数億円の保証が発生するケースも

 経営者保証とは、中小企業が金融機関から融資を受ける際、経営者やその家族が会社の債務の連帯保証人となる仕組みです。経営上、金融機関からの融資において、この経営者保証が会社の信用補完として求められることは少なくありません。

 しかし、経営者保証を締結していると、会社の返済が滞ったときに、経営者自身の預貯金、土地や建物、生命保険等の個人財産を処分してでも返済する義務が発生します。突如として数千万、数億円の保証を余儀なくされるケースも存在します。

 経営者保証は非常に責任が重く 、事業の円滑な承継を阻害する恐れがあるなど、様々な課題が指摘されてきました。このような状況を打破し、経営者保証に依存しない融資を促進すべく「経営者保証に関するガイドライン(以下GL)」が策定されました。

 GLには、経営者保証なしでも融資を受けられる道が示され、経営者やその親族は内容を理解して実行することで、保証の重圧から解放される可能性があります。

経営者保証ガイドラインとは

 本章ではGLの概要などについて、詳しく説明します。

1. ガイドライン策定の背景

 経営者保証は、経営の規律を保ち、信用を補完して円滑な資金調達に寄与する一方、①~③のような企業活力を阻害する面があると指摘されています。

 ①中小企業の創業、成長・発展意欲
 ②借り手と貸し手の信頼関係構築の意欲
 ③保証後に経営が窮境に陥った場合の早期の事業再生

 GLはこれらの問題に対応するため、金融庁と中小企業庁の後押しで、日本商工会議所と一般社団法人全国銀行協会を事務局とする「経営者保証に関するガイドライン研究会」による検討の成果としてまとめられました。2013年12月にGLが公表され、2014年2月から運用が始まりました。

2. ガイドラインの位置付け

 GLは要約すると、以下について定めた準則になります。

 ①金融機関が経営者保証に依存しない融資を促進するために、中小企業や金融機関はどんな対応をすればいいか
 ②仮に経営者保証を求める場合にはなぜ保証が必要なのか、保証金額はいくらで設定されるのか等を金融機関から経営者へ適切に説明すること
 ③既存の保証契約を見直すためにはどうすればいいのか
 ④保証債務の整理を公正かつ迅速に行うためにはどうすべきか

 法的拘束力はないものの、主たる債務者、保証人及び対象債権者によって自発的に尊重され、遵守されることが期待されています。

 GLに基づき、経営者保証に依存しない融資の一層の促進も期待されます。主たる債務者である中小企業の法人個人の一体性に一定の合理性や必要性が認められる場合等で、経営者保証を締結する際には、対象の中小企業、保証人である経営者、および対象債権者である金融機関は、GLに基づく保証契約の締結、保証債務の整理などの対応に誠実に協力することが求められています。

GLに関する年表(図表はいずれも筆者作成)
GLに関する年表(図表はいずれも筆者作成)

 また、円滑な事業承継のために、2019年12月には「事業承継時に焦点を当てた経営者保証に関するガイドラインの特則」が策定され、2020年4月から適用が始まりました。背景には、以下の理由が挙げられます。

 ①経営者保証を理由に、後継者候補が事業承継を拒否するケースが一定程度ある
 ②中小企業経営者の高齢化が進み、休廃業・解散件数が年々増加傾向にある
 ③後継者不在により事業承継を断念し、廃業する企業が一段と増えれば、地域経済の持続的な発展に支障をきたしかねない

3. ガイドラインの概要

① GLの適用対象

GLは、次のすべての条件を満たす保証契約に適用されます。

(ア) 主債務者が中小企業(※1)である
(イ) 保証人が個人で、主債務者である中小企業の経営者等(※2)である
(ウ) 主債務者である中小企業と保証人であるその経営者等が弁済に誠実で、債権者の請求に応じて負債の状況を含む財産状況等を適切に開示している
(エ) 主債務者と保証人が反社会的勢力ではなく、そのおそれもない

※1 GLで対象としている主たる債務者は、中小企業としていますが、必ずしも中小企業基本法に定める中小企業者・小規模事業者に該当する法人に限定していません。社会福祉法人などの組織や団体、個人事業主も対象です。

※2 中小企業の経営者(及びこれに準ずる者)による保証を主な対象としていますが、実質的な経営権を有している者や、経営者の配偶者および一定要件を満たす事業承継予定者など、第三者による保証も対象です。

② GLによって生まれる可能性

 GLに基づいてできることとして、以下の可能性が考えられます。

(ア) 経営者保証なしで新規融資を受けられる
(イ) 既存の経営者保証の変更・解除ができる
(ウ) 債務を整理する場合も、一定の要件を満たせば自宅や生計費等の資産を残せる
(エ) 事業承継時に前経営者、後継者の双方から二重には保証を求めないことを希望した場合には二重徴求が解除される
(オ) 事業承継時に後継者が経営者保証を提供することなく承継できる

