

職人の死をきっかけに、家業を継ぐことに

――どうして継ぐことになったのでしょうか?

 青森での修業を終えて、家業のお手伝いに入りました。どこにお店を開こうかと場所を探していたのですが、私が戻って3年目、うちの職人が亡くなってしまったんです。

 私の父は職人ではなく経営者で、職人が私しかいなくなってしまいました。その職人が亡くなる前から、自分が好きだったお菓子の作り方は習ってはいました。完璧に仕事を覚えていたわけではなかったけれど、もう自分で継ぐしかなかったんです。

 継ぐ前の三松堂は、今のような和菓子店ではなく、和菓子・洋菓子・仕入れ品と、お菓子なら何でも扱うお店で、年々売り上げが下がっている状態でした。どん底に近い状態で、銀行からも「ちゃんとやれ」と詰められるぐらいでした。

お店を救ったデザインは、ポケットマネー払い

――そんな状態のお店を、何から変えていったのでしょうか?

 何かやらなければと考え、HPを作り、デザインを変えることから始めました。味には自信があったので、見た目を変えてみようと思ったんです。たまたま知り合いに紹介してもらったデザイナーさんには「やり方変えると売れると思うのになぁ」と言われました。

 経営者である父と、職人である私は、それぞれの持ち場のことではぶつからないのですが、お金の話になると衝突してしまいます。値段改定や、デザインのお金のことももめました。だから最初にデザイナーさんにお願いした時は、会社のお金でなく自分の貯金から支払ったんですよね。

 その時に作ったのが、レトロ缶シリーズ。創業当時からの商品である冨貴童子の煎餅缶や、通年で最も販売数の多い商品となったあんドーナツのデザインも作りました。
 商品は全く変えていないのに、デザインを変えると、大ヒットとは言えないまでも、少し売上が上がりました。

冨貴童子の煎餅缶。昔から販売している商品をレトロな切り口でリデザインしていった
冨貴童子の煎餅缶。昔から販売している商品をレトロな切り口でリデザインしていった

 デザインを変えた後に、とあるきっかけでテレビで紹介され、そこから爆発的に売れるようになったんです。味とデザインが、きちんと伝わったことで売れはじめたのだと思います。あんドーナツは卵パックを使った珍しいパッケージなのですが、テレビでは「あんドーナツが爆発的にヒットしたきっかけは?」とクイズとして大きく取り上げられました。

No.1の売れ筋商品である卵ケースを使った あんドーナツのパッケージ
No.1の売れ筋商品である卵ケースを使った あんドーナツのパッケージ

プレスリリースを書いてみたら…

――テレビで紹介されたきっかけは何だったのでしょうか?

 「イチゴわらびもち」がきっかけでした。1月~3月のみ販売する商品です。この商品がテレビに出ることになり、あんドーナツも一緒に紹介されました。そしてどちらも大ヒットに繋がりました。

 イチゴわらびもちを作ったのは、知り合いに秋田で一番おいしいイチゴ大福のお店を教えてもらったことがきっかけでした。だったらそのイチゴ大福を超えるものを作ってやろう、うちはわらび餅が人気だから、わらび餅で作ってみようと考えました。赤いイチゴに、緑のきな粉をかけたらきれいになるかなと。

 一度作ってみて、その知り合いに食べさせたら、「うめーうめー」って喜んでもらえて、「そうだべー」って。お店で売る用にも作ってFacebookで告知したら次々と買う人が増えて、「なんだ結構売れるな」と感じました。

 イチゴのシーズンが終わって終売になりましたが、翌年に「今年もやらないの?」って聞かれて。だったらちゃんと売ろうと、贈り物で使えるように箱のデザインもきちんと整えました。ホームページにも商品の成り立ちを掲載しました。デザイナーに「もっと売りたいん」と相談したら、プレスリリースを出すことを勧められて、やってみたら雑誌やテレビに取り上げられたんです。

例年1月~3月に1日限定400個で販売するイチゴわらびもち
例年1月~3月に1日限定400個で販売するイチゴわらびもち

売るには「売り方から考える」

――売れる新商品と、売れない新商品の違いはどこにあるのでしょうか?