経営者保証なしで融資を受けるには

 GLでは、中小企業が経営者保証なしで資金調達を希望する場合、GL4項(1)に掲げる次の3要件を満たすことが求められています。

 ① 法人と経営者との関係の明確な区分・分離
 ② 財務基盤の強化
 ③ 財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保

 各要件を満たすため、中小企業と経営者はどのような対応をすれば良いのでしょうか。各要件を整理しました。

① 法人と経営者との関係の明確な区分・分離

 中小企業では「法人と経営者との関係の明確な区分・分離」が、最もネックになるかと思います。中小企業のほとんどが株主=経営者であり、法人は個人である経営者の延長線上にあります。接待飲食費や旅費交通費等について、個人消費と法人経費の線引きが曖昧になっていたり、開業当初から事業用不動産が個人所有になっていたりする企業は少なくありません。

法人と経営者との関係の明確な区分・分離で求められる対応
法人と経営者との関係の明確な区分・分離で求められる対応

 しかし、個人と法人の明確な区分・分離が求められている以上、ここに労力を割く必要があります。個人から法人への不動産の売却は、個人側で所得税、法人側では不動産取得税および登録免許税等の移転コストもかかります。これらのデメリットと経営者保証の解除によるメリットを比較し、合理的な判断をしていくことになると思います。

 役員報酬等が社会通念上適切な範囲を超えていないかどうかは、通常、同業同規模法人との比較になりますが、当該判断は非常に難しいため、顧問税理士等の専門家への相談をおすすめします。

② 財務基盤の強化

 「財務基盤の強化」は、専門家に相談し、意識して取り組めばすぐに改善できるというものではありません。長い企業努力で作られるので、簡単な要件ではありません。ただ、キャッシュフローや内部留保を増加させるため、現状の業務や商流の見直し、コストカットなどは、すぐにでも着手できるはずです。

財務基盤の強化で求められる対応
財務基盤の強化で求められる対応

③ 財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保

 「財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保」についても、説明します。停止条件や解除条件付保証契約(※3)を締結して金融機関から融資を受けている中小企業なら、金融機関の求めに応じて、毎月もしくは四半期単位で試算表を作成・提出していると思います。

 一方、そのような契約を締結していない場合、年1回の決算期のタイミングでしか計算書類を作成していない企業も多いでしょう。しかし、この要件については、日々の書類整理や記帳等を実施し、顧問税理士等の専門家と少しずつ取り組めば、真っ先に改善が見込めます。なお、「中小企業の会計に関する基本要領」等に拠った信頼性のある計算書類の作成などは専門家と取り組むことをおすすめします。

(※3)停止条件付保証契約とは、主たる債務者が特約条項(コベナンツ)に抵触しない限り保証債務の効力が発生しない保証契約をいいます。解除条件付保証契約とは、主たる債務者が特約条項(コベナンツ)を充足する場合は保証債務が効力を失う保証契約をいいます。

経営者保証無しの新規融資事例

 以下の図表で、経営者保証を結ばないで新規融資を受けられたケースを例示しました。企業はどのような要件をクリアしなければいけないのか、参考にして下さい。

財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保で求められる対応
財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保で求められる対応

締結済の保証契約も見直しが可能

 GLの適用開始日(2014年2月1日)以前に締結された保証契約でも、主債務者および保証人はGLに則って、当該保証契約の契約内容の変更・解除等の申し出ができます。対象債権者である金融機関は、GLに基づく対応が求められます。

① 中小企業および経営者に求められる対応

 まずは既存の借入内容を見直しましょう。無担保・無保証か、保証契約を締結しているか、担保を提供しているのに保証契約も求められていないか、保証金額がいくらかなど、借入の内容を確認してみてください。

 意外とこれらの整理ができていない経営者が少なくありません。内容を把握したら、金融機関に対し、GLに則って既存の経営者保証契約解除等の申し入れを行うことが必要です。

 この際、経営者保証の解除等を実現するためには、前述のGL4項(1)に掲げる要件を満たすこと、および経営状況を将来も維持できるよう努めることが求められます。要件をどれくらい満たしているかを事前確認するとともに、満たしていない要件があれば、どのような計画で改善するのか、金融機関に説明できるように準備すると良いでしょう。

② 金融機関に求められる対応

 中小企業の経営状況の改善が図られたとして、既存の経営者保証契約の解除や保証金額の変更などの申し入れがあった場合、金融機関は「真摯かつ柔軟に検討を行う」とともにその結果について「丁寧かつ具体的に」説明することが求められます。

事業承継時にも保証契約の見直しが可能

 本章では、事業承継時において、後継者の負担になりかねない保証契約の見直しについて解説します。

① 特則の概要

 経営者保証が事業承継の大きなハードルになっている状況をふまえ、事業承継時の経営者保証解除に向け、前述の通り「事業承継時に焦点を当てた経営者保証に関するガイドラインの特則」が策定されました。特則は、GLを補完する位置付けで、GLと同様に自主的自律的な準則であり、法的拘束力はありませんが、各当事者において広く活用され、円滑な事業承継に資することが期待されています。