 前の修行先では、新商品を出したら出しただけ売れていました。うちもそうなるんじゃないかと思っていたんだけれど、そうならなかったんです。

 頑張って新商品を作ったのに売れない状態を繰り返すと、「どうせ作っても売れないんだろ」ってなってしまいます。

 修行先のような知名度があり、お客さんが向こうからやってくるお店は「良いものを作れば売れる」んだろうけど、ほとんどのお店は「良いものを作るだけでは売れない」と分かりました。

 今の時代、みんな「うちはこだわっている」と言います。実際そうだし、作った側は「これ凄いだろ?」と思うんだけど、それだけでは売れません。だから、今は「売り方から考える」ようにしています。

 お菓子の美味しさは食べてもらうまで分からない。だから、お客さんが手に取りたくなるようなインパクトのあるデザインにして、きちんと伝えるページを作って、そのストーリーをプレスリリースやFacebookできちんと伝える努力をする。

 あんドーナツやいくつかの商品は、昔と作っているものは変わらないけれど、見た目を変え、伝える内容を考えればちゃんと売れていくことが分かりました。

レトロ菓子・レトロ缶のラインナップ。お菓子の製法はそのままに、昔ながらを伝えるパッケージへと変更
レトロ菓子・レトロ缶のラインナップ。お菓子の製法はそのままに、昔ながらを伝えるパッケージへと変更

秋田の商品を使った次の展開を考える

――今後のプランを教えてください

 秋田でお店をやっているのに、残念ながら秋田の素材をあまり使えていません。

 秋田にいる人や訪れた人には買ってもらえるけれど、秋田の外で売ろうとすると「秋田のものではないから」と売れないことがあります。

 だから、秋田の人しか知らないものを使って、秋田のものでお菓子を作りたいと考えています。

 秋田の十文字のサクランボや、黄色に完熟させて歯にしみるほど甘いシャインマスカットを使った商品を開発しています。秋田の素材を使って、県外で「秋田のお菓子です」といえる商品を作っていこうと思っています。

老舗食堂から見た三松堂

 三松堂を知ったきっかけは、卵のパックに入った「あんドーナツ」でした。売っている商品は同じなのに、見た目を変えたことでたくさん売れたというお話と、Facebookやリリースを使って、知ってもらう努力をし始めてさらに売り上げが伸びたというが面白いなと思いました。

 後藤さんのおっしゃる通り、「良いものを作れば売れる」と信じている人は多いです。良いものが出来た時点で、「自分の仕事は終わり」と思ってしまう人も多いのではないでしょうか。後藤さんは過去の経験から、商品が売れるように「売り方から考える」にたどり着いた発想がとてもユニークでした。

  • 美味しい商品
  • 手に取りたくなるパッケージ
  • 伝えたくなるストーリー
  • 余すことなく伝える情報発信(プレスリリース、Facebook等)

がカチッと組み合わさったことが、じり貧だった老舗菓子店を復活させたのだと思います。

 和菓子・洋菓子・仕入れものと全てを扱っていたお店は、今では自分で作る和菓子だけを販売し、若いお客さんも増えたそうです。もちろんお菓子の質にもこだわり、12月上旬からは秋田産シャインマスカットを使った「わらびもち」の販売がスタートしています。

 商品に自信があるのに売れない――。もしそんな状態にあるなら、「手に取りたくなるパッケージ」の開発や、「商品が生まれたストーリーを伝える努力」をしてみるのも手なのではないでしょうか。

三松堂

1924年創業、秋田県秋田市中通5丁目に本店を構える三松堂。東京にあった煎餅店 三玉堂にて修行を積んだ初代が、秋田市に創業。本店以外にも、秋田駅ビルのトピコ、公式オンラインショップ、楽天等でお菓子を販売。今や少なくなった、餡子を店内で作り、餡子の美味しさにこだわった和菓子店。