② 中小企業および経営者に求められる対応

経営保証を引き継ぐことなく事業承継を行いたい場合には、前述のGL4項(1)に掲げる要件を満たすこと、および、経営状況を将来も維持できるよう努めることが求められます。特にこの要件を満たしていない場合、後継者の負担を軽減させるために、事業承継に先立ち、要件を満たすよう主体的に経営改善に取り組むことが重要です。

③ 金融機関に求められる対応

(ア) 前経営者、後継者との保証契約について

 前経営者の死亡から事務手続き完了までの期間で一時的に二重徴求(二重保証)となるなどの例外を除き、原則として前経営者と後継者の双方からの二重徴求を禁止しています。例外的に二重保証を求めることが必要な場合には、金融機関は理由や融資条件等を十分説明することが求められています。

(イ) 後継者との保証契約について

 後継者に当然のように保証を引き継ぐのではなく、必要な情報開示を得た上で、前述のGL4項(2)に掲げる要件に即して、保証契約の必要性を改めて検討するとともに、事業承継に与える影響も十分考慮することが求められます。

(ウ) 前経営者との保証契約について

 実質的な経営権・支配権を保有している特別な事情がない限り、前経営者はいわゆる第三者に該当する可能性があります。2020年4月からの改正民法の施行により、第三者保証の利用が制限されたことや、経営者以外の第三者保証を求めないことを原則とする融資慣行の確立が金融機関に求められていることを踏まえて、保証契約の適切な見直しの検討が必要です。

事業承継時の保証契約見直し事例

 金融機関が事業承継のタイミングで前経営者の保証を解除し、新経営者に保証を求めなかったケースを表で例示しました。企業が満たすべき要件などを参考にして下さい。

相続時における経営者保証の問題

 経営者が事業承継を前に亡くなった場合、経営者保証は相続人に承継されてしまいます(法定相続分に応じて各相続人が保証債務を承継します)。

 保証金額が数億円にのぼるような場合、これを理由に後継者候補が事業承継を拒むケースは少なくありません。中小企業庁によると、70歳以上の中小企業経営者の約半分にあたる127万人が後継者未定で、そのうち22.7%は後継者候補がいながらも事業承継を拒否しています。さらに拒否している中の59.8%が、経営者保証を理由に挙げているのです。

 また、後継者の長男と事業に関与しない次男など、複数の相続人がいる場合に生じる問題もあります。前経営者が負っていた経営者保証は、法定相続分に応じて各相続人に承継されるため、事業に関与しない次男も多額の連帯保証を負います。

 次男がこれを避けるためには、相続開始から3カ月以内に相続放棄(※4)または限定承認(※5)という手続きをするしかありません(その他、債権者合意のもと相続人間で免責的債務引受契約を締結する手法も考えられますが本稿では割愛します)。しかし、相続放棄をすると、次男は預金など他のプラスの財産も相続できなくなり、本人に不利な結果となる可能性があります。

(※4)相続放棄とは、被相続人の財産に対する相続権の一切を放棄することをいいます。

(※5)限定承認とは、被相続人が残したプラスの財産金額を限度してマイナスの財産を相続人が引き継ぐことをいいます。プラスの財産が多いのかマイナス財産が多いのかが分からないようなケースなどで利用されます。

相続時に経営者保証を外した事例

 以下の図表では、経営者の夫が亡くなった時に、金融機関が保証を解除し、相続人の妻にも保証を求めなかったケースを例示しました。企業の具体的な対応などについて参考にして下さい。

GLの活用を進めて円滑な承継を

 中小企業基盤整備機構が2018年1月、中小企業・個人事業者を対象に実施したアンケートによると、全体の52.4%がGLを聞いたことも見たこともないという結果が出ました。一方、金融機関からの借入の全部または一部について経営者保証をしている企業は86.7%にのぼります。

 また、このアンケートでは、経営者保証に関する相談相手は、1位の「金融機関(66.6%)」に次いで「税理士(46.4%)」が2位となっています。改めて我々税理士等の専門家が本GLを理解して、経営者に説明して活用を進め、経営者とともに事業の成長・発展につながる円滑な承継に取り組む必要があると考えています。

横山勝彦さん

税理士法人山田&パートナーズ 高松事務所長 税理士

大手メーカー勤務後、数名規模の個人税理士事務所での勤務を経て、2015年に税理士法人山田&パートナーズ大阪事務所へ入所。大手金融機関への出向後、2020年8月に高松事務所長就任。中小企業、富裕層個人の相続・事業承継コンサルティングを中心に担当し、四国全域で様々なサービス提供を行っている。